2020年10月15日号
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キュレーターズノート

国立アイヌ民族博物館 2020 ──開館を目前に控えて

立石信一(国立アイヌ民族博物館)

2020年04月15日号

国立アイヌ民族博物館を含む民族共生象徴空間(愛称「ウポポイ」)がオープンする★1。博物館に限って言えば、東北以北で初の国立博物館であり、全国では8館目となる。また、先住民族を主題とした初の国立博物館でもある。
そこで、本稿では民族共生象徴空間ができた経緯、そして特徴や見所などを簡単に概観しながら、私が携わった国立アイヌ民族博物館の展示の具体的なプロセスを通して、博物館の姿について紹介したい。(執筆は3月31日)


国立アイヌ民族博物館の外観[筆者撮影]

はじめに


その前に、どうしてもこの話題に触れざるを得ない状況となってしまった。今年、2020年はどんな年だったと記憶されていくのだろうか。 日本国内のみならず、世界に目を向けてみても、今年は新型コロナウイルス感染症の広がりとそれへの対応で幕を開けたように見える。

北海道では年が明けてから徐々に罹患者が増えていき、2月28日に鈴木直道知事が「緊急事態宣言」を出し、その週末の外出は控えるよう道民に呼びかけるにいたる。国立アイヌ民族博物館はまだ開館前だったため、休館などの措置をとる必要はなかったが、開館に向けての対外的な催しなどは多くが中止となった。なお、「爆発的な感染拡大と医療崩壊」が現状として回避されたとして、緊急事態宣言は3月19日をもって終了したが、収束に向けた取り組みは続けられている。

しかし、世界ではさらなる感染拡大が起こっており、そうした状況をふまえて、3月24日に安倍晋三首相が東京オリンピック・パラリンピックの開催延期を発表した。近代オリンピックが始まって以来、延期になるのは初めてのことだという。それほどまでの緊急事態が起こっているのだ。

このような事態の最中ではあるが、博物館の開館に至る準備の状況をお知らせしたい。

民族共生象徴空間ができるまで


民族共生象徴空間ができる契機となったのは、2007年の国連総会における「先住民族の権利に関する国際連合宣言」の可決と、そうした世界的な流れのなかで2008年に国会の衆参両院で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が可決されたことである。これを受けて、政府は「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」を設置するなど、その後の民族共生象徴空間の整備への流れが方向付けられていくこととなった★2

この時から12年後の今年、国立アイヌ民族博物館を含む民族共生象徴空間はオープンする。まさに怒涛の勢いで準備が進められてきたといえるだろう。なお、2005年に開館した九州国立博物館は、1968年に「国立九州博物館設置期成会」が発足しており、40年近くかけて開館にこぎつけている。

また2020年4月にオープンするのは、2013年に2020年オリンピックの開催都市が東京と決定したことによって、「オリンピック・パラリンピックに向けて整備する」とされたが故であり、「2020」というのはその時から大きな意味を持つ年となった。

こうしたことからも、博物館は単独で存在するわけではなく、時の政治や社会状況、あるいは価値規範などとともに存在しているのであり、そうした関係性抜きにしては語り得ない存在であるといえる。そして、自然災害や感染症の流行などに大きく左右されることからも、博物館の存在が社会のなかでどのように語られ得るか、そしてどのように位置付けられるのかをあらためて思い起こす必要があるだろう。

国立アイヌ民族博物館と国立民族共生公園


さて、民族共生象徴空間とは、国立アイヌ民族博物館、国立民族共生公園、慰霊施設、そして関連区域などからなるアイヌ文化復興・創造のためのナショナルセンターのことである。そのなかでも来館者が主に体験するのは、国立アイヌ民族博物館と国立民族共生公園である。



民族共生象徴空間イメージ図 [提供:文化庁]

まず、国立民族共生公園は、伝統芸能公演を行なう「体験交流ホール」、各種のアイヌ文化体験を行なえる「体験学習館」、木彫や刺繍の実演を見学し体験することもできる「工房」、そして復元したチセ(アイヌ語で「家」の意味)などがある「伝統的コタン」(コタンはアイヌ語で「集落」の意味)からなっている。「体験型フィールドミュージアム」とされているとおり、ポロト湖とその湖畔に広がる景観とともに、アイヌ文化を体験できる空間となっている。



伝統芸能イメージ [公益財団法人アイヌ民族文化財団]

そしてもうひとつが、国立アイヌ民族博物館である。
国立アイヌ民族博物館の理念は「この博物館は、先住民族であるアイヌの尊厳を尊重し、国内外にアイヌの歴史・文化等に関する正しい認識と理解を促進するとともに、新たなアイヌ文化の創造及び発展に寄与する」ことである。この理念に基づいて、次の目的が掲げられている。


(1)アイヌの歴史・文化・精神世界等に関する正しい知識を提供し、理解を促進する博物館
(2)アイヌの歴史・文化に関する十分な知識を持つ次世代の博物館専門家を育成する博物館
(3)アイヌの歴史・文化に関する調査と研究を行う博物館
(4)アイヌの歴史・文化等を展示する博物館等をつなぐ情報ネットワーク拠点となる博物館

そして常設展にあたる基本展示室はアイヌの人たちの視点から、「私たちのことば」「私たちの世界」「私たちの暮らし」「私たちの歴史」「私たちのしごと」「私たちの交流」という6つのテーマが設けられている。

さらに、探究展示 テンパテンパ(アイヌ語で「さわってね」の意味)というコーナーが設けられている。ここでは6つのテーマに即した体験キットがあり、基本展示の理解を深めるとともに、より探究的にアイヌ文化を知るための展示が用意されている。

基本展示室は、常設でありながら可変展示が可能な設計になっている。可変の意図するところは資料に与えるダメージを最小限に抑えることや、限られた展示空間でより多くの資料を見せることにある。しかしそれだけではなく、先住民族を主題とした博物館であるからこそ、研究の成果や時代の変化に合わせてたえず更新されていくためにも、可変展示が大きな意味を持つだろう。文化は「伝統」のもとに過去に固定されるのではなく、常に創造、発展していくものなのである。



国立アイヌ民族博物館基本展示室 [提供:文化庁]

OKIさんとの協働による展示の実現


ここからは、私が携わった展示のひとつについて紹介したい。「私たちのしごと」に「現代のしごと」というコーナーがある。ここでは、サラリーマンや海外に居住しフェアトレードを行なっている方をはじめ、ミュージシャンなど、現代のさまざまな職業についている人たちを紹介している。このなかで、「音楽」のコーナーでは、ミュージシャンでありアーティストでもあるOKIさんの姿を浮かび上がらせるような試みをしている。


[撮影:池田宏]

OKIさんはアイヌの伝統的な弦楽器であるトンコリの奏者であり、伝統をベースとしながらも斬新なサウンドを制作し続けている。そしてOKIさん率いるOKI DUB AINU BANDは、世界各地でツアーを行ない、WOMADやフジロックフェスティバル、RISING SUN ROCK FESTIVAL in EZOなどに出演している。一方で、アイヌの伝統歌「ウポポ」の再生と伝承をテーマに活動する女性ヴォーカルグループMAREWREW(マレウレウ)のプロデュースや、スノーボードのグラフィックデザインを手がけるなど、活躍は多岐に及ぶ。


Sakhalin Rock / OKI DUB AINU BAND @Bush fire in Swaziland


初めて博物館の展示について打診したのは、最終的に展示が完成する1年以上前のことだった。OKIさんが博物館の展示に協力してくれるのか半信半疑のなか、ひととおりの概要と展示プランについて説明をした。OKIさんから「誰に、何を見せたいのか」との質問があり、私はその質問に対して率直な気持ちを伝えた。しばらく考えたOKIさんは、「かっこよくならなければ協力しない」という言葉とともに、展示への協力を約束してくれた。そこからおよそ1年にわたるOKIさんとの協働が始まった。

展示スペースとしては決して大きくはないものの、OKIさんとは対話を重ね、展示のあり方について議論を重ねてきた。展示する資料についてはもちろんのこと、グラフィックや演示具など、意見交換は微に入り細に入った。その結果、当初の設計プランとは大幅に異なる展示が出来上がった。



OKIさんが示したトンコリスタンドのイメージ図

プランを練るなかで、OKIさんから質問や、方向性についての意見を求められることがあった。展示ではOKIさんのイメージや世界観を最大限尊重し、表現できるよう試みてきた。しかし、キュレーションをするのは博物館側の仕事である。意見を求められた背景には、そんな考えがあったのではないだろうか。

博物館は誰のためのものか


当初予定していたOKIさん制作のトンコリを、展示直前にご本人の意思によって変更し、別のトンコリを展示することとなった。その意図をOKIさんに尋ねると、「歴代のものすごいアイヌの作品の仲間入りをするので緊張します」という短い返答があった。
この返答からは、あらためて「博物館は誰のためのものなのか」という重い問いを投げかけられているようでもあった。

OKIさんと何度もディスカッションを行ない、イメージの共有などのやり取りを行なう過程で、そういった対話なしには触れることができなかったかもしれないアーティスト性や、思考の深いところにある哲学に、わずかながら触れることができたのではないかと思う。自身のことすらも俯瞰的に見ているように思えるスタンスや、「独学でやってきた」と語るOKIさんのこれまでの道のりは、一体どのようなものだったのか。その言葉の背景にあるだろう誇りや執念、そして後進への希望は、その一端だけでも博物館の展示に託されたと言えるだろうか。

独自レーベルCHIKAR STUDIOから出されるCDのジャケットには、「MADE IN AYNU」の文字が印刷されている。音楽性とともに、こうしたOKIさんの持つ世界観や哲学を伝えられるような展示を目指してきた。開館後は、それらを来館者に伝える役目が博物館に課せられることとなる。協働は、開館後も続くのである。



展示の立会いをするOKIさん [筆者撮影]

調査研究をするものとされるもの、見るものと見られるもの、展示するものと展示されるものといった一方向的な図式ではなく、また、資料や作品を収集するだけでもなく、アーティストや工芸家、あるいはその他の文化の担い手と協働し、「今」の文化を展示する。そしてそのプロセスを記録することによってバックデータとすることが、現在を伝え、残すために重要な意義を持つのではないだろうか。

歴史的に博物館の成り立ちを考えると、権力や財力を示すことや、国家や国民意識の形成に働きかけてきた側面もある。そのような博物館が、先住民族であるアイヌの人たちの「私たち」から語り起こすことや、展示を協働することは、博物館のあり方、そして博物館の主体は誰なのかということを問い直していくきっかけになり得るのではないだろうか。

2020が記憶されていくために


国立アイヌ民族博物館が他の国立博物館と大きく異なる点のひとつに、その立地条件を挙げることができるだろう。他の博物館は大都市にあるか、観光集客力を持った施設に隣接するなどしているが、国立アイヌ民族博物館が所在するのは白老町という人口1万7千人に満たない小さな町である。新千歳空港に近く、鉄道や高速道路があるなど交通の便が良い土地であるとはいえ、都市部に位置することと比較するとその差は歴然としている。

それでも白老にこのような拠点ができるのは、土地のもつ歴史性や地域固有の文脈のゆえである。そしていま、白老だけではなく各地のアイヌの人たちをはじめ、さまざまなバックボーンをもった人たちが集い、新しい歴史を作ろうとしている。2020年が国立アイヌ民族博物館の開館年であったと長く記憶されるような博物館となるために、新たな歩みを踏み出そうとしているのである。

だからこそ、国立アイヌ民族博物館に足を運び、その気候風土とともに博物館体験をしてほしいと願っている。



パノラミックロビーから見る冬のポロト湖(2020年3月5日)[筆者撮影]



パノラミックロビーから見るポロト湖の直近の景観(2020年4月1日) [筆者撮影]

そして、国立アイヌ民族博物館に訪れるだけでなく、各地にあるアイヌ文化を紹介する施設などにもぜひ足を運んでいたければと思う。それぞれの施設は白老同様、必ずしも便のよい土地にあるわけではない。しかし、それぞれの土地の歴史性や気候風土とともに育まれた各地のアイヌ文化は、その土地に行かなければわからないこともたくさんあるはずである。

また、本稿で触れたOKIさんは日本全国、世界各地でライブを行なっている。博物館だけでは捉えきれないアイヌ文化がそこにはある。ぜひ生の音楽を体感していただきたいと思う。


★1──新型コロナウイルスの感染状況を踏まえて、当初予定されていた4月24日(金)の開業は5月29日(金)を予定として延期された。
★2──国立アイヌ民族博物館の開館に向けた今までの経緯の詳細については、佐々木史郎「アヌココ アイヌ イコロマ ケンル 新国立博物館設立への道」『季刊民族学』第44巻 通巻171巻(一般財団法人千里文化財団、2020)を参照。

参考文献
・今村信隆編『博物館の歴史・理論・実践1──博物館という問い』(藝術学舎、2017)
・明治大学博物館・南山大学人類学博物館編『博物館資料の再生──自明性への問いとコレクションの文化資源化』(岩田書院、2013)


民族共生象徴空間(ウポポイ)

オープン:2020年5月29日(金)予定
住所:北海道白老郡白老町若草町2丁目3-4


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