2021年09月15日号
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アート・アーカイブ探求

ジャン゠オノレ・フラゴナール《ブランコ》──生命の輝き「大野芳材」

影山幸一(ア-トプランナー、デジタルアーカイブ研究)

2021年01月15日号

ジャン゠オノレ・フラゴナール《ブランコ》
1767年頃、81.0×64.2cm、キャンバス・油彩、ロンドン、ウォーレス・コレクション蔵
Photo: Bridgeman Images / DNPartcom
無許可転載・転用を禁止

靴を投げ出す女性

全世界の新型コロナウイルス感染者数は、9,000万人を超え、死亡者数はすでに193万人だという(NHK、2021年1月12日現在)。日本では4,174人が亡くなり、感染者は29万人に達してしまった。日常生活とは無縁に思えたコロナウイルスは、温暖化などによる自然環境の均衡が崩れつつある地球に突如として発生したかに思われた。だが日常的に感染する風邪も咳や飛沫、接触が感染経路となって、ヒトからヒトに感染する4種類のコロナウイルス(Human Coronavirus:HCoV-229E、-OC43、-NL63、-HKU1)だったと知ると、新型コロナウイルス感染症(Coronavirus disease 2019:COVID-19)の感染防止策も一人ひとりの自覚と行動が大事となり身近なものになってくる。

東京では新規感染者数が1,000人を超える日が7日間続き、再び緊急事態宣言が発令されたが、成人の日、マスクを着けた華やかな振り袖姿の新成人が目を引いた。近所の公園では、会社への出勤が減っているためか、若い父親と子供が一緒に遊んでいる風景をよく見かけるようになった。公園には趣向を凝らした遊具が増えたが、昭和の時代と変わらないのがブランコだ。社会はデジタル化して猛スピードで変遷しているが、ブランコのリズムはアナログで、人間の生きる速度に合っているのかもしれない。250年ほど前のフランス絵画《ブランコ》(ロンドン、ウォーレス・コレクション蔵)を見たいと思った。

《ブランコ》は、森のような自然の中で正装した大人の男と女が縄でつくったブランコで遊んでいる絵で、ジャン゠オノレ・フラゴナールの代表作である。他愛ない絵に見えるが、フラゴナールは花や葉をキラキラと細かく描写し、画面中央の女性が光輝くように明暗を調整してフォーカスしている。柔らかな色彩に安定した構図。無邪気に靴を片方投げ出し、楽しそうにブランコに乗る女性と男たちの光景には違和感がある。美術史家の大野芳材氏(以下、大野氏)に《ブランコ》の見方を伺いたいと思った。

大野氏は、「優美なる絵画の黄昏 フラゴナールとプレ・ロマン主義」(『世界美術大全集』第18巻、小学館)や、「フラゴナール──噴出する想像力」(『西洋美術の歴史6 17~18世紀──バロックからロココへ、華麗なる展開』、中央公論新社)などの論文を執筆し、フラゴナールに詳しく、フランス近世美術史を専門としている。年の瀬に東京・新宿でお会いすることができた。



大野芳材氏

フランス文学から西洋美術史へ

クラシック音楽の流れる珈琲店で大野氏は静かに語り始めた。1954年三重県四日市市に生まれ、高校まで四日市で過ごした大野氏は、上京して東京大学の法学部を卒業したが、大学院は西洋美術史を専攻した。子供の頃から小説を読むのが好きで、フランス文学への憧れもあって美術史へ変更したそうだ。パリ第四大学へ3年半留学し、1988年東京大学大学院人文科学研究科博士課程を中退、文学部の助手となった。1993年より青山学院女子短期大学へ勤務、2015年教授を退職され、現在は美術史家として活動している。

昨年(2020)、東京富士美術館で開催された『フランス絵画の精華──ルネ・ユイグの眼差し』展(2019-20)は、17世紀の古典主義★1から18世紀のロココ★2美術、19世紀の新古典主義★3、ロマン主義★4、印象派誕生前の油彩画の傑作と、ルーヴル美術館と大英博物館が所蔵する素晴らしい素描が一堂に会し、フランス絵画の歴史を通覧できる大変充実した展覧会で大野氏が学術監修を務めていた。ニコラ・プッサン(1594-1665)の《コリオラヌスに哀訴する妻と母》やアントワーヌ・ヴァトー(1684-1721)の《ヴェネツィアの宴》のほか、フラゴナールの《豊穣な恵み》も出品されていた。

大野氏は「フラゴナールは、ロココ時代の画家でヴァトーのあとを引き継いだ。ロココ様式の特徴は、明るくすがすがしい色彩と軽やかな運動感、華やかな装飾性にある。キューピッドが宙を飛翔するような軽やかな感じで、斜線構図や対角線構図、螺旋形に渦巻く構図にも特徴が見られる。フランス美術を通してフラゴナールは、技術的には10本の指に入る素晴らしい画家だ」と述べた。

18世紀のフラゴナールの時代は、美術に限らず庭園や建築、室内装飾、衣装に至るあらゆる芸術分野と生活がひとつに溶け合い一体化している時代であった。大野氏は《ブランコ》に恋愛の葛藤を書いた劇作家ピエール・ド・マリヴォー(1688-1763)の戯曲『愛と偶然との戯れ』と、モーリス・ラヴェル(1875-1937)作曲の《マ・メール・ロワ》の「終曲 妖精の園」というきらびやかな音楽を想い浮かべるという。



★1──17~18世紀におけるヨーロッパ芸術の支配的思潮。古代ギリシア・ローマの芸術を規範とし、理念の完全・明晰な表現、調和的な形式、理想的な人間像を重視する。

★2──フランス語の岩(roche)と貝殻(coquille)との合成語ロカイユ(rocaille)から派生した語。庭園の洞窟風の空間、噴水に用いた石、貝殻による装飾を指す用語。複雑な渦巻、花飾り、唐草などの曲線的モチーフの装飾を意味する。非対称、優雅さ、遊戯心を特徴とする様式であり、18世紀初めから中頃に流行した。

★3──18世紀中頃から19世紀初めまでのヨーロッパ美術。古典古代(ギリシア・ローマ)の美術を規範とした運動。絵画では、水平性と垂直性、明快で理知的な構図、静動の明確な対比などが特徴である。
https://artscape.jp/artword/index.php/新古典主義(ネオ・クラシシズム)

★4──フランス革命後、ヨーロッパに展開された芸術上の思潮。古典主義や合理主義に対抗し、異郷や過去にユートピアを求め、個性・空想・形式の自由を強調した。
https://artscape.jp/artword/index.php/ロマン主義

ローマ賞大賞第1位

絶対王政の象徴である太陽王ルイ14世が1715年に亡くなり、窮屈な専制君主に不自由を感じていた人々は、その反動で開放感のなかにいた。文化の担い手はヴェルサイユの宮廷から、貴族と富裕市民に移り、悦楽的な貴族趣味の芸術が栄えた。絵画においても、理性に訴えるデッサンを重視したフランス古典主義から、感覚に訴える色彩に重きをおいたロココ絵画へと時代が移っていく。

ジャン゠オノレ・フラゴナールは、1732年南仏プロヴァンス地方の町グラスに生まれた。香水の町として有名で現在は「フラゴナール」というブランドがある。幼い頃に家族と一緒にパリへ出たフラゴナールは、公証人の見習いになったが、その芸術的才能は公証人の目にも明らかなほどで、手袋商人の父は、肖像画や神話画を描いていて、後にルイ15世の首席画家となるフランソワ・ブーシェ(1703-70)へ入門するように勧めた。しかし、絵画の基礎を学ぶためにブーシェは静物画や風俗画を描くジャン・シメオン・シャルダン(1699-1779)を紹介する。1748年ブーシェはフラゴナールを弟子にした。

二十歳になったフラゴナールは、1752年ブーシェの弟子としてローマ賞大賞コンクールに参加し、歴史画《黄金の子牛にいけにえを捧げるヤラベウム》を描き、第1位となる。パリの王立特待生学校で3年以上に及ぶ研鑽を積み、1756年ローマへ留学。聖職者で芸術愛好家のサン゠ノン師の庇護のもと、フィレンツェ、ヴェネツィアと北イタリアの諸都市を回り、風景画を描くことを確信し、1761年パリに戻った。

自由奔放な想像力と卓越した技法

フラゴナールは、素描や淡彩、油彩、パステル、版画とあらゆる画材と描法で、装飾画から肖像画、エロティックな風俗画までジャンルを問わず自身の感性に合った主題で制作に取り組んだ。1765年には歴史的主題の《コレシュスとカリロエ》を王立絵画彫刻アカデミー(以下、美術アカデミー)に出品し、『百科全書』の編集者で哲学者・作家のドゥニ・ディドロ(1713-84)の絶賛を浴びて、美術アカデミーの準会員となった。歴史画家として期待されていたジャン゠バチスト・デセー(1729-65)が亡くなると、フラゴナールはルーヴル宮内のアトリエを与えられた。しかし、将来を嘱望されて歴史画家になるところだったフラゴナールは、規則ずくめの美術アカデミーに嫌気が差し、サロンには参加しなくなる。

大野氏は「背景には王侯貴族だけでなく、新たに富裕な市民層が絵画の享受層、パトロンとして登場してきたことがある。絵画鑑賞の形態が変わり、風景画や風俗画を求める画商や個人コレクターが生まれたため、画家は私的な注文によって生活を送る環境が整い始めた」という。《ブランコ》はこの時期に描かれている。

1769年グラス出身の香水商の娘で細密画家のマリー゠アンヌ・ジェラールと結婚し、一男一女をもうけた。フラゴナール夫妻は1773年から1年ほど、徴税請負人でサン゠ノン師の義理の兄弟である美術愛好家のベルジュレとともに、イタリアを再訪し、オーストリアとドイツを経て帰国した。風景と人物を多数素描し、帰国後に抒情性と崇高さを漂わせる風景画《サン゠クルーの祭り》を描いて新しい境地を開いた。

1780年代半ば過ぎからは、時代が移り大きな成功をみることもなく、フランス革命(1789-99)勃発後は新古典主義の画家ジャック=ルイ・ダヴィッド(1748-1825)の計らいでルーヴル美術館の作品管理官に就いていたが、1797年に解任されて1806年失意のうちに亡くなった。享年74歳。パリのモンマルト墓地に眠る。自由奔放な想像力と卓越した技法で生きる喜びに溢れる軽快な作品を鮮やかな色彩と陰影で表現し、ロココ時代の最後を飾った。


【ブランコの見方】

(1)タイトル

ブランコ(ぶらんこ)。当初、題名は付けられていなかったが、版画として複製にしたときに銘文に記された《ブランコの幸福なる偶然》に起因。英題:The Swing

(2)モチーフ

ブランコ、若い女性、男爵、初老の男(もとはカトリックの司教として構想)、庭、樹木、彫像、犬。

(3)制作年

1767年頃。フラゴナール35歳。

(4)画材

カンヴァス・油彩。

(5)サイズ

縦81.0×横64.2cm。

(6)構図

画面右端の地面から立ち上がる古木が幹から空へと枝を伸ばして視線を画面の中へと導く。3人の人物を結ぶ三角形は安定的な構図である。ブランコを引く男の前には小さな2体のキューピッドの石像が寄り添い三角形を形成し呼応している。画面の右上から左下への対角線上にブランコに乗る女性と男爵を配置し、ブランコの大きな弧線の動きによって、舞台の一場面のように動的な溌剌とした印象を与える。

(7)色彩

コーラルピンク、緑、青、黄色、グレー、白、黒など多色。陰影の描写に優れた、美麗で軽やかな色彩。

(8)技法

卓越した速筆により、軽みのある光輝く装飾美の感覚を働かせた優雅な作品に仕上げた。

(9)サイン

左下に、「fr…rd」の署名がうっすらと残る。

(10)鑑賞のポイント

一説ではサン゠ジュリアン男爵は愛人がブランコに乗り、その足をのぞき見する自分を描いてほしいという依頼を歴史画家のガブリエル゠フランソワ・ドワイヤンにしたが、ドワイヤンは「描くとすれば女性の靴を飛ばす場面を加えたほうがいい」と言って断り、フラゴナールを推薦したという。フラゴナールは、男爵の注文を受け、ひだのある淡いピンクの衣装に青のブローチを付けた若い女性[図1]が、初老の男(依頼ではカトリック司教)の引くブランコに乗り、彼女の脚が見える位置に男爵を潜ませて覗き見るという一瞬を描いた。またこの絵には市民が貴族を嘲笑する気持ちや、知的覇権の争奪の契機となった『百科全書』の出版などを攻撃したカトリック勢力に対する批判も込められているという。ピンクのバラが咲き鬱蒼と茂る木々がつくる閉ざされた世界は、木々の合間から差し込む光によってわずかに外界へと開かれているが、むせかえるようなその秘密めいた場は、画面左の人差し指を口にあてて沈黙を示すキューピッド(クピド:恋愛の神)の彫像[図2]とともにエロティックな雰囲気を暗示している。男爵が手に持つ脱いだ帽子、女性の足から脱げる靴、ブランコの浮遊感は、道徳や宗教的教義から逸脱した性的な意味が含まれている。ロココ時代の自由な恋愛を謳歌する、非道徳的な社会をイメージさせる作品であるが、豊かな自然のなかで生気と機知と魅惑にあふれる、18世紀を象徴する絵画作品である。フラゴナールの代表作。


図1 ブランコに乗る若い女性(《ブランコ》部分)


図2 キューピッドの彫像(《ブランコ》部分)


エロティックな優雅さ

英国のロンドンにあるウォーレス・コレクションが所蔵している《ブランコ》は、門外不出を条件に寄贈されているため、実物を鑑賞できる機会は多くない。大野氏は「庭園で若い恋人たちが密会している場面をフラゴナールは描いている。初老の男はそうとは知らずにブランコを引いているが、若い女性の夫のようにも見える。図像学的にセクシャルな意味を取ると、靴を脱ぐのは女性が男性とベッドに入ることで、右下の犬は女性が小犬を膝に抱くことの連想から男性の意味として描かれることも多い。横たわる男爵が手に持つ帽子は、密会しているところに親が不意に来て男性がペニスを隠す図像にしばしば描かれるが、これは行き過ぎた解釈だろう。また口元に指を立てて沈黙を促すクピドの彫像と、イルカに乗っているクピドの彫刻もある。イルカとクピドは、ヴィーナス(愛と美の女神)が海から誕生したときに、ヴィーナスの乗る貝を先導する役目を果たす。バラはヴィーナスの聖なる花であり、すべて愛に関係している。言葉に出してしまうと卑猥になってしまうが、《ブランコ》が優雅に見えるところがフラゴナールの才能だ。空が抜けて遠景を見せて開放感もある。言葉が感じさせるイメージではなく、絵画そのものが若々しく、躍動感があり、生命の輝きを明るく歌い上げている。個人コレクターのために自由に絵を描けるようになった当時の社会や時代を反映した作品」と述べた。

七年戦争で植民地争奪に敗れたフランスは、財政が危機的状況にあり、大規模な建築計画を進められなくなった貴族たちは、居心地のよい室内の装飾に関心を向けた。開放的な雰囲気のなかで富裕市民層が生まれ、歴史画に代わって静物画や風俗画がコレクターに求められ、画商やアートオークションが整う美術の転換期であった。18世紀初めから中頃に流行したフランス・ロココは、ピンクとブルーに白を加えたトリコロール(三色)が多用され、自由・平等・博愛を表わすフランスの国旗に対応している。



大野芳材(おおの・よしき)

美術史家。1954年三重県生まれ。1981年東京大学法学部卒業、1988年同大学大学院人文科学研究科博士課程中退。1984~88年パリ第四大学第三課程(博士課程)留学。東京大学文学部助手を経て、1993年青山学院女子短期大学へ勤務、教授を2015年退職。2014~15年パリ国際大学都市日本館館長。専門:フランス近世美術史。主な著訳書:『18世紀の美術 ケンブリッジ西洋美術の流れ5』(共訳、岩波書店、1989)、『シャルダン』(翻訳、西村書店、2001)、『フランス近世の美術』(財務省出版局、2003)、『近世フランス美術叢書』全5巻(監修・執筆、ありな書房、2013-16)、『西洋美術の歴史6 17-18世紀』(共著、中央公論新社、2016)など。学術参画した主な展覧会:『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール: 光と闇の世界』(国立西洋美術館、2005)、『ヴィジェ・ルブラン展─華麗なる宮廷を描いた女性画家たち』『シャルダン展─静寂の巨匠』(共に三菱一号館美術館、2011、2012)、『フランス絵画の精華─ルネ・ユイグの眼差し』(東京富士美術館・九州国立博物館・大阪市立美術館、2019-20)。

ジャン゠オノレ・フラゴナール(Jean-Honoré Fragonard)

フランスの画家。1732-1806年。南フランスのグラスに生まれる。父は手袋製造業者のフランソワ・フラゴナール、母はフランソワーズ・プティ。弟がいたが1歳を迎えず死亡。6歳のとき一家でパリへ移住。一時シャルダンに学び、1748年ブーシェに入門。1752年《黄金の子牛にいけにえを捧げるヤラベウム》でローマ賞大賞第1位を受賞。1765年《コレシュスとカリロエ》がサロンで賞賛され、美術アカデミーの準会員になる。1769年グラス出身の香水商の娘で、細密画家のマリー゠アンヌ・ジェラールと結婚し、長女アンリエット・ロザリーが誕生。1780年長男アレクサンドル゠エヴァリストが生まれる。1793年ダヴィッドの推薦によりルーヴル美術館の保管人として管理職に就く。1806年パリにて没。多くの手法でさまざまな主題の作品を描いた18世紀フランス・ロココの末期を代表する天才的な画家。主な作品:《ブランコ》《コレシュスとカリロエ》《サン゠クルーの祭り》《読書する娘》《閂》など。



デジタル画像のメタデータ

タイトル:ブランコ。作者:影山幸一。主題:世界の絵画。内容記述:ジャン゠オノレ・フラゴナール《ブランコ》1767年頃、81.0×64.2cm、キャンバス・油彩、ロンドン、ウォーレス・コレクション蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者: ウォーレス・コレクション、Bridgeman Image、(株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Jpeg形式64.3MB(300dpi、8bit、RGB)。資源識別子: BAL62283.JPG(Jpeg、65.8MB、300dpi、8bit、RGB、カラーガイド・グレースケールなし)。情報源:(株)DNPアートコミュニケーションズ。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:ウォーレス・コレクション、Bridgeman Image、(株)DNPアートコミュニケーションズ



【画像製作レポート】

《ブランコ》の画像は、DNPアートコミュニケーションズ(DNPAC)へメールで依頼した。後日、DNPACのメールにより画像をダウンロードして入手(Jpeg、65.8MB、300dpi、8bit、RGB、カラーガイド・グレースケールなし)。作品画像の掲載は1年間。
iMac 21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって、モニターを調整する。所蔵館のWebサイト上にある作品画像や書籍の画像を参照しながら色調を調整し、額装によって擦れたような劣化が見られた画面両側部分を削除した(Jpeg、64.3MB、300dpi、8bit、RGB)。
セキュリティを考慮して、高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」を用い、拡大表示を可能としている。



参考文献

・マリヴォー著、進藤誠一訳『愛と偶然との戯れ』(岩波書店、1935)
・池上忠治著、嘉門安雄・中山公男監修『ファブリー研秀 世界美術全集 第7巻 プーサン/ワトー』(研秀出版、1978)
・図録『フラゴナール展』(読売新聞、1980)
・中村真一郎・瀬木慎一・馬渕明子『カンヴァス世界の大画家20 フラゴナール』(中央公論社、1983)
・坂本満責任編集『世界美術大全集 第18巻 ロココ』(小学館、1986)
・ヴォルフ・フォン・ニーベルシュッツ著、竹内章訳『バロックとロココ 《叢書・ウニベルシタス》』(法政大学出版局、1987)
・スティーヴン・ジョーンズ著、高階秀爾・大野芳材訳『18世紀の美術 ケンブリッジ西洋美術の流れ 5』(岩波書店、1989)
・John Ingamells『The Wallace Collection Catalogue of Pictures Ⅲ French before 1815』(The Trustees of the Wallace Collection、1989)
・図録『ブーシェ・フラゴナール展』(展覧会カタログ委員会、1990)
・下濱晶子「ぶらんこ 時代を映す貴族たちの恋のゲーム」(『逸楽のロココ 名画への旅15 18世紀I』、講談社、1993、pp.78-83)
・ヴィクトリア・チャールズ、ジョセフ・マンカ、メーガン・マクシェーン、ドナルド・ウィガル著『世界の名画 1000の偉業』(二玄社、2006)
・Jean-Pierre Cuzin・Dimitri Salmon『Fragonard : regards croisés』(Mengès、2007)
・エーファ・ゲジーネ・バウアー著、Yoko Suzuki訳『ロココ ニュー・ベーシック・ジャンル・シリーズ』(タッシェン・ジャパン、2010)
・吉田朋子「フラゴナール《サン・クルーの祭》」(『フランス近世美術叢書Ⅱ 絵画と受容──クーザンからダヴィッドへ』大野芳材監修、ありな書房、2014、pp.203-238)
・大野芳材「フラゴナール──噴出する想像力」(『西洋美術の歴史6 17~18世紀──バロックからロココへ、華麗なる展開』、中央公論新社、2016、pp.652-656)
・安室可奈子、吉田朋子「第148回例会 ロココの世界 : ヴァトーとフラゴナール、神話の愛と世俗の愛」(『日仏美術学会会報38:2018年』、日仏美術学会、2019、pp.72-74)
・図録『ルネ・ユイグのまなざし フランス絵画の精華──大様式の形成と変容』(東京富士美術館、2019)
・木村泰司「読むだけで教養が高まる西洋美術史(第15回)ロココ三大巨匠 : ヴァトー、ブーシェ、フラゴナール」(『Best partner』32(3)375、浜銀総合研究所、2020.3、pp.36-41)
・Webサイト:Richard Rand「BIOGRAPHY Jean Honoré Fragonard(January 1, 2009)」『National Gallery of Art』2021.1.5閲覧(https://www.nga.gov/collection/artist-info.1316.html#biography
・Webサイト:「Jean-Honoré Fragonard The Swing」(『National Gallery of Art』)2021.1.5閲覧(https://www.nga.gov/collection/art-object-page.46116.html
・Webサイト:「THE COLLECTION Jean-Honoré Fragonard Les hasards heureux de l'escarpolette (The Swing)」(『The Wallace Collection』)2021.1.5閲覧(https://wallacelive.wallacecollection.org:443/eMP/eMuseumPlus?service=ExternalInterface&module=collection&objectId=65364&viewType=detailView



掲載画家出身地マップ
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2021年1月

  • ジャン゠オノレ・フラゴナール《ブランコ》──生命の輝き「大野芳材」

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