会期:2025/04/12~2025/04/20
会場:私立大室美術館[三重県]
公式サイト:http://www.ichiku.org/2025/03/23/大室万物博覧会-omuro-expo-2025/
建築家の大室祐介が改修、企画、運営を手がける私設美術館「私立大室美術館」(三重)★1では、大室が主宰する 「万物のための博覧会」こと「大室万物博覧会 OMURO EXPO 2025」が開催されている。本企画は、年度内に複数回の開催が予定されており、本館での企画展に加え、8つのテーマパビリオン★2、およびアーティスト・橋本雅也の作品を常設展示する分館から構成される。第一回目の企画展として、アーティスト・松延総司による個展「私の石:MY Stones」が開催された。
松延総司の「私の石」は、自らの手で成形したセメント製の造形物を「石」に見立て、観念としての「石」をコンセプチュアルに再考する作品である。2011年から継続して制作・発表されてきた本作品はすでに1万3000点を超え、国内外の施設や野外に設置されてきた★3。個々を彫刻として定義するのではなく、それらが並ぶことで顕われる、形式でも物質でもない、関係性の総体こそが重視されている。
本展では、本館の改修により天井が取り払われて露出した開口部の格天井や展示室を区切る木格子、既存の窓枠、床面など、美術館内の複数の構造に沿うかたちで大小さまざまなセメント造が配置される。これは建築や環境内に配置してみることで、「石」とは何かという問いを空間のなかに浮かび上がらせる試みである。とりわけ屋外では、石がグリッド上に均等に並列され、環境のなかに幾何学的な秩序が挿入される。点としての「石」が面となって拡張していくという構成は、世界中に遍在する「石」の巨大数としての総体的な像を想起させる。
「私の石:MY Stones」展会場風景[筆者撮影]
「私の石:MY Stones」展会場風景[筆者撮影]
こうした構成は、アンリ・ルフェーヴルが『空間の生産』で論じた網状組織の概念と響き合う★4。空間は単一の意味で空間を構成するのではなく、身体、感覚、記憶を基点とした複合的なテクスチャーの交差によって、関係や用途、機能、記憶、視線といった多層的な布置が交錯して立ち上がる。松延の石の一つひとつは断片でありながら、手作業の質感を感じさせながらも何かを象るのではない。反復される動作や、それが置かれる文脈を通じて、「石」の関係性を立ち上げる構造からは、イコンやシンボルではなく、痕跡や接続の指標としてのインデックスが読み取れる。展示空間に現われる「石」の総体は、実際に視認できる範囲を超え、背後に広がる無数のアクターを逆説的に顕在化させることで、鑑賞者の感覚やスケール感を研ぎ澄まし、展示空間そのものが思考の装置となっている。
鑑賞日:2024/04/19(土)
★1──私立大室美術館については、以前の記事に施設の経緯を記載している。https://artscape.jp/article/15589/
★2──モルタル造の円柱台座の上には、白銀比を基調とする小型パビリオンが設置されている。参加作家は稲葉直也、今井大介、金光男、小池一馬、さかもとゆり、Daniela Hoferer、中谷ミチコ、宮田雪乃
★3── 松延がこれまでに制作した「石」は撮影・記録され、ウェブサイト上にアーカイブとして公開されている。厳密なナンバリング管理ではないが、膨大な数の「石」がタイポロジー的に整列され、計り知れない数の石を眺めることができる。https://matsunobe.net/works/mystones/mystones.html
★4──八束はじめ「『空間』を(とりわけ社会の中で)考えようとする者たちへ」https://www.10plus1.jp/monthly/2004/09/10213917.php