artscapeでもレビューなどでたびたび取り上げている、パフォーミングアーツのプログラムを中心に、都市にあらたな「コモンズ(共有地)」を生み出すプロジェクト「シアターコモンズ」。2017年のスタートから数えて第9回目の開催となる今回、筆者もこの2月末〜3月頭の会期のなかでいくつかのプログラムを鑑賞。その最後に訪れたのはゲーテ・インスティトゥート東京でのこちらのプログラムでした。


シアターコモンズ’25
ルネ・ポレシュ[ドイツ]/小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク
「あなたの瞳の奥を見抜きたい、人間社会にありがちな目くらましの関係」

https://theatercommons.tokyo/program/rene_pollesch_ayaka_ono_akira_nakazawa_spacenotblank/

実際に会場に来てまず目に入るのは、車座にぐるりと配置された椅子。着席の前に、大きな鞄やコートはこちらに置くようにと空間の脇に広めに用意された荷物置き場を案内される。空いている椅子の上には当日配布のパンフレットに加えて、ホチキスで留められた厚みのある紙の束が置いてある。あ、台本だ。ということは、私たちはこれからこれを読んでいくのだ、と急速に理解が深まり、若干の緊張感をまといながら心がそれに向けたモードへと調整を始める。トランプを一枚引き、台詞に振られた自分が担当する番号が割り振られる。

開始時間までの間にパンフレットを読んでいくと、このプログラムはシアターコモンズのプログラムのなかでも「リーディングパフォーマンス」というカテゴリに属するものらしいということがわかってきます。「リーディング」と聞くと、俳優が台本を手に持った状態で上演される、朗読劇と通常の演劇の中間ぐらいの形態の公演(ときに本公演に先駆けて経過発表的に行なわれるような)、といったイメージがなんとなく頭の中に浮かびますが、いま改めて公式ページを読み返すと「私たち観客自身が声に出して読む」とはっきりと説明がある。なのに数週間前にチケットを予約したときの自分はそれをちゃんと目視したのかしていないのか、いずれにせよあまり深く意識しないまま席を確保し、そのまま当日を迎え、あくまで通常の演劇公演で自分は客席側に座って観るんだという想定のもと、当日会場にフラフラとやってきたのでした。でも、ただ観るのではなく読むのだ、これから、声に出して。自分に突如もたらされたささやかな使命が、なんだかどこか嬉しくもある。

冒頭にまず、このプログラムの演出を担当する小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクの二人と、戯曲の翻訳・ドラマトゥルク・出演を務める原サチコさんから今日の趣旨と進め方の説明があり、「私たちだけの、一回限りの上演を作り上げましょう」という呼びかけからリーディングは始まりました。

結果から言うと、90分間の「上演」は、想像を大きく上回って刺激的かつ、スリリングな忘れがたい時間でした。演目の情報のどこかしらに反応してこの場を訪れているという共通項こそあれど、ほぼ初対面の者同士が偶然に居合わせている。そんな半公共的な空間に、自分の声が反響しているということが、何よりもまず単純に動物的な楽しさがあるのだという驚き。それは戯曲の冒頭の「ALL」と振られた台詞を、周りの声のトーンを探りながら恐る恐る読み上げ始めた瞬間に即座にわかり、口角がつい上がってしまうものでした。台詞を読み上げるだけでなく、椅子から立ち上がってみんなでラジオ体操第二をする時間や、演出者側のパフォーマンスをただ眺める時間もあったり、戯曲に関する質問コーナーが途中何度か設けられていたり──一人ひとりが同じテクストに向かい、あらゆる感覚器官を使ってのびのびとそれに潜っていくための工夫と配慮が最初から最後まで散りばめられていて、演出というものの力をダイレクトに感じられるマジカルな体験がそこには存在していたのでした(もちろん、そう自分たちを駆動し高揚させてくれたのは、中心にある戯曲のテクストそのものの魅力が多分に影響しているのは言うまでもなく、今回読んだものの内容についても詳しく言及したいところですが、そちらはartscapeの執筆陣に譲り省略させていただきます)。

自分自身が長らく固定的に立っていた「観る側」という安住の地からはしごを外され、境界を飛び越えることで初めて得られる世界の解像度がある。偶然いま隣や対角線上にいる人が、今日ここに来るまでに辿った経路や一日に、少しだけ思いを巡らせる。今回は(単に自分の注意散漫により)想定外のエンカウントのような格好になりましたが、もっといろいろな戯曲を、いろいろな人と囲みたいなと思うし、わずかな接点しかなくとも、居合わせた場に自分の一部を供するというときの身体のこわばり方、そして面白さを同時に思い出す時間、そういうものを増やしていけたらなと感じる春の始まりでした。(g)

[小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクの関連レビューなど]
スペースノットブランク『原風景』|山﨑健太:artscapeレビュー(2019年03月15日号)
スペースノットブランク『ウエア』|山﨑健太:artscapeレビュー(2020年04月01日号)
スペースノットブランク『光の中のアリス』|高嶋慈:artscapeレビュー(2021年01月15日号)
生き生きと、長持ちさせる方法を巡って──『ダンスダンスレボリューションズ』と上演の軽さ|谷竜一​(京都芸術センター):キュレーターズノート(2023年10月15日号)
小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『光の中のアリス』|山川陸:レビュー(2024年12月06日)
6組のアーティストから、レビューへの応答|河野愛/小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク/近藤銀河/八木幣二郎/三浦直之/原田裕規:読みもの(2024年12月17日)


[原サチコさんが出演していたQ『弱法師』レビュー]
Q『弱法師』|山﨑健太:artscapeレビュー(2023年10月01日号)
Q『弱法師』|高嶋慈:artscapeレビュー(2023年10月15日号)




(会場のゲーテ・インスティトゥート東京を出て、赤坂見附方面に向かって歩いていく途中での一枚)