温暖化で雪が少なくなったとはいえ、それでも金沢の冬は厳しい。それに、この北陸はドカッと湿った雪がたまに降る。そんな金沢で、あの「バナナ」に雪を見させてあげるという、なんとも心温まる作品が、金沢21世紀美術館の屋外で、2024年秋から2025年冬にかけて設置されていた。これは金沢21世紀美術館の20周年企画展でもあった「すべてのものとダンスを踊って 共感のエコロジー」のなかの、総合地球環境学研究所(以下、地球研)との共同プロジェクトである「アニマ・レイヴ 存在の交差点で踊る」で展示された、通称「バナナコンポストハウス」である。このプロジェクトを担当し、会期スタートのおよそ半年前からなんとかかんとか形にするまでの波乱万丈を記録すべく綴る。
保良雄《コンポストハウス竪穴式型》(2024) 有機物循環プロジェクト[撮影:森田兼次]
総合地球環境学研究所とは?
通称、地球研。なかなかアートとは距離があるとも思えるこの機関について、artscapeの読者は知る人は少ないかもしれない。すこし説明しておこう。地球研は2001年に京都に設立された研究機関で、国立民族学博物館や、国際日本文化研究センターなどと同じ、人間文化研究機構に属する。地球研では、地球環境問題を「人間/humanity」と「自然/nature」との関係性から捉えなおすため、文系と理系の知を融合した学際的研究に取り組んでいる。さまざまな分野の研究者がプロジェクトを立ち上げ、それらが3~5年のスパンで継続される。ここに所属する研究者の多くは、ほかの大学から期間限定で京都の地球研に集う。こうした研究者は、この研究所の学際的性格に成果発信のあらたな可能性を模索して参加している。初代所長は動物行動学が専門の日髙敏隆さんがつとめ、現在は、ゴリラと話せる研究者、山極壽一さんがつとめている。
はじめて地球研を訪れたのは2024年3月だった。ゆるやかに曲線を描く建築(日建設計、2005)で、内部には壁をもたない巨大なワンルームの空間に研究者がつめている。まさに学問の間に垣根無しが、建築で体現されている。また「地球研ハウス」と呼ばれるレジデンスが、同じ敷地内にある。ここにはシェアキッチンがあり、懇親会のための料理をし、食事をともにする。顔をあわせながら食事をつくり、食べる空間があることは、とても大事なこと。わたしも数々の建築を訪ねたが、公共建築のなかでも、キッチンが見える形でしっかりある施設は、どこかコミュニケーションが潤滑な印象をもつ。食事をすることは、研究以前の人間の基本的なコミュニケーションとして、とても大事なことだろう。
総合地球環境学研究所の外観[写真提供:総合地球環境学研究所]
Shall we ダンス?
一般に研究者のアウトプットとしては論文、あるいは講演などがすぐに思い浮かぶだろう。いずれも、文字や言葉によってその成果を伝える手法である。ただ地球環境を一緒に考えるべき相手は、人間だけではない。昨今の環境哲学では、人間と自然とを対峙させるのではなく、人間もまた、現代の生態系のひとつとして捉えながら、すべて同列に考えることが大事である。であれば、サルも、クモも、微生物にいたるまで現代をいきる種のひとつとしてこの世界をいかに暮らしやすいものにすべきかを、ほかの種に思いを馳せ、ともに考えるべきである。人間の言葉や文字だけで、この問題を伝え合うのでは、環境問題を共に考える相手にとしては不十分だ。そうした言語を使って環境問題を伝えることの不十分さは、研究者のみなさんも感じていたものだった。展覧会「すべてのものとダンスを踊って」においては、言語が生まれる以前の、共感のための手段としての「ダンス」がキーワードとしてタイトルに含まれた。やはり研究者もいっしょにダンスを踊ってもらう必要がある。
とはいえ、研究と表現を両立させることはなかなか難しい。論文を書くことが研究者にとってのアート(技術)であるならば、やはり表現という部分は、アーティストのアート(技術)であるはずだ。そこで、アニマ・レイヴの活動では、研究者とキュレーター(私)にくわえてアーティストを介在させること、その三者の協働という構造をつくって、今回の展示に挑んだ。
研究者との対話はなんて楽しいのだ……
今回のプロジェクトは、地球研のなかでも上廣環境日本学センターの吉川成美さん、また地球研を長く牽引し、いまは客員として在籍している阿部健一さん、この2人が地球研側の統括を担ってくれた。そして、地球研からはほかにも林健太郎さん、大山修一さん、新城竜一さん、渡邊剛さんの4名が展示に関わることとなり、この4名の研究内容を1日かけてプレゼンしてもらう時間を設けてもらった。この展示準備には、まず学ぶことが必要であった。その時間のなんと贅沢だったこと! 多忙な研究者たちがわざわざ時間を割いて、知らないことに対する素朴な質問にも真摯に答えていただいた幸せな1日であった。
そして受け取ったそれぞれの研究課題を伝える展示をどのように作っていくか。これは、キュレーターである私に託されている。そして、共に考えてもらうメンバーとして、能作文徳さんと常山未央さんという2人の建築家にもこの展示に関わってもらった。彼らはちょうど、「都市菌(としきのこ)──複数種の網目としての建築」という展覧会をTOTOギャラリー・間で開催していたところであり、このテーマへの興味関心が近い彼らが適任であろうと考えたからであった。
地球研で実施した大プレゼン大会 [筆者撮影]
「土」「水」「サンゴ」チーム
そして、それぞれの研究者のそれぞれの専門性から「土」「水」「サンゴ」という3つのチームを編成して、それぞれのコーナーを設けることになった。「土」チームにはアーティストの保良雄さん、「水」チームには映像作家の澤崎賢一さん、「サンゴ」チームには作曲家の藤枝守さんと、建築設計事務所のガラージュというアーティストが関わることになった。そしてここからほぼ毎日のように猛烈なミーティングが始まる。もしかしたら、当初、参加された研究者のみなさんは、プレゼン大会で情報を手渡したら、そのあとアーティストから展示が提案される……と思われていたかもしれない。しかし、今回のプロジェクトは、単に研究を素材にアーティストが調理して展示する作品をつくるものではない。研究発表というフォーマット自体を塗り替えるものであるという点においては、最後まで制作の主体は研究者なのである。ただその認識を双方が持ち続けることは、存外難しい。
出来上がったものを少し紹介しよう。冒頭に紹介した「コンポストハウス」は、この「土」チームによるものだ。正式名称は、保良さんによって《コンポストハウス竪穴式型》と名付けられた。昨今、家庭でも普及しているコンポスト。その中で働く微生物の存在を、彼らが発する熱を体感することで、見えないけれど、たしかに同じように生きているのだと、そのがんばりに心を寄せる回路を設けることが、この作品の目的でもあった。出来上がった作品は、コンポストの熱で、冬の金沢でもバナナが育てられるハウスとなった。コンポストの中の微生物と人間が関わり、その結果バナナが育つ。私はバナナを枯らさないように、その手当に必死である。金沢の冬を越そう! と、与えられた試練をバナナとともに乗り越える一蓮托生の思いで、微生物のえさとなる生ゴミを投入し続けた。そして取り付けられた温湿度計は、インターネットを介して関係者のあいだでシェアされて、みな、日々変わるコンポストの温度を一喜一憂しながら、見届けていた。
また、「土」チームでは、交流ゾーンにおかれたロッカー内も使って展示を行なった。じつは身の回りにあふれている窒素に目を向けようという試みであった。われわれは小学校で学ぶとおり、空気の8割ほどは窒素で満たされている。そのままであれば安定な状態(不活性)で環境に悪影響はない。しかし、植物の成長を促すこの窒素を、肥料として固定化できる技術が100年ほど前に生まれると、環境のバランスを崩す要因となっていく。さらには、この窒素はいわゆるダイナマイトを生み出すことにも貢献する。見えないけれど、生活に大きな影響を与える窒素。それをロッカーの扉を明けた瞬間に、さまざまな形で使われる窒素が目に飛び込んでくる。窒素の原子番号「7」を引きながら、「7」を含むロッカーを使ってはという保良さんのアイデアのもと、林さんに内容の監修をしてもらい展示を行なった。
「水」チームは、LINKAGEプロジェクトという、地質学者から政治学者、水文学者まで分野を横断して、奄美群島の水を介した研究を展開する研究グループである。澤崎さんが提唱するメタ映画・コモンズ映画の手法を通じて、サンゴ礁の島の水の循環へせまる研究の多様性を見せる映像インスタレーションができあがった。この映像作品は、専門分野の異なる人々の交流プロセスを記録し、展覧会会期中のアップデートが目指されたものだったが、実は展覧会終了後の現在も着地地点を模索しながらの共同制作が続いている。「サンゴ」チームは、藤枝さんによるサンゴの音で作られたサウンドと、ガラージュによるサンゴで作られた模型を通して、サンゴとそれによって形成されている喜界島がもつ記憶に焦点をあてた展示となった。
LINKAGEプロジェクトの展示[撮影:森田兼次]
SceNEプロジェクトの展示[撮影:森田兼次]
Sustai-N-able(SusN)プロジェクトの展示[撮影:森田兼次]
研究者とアーティストの相互領域侵犯こそが創造の母か
研究者とアーティスト。それはコラボレーションであっても、一方的な関係ではない。こうした研究の展示は、ふとした瞬間に一方向の関係に陥りがちだ。研究者からの情報をアーティストが表現するわけではない。研究者とアーティストとの対等な関係を構築すること。そして双方の尊重は必要であるが、相互の領域への侵食もまた創造の端緒になり得ると感じていた。つまり研究者がアートを考え、アーティストは研究を学ぶ。ときに研究者はエビデンスの重要性を訴えるが、アートのもつフィクショナルな展開から、その虚構を現実につなげる技術を援用することで、研究の社会化を推し進める強力なパートナーともなり得るのだ。そこでのキュレーターの役割は、この駆け引きを常に動かし続けること。キュレーションの語源が「curare」、お世話をするという意味であっても、ここでは「お節介する」に近い相互介入を促す役割をしなければならない。
地球環境問題は、教条的な手段だけではなかなか解決には向かわない。美術館が出来ることは、新しい価値観を経験を通して伝えること。そして、アーティストや研究者というタイトルにかかわらず、いまを生きる存在と心にもつ問題意識を結びつけながら、なんらかの形で第三者に伝える方法を提示していくことだろう。それが特に現代美術を扱う館の役割なのではと思うに至った。
生ゴミを投入し、土を撹拌する[撮影:森田兼次]
すべてのものとダンスを踊って―共感のエコロジー
プロジェクト「アニマ・レイヴ 存在の交差点で踊る」会期:2024/11/02~2025/03/16
会場:金沢21世紀美術館 交流ゾーン[石川県]
プロジェクトメンバー:
総合地球環境学研究所=山極壽一、阿部健一、吉川成美
有機物循環プロジェクト=大山修一
Sustai-N-ableプロジェクト=林健太郎
LINKAGEプロジェクト=新城竜一、高橋そよ、久保慶明、安元純
SceNEプロジェクト=渡邊剛、山崎敦子、重定菜子
参加アーティスト=保良雄、澤崎賢一、ガラージュ、藤枝守
建築家=能作文徳、常山未央
キュレーター=長谷川祐子、本橋仁
主催:金沢21世紀美術館(公益財団法人金沢芸術創造財団)
協力:総合地球環境学研究所(上廣環境日本学センター)、三菱ケミカル株式会社
公式サイト:https://www.chikyu.ac.jp/rihn/events/detail/249/