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カルコン美術対話委員会公開シンポジウム
「日本美術における国際交流──課題と可能性」リポート
──第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会2019

影山幸一(アートプランナー、デジタルアーカイブ研究)

2019年10月15日号

第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会2019のリポート第三弾。日本の優れた美術工芸品が集まる京都では、ICOM京都大会を機に2019年9月6日(金)、京都国立博物館で美術分野の専門家をメンバーとする日米文化教育交流会議(通称:カルコン)美術対話委員会の公開シンポジウム「日本美術における国際交流──課題と可能性」を開催。世界の博物館ではアジア美術への理解を深めようとする気運が高まる中、日米二国間の交流によって相互理解の向上を図ってきた美術対話委員会。“日本美術”を介した国際交流に新たなソフトパワーの可能性を見出す。第一弾の記事はこちら、第二弾の記事はこちらをご参照ください。(artscape編集部)

博物館が動いた



第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会2019開会式でのスアイ・アクソイ会長の挨拶 [写真提供:ICOM京都大会組織委員会]


日本で初めて地球規模の博物館会議が開催された(2019年9月1日〜7日)。世界138の国と地域、3,009の博物館、44,500人の専門家が参加する国際的な非政府機関の国際博物館会議(International Council of Museums: ICOM[アイコム])である。

今回のICOM京都大会で注目されていた「博物館定義の再考」は先送りになったが、日本の博物館界にとっては博物館改革のスイッチが入ったのではないだろうか。博物館が動いたと感じた。

このICOM開催を機に、京都国立博物館(以下、京博)では2019年9月6日(金)、日米文化教育交流会議(The United States-Japan Conference on Cultural and Educational Interchange: CULCON[カルコン])の下に設置された分科会のひとつであるカルコン美術対話委員会(Arts Dialogue Committee: ADC)による「日本美術における国際交流──課題と可能性」をテーマとした公開シンポジウムが開催された。

カルコンとは、1961年、当時の池田勇人総理とジョン・F・ケネディ米国大統領との共同声明により設立され、翌年には有識者を一堂に会した第1回合同会議を東京で開催。以来、二年ごとに日米が交互に開催し、文化・教育分野での交流の増進と、相互理解の向上を積み重ねてきた歴史ある会議である。

ADCは、そのカルコンによる合同会議の提言を実施するため、古美術から近現代美術分野の学芸員や美術史家ら専門家をメンバーとする委員会として2010年に設立された。シンポジウムでは、カルコンADCのメンバーのほか、中世・近世の日本画を専門とする大学教授や文化財の修理・修復を行なう装潢(そうこう)師らが登壇した。

アジア美術にフォーカス


台風13号が日本に接近してくる予報であったが、京都は晴天で猛暑だった。シンポジウムが開かれる京都国立博物館の平成知新館講堂に入ると、木陰に入ったように涼しく4時間のシンポジウムに臨む態勢が整ってきた。 始めにICOM京都大会組織委員長を務める佐々木丞平じょうへい京博館長が、9月4日に行なわれたICOMプレナリー・セッション(全体会議)「世界のアジア美術とミュージアム」について触れ、「これを機にアジア美術が世界に広がり、活発な議論が行なわれることを期待したい」と挨拶し、公開シンポジウムは幕を開けた。

最初にカルコンADCの米国側議長であるボストン美術館のアン・ニシムラ・モース日本美術上席学芸員が、今回のカルコンADCが世界中から博物館関係者が結集し、国際交流を深める第25回ICOM京都大会の開催期間中に開かれ、その好機を得て開催されたと説明。「カルコンADCは交流の場であると同時に、アイデアを見つける場でもある」と語り、これまで8回開催されてきたカルコンADCの活動を紹介した。次世代の日本美術専門家の育成としての「国際大学院生会議(International Workshop on Japanese Art History for Graduate Students: JAWS [ジョーズ])」の開催や、日本美術の情報源を拡充する専門家向けのWebサイト「国際日本美術ネットワーク」(International Network for Japanese Art:INJA[インジャ])の創設、日本関連の文化プログラムを米国で紹介するオンラインイベント「Arts Japan 2020」を開設し、学芸員の交流など活動の成果を解説した。

カルコンADC日本側委員であり、ICOM京都大会運営委員長の大任を務める京博副館長の栗原祐司氏は、ICOM京都大会における議論を紹介した。大会テーマ「文化をつなぐミュージアム──伝統を未来へ──」をもとに「博物館定義の再考」が熱心に今も議論されていること、またヨーロッパ中心ではない東西融合を進めたワールドワイドの議論が求められていることを強調した。日本美術の海外展では日本の文化とは異なる文脈で展示されてしまい、日本の美意識が伝わっていない事例や、掛け軸の軸先に使う象牙がワシントン条約で輸出入が厳しくなっており、そのつど象牙を外さないといけない問題、脆弱な素材の日本美術の展示期間や光の照射など制約が多いなかでの海外展示の方法、海外における日本美術研究に関する人材や次世代オーディエンスの育成など、日本美術が世界で広まる際の課題を示した。そして全体会議のなかでアジア美術にフォーカスして議論が行なわれたのはICOMでは初めてのことで、日本の美術や文化を広く発信できた有意義な国際会議だったと締め括った。



会場にボストン美術館アン・ニシムラ・モース学芸員のスライドが大きく映し出された


修復の価値


ハーバード大学教授のユキオ・リピット氏は、「日本美術の国際交流について」というテーマで大学での講義の様子やこれまでの国際交流など、実例を挙げながら45分間の講演を行なった。「日本美術は人類の遺産」と語り、米国における日本美術史の博士課程では、日本語と専門以外の知識を養う教育が必要だが時間も人材も不足しており、国際交流は欠かせない学びの機会となると述べた。



ハーバード大学教授ユキオ・リピット氏の講演 [撮影:筆者]


パネルディスカッションでは、島谷弘幸九州国立博物館長をモデレーターに、アン・ニシムラ・モース(ボストン美術館日本美術上席学芸員)、シャオジン・ウー(シアトル美術館日本・韓国美術担当学芸員)、マリサ・リンネ(京都国立博物館国際交流担当主任研究員)、朝賀浩(京都国立博物館[以下、京博]学芸部長)、四代目・岡岩太郎(岡墨光堂代表取締役)、メラニー・トレーデ(ハイデルベルク大学教授)、山本聡美(早稲田大学教授)、講演を行なったユキオ・リピット氏も参加し、国際交流の重要性や文化財の保存・修復・活用、大学における人材育成などについて島谷氏の質問に各人が応答した。



パネルディスカッションの会場 [撮影:筆者]

作品の修復を行なう装潢師の岡岩太郎氏は、保存と活用はワンセットの理解をしてもらう必要があり、修理なくして活用はできないと言う。「修理をすることにより、新たな知見を得ることがあり、コミュニケーションや国際交流にも役立つ。日本の風土のなかで伝統的な方法で文化財を大事に伝えてきていることも含めて、海外の方に理解してもらう取組みが大事」と発言した。保存と活用の間の「修復」には、学びや交流の機会が生まれ、新たな価値があることに気づかされた。

対話とアイデンティティ


4時間に及ぶシンポジウム「日本美術における国際交流」を15分で総括するよう促されて、舞台の中央に立ったのは、近現代美術を専門とする上智大学教授の林道郎氏である。

「古い時代の日本美術を専門にしている人たちは、国際交流が進んでいると思った。暗黙知というか目利きの知、ものを見ることで学ぶ知の実績は修復を見ないとできない。ところがそれに対して米国では日本の建築や書など美術を広く取り組む必要があることから、その機会を得られにくいという問題があった。もうひとつは世界の人文学のなかで、美術史とはどういう位置にあるのかを意識しなければいけない。しかし、日本の美術史の研究者のなかではそういう意識があまりない。それも問題だと思った。日本では美術史やミュージアムというフィールドで、他分野との関係を拒みがちな専門家という弊害が起こっているのかもしれない。また文化の力、ソフトパワーという言葉が出ていたが、文化の力による国際交流とはどういうことなのか。よいイメージの発信だけではなく、多方面からの批判的な目を受け止めていく必要がある。批判的な意見の交換をして、対話を深めて行く、とすると“日本美術”という概念そのものが問題となってくる。日本という国の美術を考えるとき、日本という国は長く続いている伝統や歴史はあるけれども、国家としては19世紀の近代以降に作られたものである。そもそも存在証明であるアイデンティティとは、他者との交流によって生まれてくるもの。与えられるのではなく、他者からどう見られているのかという問題と密接に結びついている。それは日本と海外、国際交流という意味でも重要なことだ。内在化される視点という問題とも関わっている。他者の目によって作られている自己、他者の目と自分はどういう対話をしているのかを改めて考え直さなければいけない」と林氏。



シンポジウムを総括する上智大学教授の林道郎氏 [撮影:筆者]

また林氏は、作品のX線画像や赤外線画像などの科学的調査によって見えてきた作品の地平が重要になるだろうという。「作品の存在論的なアイデンティティは、常に変わりつつある。技術というメディウムによって作品の存在論的な性格がどんどん変わっていく可能性があり、それを知として保存することによって知の生産が可能になり、その知の生産にフィードバックしていくシステムを考えていかなくてはいけない。そのためには、海外からもアクセスできる“日本の美術のデータベース”を構築し、広く活用できるように環境基盤を作る必要がある。美術館は公共財を預かっている意識を持って、オープンにアクセスできる“システムや法の整備”を行ない、“パーソナルなコネクション”を持続的に構築することが大事である。そして、それらの情報を集約するプラットフォームとして『INJA』はこれから重要なってくる」と、林氏は時間どおりに総括を終えた。



国際日本美術ネットワーク「INJA」のホームページ



カルコン美術対話委員会のメンバーと登壇者(左から林道郎、ロバート・ミンツ〔サンフランシスコ・アジア美術館アート&プログラム担当副館長〕、白原由紀子〔根津美術館学芸部特別学芸員〕、メラニー・トレーデ、シャオジン・ウー、マリサ・リンネ、島谷弘幸、アン・ニシムラ・モース、朝賀浩、岡岩太郎、山本聡美、ユキオ・リピット) [撮影:筆者]

「Museums as Cultural Hubs」


ICOM京都大会最終日(9月7日)のプレスカンファレンスでは、参加者が過去最多となり、ICOM日本委員会から提出された決議案のうち「“Museum as Cultural Hubs”の理念の徹底」と「アジア地域のICOMコミュニティへの融合」が本大会で採択され、「博物館防災国際委員会」が新たに発足したという。またパネルディスカッション「博物館と地域発展」によって、世界最大のシンク・タンク国際機関OECD(経済協力開発機構)とICOMとの関係が構築され、博物館が地域発展のハブになる可能性が生まれたなど、ICOM京都大会の成功が佐々木京博館長より告げられた。「日本には5,700館以上のミュージアムに8,000人以上の学芸員がいるが、今後も積極的にICOMと関わっていき、人々の幸福と平和のために持続可能性を常に意識した博物館活動を推進していく」と述べた。

ICOM京都大会開催を先導し、カルコンADC日本側委員を務める栗原京博副館長は、大会終了後にICOM京都大会を実現させた感想を寄せていただいた。「2012年8月の『ICOM大会招致検討委員会』の発足から足かけ7年、ようやくICOM京都大会が閉幕しました。大会史上最多となる4,590人の参加を得、日本からも1,866人を数え、総論としては大成功であったと言っていいでしょう。一番嬉しかったのは、日本から100人以上が各国際委員会等で講演、発表を行なったことです。また、大会前は、各国際委員会等に日本から12人のボードメンバーが選出されていましたが、今大会での改選の結果、14人に増加したことも大きな収穫です。ただ、残念ながら委員長はおらず、1989年以降日本から執行役員を輩出していません。今後さらに国際的に活躍できる博物館人材の育成が必要と思われます。国内的には、ミュージアムの定義の見直しの議論を踏まえた博物館法の改正に向けた検討が急がれます。大会決議に盛り込まれた『Museums as Cultural Hubs』の理念の徹底や、アジア地域のICOMコミュニティへの融合も、引き続き日本の博物館界として取り組んでいく必要があるでしょう」。

そして、カルコン美術対話委員会(ADC)について栗原氏は「カルコンADCは、2010年に設立されてから、日米の日本美術専門家の交流や人材育成に関し継続的に議論を行なってきました。ICOM京都大会でも、「世界のアジア美術と博物館」に関する全体会議でその活動を紹介し、大会決議にも「アジア美術と文化に焦点を置いた専門家ネットワークを設立する」旨が盛り込まれました。今後は、日米のみならず、国際的な日本美術専門家ネットワークを構築することが求められます」と期待を寄せた。

複雑化した国際社会におけるICOMの存在や役割、日本美術に内在した多様な機能による国際交流の実践には、ますます個人個人の国境を越えたコミュニケーションが必要となってきている。



ICOMプレスカンファレンスで語る佐々木丞平京博館長と栗原祐司京博副館長 [撮影:筆者]


次回ICOMは3年後の2022年、京都市の姉妹都市であるチェコの首都プラハで開催される。閉会パーティーが行なわれた9月7日の京博では、「ICOM京都大会開催記念 特別企画 京博寄託の名宝 ─美を守り、美を伝える─ 」展(2019年8月14日〜9月16日)を無料観覧にした。俵屋宗達筆《風神雷神図屏風》(京都、建仁寺)や伝藤原隆信筆《伝源頼朝像》(京都、神護寺)、狩野元信筆《四季花鳥図》(京都、大徳寺大仙院)など、圧巻の日本美術139点の前では世界各国の人々が歓談し、シンポジウムを行なった平成知新館の外壁にはICOM京都大会のシンボルマークが映し出されていた。



カルコンADCシンポジウムが開かれた平成知新館に映し出されたICOMのシンボルマーク [撮影:筆者]



ICOM京都大会開催記念 カルコン美術対話委員会公開シンポジウム

□テーマ「日本美術における国際交流──課題と可能性」
□日時:2019年9月6日(金)13:30〜17:30
□会場:京都国立博物館 平成知新館講堂
□主催:カルコン美術対話委員会、ミュージアム日本美術専門家連携・交流事業実行委員会、京都国立博物館
□登壇者:佐々木丞平(京都国立博物館長)、アン・ニシムラ・モース(ボストン美術館日本美術上席学芸員)、栗原祐司(京都国立博物館副館長)、ユキオ・リピット(ハーバード大学教授)、島谷弘幸(九州国立博物館長)、シャオジン・ウー(シアトル美術館日本・韓国美術担当学芸員)、マリサ・リンネ(京都国立博物館国際交流担当主任研究員)、朝賀浩(京都国立博物館学芸部長)、岡岩太郎(岡墨光堂代表取締役)、メラニー・トレーデ(ハイデルベルク大学教授)、山本聡美(早稲田大学教授)、林道郎(上智大学教授)

第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会2019

会期:2019年9月1日(日)〜9月7日(土)
メイン会場:国立京都国際会館
京都市左京区岩倉大鷺町422番地

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