不安定で予測のつかない世界情勢に、AIが生活にもたらす大きな影響……私たちはいま、世界の秩序や常識がダイナミックに覆っていく時代に居合わせている。この春、北京で出会った2つの展覧会は、そんな時代の空気を反映してか、広大な時空を扱った野心的なものだった。そのひとつはSNSで宇宙空間を鮮明に表現したデジタルアート作品を発表し続けてきた黄鋭の「文明の尺度」展。もうひとつが、1980年代以降に中国のアーティストたちが描いたシュールレアリズム絵画を集めた「現実、超現実──中国当代絵画大展」だ。
新興芸術区に広がった宇宙空間
近年、隆盛を極めている中国SF。その発展と足並みを揃えるように、美術の分野でも宇宙をめぐる新たな表現の試みが行なわれている。2021年の蒲英瑋(プー・インウェイ)による「星際採鉱」や于皓丞(Hatcher Yu)による「無限夢境Inf- Dream World」、2023年の上海ビエンナーレにおける「宇宙映画」展などがその例だ。SNSでその作品を精力的に発表することで膨大な数のフォロワーを得てきたデジタルアーティストかつコンセプチュアルデザイナーの黄鋭(ホアン・ルイ)は、そのもっとも強力で確信的な担い手のひとりといえるだろう。
この春、黄鋭が個展「文明的尺度(文明のスケール)」を開いたX美術館は、「朗園Station」という、創設から10年ほどの、比較的新しい芸術区にある。画廊や美術館より商店やオフィスが目立つ「朗園Station」は、さまざまなキャラクターを象ったオブジェが目立つポップな空間で、比較的低い年齢層をターゲットにしているらしい。そんな空間と呼応するかのように、創設から5年のX美術館も、2000年生まれの黄鋭のような若手作家の「科学技術やインターネット、新興産業と関わりのあるアート」を展示することをモットーとしている。
今回出品された作品は全40点。会場に足を踏み入れると、大型のスクリーンに映し出されていたのは、黄鋭ならではのとても解像度の高いデジタル宇宙だった。黄鋭は映画やゲームの映像も手がけているが、普段はスマホやパソコンの小さな画面でしかその作品を鑑賞できない。現実の視覚がもつ可能性を超えた精度の宇宙空間は、恐ろしいほどの没入感とシュールな美的体験をもたらしつつ、明晰で豊富なそのディテールによって、観る者を宇宙と文明の関係をめぐる新たな思考へと誘った。

黄鋭《Neutron Star Reactor》(静止画、2025)デジタルビデオ、1:1、カラーと音声つき、29秒[提供:X美術館]

黄鋭《Type V Civilization》(静止画、2025)デジタルビデオ、1:1、カラーと音声つき、1分27秒[提供:X美術館]

黄鋭《アジア1号》(静止画、2025)デジタルビデオ、1:1 カラーと音声つき、4分54秒、個人蔵[提供:X美術館]

黄鋭《New World》(静止画、2025)デジタルビデオ、1:1 カラーと音声つき、4分54秒、X美術館蔵[提供:X美術館]
持続可能で多次元な未来を志向
アートの再定義を迫るかのような作品群に戸惑いつつも、筆者は黄鋭にインタビューを試みた。黄鋭は当初、厦門大学の油絵学科に入学するが、やがて宇宙好きが高じて退学。試行錯誤しながら独学でデジタルアートを学んだという。
──今回の作品のなかには「異質な文明」を表現したものがありますが、それはどのような存在で、人類に対してどんな意義を持っているのでしょう?
黄鋭:高度な文明を表現した作品の一部は、「カルダシェフ・スケール」(筆者注:旧ソ連の天文学者、カルダシェフが宇宙文明の発展の度合いをエネルギーの利用と制御の度合いに応じて、惑星文明、恒星文明、銀河文明の三段階で表わしたもの)に基づく連想から生まれました。その一部は未来への予測でもあり、人類にとってそれらは一種の「存在しうるイメージ」です。人類の文明など宇宙のチリのひとつ過ぎないと提示し、地球という狭い視野から飛び出して、生存や統一、および深宇宙の横断について思考するよう励ましているのです。それは警告ではなく生産力です。デジタルアートは「未来に関与するツール」であり、私たちがより持続可能で多次元な未来を構築するよう奮い立たせるものだからです。
──あなたの作品が表わしているのは、ある種の独立した世界なのでしょうか?
黄鋭:主に表わしているのは私が未来について抱いているイメージで、それらは一貫性があって視角的に独立した「ナラティブな宇宙世界」を構築しています。ただ完全にフィクションのパラレルな宇宙ではなく、現実的な科学に基づきつつ感情を投影させた「リハーサル」です。それは独立した芸術的世界であると同時に、現実との間をつなげる橋でもあるのです。
──国内外のSF小説やSF映画に登場する考え方のなかで、あなたの創作にもっとも大きな影響を与えたものは何でしょうか?
黄鋭:恐らく『銀河ヒッチハイク・ガイド』(筆者注:英国人脚本家ダグラス・アダムスによるSFシリーズ)でしょう。この作品は古い常識による宇宙観を覆し、面白い可能性をあれこれ提示しています。例えば地球はネズミが注文して作らせたコンピューターであり、宇宙は何らかの生物がしたくしゃみかもしれない、などといったものです。
──宇宙空間はあなたにとって、どのような存在ですか?
黄鋭:私にとって宇宙は真理を追い求めるための地図であり、創作の源泉です。広大な視野を提供することで、作品が人間中心主義を超越し、「生命が深宇宙を」視覚的に追求するよう促してくれます。
──制作のプロセスはどのようなものでしょうか? どのように制作を始め、どのような順序で完成させるのでしょうか?
黄鋭:創作のプロセスはいわば、問題を提起した後、その答えを探すようなものです。たいていはまずリファレンスを探し、その後すべてのプロセス(モデリング‐テクスチャ生成‐レンダリング)をblenderで行ないます。もし自分が熟知しているテーマであれば、リファレンスを探す過程をスキップすることもできます。
──X以外ではどのようなプラットフォームで作品を発表していますか? 資金の問題はどうやって解決していますか?
黄鋭:あらゆるプラットフォーム、とくにYouTube、小紅書、bilibili、TikTok(筆者注:小紅書は生活関連の話題を中心としたSNS、bilibiliは動画共有サービス)などの主要なプラットフォームです。資金源は作品の販売や委託による制作、およびブランドとのコラボによる収入や、各種のSNSプラットフォームからの収益配分などです。
──ネット上で関心を集めたことは、自らの創作にどのような影響を与えましたか?
黄鋭:どの方向で創作を行なうべきか、より明確になりました。私に共鳴してくれる観客を見つけたからです。
宇宙の「リアリティ」とは
黄鋭によれば、今後も、関心を持つテーマや創作の方向は宇宙SF一択だという。黄鋭は宇宙空間のみをカンバスとし、心に浮かんだイメージをそこに実際の画像として投影していく。黄は別のインタビューで、自らの行なっているような表現が次々と生まれることで、科学技術自体も自然に変わっていくかもしれないと述べている。これは現実ともリンクしており、そもそも黄鋭を有名にしたエピソードのひとつは、宇宙開発に熱心なことで有名なイーロン・マスクが「ヒントをもらえる作品」として黄鋭の作品を挙げたことだ。黄鋭の主要なテーマが宇宙であることや、彼がXを含むSNS空間を主な作品発表の場にしていること、そして両者ともに『銀河ヒッチハイク・ガイド』のファンであることを思えば、それはむしろ自然な成り行きなのだろう。
黄鋭の作品はいずれも緻密で強いリアリティを帯びており、あたかもレンズや窓を通してじかに宇宙を見ているかのようだ。だがよく考えるとこれは不思議な話だ。実際のところ私たちは、そして恐らくは作家自身も、リアルな風景として深宇宙を観ることはない。深宇宙どころか、大気圏以外にあるものを、私たちはリアルな風景として観ることができない。宇宙をテーマとした作品は、そもそもすべてリアルな視覚体験を欠いたフィクションに近いものだ。にも関わらず黄鋭の映像作品をリアルだと感じるのは、これまで目にしたSFを含むさまざまな宇宙関係の画像が私たちの脳裏に記憶として蓄積されているからだろう。
実際のところは、画像データが溢れる現代において、私たちが世界をリアルなものとして感知するプロセスは、宇宙を感知するプロセスに限りなく近づいている。だがそこが地球上であれば、人工物は創作の意図やフィクション性を際立たせない。つまり「宇宙」をカンバスにすることによってのみ、「文明の痕跡」の存在は際立つのだ。
シュールに表現される文明世界
デジタルアートのような頻繁にバージョンアップされる新メディアによる試みが続く一方で、伝統的な表現手法である絵画も文明をめぐる広大な時空を描き続けてきた。同じく今年の春、北京の今日美術館で中国のシュールレアリズムの絵画を集めて開かれた「現実、超現実──中国当代絵画大展」は、その足跡を追う重要な手がかりとなるとともに、作品世界の奥行き、厚み、そして含み持つ意味の多様さによって、絵画のもつ可能性を再認識させた。
若手作家のみを扱うX美術館とは対照的に、今日美術館はすでに美術界で評価の定まった作家の作品を扱う事が多い。今回も1950 年代生まれの毛旭輝(マオ・シューホイ)や張暁剛(ジャン・シャオガン)といった大御所や、中堅といえる80年代生まれの畢建業(ビー・ジエンイエ)や周松(ジョウ・ソン)、熊韜(シオン・タオ)を含む、総勢50人余の多彩な顔ぶれの作品が並んだ。

畢建業《偽装者》(2021-2022)185×130cm、布にアクリル[筆者撮影]

周松《新創世記》(2017)510×250cm、布に油彩[筆者撮影]

熊韜《イースター島からアトランティスまで》(2025)1056×200cm、布に油彩
出品作には広い時空を含めたひとつの世界観を描いているものも少なくはなかったが、なかでも熊韜(シオン・タオ)の《イースター島からアトランティスまで》(仮訳、2025)は、横幅10メートル余に及ぶ大きさだけでなく、その羅列的で秩序を欠いた世界観によっても人目を惹いた。同作にはアトランティス大陸やモアイ像からUFOに至るさまざまな文明の痕跡が描かれ、中央には自動車に乗った宇宙人まで配されている。それらはインターネットの時代がもたらした情報の断片化、時空の異なる情報の脈絡のない同居であり、しかもその時間軸は未来まで伸びているかのようだ。いわば断片を集めて再構成された人類の文明の縮図といえる。
この作品も含め、展示されている作品にはここ数年の間に描かれた新しい作品も目立った。それらは「非現実」が急速に「現実」に取って代わり、「現実」を再定義しつつある時代における、シュールレアリズムアートのあいまいで戸惑いに満ちた着地点を示しているかのようだった。
黄鋭個展「文明のスケール」
会期:2026/03/07~2026/05/05
会場:X美術館(中国北京市朝陽区半截塔路53号朗園STATION E1棟[10号庫])
公式サイト:https://www.refresh.art/reviews/beam-me-up-scotty-rui-huang-the-scale-of-civilization/黄鋭のX公式アカウント:@RuiHuang_art
「現実、超現実──中国当代絵画大展」
会期:2026年4月14日~2026年6月1日
会場:今日美術館2号館(北京市朝陽区百子湾路32号)
公式サイト:http://www.todayartmuseum.com/enexhdetails.aspx?type=currentexh&id=867