キュレーターズノート

「プランB」ではないオンラインイヴェントの可能性
──新型コロナウイルス流行下の試みから

町村悠香(町田市立国際版画美術館)

2020年09月15日号

都内にある多くの美術館と同様に、筆者の勤務する町田市立国際版画美術館は、新型コロナウイルスの影響で3月末から6月初めにかけて臨時休館を余儀なくされた。当初4月から6月にかけて開催される予定で、前回記事でも紹介した担当展「インプリントまちだ展2020 すむひと⇔くるひと —『アーティスト』がみた町田—」は臨時休館明けの6月9日から9月13日までに会期が変更され、当初7月から9月で開催予定だった「浮世絵風景画──広重・清親・巴水 三世代の眼」は来年度に延期となった。

各館では展覧会再開、苦渋の予定変更の目途をつけたあと、日々刻々と変わる状況をみながら、次はイヴェントを実施するべきかしないか、するならどのように開催するかの判断を迫られたのではないだろうか。その対処法のひとつとして、この春から夏にかけて全国の美術館でZoomや動画配信、インスタライブなどさまざまな手法で、オンラインコンテンツを活用し始めた。例えば、諸橋近代美術館では学校の授業や大学のゼミなどを対象にサルバドール・ダリ作品のオンライン鑑賞教室を開いている。水戸芸術館の「おうち・こらぼ・らぼ」では自宅で楽しめるワークショップキットをアーティストが考案。美術館ウェブサイトに制作やパフォーマンス動画とともに公開してショップとECサイトで販売するなど、美術館が提供する鑑賞や体験の幅を広げている。

当館では臨時休館中に、展覧会を一緒に企画した髙野詩織学芸員とともにInstagramでギャラリートークの動画を配信した★1。展覧会再開後、対面で行なえない関連イヴェントについては、オンライン開催することになった。計3回のイヴェントはどれも当館としては初めての手法で開催に至るまでにさまざまな試行錯誤があったが、実施後には対面では得られないオンラインの有効性を強く感じた。新型コロナウイルス流行下に限らず、今までも鑑賞体験を届けることが難しかった人々に対してアプローチできる重要な手段であると実感したのだ。

限られた予算やスタッフでやりくりをする市立規模の当館で実施できた3回のオンラインイヴェントを以下では具体的に紹介する。現場のいち学芸員の経験を共有することで、新型コロナウイルス流行が続く状況下での今後のイヴェント開催の参考になれば幸いである。なお、イヴェントは当館学芸員、藤村拓也、村瀬可奈、髙野詩織とともに企画、運営した。担当者だけでなく館内の柔軟な協力体制があってこそ開催できたことを記しておきたい。



荒木珠奈アーティスト・トーク(2020年7月18日)記録映像より 自宅から参加する荒木珠奈


Zoomでのアーティスト・トーク


最初に実施したのはWeb会議ツール「Zoom」を使用したアーティスト・トーク★2。多くの人と同様に、筆者も今年の春先に初めてZoomの存在を知ったので、まさか数カ月後にこのサービスを使ってイヴェントを主催することになるとは思わなかった。

ニューヨーク在住の招へい作家・荒木珠奈が来日できなくなったため、作家と相談のうえ、画面共有機能で画像を見せながら話しやすいZoom上でのアーティスト・トークを行なうこととした。また展示室にある作品を実際に見てもらうことにつなげたかったため、エントランスホールにスクリーンを設置し、Zoomの画面を映し出して会場参加も可能とした。オンライン参加する場合は事前予約制とし、当日会場で参加する場合は密を避けるため整理券制をとった。荒木の紹介もあって国内の遠方地域や海外からの参加者も多く、リアルでは参加できなかった人々にアプローチできる魅力を感じた。

荒木が作品制作に至るまでのリサーチや制作プロセスをじっくり語り、聞き手の藤村学芸員が写真などを画面共有しながら進行した。話題はコロナ流行下でのニューヨークの日常にも及んだ。申込みの際に参加者からあらかじめ質問を募っておき、トーク後の質疑応答時間にいくつかの質問に対して答えてもらった。質問は荒木の制作についてはもちろん、ニューヨークの現在を案じるものが多かった。結果的に、海外に住むアーティストの現在を伝える機会ともなり意義深かった。




美術館エントランスロビーの様子 聞き手:藤村拓也(写真奥)


当館は以前から電波環境に不安があったため何度もテストを行なっていたが、この初回のイヴェントではWi-Fiの不安定さに悩まされた。それでもオンラインイヴェントが実施可能になるまで環境が整ったのは、施設管理を担う事務スタッフの尽力あってのことだった。

インスタライブでのアーティスト・トーク


2回目に開催したオンラインイヴェントはSNSの「Instagram」のライブ配信機能「インスタライブ」を通じたアーティスト・トークだった★3。これもインドネシアからの招へい作家、アグン・プラボウォ(Agung Prabowo “Agugn”)が来日できなかったために実施したものだ。アグンはInstagramで積極的に情報発信しているので、彼のフォロワーにもアプローチできるインスタライブを用いることとした。加えて、アグンの作品を展示する場所はかろうじてWi-Fi環境を整えることができたという理由もあった。

インスタライブは複数アカウントから配信できるため、展示室で作品を撮影する美術館アカウントの画面と、自宅アトリエにいる作家を映したアグンのアカウント画面を2画面にして配信した★4



アグン・プラボウォ アーティスト・トーク(2020年7月19日) インスタライブアーカイブより 画面下部:アグン・プラボウォ


前半はアーティスト・トーク、後半はQ&Aセッションとライブを2つのパートに分けた★5。通常のアーティスト・トークは作品を前に語る作家の言葉に静かに耳を傾ける。インスタライブの場合、作家が話している最中もコメントが書き込まれるので、観客がどういった内容に反応するか興味深く、対面とも異なるリアルタイムの高揚感があった。Q&Aセッションでは随時コメントに質問を書き込んでもらい、答えていった。スマホやタブレット端末で配信できるため、質問ごとに移動して作品のクローズアップを映すことができるのもインスタライブの大きな魅力だと感じた。



配信当日の様子 リアルタイムでたくさんのコメントが書き込まれた
画面上部:左から筆者、通訳・油井理恵子、髙野詩織


アグンの作品は本展が本邦初公開だ。海外作家を招へいした際に、日本であまり知られていないと「アウェイ」になってしまい、「ホーム」でそのアーティストがどのように受け止められているかを知るのは難しい。Instagramで積極的に発信をしてきたアグンとともにインスタライブを行なったことで、日本だけでなく各国からバラエティある質問が寄せられ、インドネシアのアート・コミュニティが持つ楽しげな雰囲気をインスタライブの場に連れてきてくれたことも新鮮に映った。

Zoomでの親子鑑賞会「おうちで版画美術館」


3回目に開催したのはZoomでの親子鑑賞会だった。当館では村瀬可奈学芸員が中心となって、NPO法人赤ちゃんからのアートフレンドシップ協会の冨田めぐみ氏とともに2017年から断続的に親子鑑賞会を実施してきた。

これまでは対面で行なっていたが、状況に鑑みて完全オンラインのイヴェントに移行した。イヴェントは2段階から成り、最初は事前に冨田氏による子ども向けの作品鑑賞動画(撮影・編集:村瀬)をYouTubeの限定公開で参加者に見てもらい、気になった作品や感想をあらかじめメールで寄せてもらった★6。イヴェント当日は寄せられた感想を参考にしながら、Zoomで参加者に発言してもらった。

参加者は、0歳児と保護者、子どもだけの参加、きょうだいでの参加など、さまざまなパターンが見られた。これまでは親子鑑賞会というにぎやかに鑑賞を行なう場であっても、新しい場所に来たことで興奮したり、落ち着かなかったりする子どもを抱えた保護者の方が、周りの目を気にして恐縮される場面もあった。美術館に来る体験をしてもらえるのはありがたいが、家のなかのリラックスした環境で鑑賞会に参加できることは、大人も子どもも作品に集中できるメリットもあるように思った。

当日は、事前に寄せられた感想を参考に作品ごとに数人の参加者を選んでその人だけマイクをオンにしてもらった。この方法のおかげか話し始める前に少し時間がかかる子も、遮られずに時間をかけて語ってもらえた。対話というと面と向かって直接話すことが想定されてきたが、特に若い世代ではオンライン上で話したり、チャットのほうが饒舌になったりする人も少なくないのではないだろうか。また小さい子どもを連れて出かける労力もかからず、保護者側の需要が大きいとも感じる。対面に加えて今後もオンライン鑑賞会を継続する意義があるように感じた。




「おうちで版画美術館」(2020年8月12日)配信中の様子。左から筆者、冨田めぐみ氏
表情が見えるようマスクではなくフェイスガードを使用した


オンラインイヴェントの課題


ここまで当館での試みを述べてきたが、開催して感じた課題は参加者がアーティストや美術館のSNSアカウントをフォローしているような、もともと関心がある層に留まりがちではないかということだ。またデジタル機器の使用に苦労しない層にもおのずと限定されてしまうだろう。

当館には例年の夏休みに学校の宿題のため小中学生が近隣から数多く訪れる。中学生以下の入館料は無料なので、来館の後押しをするため夏休み前に市内の全小中学生に対してちらし配布を行なっている。今年は夏休みが短縮され、また外出を伴う宿題を出すことは難しかったそうで、小中学生の来館者は例年より少なかった。学校の宿題がきっかけで初めて美術館という場所に訪れ、作品を見る体験をする子どもは少なくない。オンラインではアプローチできない層への働きかけをどのように行なっていくかは工夫し続けなければならないだろう。

今後の可能性


このような課題があるとはいえ、冒頭でも述べたようにオンラインイヴェントを通してこれまで届けることができなかった人にアプローチできたことには大きな可能性を感じた。美術館は現場に行って実物を見ることを重視する場だ。筆者も職業柄、関心のある展覧会があれば遠方にも出かけてきた。だが外出自粛期間中はリアルな体験が難しく、いまも東京からほかの地域に出かけることをためらう状況にあるため「そのときその場に行かなくては見られない」ことを立ち止まって考える機会となった。

「そのときその場所に行かなくては見られない」ということのかけがえのなさは、ある種の傲慢さと背中合わせなのかもしれない。新型コロナウイルス流行下でなくとも、さまざまな理由で美術館に行きたくても行けなかった人は少なくなかっただろう。その理由は小さい子どもがいたり、介護で家を空けられなかったり、介助を必要としていたり、忙しかったり遠かったりと、どんな人でも経験しうることだ。

もちろん、これからも美術館は実際の作品を見てもらう経験を提供しつづけるし、実際に訪れてもらうための環境作りは重要だ。それに現状の仕組みではオンラインだけの展覧会では経営が立ちゆかないだろう。しかしアウトリーチや鑑賞会、イヴェントに関しては、リアル開催できないことの「プランB」としてウェブ開催するのではなく、オンラインでなければ届かない人も意識して、その特性を活かした機会の提供が重要なのだと感じた。それは幅広い人々への美術鑑賞の楽しみを提供する公立美術館の使命に沿うものであるし、当館を含め地理的に便利な場所にない美術館ほど、来館のきっかけづくりにもつながるだろう。見通しが立たない日々のなかでも実際の作品を見てもらえる日のために、オンラインイヴェントの開催やウェブコンテンツを公開して体験の糸口を提供しつづけることは、将来のために稚魚を放流して、海や川の豊かさを育むようなことなのかもしれない。

★1──動画はhttps://www.instagram.com/tv/CAHJW6wn0KT/?igshid=181hgtehb16fmのほか、今後も追加予定。
★2──Zoomの使用にあたってはセキュリティの問題が指摘されている。今後はプラットホームごとのリスクも考慮したうえで、届けたい層に適した手段を選択することが求められるだろう。
★3──当館がInstagramのアカウントを持ったのは昨年からだ。市の情報セキュリティーポリシーでSNSの使用要件が緩和され、以前からあったTwitterアカウントに加えて運用を開始した。多くの公立美術館では自治体や財団のルールに則ったSNS使用が求められると思うが、今回初めてインスタライブを行なうにあたって、その部分もクリアでき実施につながった。
★4──アーカイブは下記から視聴可能。
前半:https://www.instagram.com/tv/CC0dzGvnvEE/?igshid=1hibw39x4dxim&fbclid=IwAR2yqEISNrNDmwdWh-3kdFlRqNKzUbbczhgJAtWenEK2IpbbbKpAg4XJdxE
後半:https://www.instagram.com/tv/CC0iGMwHMuu/?igshid=82fbjohzdf8y&fbclid=IwAR0n_1WNblZmMWlBr-W1scClKD8I_UUUueOdfXNp8AiE-wmzruJQ57wWIB4
★5──2020年7月時点の仕様でインスタライブは配信時間が1時間以内と決まっているため、2つのパートに分割した。プラットホームのサービス内容は頻繁にアップデートされるため、今後もオンラインイヴェントを行なうごとに把握しつづける手間がある。
★6──イヴェント終了後、作品鑑賞動画アーカイブを下記に公開した。
http://hanga-museum.jp/event/schedule/2020-459


インプリントまちだ展2020 すむひと⇔くるひと —「アーティスト」がみた町田—

会期:2020年6月9日(火)~9月13日(日)
会場:町田市立国際版画美術館
東京都町田市原町田4-28-1
公式サイト:http://hanga-museum.jp/exhibition/schedule/2020-444

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