東京・東日暮里に2025年5月、「Sculpture Center Tokyo」というスペースがオープンした。そこでの最初の展覧会「Model/Reflection」は、1970年代の日本を中心とした「もの派」の動向に関連づけて語られることが多かった彫刻家・原口典之の活動初期から晩年に至るまでの作品・作家像に新たな光を当てることを目指した展覧会である。
過去の作家や作品を新たに展覧会として提示するとき、現代社会との響き合いのなかで顕在化するものに私たちはどう向き合っていくか。そしてその先にはどのような解釈や、現在のアートシーンとの接続といった広がりが新たに生まれるか。1960年代以降の彫刻を中心に美術研究を行ない、社会と芸術の関係や、そのなかにおけるジェンダーの領域でも多岐にわたる活動に取り組む高橋沙也葉氏にご寄稿いただいた。(artscape編集部)

アーティストの「立ち姿」

Sculpture Center Tokyo──2025年5月下旬、東日暮里にオープンしたそのスペースを訪れると、入り口で筆者を迎え入れたのは、紙いっぱいにグレースケールで印刷された、壁を背に真っ直ぐ立ちこちらを見つめるひとりの芸術家、原口典之(1946–2020)のイメージである。ラインの入ったTシャツにジャケットをはおり、白い髭をその顎に蓄えている原口の表情は、その気取らない服装とは対照的に険しい。口をかたく閉じ、顎を上げてカメラを見下ろすように睨む原口の姿は、近代以降繰り返し生産され、典型化されてきた「巨匠」、無骨な「男性芸術家」の図像の系譜を思い起こさせる★1。何重かに露出された原口のポートレートの上には「Model/Reflection」の文字が重なり、これが本スペースの杮落とし展を飾るイメージであることがわかる。

原口典之「Model/Reflection」展メインビジュアル[筆者撮影]

戦後、とりわけ彫刻や立体作品を制作するアーティストの実践は、記録写真から作家のポートレートまでを含む、さまざまな「写真」からいっそう切り離せないものとなった★2。1960年代半ば、作品の意味・内容の説明や装飾を最小限に切り詰めることで、彫刻という形式自体に自己批判的に向き合おうとしたミニマルな彫刻が興隆すると、作品におけるアーティスト個人の「手わざ」は後景化した。一方で、あるいは「だからこそ」、アーティストは自身の制作風景や自身の「立ち姿」を積極的に公開し、作品の評価をパフォーマティブに確立し続けた。たとえば60年代末のアメリカのアーティストは、寡黙な作品を制作する一方で、発信するイメージや振る舞いを通して雄弁に語った。近年、美術館がこうした作家のポートレートを全面には押し出さず、ミニマルで静謐な作品の見た目を強調する傾向にあるのは、当時支配的であったこうしたアーティスト像──それらは芸術家であると同時に「労働者」らしくもあり、徹底的にマスキュリンである──がこんにち時代錯誤になりつつあるからだろうか★3

Sculpture Center Tokyoが今回の展覧会で原口のこうした「立ち姿」をメインビジュアルに据えていることは、本スペースが1970年代の日本のアートシーンの「空気」をどのように捉え、現在に位置づけようとしているかを考えるうえでも示唆的であるように思われる。Sculpture Center Tokyoというどこか「公的な」彫刻のアーカイブスペースを思わせる名を冠した本スペースは、ある1980年代生まれの現代美術家、I氏が中心的な運営メンバーとなり始動したという。展覧会場でI氏と1時間ほどの立ち話をさせていただくなかで、Sculpture Center Tokyoの運営は、1970年代に活躍した日本のアーティストの彫刻をはじめとする芸術実践をこんにちの日本の現代美術シーンに接続することを試みる野心的な取り組みであると筆者は理解した。今後本スペースでは、物故作家となり、さらなる研究が待たれるアーティストの作品を遺族やギャラリストの協力を得て借用し、展示しながら、時にはそこに自身を含む現代のアーティストの作品をともに並べ、紹介していくというかたちでも展開されていくという★4

1946年に生まれ、神奈川県横須賀市で生まれ育った原口典之は、1966年に日本大学芸術学部に進学して本格的に制作を始めてから2020年に逝去するまで多数の作品を生み出し、とりわけその工業的な素材やモチーフに対する率直な眼差しによって国内外で注目を集めてきた。1980〜90年代、原口はその交友関係や展示歴から、かの「もの派」、そして時にはアメリカのポスト/ミニマリズムとの影響関係という切り口から言及されることが多かったが、2000年代以降、原口の実践の独自性を再評価する流れも生まれる★5。それらは、「もの」という抽象化された概念に原口の実践を還元するのではなく、原口が用いる素材やモチーフに時代的・場所的に固有な歴史性を──時には原口が生まれ育った横須賀の風景から、少年時代より親しんできた戦闘機のプラモデルから、60年代末の日本大学の学生運動の喧騒から──読み取り、より複雑な分析に作品の語りを開いた★6

本展「Model/Reflection」もまさに、原口という作家の再評価のためのひとつの糸口を、現在の日本のアートシーンを生きるアーティスト、そして批評家の視点から提示する試みであると理解して、筆者は展覧会場を見渡した★7。冒頭で触れた原口のポートレートが掲載された新聞紙のような大きさのハンドアウトを手に取ると、その裏側にはこの杮落とし展に際して書き下ろされた美術批評家・黒瀬陽平氏によるテキストが掲載されている。黒瀬氏が本展覧会に提供する理論的枠組みの内容については後述するとして、まずは展示室内を歩いてみたい★8

広々としたホワイトキューブのフロアの中心を占めるのは、原口が1970年代からシリーズとして制作を続け、代表作のひとつとして知られるようになった《Oil Pool》(2015)である。傷ひとつない黒いガラスの上面を携えた、1メートル×2メートルほどの平たい立方体の箱のように見えるそれを覗き込むと、その面が実はソリッドなものではなく、鉄板からなる箱の中に廃油を満杯まで注ぎ込んだものであることがわかる。表面張力が作り出すその「一時的な」形態は、鉄と油という素材が持つ重みとも響き合い、その周囲の空気をも静かな緊張感が充満したものに変質させてしまう。壁面には、原口が1968〜69年に制作した《Air Pipe》シリーズから1作と、1988年の抽象的なドローイング作品が1点、そして2016年に制作された絵画1点が並ぶ。会場で目を引くのは、やはり《Oil Pool》の奥の壁面にかけられた《Air Pipe》(1968)である。工場などで用いられるエアダクトからインスピレーションを得て、それを模した形体を平面や半立体で表現するシリーズとして知られる《Air Pipe》のなかでも、本作は重機で押し潰されたあとのそれのように、その形態はぺたりと引き延ばされ壁にかけられている。60年代末の原口が制作した、接続先も空気を運ぶための内部も持たないこの「パイプ」であるが、ここでは本作に内包された「無力さ」「不能さ」よりも、そのほかの展示作品との響き合いが生み出す形態や色彩の端正さの方が際立って感じられる。

黒瀬陽平氏による「模型の思想」──「運動」と「作品」

本展では、上述の作品とともに戦闘機のプラモデルと小さな絵画が数点「資料」として展示されていた★9。なかでも細密に作られたそのプラモデル2点は、少年時代から横須賀で戦闘機やアメリカのイメージに親しみ、自らプラモデルというかたちで再構築を行なってきたという原口の伝記的な背景を構成する重要な存在である。そして、黒瀬氏が本展覧会に寄せたテキスト「模型(モデル)の思想」もまた、そのタイトルの通り「模型」という切り口から原口の実践の再読を試みるものである。ここで、今回「Model/Reflection」展が提示しようとした原口典之像はどのようなものか、という問いをもって、黒瀬氏のテキストの内容を確認しておきたい。

黒瀬氏は、まず原口典之という作家を語るうえでの課題として、この作家がこれまで美術評論において受けてきた評価を概観する。そのうえで、これまでの原口論は、原口をもの派の枠組みで語ることに終始する(黒瀬氏の言葉を借りれば、「それ以外の語りがなされなかった」)傾向があり、彼の「模型」をめぐる実践を完全に捨象してきたと批判する★10。黒瀬氏のこうした「前提」が原口研究の妥当な概観であるといえるかどうかはさておき、ここで黒瀬氏が提案するのは「模型の思想」から原口論を再構築する視点、そして70年代から現代に至るまでの「シミュレーション的想像力」の美術史を描き出すための有効な補助線としての「模型」が持つ可能性である★11

激化する学生運動の只中の1960年代末、「日大闘争」が繰り広げられていた日本大学芸術学部の学生であった原口は、まさにその闘争が起きる教室で戦闘機をモチーフにした作品を制作していた。一方で、のちに原口自身が「俺は戦争贊成派でも反対派でもなかったわけだけどね」と語っているように、作家自身は直接的な運動やアクティビズムからは距離を取っていたことで知られる★12。黒瀬氏は「模型の思想」のなかで、こうした当時の原口について「『運動』や『闘争』のためではなく、ただ作品をつくるために、誰も使わなくなった絵画科の教室を占領し、住み込みで生活を続けていた」★13と説明する。そして、この作家が当時を回想して語った言葉──「まさに『このわたくし』と『この世界』との間をどう自分で具現化するかっていうことが一番興味ある[……]」──を引用しながら、黒瀬氏は《Air Pipe》に原口の「絵画の表象システムを疑いながらも反芸術的破壊に向かわず、もの派的な物質還元にも向かわない、『つくること』によって『この世界に接近しようとする』苦闘の痕跡」★14を見出すのである。そして、戦闘機の一部を原寸大で再現した立体作品《A-4E Skyhawk》で、まさに原口の「『このわたくし』と『この世界』」の間を具現化するものとしての「模型」の実践が完成したと黒瀬氏は評価する★15

黒瀬氏は共感的な視点で原口の「世界制作」を語る。そしてその語り口は、「運動」と「制作」を二項対立的に捉え、コントロールを失う「運動」から「制作」を──それが「秘教的」になろうとも──守り抜こうとする態度を感じさせるという点で、2023年に黒瀬氏がキュレーションした展覧会「お分かりでしょうけれど、私は画家であることをやめてはいません。」(2023年8月16~31日、ソノ アイダ#新有楽町、WATOWA GALLERY / THE BOX TOKYOほかにて開催)のステートメントを思い起こさせる★16。黒瀬氏は、「ゲームのルールそのものを書き換えようとする」「『革命家』を名乗ることで、アテンション・エコノミーの勝者であろうとしている」という「詐欺師」と、「トランクよりも堅牢で、運営にもユーザーにも見つからない密室を夢想しながら」絵を描き続ける「逡巡して立ち止まる画家たち」を対比する★17。「『運動』や『闘争』のためではなく、ただ作品をつくるために」絵画科の教室に留まり、世界に接近するための「模型」を作り続けた、という黒瀬氏による原口のロマンティックな描写には、この「逡巡して立ち止まる」アーティスト像が反響している。


原口典之「Model/Reflection」展ハンドアウト[筆者撮影]

部屋の中と外を行き来する

黒瀬陽平氏が、そしてSculpture Center Tokyoと銘打たれたスペースが、上述のような「模型の思想」から原口典之という作家を紹介するとき、この展覧会は一体どのようなメッセージを発するだろうか。また、原口典之という作家は、ひいては本スペースがこれから展示を行なっていくという60〜70年代に活躍した日本の物故作家たちは、本スペースによるこうしたフレーミングによって、どのような見え方をするだろうか。

私たちは、黒瀬氏と氏が元代表を務めた「カオス*ラウンジ」、そしてカオス*ラウンジのもとで従業員として働いていた安西彩乃氏との間で、セクシャル・ハラスメントと違法な退職勧奨の有無などをめぐって2020年より裁判が行なわれていたといった情報を抜きにして、本展覧会を鑑賞することが可能だろうか。判決ではセクシャル・ハラスメントが認められた一方、カオス*ラウンジによる退職勧奨は「任意の退職を求めるものとして許容される限度を超えるものでない」と結論づけられた。判決についてはここでは深く立ち入らないが、黒瀬氏、カオス*ラウンジ、安西氏がそれぞれ声明を発表しているので両者の主張を参照されたい★18

筆者はこのような情報を提示して、黒瀬氏が作品やテキストを発表すること自体を批判するわけでは決してない。しかし、「密室」で展開するかのように思われる制作にも、アーティストがその部屋の外で見せる社会的な振る舞いや立場はすでに浸透している、と筆者は考える。「運動」と「制作」を隔てる壁の扉をどう扱うかは鑑賞者の責任ではなく、それははじめから開いている。キュレーターは社会に存在するさまざまな情報が鑑賞者の作品鑑賞に影響を与えることを踏まえたうえで、それが作品の展示と合わせてどのようなメッセージを発したいかを考えて工夫を凝らすことができるのであり、それが展覧会や作品の批評的な強度につながる。

だからこそ、筆者は本展覧会がもし、政治的意図を留保し宙吊りにする原口の模型の両義性や、原口という作家の自己表象が持つ明白なマチズモを批判的に、あるいは自己反省的に捉えるものであったとしたら、「運動」と「制作」をめぐる──その前提から再考を要する二元論的な図式を超えた──興味深い議論の場になったのではないか、と想像する。しかし、本展覧会において原口の「模型」の実践は、そして本展のいう「reflection」は、そのキュレトリアルな選択によって、内省的なものであるというよりもむしろ支配的な男性作家像の自己愛的な反響に見えてしまったのではないか。Sculpture Center Tokyoが今後も物故作家の語り直しに取り組んでいくのであれば、誰が誰のためにどのような思惑のもとその歴史を語るのか、そしてそこに生じる力学には自覚的であるべきだろう。この作家の「政治的曖昧さ」、そしてそれに反して作られる政治的な文脈に埋め込まれたオブジェクトの過剰なほどの、そして過剰であるがゆえに「不能さ」が強調される再現と、そこに見ることができる男性性のパフォーマンスや失敗といった複雑な問題を、私たちは原口の「模型」の美しさから避けずして、ともに語ることができるのだから。


★1──キャロライン・A・ジョーンズは戦後アメリカを事例として男性芸術家の表象戦略や神話化におけるポートレートの役割に触れている。Caroline A. Jones, Machine in the Studio: Constructing the Postwar American Artist (Chicago: University of Chicago Press, 1996).
★2──写真の黎明期、19世紀から戦後、現代に至るまでの彫刻と写真のあいだの緊張関係を日本語で通史的にまとめた著作として次のものがある。金井直『像をうつす: 複製技術時代の彫刻と写真』(赤々舎、2022)。
★3──「ミニマル」な作品とアーティストのポートレートの関係については以下が詳しい。ジュリア・ブライアン=ウィルソン『アートワーカーズ 制作と労働をめぐる芸術家たちの社会実践』(高橋沙也葉+長谷川新+松本理沙+武澤里映訳、フィルムアート社、2024)。
★4───2025年6月28日にSculpture Center Tokyoを訪れた筆者が、本スペースの中心的な運営メンバーであるI氏と交わした会話を踏まえ、記憶をもとに執筆している。記事の公開に際して、スペース側からの「運営所在を明らかにすることを望まない」という強い要望を受け、このような表記とした。スペースの活動方針に関するより詳細・正確な情報はSculpture Center Tokyoによる今後の発信を待たれたい。
★5──原口をめぐるこれまでの批評の状況を理解するうえでは、次の博士論文がもっとも包括的であり、役立った。阮文軍「原口典之の芸術─国内外での評価と作家イメージをめぐって―」(日本大学大学院芸術学研究科博士後期課程芸術専攻、令和5(2023)年度学位請求論文)。
★6──2015年にニューヨークのFergus McCaffrey Galleryで開催された原口典之展に際して出版されたカタログに掲載されたRyan Holmberg、David Raskin、富井玲子らのテキストを参照。Noriyuki Haraguchi (New York: Fergus McCaffrey, 2014).
★7──Tokyo Art Beatに掲載された展覧会のアナウンスメントには「これまで原口を象徴してきた『もの派』『物質』『空間』などの⾔説を超え、新しい視点から原口作品を捉え直します」とある。「原口典之 Model/Reflection」(Webサイト『Tokyo Art Beat』2025年公開:https://www.tokyoartbeat.com/events/-/Noriyuki-Haraguchi-Model/Reflection/sculpture-center-tokyo/2025-05-24[最終アクセス日:2025年9月2日])。
★8──展示風景はSculpture Center Tokyo公式Instagramで見ることができる。 @Sculpture Center Tokyo(『Instagram』2025年5月30日投稿:⁦https://www.instagram.com/p/DKRHwyDzgVp/[最終アクセス日:2025年10月22日])
★9──原口の作品の権利をめぐってはアキライケダギャラリーと原口の間で法的な紛争があり、2016年に当訴訟が和解に至ってからも、2022年には作品の年代の表記をめぐって新たに訴訟が提起され話題となった。本展覧会における展示物の「資料」というラベリングは、作品の権利をめぐるこうした議論を想起させる。
木村剛大「作品年代表記がなぜ争いに? 原口典之カタログ・レゾネ事件」(Webサイト『美術手帖』2022年6月5日公開:https://bijutsutecho.com/magazine/series/s39/25654[最終アクセス日:2025年9月2日])。
★10──黒瀬陽平「『模型』の思想」(「Model/Reflection」展ハンドアウト、2025:https://drive.google.com/file/d/1AdlEMWs5HHAruHIoI1So47BbVu6V5ZCI/view
★11──先述のように、原口の再評価を推し進める近年の仕事でRyan Holmbergはまさにこの作家の「模型」を軸に原口の実践を再読する優れた批評をすでに発表している。 Ryan Holmberg “Haraguchi Noriyuki’s Model Parts,” Noriyuki Haraguchi (New York: Fergus McCaffrey, 2014), pp.37–46.
★12──山本衛士「叛逆のバリケード」(『market by market #12 スカイホーク特集』、MARKET、1997、pp.25–26)。
★13──黒瀬陽平「『模型』の思想」(「Model/Reflection」展ハンドアウト、2025:https://drive.google.com/file/d/1AdlEMWs5HHAruHIoI1So47BbVu6V5ZCI/view
★14──同上。
★15──同上。
★16──黒瀬陽平「お分かりでしょうけれど、私は画家であることをやめてはいません。」展ステートメント(2023、https://gakaten23.studio.site/[最終アクセス日:2025年9月2日])。本展で黒瀬氏は、1923年に関東大震災が起きた後の東京で、「復興」という名の国家/都市の再構成に向けて、「学生運動の立て看板のように稚拙な『上がり』に向かって賽を振り続け」た前衛画家たちのスランプを捉える。そこで黒瀬氏は、「『上がり』の見えないプラットフォームに覆い尽くされた世界のなかで、それでも『画家』たちは、絵を描き続けるだろうか」と問う。そして、「もちろん『復興』のためでもなければ、『忘却に抗う』ためでもなく、『社会』の役に立つものでもない」と宣言するこの「私は画家であることをやめてはいません。」展が、この問いに対して氏が用意した回答であったといえる。
★17──同上。
★18──「カオスラ、一転して被害者を訴訟へ。ハラスメントは『不正確』と主張」(Webサイト『美術手帖』2020年10月19日公開:https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/22904[最終アクセス日:2025年9月2日])。
また、訴訟に至る経緯などについては拙稿を参照。高橋沙也葉「【尋問傍聴レポート】カオス*ラウンジによるハラスメントの有無をめぐるそれぞれの証言から日本現代美術業界の問題を考える(1)」(Webサイト『Be with Ayano Anzai』2022年8月公開:https://bewithayanoanzai.cargo.site/1[最終アクセス日:2025年9月2日])。黒瀬陽平(@kaichoo)(Webサイト『X』2024年12月10日公開:https://x.com/kaichoo/status/1866485540822110464[最終アクセス日:2025年9月2日])、藤城嘘「訴訟結果のお知らせ」(Webサイト『カオス*ラウンジ』2024年12月9日公開:http://chaosxlounge.com/wp/archives/2877[最終アクセス日:2025年9月2日])、「すべての訴訟を終えて」(Webサイト『Be with Ayano Anzai』2024年11月7日公開:https://bewithayanoanzai.cargo.site/36905209[最終アクセス日:2025年9月2日])。


原口典之展「Model/Reflection」
会期:2025年5月24日(土)〜6月28日(土)
会場:Sculpture Center Tokyo(東京都荒川区東日暮里2-10-7 1F)
公式サイト:https://www.instagram.com/p/DJ9haadT4CV/

[編集部追記](2025年10月27日)
黒瀬陽平「『模型(モデル)』の思想」のURLとリンクを、本文と脚注にそれぞれ追加しました。