11月に突入。2025年のベスト展覧会、ベストパフォーマンス、ベスト書籍……今年のことをそろそろ振り返り始めたくなる季節です。池袋の東京芸術劇場をメイン会場に10月1日から1カ月あまり続いた舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」が、11月3日で終幕しました。
2009年から2020年まで開催されていたのもまだ記憶に新しい「フェスティバル/トーキョー(F/T)」をはじめ、毎年秋に池袋周辺で開催されてきた国際舞台芸術祭。今年度からは演劇作家・演出家・小説家・チェルフィッチュ主宰の岡田利規をアーティスティック・ディレクショターに迎え、その体制のもと発表された「隕石」という予想斜め上なネーミングのインパクトに当初はちょっと驚きましたが、アクセシビリティに配慮した来場・鑑賞サポート全般を指して「ウェルカム体制」と呼び直したうえで力を入れていたり、開催期間中に劇場前広場で展開されていた飲食・情報ブース「ウェルカムぎんが」でスタッフ(=ぎんがの住人)たちとのコミュニケーションが生まれたりと、数多くの挑戦的な試みと遊び心が随所に盛り込まれた新しいフェスティバルが生まれたなという印象で、この秋の池袋西口にはキーカラーのピンク色で彩られた祝祭的な空間がところどころ立ち上がっていました。

開幕初日の池袋西口公園でのオープニングプログラム『現実の別の姿/別の現実の姿』[撮影:artscape編集部]
いくつかのプログラムを楽しんだなかで個人的にとりわけ印象的だったのは、この芸術祭のなかで複数用意されていた「オブジェクトシアター」のプログラム(キュレーション:山口遥子)のうちのひとつ、チェコのカンパニーであるハンダ・ゴテ・リサーチ&ディベロップメントによる『第三の手』。いわゆる「人形劇」の形式で、舞台上に次々と登場するモノ(オブジェクト)たちが幻想的なイメージを呼び起こす、コミカルでありながらどこか毒気も感じさせる作品でした。
いつも観ている演劇よりひと回りも二周りも小さなサイズの舞台に、上演中は観客は懸命に視線を注ぐ(オペラグラスを持つ人も)。それに加えてデスクトップシアターならではだなと感じたのが、終演後にその舞台の裏側もじっくり見せてもらえたこと。舞台裏にきれいに整列しスタンバイしていた小さなおもちゃや日用品、人形、小道具、光や音の仕掛け──それらの膨大な量、そして近づいて初めてわかる舞台装置の緻密な作り込み。プロセニアムをぐるりと囲むかたちで、近づいて見る人たちの流れが生まれ、場を包むこの一連の空気になんとも温かい気持ちになりました。自分も含め、人形劇をそこまで見慣れていないシアターゴアーの多くにとって、普段よく知る劇場の中で生まれた新鮮な体験だったはず。本来は「黒子」であるはずの操演の三人の存在感もチャーミングでした。
終演後、舞台の周辺に集まる人々[撮影:artscape編集部]
上演中には見えていなかった舞台裏。「あのシーンに登場したあいつだ!」といったオブジェクトとの再会がなんだか嬉しい[撮影:artscape編集部]
これまでにもレビューなどで、こういった小さな舞台とモノ、パペットなどを用いたパフォーマンスや人形劇は時折扱われてきましたが、昨年から始まった「下北沢国際人形劇祭(SIPF)」も2026年2月に第2回目の開催を控えていたりと、今後さらにその形式のパフォーマンスへの注目が集まりそうです。
▼オブジェクトシアター/人形劇などに関する過去の記事(順不同)
・高嶋慈|許家維+張碩尹+鄭先喻「浪のしたにも都のさぶらふぞ」(前編・第一部)(artscapeレビュー、2023年08月01日号)
・栖来ひかり|「浪のしたにも都のさぶらふぞ」──二つの人形劇+映像インスタレーションから見える台湾と関門海峡をつなぐ地霊(フォーカス、2023年07月15日号)
・きりとりめでる|亻─生而為人(クァンユー・ツィ《Exercise Living : We Are Not Performing》)(artscapeレビュー、2023年06月01日号)
・山﨑健太|Q『弱法師』(artscapeレビュー、2023年10月01日号)
・高嶋慈|kondaba『棟梁ソルネス』(前編)(レビュー、2025年07月16日)
・高嶋慈|福井裕孝『デスクトップ・シアター』(artscapeレビュー、2021年08月01日号)
・山﨑健太|劇団ドクトペッパズ『ペノシマ』(artscapeレビュー、2021年05月15日号)
・山﨑健太|劇団ドクトペッパズ『うしのし』(artscapeレビュー、2018年04月01日号)
・木村覚|プレビュー:劇団☆死期『ワンナイトレビュー』、大駱駝艦・壺中天公演・村松卓矢『忘れろ、思い出せ』(artscapeレビュー、2013年03月01日号)
「もっと近くで見たい」というプリミティブな欲望と、思わぬ詩性を呼び起こす“小さな劇”の動向、国内外問わず筆者も楽しみに追っていきたいです。(g)