このところ、1970年代頃の美術について、見たり考えたりする機会が増えています。

ひとつは世田谷美術館で開催中の「田中信太郎──意味から遠く離れて」展。村田真さんがX「村田真のレコメン展」のなかで、「20世紀後半の美術の流れをこんなに体現したアーティストはいただろうか」と述べています。

先日、その言葉に誘われて行ってきました。まず最初の作品が鮮烈。まるで、田中信太郎の作品のなかで何度も繰り返される三角・丸・四角という原型が、展示室の窓の向こうの庭の人工的な自然と合わさったインスタレーションに見えました。続く展示室に掲げられた作家の言葉は、「説明」とは遠く離れて、「ただそこにある」ことを作品とともに体現しているかのようでした。

「田中信太郎──意味から遠く離れて」展 《◯△□〝萌〟〝凛〟〝律〟》(2001)展示風景 世田谷美術館

そして、兵庫県立美術館で開催中の「コレクション展Ⅰ 中原佑介の言葉 ─ コレクションを見るあたらしい眼」も見てきました。中原佑介は2006年から4年間、兵庫県立美術館の館長を勤めていました。しかし、この展覧会はその期間に収集されたものを見せるためのものではありません。1950年代に美術批評家として活動し始めた頃からの中原の言説と呼応するように、20世紀後半に収集された作品がテーマ別に並んでいます。ハイライトはやはり1970年に開催された第10回日本国際美術展(東京ビエンナーレ)「人間と物質」やヴェネチア・ビエンナーレなど自らが企画した歴史的な展覧会に関する展示でしょうか。

山口勝弘《Steps》(1968)展示風景、兵庫県立美術館
「視覚のトリック」を読み取れる作品

李禹煥《刻みより》(1972)展示風景、兵庫県立美術館
えっ? 木の彫刻? しかも、ストロークが!

批評家の言説を軸に編んでいった展覧会という点で、今年のはじめに富山県美術館で見た「没後20年 東野芳明と戦後美術」展を思い起こしました。東野と中原のバックボーンや、振る舞い方の違いがよくわかります。アートフロントギャラリーでも今年の3月から5月、『中原佑介美術批評選集』(現代企画室)全11巻が2026年3月に完結したのを記念して、同ギャラリーに縁のある作家の作品で構成された展覧会が開かれていました。artscapeのアーカイブをさかのぼると、2016年にDIC川村記念美術館で「美術は語られる ―評論家・中原佑介の眼―」展が開催され、福住廉さんがレビューを書かれていました。

そして、このタイミングで、以前artscapeの「キュレーターズノート」を長年にわたって書いていただいていた中井康之さん(当時は国立国際美術館)の『「もの派」とは?』(水声社)が刊行されました。「もの派」の始まりと言われる1968年の関根伸夫《位相-大地》の誕生とこの作品の影響について丁寧に調べあげ、通常「もの派」とくくられる作家や作品は決してひとつのタームではくくりきれないことを解き明かされています。artscapeの過去記事を掘り起こすと、2005年に国立国際美術館で開催された「もの派―再考」展についての高島直之さんの展評がありました。中井さんはこの展覧会を担当されていました。実に展覧会の20年後に結実した研究書なんですね。


中井康之『「もの派」とは?』
「コレクション展Ⅰ 中原佑介の言葉 ─ コレクションを見るあたらしい眼」の副読本になりました

70年代とは、どのような時代であったのか。戦後から25年たち、大きく社会・経済が変化するなかで、アーティストや批評家が物質・身体・空間の関係性の問題へぐぐっと引き寄せられました。そして、作品と言説とが両輪となって日本の美術史を動かしていた時代なのです。作品が今の時代に生きているように、その言説もときおり呼び覚まされるように生きるのだと思いました。(f)