このページでは編集部のスタッフが交代で、著者とのやりとりや取材での出来事、心に留まったこと、調べ物で知ったこと、考えたことなど、つらつら書いていきます。開設から30年近い記事がすべて読めるartscape。過去の記事も掘り起こして紹介させていただきたいと思います。読者のみなさまには箸休め的な感じで楽しんでいただけると幸いです。

去る4月13・14日に東京・表参道で「DE-SILO EXPERIMENT 2024」というイベントが行なわれていました。人文・社会科学分野の研究成果をアーティスト/デザイナーがインプットし、展示やパフォーマンスなどのかたちでアウトプットするというコラボレーションを趣旨としたものです。プログラムとしては開催日の両日ともに公演パフォーマンスと展覧会の二つが設定され、それにあわせて会場も二箇所となっていました。ひとつはWALL&WALLというライブハウス系のスペースであり、もうひとつはOMOTESANDO MUSEUMという展示スペースです。二箇所とは言ったものの、両者は同じビルの地下階と二階に位置しているため、両会場の行き来はスムーズでした。

「DE-SILO EXPERIMENT 2024」展示風景

学術的な研究をベースにしてパフォーマンスを行なう。そう聞くと、先月に自分が編集を担当した田中堅大氏の記事「都市に介入する欧州サウンドアートの現況──ブリュッセルでの実践から」が思い起こされます。田中氏は自身の活動にとって系譜的な影響を与えた都市論的な文脈を紹介するとともに、わけても欧州における研究機関による音楽を用いた都市的な実践について、日本語の記事としては貴重と思える情報を提供してくださいました。

さて、話を戻します。DE-SILO EXPERIMENTでは、公演を聴取するモードと展示を観覧するモードとの二つが、ひとつのイベントに参加しながら切り替わるという体験が新鮮でした。具体的には、自分が参加したのは人類学者の磯野真穂氏と小説家の山内マリコ、松田青子両氏が登壇したセッションです。「21世紀の理想の身体」をテーマとしたこの企画は、トークセッションとワークショップと小説の展示という三つの様態を有する複雑なものです。人体や身体加工に関する人類学的な考察に基づきつつ、現役の小説家3名が短篇小説を執筆し、その成果を展示物として観覧の対象としながら、なおかつそれと同種の思考過程を来場者にもワークショップのかたちで体験するよう促すという企画でした。

このように物語を素材とする同時代的な試みはいくつも見られるような気がしています。企業活動の一環でSF作家にオーダーメイドの小説執筆を発注するSFプロトタイピングの事例もあれば、ファッション系のデザインスタジオ・Synfluxがワコールの研究所および京都工芸繊維大学と共同で未来シナリオを思索しながら「未来の下着」を試作するといった例もあります。なお、Synfluxの活動やその方法論については、同社CEOの川崎和也氏がかつてartscapeに寄稿してくださいました

もしくは、今年の日本SF大賞を受賞した長谷敏司『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』もこの文脈で読んでみると面白いかもしれません。同作はコンテンポラリーダンスと義足AIという二つの主題をSF的にかけ合わせつつ、親の介護に奔走しながら芸術を志すダンサーを主人公とした近未来の日本の物語です。じつは同作がSF小説として完成する以前には、ダンスカンパニーと長谷敏司が協業したワークショップ的な営みがあったそうです。その事実を知ると、DE-SILO EXPERIMENTのような学術主導の試みがやがて芸術的に大きな評価を受けることもありえそうに思えてきます。

ここからは、二つの方向性の話題に分岐しえます。

ひとつは、DE-SILO EXPERIMENTとは反対に、SF的な想像力やSFのIP(知的財産)から発して学術ないしリサーチに手を伸ばす方向の仕事です。講談社が運営する『攻殻機動隊 M.M.A. – Messed Mesh Ambitions_』は、情報社会論や身体論、東洋論などの諸文脈に属する読みものコンテンツを発信する媒体となっています。「《攻殻機動隊》シリーズが提示してきた数多くの先駆的な『問い』を積極的に継承しながら、現代社会が抱える様々な主題について思索・議論するためのメディアプロジェクト」と巻頭にあるように、『攻殻機動隊』がかつて思索をめぐらせていた対象としての21世紀の「未来」に生きる現代人にとって、その現在地を探るような論考がいくつも掲載されています。(なお、筆者はその一部のコンテンツの制作に関わっていることをここに明記しておきます。)

もうひとつは、いまでこそ一般的なものとなった多領域・多国籍間でのクリエイター同士による協業に関して、日本におけるその先駆的な仕事を紹介する展覧会についてです。東京生まれの伝説的なアートディレクター/デザイナーである石岡瑛子の大規模な回顧展「石岡瑛子 I デザイン」が現在全国のミュージアムを巡回中であり、石岡がマイルス・デイヴィスやフランシス・フォード・コッポラとともにコラボレーションした仕事の数々がたくさんの人々の目に触れています。artscapeはその情報発信をバックアップしており、茨城県近代美術館での展覧会開催に先立って、茨城県出身のグラフィックデザイナーである塚田哲也氏にインタビューを行ないました。本企画では1年ほどのあいだ、連載形式で展示の巡回先に応じたコンテンツを発信していく予定ですので、ご贔屓いただけましたら幸いです。(O)

茨城県近代美術館にて