2023年に自身がキュレーションを手掛けた「循環」を巡る展覧会は、100年前のデュシャンの足跡と重なり、異国の地で予期せぬ共鳴を引き起こし──。2025年、イギリス・ロンドンに文化庁アートクリティック事業の一環で2カ月にわたり滞在した美術評論家・中尾拓哉氏に、ロンドン、ブリュッセル、ウィーンなどでの奇妙な縁を辿り歩いた時間を振り返ってのテキストを執筆いただいた。(artscape編集部)

100年の「循環」

2023年、「メディウムとディメンション:Apparition」展(青山|目黒、2023年12月1日〜24日)を企画した頃から、その縁は始まっていたのだろう。この展覧会はマルセル・デュシャンの《花嫁は彼女の独身者たちによって裸にされて、さえも》(通称《大ガラス》、1915-23)が放棄されてから100年を機に、一面がガラス壁のギャラリー、青山|目黒で開催したものである。会場ではアクリルの大型水槽を起点とし、さまざまな物体同士を結びつけるためにシリコンチューブを張り巡らせ、その内に水、あるいはピンク色の液体を循環させた。

「メディウムとディメンション:Apparition」(青山|目黒、2023)展示風景[撮影:西山功一]

展覧会が終わってから1年が経った2024年12月のこと、2025年1月中頃から3月中頃までの2カ月間、文化庁アートクリティック事業でイギリスへと派遣される予定だった私の滞在先を、青山|目黒のオーナーの青山秀樹さんに紹介してもらった。それは、ロンドン北部、地下鉄のハムステッド駅近くのアパートで、アヴィヴソン・ギャラリーのオーナーのケイト&ヤヌス・アヴィヴソンさんの自宅の一室であった。古書販売もしていたため、本棚が所狭しと設置され、たくさんの美術書に囲まれながらの生活が始まった。

できれば、自分で発見したネットワークでロンドンのアートワールドとつながっていきたい。私はデュシャンを研究するときも、この人物が生まれた町、通っていた学校、展示をした場所、アトリエにしていた建物、そういう土地を訪ね歩くことを大切にしていた。何が手がかりになるかはわからない。振り返れば、ロンドンから、ブリュッセル、アントワープ、ウィーンにも足を伸ばしながら、100軒以上の美術館、ギャラリー、アートセンター、スタジオを視察することとなった。

外部者としてロンドンを歩く

出発前、ロンドンには知り合いが2人いるのみであった。見知らぬ道を渡り歩きながら、ロンドンの北から南、東から西へと巡る。思い出されるのは10年前の2016年、東京で美術評論家としての活動を始めたばかりの頃の心境であった。その街にはすでに出来上がったコミュニティがあって、ネットワークが張り巡らされていて、外部から来た私が存在しなくても、すべては循環している。

はじめは、ロンドンの歴史やコミュニティの層の厚さと、自身の批評的関心がフィットする感覚を得られなかった。ちょうどターナー賞のファイナリスト展が開かれており、40周年、6年ぶりにテート・ブリテンでの開催ということで盛り上がっていて、すでに日本語によるレポートがいくつも公開されていた。テート・ブリテンでリチャード・ハミルトンによるデュシャンの《大ガラス》のレプリカやその資料、レプリカ制作の習作や図面、往復書簡などを熟覧し、コートールド・ギャラリーでセザンヌの《カード遊びをする人々》(1892-95頃)を見ながら、自身の論文を精査できたことは大きかったが、しかし今回はそのためにロンドンに来たわけではなかった。ブラック・アーティストの展覧会が多く、ヘイワード・ギャラリーのミカリーン・トーマス展や、バービカン・アートギャラリーのノア・デイヴィス展などアメリカ人アーティストも見応えがあった。なかでも、ホワイトチャペル・ギャラリーで開催されていたBLKアートグループとして活動したドナルド・ロドニーの「内なる害悪(Visceral Canker)」展(2025年2月12日〜3月4日)は特筆すべきであった。展覧会のタイトルともなっている《内なる害悪》(1990)はエリザベス1世の紋章と英国初の奴隷商人となったジョン・ホーキンスの紋章に医療用のチューブを張り巡らせ、模造の血液を(彼は自身の血を使用しようとも考えていた)循環させる作品である。難病である遺伝性貧血病の鎌状赤血球症を患っていたロドニーは、自身の身体的な病と社会の中心にある悪性腫瘍、人種差別の病を重ね合わせていた。血流をヴィクトリア朝のエンブレム──ロンドンを歩いていれば必ず感じてしまう根強いヴィクトリア朝の美意識──の周囲に循環させる作品は、時代や状況は違えども、私がロンドンで体感している空気をまとっていた。

ドナルド・ロドニー《内なる害悪》(1990)[筆者撮影]

いまになって冷静に考えれば、この作品はアクリル板の間にシリコンチューブが張り巡らされ、その内を血液が循環しているのだから、私が企画した青山|目黒の展覧会の構造によく似ている。ロンドン在住のキュレーター、かつて日本に滞在していた際に交流のあったジュリア・タラシュクさんと共に、ホワイトキューブ・バーモンドジーで開催されたシアスター・ゲイツのマルコムXの生誕100年/暗殺60年を記念して制作された映画、および日本文化に根づいた保存と修復の方法論を取り入れた作品も鑑賞したが、ユーモアと批評性においてホワイトチャペルでのロドニーの作品は自身にとって確かに近くに感じられたのだ。

「選択」の原風景と、ある批評家との邂逅

このようなロンドンのアートワールドに触れ、書いてみたい評も浮かんできたが、ふと、毎日話すアヴィヴソンさんたちとの会話のなかで話題となったことが頭をよぎる。どうして日本人の私が『マルセル・デュシャンとチェス』(平凡社、2017)などという本を書いたのかと尋ねられ、思い起こせば私にモンテッソーリ教育を受けさせていた母親が西欧の知育玩具ばかりを買い与えていたこと、そのなかにチェスがあったこと、そうした幼い頃の日々が口からこぼれる。日本ではチェスの話も、モンテッソーリ教育の話もそれほど盛り上がるものではない。しかし、ロンドンの読書家との間で、この話題は軽く流されるものではなかったのだ。そして、この話が潜在させていた裾野の広がりに驚いた数日後、ロンドンの2023年にリニューアルされたヴィクトリア&アルバート子ども博物館(Young V&A)で、うっかり見つけてしまったモンテッソーリの展示コーナーに大きな衝撃を受けたこと、この出来事のほうを評として書くべきではないかと考えた。発見した小展示のキャプションには、モンテッソーリ教育における「選択」の重要性が書かれ、数字や形態、色彩を遊ぶ知育玩具が並んでいた。そのコンセプチュアルな知育玩具に自身の芸術体験の原点を見たようであった。デュシャンとチェスは「選択」の問題である。

2024年、「メディウムとディメンション:Maze」展(GASBON METABOLISM、2024年7月26日〜9月2日/以下、「Maze」展)は、《大ガラス》を放棄した後の、デュシャンのチェスへの没頭を裏テーマにして開催したものであった。会場は山梨県北杜市にある、とてものどかですばらしいロケーションであるが、決して都心からのアクセスがよいとは言えない、地方の巨大工場跡地をリノベーションしたアートの多目的施設である。そこにひとりのイギリス人批評家が来場していた。そのことは会期中にスタッフから連絡を受けていたけれども、詳細を問い合わせることはしなかった。

この人物の正体が判明したのは、アーティストの川久保ジョイさんのロンドン南部にある自宅兼スタジオを訪れたときである。川久保さんは私が渡英前から顔見知りであった唯一の日本人であり、2016年に私が『美術手帖』で展覧会評の新人月評の連載を担当した際に、第1回で取り上げたアーティストでもある。その直後にロンドンへと移住していた川久保さんと会うのはほとんどそれ以来であったが、ゆっくりと話をすることができた。まさに東京で批評活動を始めたときのように、ロンドンでの生活や活動について伺っているなかで、山梨の展覧会に来場したイギリス人批評家が、『アート・レビュー』『アート・マンスリー』『スタジオ・インターナショナル』などで批評を展開し、川久保さんの評も書いているトム・デンマンさんという人物であることを知った。川久保さんが私の山梨での展覧会を薦めたとのことであった。

不思議な縁を感じた私はどうしてもデンマンさんに会いたくなった。9つの展覧会を同時に開催する特殊な「Maze」展の感想を聞きたかったこともあるが、何よりも私がロンドンでもっとも自身の批評的関心を向けることができた、とある展覧会のことを話してみたかった。それはICA(Institute of Contemporary Arts)で開催されていた、新進気鋭、あるいはキャリア初期のアーティストの公募展「ニュー・コンテンポラリーズ」(2025年1月15日〜3月23日)であり、デンマンさんはその展評を書いていたのである。もしかしたら、ロンドンの批評家事情を同じ目線で知ることができるのではないか。剥がれかけた天井を再現し、ギャラリーに吊り下げたモトゥンラヨ・アキノラの《Grandma’s (gl)ceiling》(2023)、ピエル・パオロ・パゾリーニが聖パウロの恍惚についての脚本を書く様子をパペットで演じるジョシュア・ウィテカーの映像作品《The Form on Object Takes in Oblivion》(2024)は、自身の批評的関心を強く惹きつけていた。

「ニュー・コンテンポラリーズ」(Institute of Contemporary Arts、2025)展示風景[筆者撮影]

モトゥンラヨ・アキノラ《Grandma’s (gl)ceiling》(2023)[筆者撮影]

ジョシュア・ウィテカー《The Form on Object Takes in Oblivion》(2024)[筆者撮影]

「Maze」が引き寄せた偶然の一致

デンマンさんとロンドンのギャラリーを巡る約束をして、トーマス・デン・ギャラリーのブルース・コナー展、エラ・クルグリャンスカヤ展、アルカディア・ミサのグループ展などいくつかの展覧会を共に回った。シュプルート・マガース・ギャラリーで開催されていたジョセフ・コスース展(2025年1月24日〜3月15日)に向かいながら、コスースとソル・ルウィットのコンセプチュアル・アートの違いについての話もした。私は、このギャラリーのあるグラフトン・ストリートが、かつてイギリス人批評家のロジャー・フライによって「マネとポスト印象主義者たち」展(1910)が開催されたグラフトン・ギャラリーがあった場所であることに興味をもっていた。1910年代当時のグラフトン・ギャラリーの写真と見比べながら辺りを見回したが、現在のシュプルート・マーガス・ギャラリーのある場所の横にあった建物で、いまは存在しないようだった。「この建物の階段が変わっていないから、ここにあったはずだ」と、私たちは一緒に確かめた。

私が企画した「Maze」展は、9つの展覧会を壁や部屋などで区分けするのではなく、一見するとひとつの空間にグループ展として存在しているように展示されているが、会場案内が9つあり、それぞれが別の動線をもつ別の個展として、場を分有しながら共存する状態を目指した実験的な展覧会であった。それは異なる価値が透明に重なって行き交う、迷路づくりの試みなのだと、あの夏の日に現地で伝えたかった「Maze」展の仕組みについてデンマンさんに説明すると、ホット・ウィールズというギャラリーで開催されている展覧会を薦めてくれた。

私は博士課程を修了した後、35歳で批評活動を開始した。デンマンさんも博士課程を修了した後、35歳で批評活動を開始したとのことであり、18世紀の西洋絵画の専門であった彼と、デュシャン研究をベースにしていた私は、研究と批評の噛み合わなさについて意気投合し、またイギリスと日本の原稿料と生活費のやりくりの話について意見交換できた。そのような批評家と、私が強く関心をもった「ニュー・コンテンポラリーズ」展のなかで、もっとも興味深かったアーティストの名前を同時に呼ぶことにしたのだが、2人ともひとりのアーティストの名前を挙げた。このアーティストはアンナ・ハワードさんであり、ちょうど私はこの日の前日に彼女のスタジオを訪れる約束をしたところであったのだ。35人いた出品者のなかで、同じ人物の名前が発せられたことに、2人で驚いた。

アンナ・ハワード《Veneer》(2025)[筆者撮影]

ハワードさんのスタジオでの対話は間違いなく私の批評的関心と一致していた。グローバル企業ではなく、ローカルな商品の空きダンボールを路上で収集し、ビニールテープでつなぎ合わせる。そのチープなテープが描く装飾的な幾何学模様がどこかハイブランドを連想させるように貼られている。この作品は、値段をダンボールを探した時間に対する、その地域の平均的な賃金と等しい額にするというコンセプトをもっていた。

連なっていく出来事、空間化される時間

2025年、「メディウムとディメンション:Plastic」展(CS-Lab、2025年11月4日〜29日/以下、「Plastic」展)を企画したのは「Maze」展が始まる前にまで遡る。「Plastic」展でナビゲーターとして協働したアーティストの奥村雄樹さんとは、2024年9月、「Maze」展が終わったすぐ後から話し合いを進めていた。そのようななか、展覧会の実現の兆しがようやく見えてきたのは、このロンドンでの滞在期間中、2月にブリュッセルの奥村さんの自宅に泊まらせてもらっていた親密な時間においてであった。奥村さんはコスースとルウィットのコンセプチュアル・アートに正確な違いを見出していて、そのことを私は3月にデンマンさんに共有することとなる。

ベルギー王立美術館でダフィット・テニールスの《カード遊びをする人々》(1690以前)が観られたことも嬉しかったが、私の興味は、ブリュッセルはデュシャンが《大ガラス》を放棄し、チェスプレイヤーとしての活動を始めた地であることに向けられていた。デュシャンは、1923年、きわめて活発であったベルギーのチェス・クラブ「ル・スィーニュ(白鳥)」に入会し、クラブ内およびクラブ間で開催された大会において好成績を収め、全ベルギー・カップへと出場することになった。そして、大きなトーナメントへの参加が初めてであったにもかかわらず、3位に入賞を果たしたのである。チェスクラブの活動拠点は変わっていたが、チェスクラブが開かれていたレストラン「ル・スィーニュ」はグランプラスの広場に変わらずに存在していた。当時の写真と見比べると、同じ白鳥の飾りがある。《大ガラス》を放棄した後、この地でデュシャンはチェスプレイヤーになる決意を固めたのだ。100年前に。

奥村さんは、ウィーンのセセッションで開催される個展「Yuki Okumura」と個展内展覧会「Big White Playground」(いずれも2025年3月8日〜5月18日)の準備をしていた。私はこの展覧会の鑑賞者となり、「Plastic」展はそこから別の方向へと発展させる試みとなった。私がウィーンでこの個展と個展内展覧会を鑑賞してから1年が経つ。その後、日本で開催された「Plastic」展と絡めて評を書くべきだ。そう思ってもいた。

ブリュッセルにあるマグリットの住居跡で見た彼がつくったチェス盤と、ウィーンにあるフロイトの住居跡(ジークムント・フロイト博物館)で見た彼が遊んだチェス盤について。あるいは、ウィーンから戻り、ハムステッドのアパートから歩いて行けるほどに近くにあったフロイトが亡命し、晩年まで過ごした住居跡(フロイト博物館)について。もしくは、そこで見たフロイトが掛けていた眼鏡と、そのフロイトの眼鏡から見える景色を撮影して作品化した米田知子さんのロンドン東部にある自宅を訪問したことについて。ロンドン在住のアーティスト、堀内悠希さんが制作している超巨大倉庫に細かく壁を立て区分けし、迷路のようになった共同スタジオと、同じくロンドン在住のリサーチャー、今関友里香さんに案内してもらったゴールドスミス・カレッジや近隣の図書館跡で、同じように細かく壁で区分けされたスタジオを見て思った、ロンドンと日本の共同スタジオや若手アーティストの制作環境の比較について──と書きたい文章がどんどんと増えていく。

ロンドンを去る直前には、デンマンさんに「Maze」展の話をした際に薦められたギャラリー、ホット・ウィールズを訪れた。それは、会場に届けられたいくつものダンボールが、会期中、日々梱包を解かれ、展示状況が変化していく展覧会であった(「The Jeff Wall Collection (On Sale) “It’s like the curate’s egg”」2025年3月1日〜29日)。そこで、たまたま居合わせたキュレーターで企画者のピエール・バル=ブランさんと、河原温の手紙の話になり、バル=ブランさんに河原温に詳しい奥村さんの話をすると、彼がウィーンの個展「Yuki Okumura」のオープニングトークの対談相手として出演したことを告げられ、お互いに驚いた(奥村さんにそのことを伝えると、やはり驚いていた)。

「The Jeff Wall Collection (On Sale) “It’s like the curate’s egg”」(ホット・ウィールズ、2025)展示風景[筆者撮影]

どれもがすばらしいが、すべてを書くことができない日々について、私は何を書くべきだったのだろうか。ジャコメッティが「夢・スフィンクス楼・Tの死」という文章で、時間を空間化させ、出来事を垂直の柱にして、そこを歩き回ろうとしたように、ロンドンでの出来事は1年経ったいまも、記憶のなかで歪み続け、記録になることを拒んでいる。

ロンドンで私の身に起こったこと、その何もかもを書くことはできない。だが、私が書きたかったのは、そうした偶然に起きたつながりにほかならなかったのだ。

2026年、「メディウムとディメンション:Continuum」(BAU SHIBUYA)が始まる。それはロンドンから帰国した直後、2025年4月に企画を開始した展覧会である。過去に始まり、現在も続いている行動や状況、異なる時間軸の絡み合いが、展示空間の新たな次元を生成し、通常の連続とは異なる回廊を行き交わせるひとつの展覧会「Continuum=連続体」を目指して。


※この文章を執筆するにあたり、派遣先でお会いしたすべての方々に、そしてご助言やご支援をいただいた文化庁アートクリティック事業の関係者の皆様に、この場を借りて深い感謝の意を記しておきたい。

メディウムとディメンション:Continuum
(東京造形大学 創立60周年記念事業 「ゲシュタルトゥング企画」)
会期:
 第一期|2026年5月15日(金)~ 6月6日(土)
 第二期|2026年9月11日(金)~ 10月3日(土)
 第三期|2026年12月4日(金)~ 12月26日(土)
会場:BAU SHIBUYA Forum BF/Forum 1(東京都渋谷区神南1-4-22)
キュレーション:中尾拓哉
アーティスト:鈴木のぞみ、玉山拓郎、Nerhol、三田村光土里
[Retrospective Exhibition: Multiple-delay]
アーティスト:奥村雄樹、長田奈緒、鹿野震一郎、鈴木のぞみ、玉山拓郎、豊嶋康子、中尾拓哉、Nerhol、水上愛美、三田村光土里、山内祥太、山根一晃
公式サイト:https://www.zokei.ac.jp/news/2026/22571/