会期:2026/03/31~2026/04/13
会場:ニコンサロン(ニコンプラザ東京)[東京都]
公式サイト:https://nij.nikon.com/enjoy/exhibition/thegallery/events/2026/20260331_ns.html

27回三木淳賞を受賞した水島貴大「環島回憶錄 Memoirs of Huandao」の受賞作品展が新宿・ニコンサロンで開催された。

不思議な写真である。台湾を周回した個人史的なスナップショットであると同時に、離れた場所の様子を伝える報道の要素も感じる。コロナ禍と円安で行くことがなくなった異国の様子が★1、恐るべき親密さで捉えられている。

本作は台湾で親しまれている「環島(ファンダオ)」に、水島が取り組んだ記録から構成されている。「環島」は九州とほぼ同じ面積からなる台湾をぐるりと一周する営みで、映画のヒットをきっかけに2000年頃から急速に広まり、今では国が推進する観光プロモーションのひとつとなっている。子どもや高齢者、観光客も挑む文化的な実践で、特に台湾の人たちにとっては日本と中国の占領を経験し、現在なお不安定な立場にあるなかで、台湾という土地を体験的に知る機会とされている。「環島回憶錄」もまた、日本からの来訪者である水島が5年の歳月をかけて台湾を回り、土地の人と交流した記録である。会場には手書きされた台湾の地図と、それぞれの写真の撮影時の説明も展覧されていた。

[筆者撮影]

水島の撮影には、人を撮るときに声をかける、照明を焚くといった共通のルールが窺える。2018年に発表された、大田区を撮影した「Long Hug Town」も同じスタイルで撮られ、それが彼の写真に統一された様式と、そこからの脱線というゆるいバランスの魅力を与えている。しかし一番の特徴は彼自身の有機的な媒介者としての資質だろう。「環島回憶錄」に写る人々は誰もが自信にあふれ、魅力的である。それはまず、水島が写真を撮りたいと思った人々という篩を経てはいるが、撮り手の人柄が大きく影響している。彼らの様子や表情は単にカメラではなく、水島という人物に向けられている。

また本作から感じる距離の近さは、散歩や散髪といった日常の場面を捉えながら、水島の方法論が引き出す「写っている人たちがカメラを見ている」「ストロボの光を受けている」状態が、親しい人たちを撮るのに用いられてきた使い切りカメラ「写ルンです」の様式を想起させるためかもしれない

[筆者撮影]

本作が携える親密さは、被写体との深い関係性というよりは、もっと刹那的なもので、そのとき、その場所のテンション、盛り上がりの共有からなるように見える。そのため、本展の鑑賞には戸惑いがつきまとう。つまり、撮ることは許したけれど、このように展覧されることはどうか。台湾で「撮って来た」写真を新宿の高層ビルで見ることの是非といった巨視的な問いよりもまず、ある磁場を共有した水島だから許した姿を見てしまっているような気持ちになる。それは本作の魅力の裏返しでもあり、水島という写真家ゆえに遭遇することができた瞬間が提示され、その魅力と緊張感が同居している。

台湾・花蓮の地下にあるギャラリーで開催された本作の展示記録を見ると★2、本展よりも多くの写真が出品されている。その物量が台湾を周回してきた写真家の存在を強調し、本展で感じた緊張感は和らいでみえる。

水島の写真はそのほとんどに人物が写り、また多くの人々がカメラの方にまなざしを向けている。それらの写真は、写真を撮るという水島による一方向的な行為のみならず、写真を撮られるという状況の記録でもある。双方の経験の記録であることが鑑賞者に明示される水島のスタイルが、彼の写真に強い魅力を与えている。

鑑賞日:2026/04/13(月)

★1──円安の影響があるなかでも、台湾はまだ行きやすい国のひとつといえる。それでも2025年の日本からの訪台客数が148万人、台湾からの訪日客数が676万人であることを比べると、日本の萎縮的な状況が窺える。
★2──「環島回憶錄 / Huandao Taiwan / Solo exhibition in Hualien Taiwan 2022」(Youtube