
ジャコモ・バッラ《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》
1912年、キャンバス・油彩、89.9×109.9cm、米国ニューヨーク州、バッファローAKG美術館蔵
Photo: Bridgeman Images / DNPartcom
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スピードの残像
FIFAワールドカップ2026が行なわれている(6/11-7/19)。48カ国が参加し、アメリカ・カナダ・メキシコの3カ国で開催される史上初の大会。テレビでは連日、世界のトッププレイヤーの華麗な足技がライブで実況放送されている。日本は残念ながらあのサッカー王国ブラジルに1対2で逆転負けしたが、大会を重ねるごとに世界の強豪国と渡り合えるチームへと成長を見せた。
明治時代に日本に伝えられたサッカーを漢字では蹴球(しゅうきゅう)と書くが、蹴球は日本に古くから伝わる遊技の蹴鞠(けまり)から名付けられたそうだ。蹴鞠は、飛鳥時代(644年頃)に中国から伝来し、日本独自の発展を遂げた宮廷貴族の遊びである。サッカーの絵ではないが、足元に注目した面白い絵があった。イタリアの画家ジャコモ・バッラの代表作《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》(米国ニューヨーク州、バッファローAKG美術館蔵)である。
黒い塊がふたつある抽象画かと一瞬思ったが、よく見るとスカートをはいた女性が犬を連れて散歩している絵だとわかってきた。淡いピンクを背景に靴底に緑、犬の足先には黄色を点じて、白から黒の濃淡を用い、透明感を出している。足元だけをクローズアップした不思議な絵。犬は全身が見え、女性は顔が見えないが、共に足が沢山ある。女性と犬をつなぐ金属質なリードが揺れて、女性も犬も足早に歩いているようだ。歩く瞬間の動作の残像を定着させて、スピード感や風や音など感覚を触発する。揺らぎを描いたマルセル・デュシャン(1887-1968)の《階段を降りる裸体No.2》(1912、フィラデルフィア美術館蔵)を想起させるが、バッラは何を描いたのだろうか。イタリア近現代美術史を専門としている太田岳人氏(以下、太田氏)に《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》の見方を伺いたいと思った。
太田氏は未来派を中心にイタリア近現代美術史を研究されており、千葉大学などで講師を務めている。博士論文「イタリア・ファシズム政権期の未来派 ──1930年代を中心に」を書かれ、未来派に所属していたバッラについても詳しい。千葉大学のあるJR西千葉駅前の喫茶店でお話を伺った。

毛利嘉孝氏
政治史から美術史へ
太田氏は、1979年愛知県岡崎市に生まれ、両親と弟と妹の5人家族で育った。絵を描くのが苦手で、歴史とファミコンゲーム好きの子供時代を過ごし、中学校では吹奏楽部に入り、高校では合唱部に所属した。音楽でイタリアの曲や歌に親しんでいたが、政治や外交の歴史に関心があり、1999年千葉大学文学部史学科に入学。イタリア・ルネサンスおよびマニエリスム美術を専門とする若桑みどり先生と出会い、太田氏は美術史の世界へ誘われていった。
「あらゆるジャンルの芸術家を糾合しつつ、情報発信やパフォーマンスを通じて、イタリア社会総体の革新へと進出しようとした壮大な文化運動であった未来派は、第一次世界大戦のような現実の戦争も“美”の領域に含め、1920年代以降は台頭するファシズム勢力にも接近している」と、政治史を勉強しようとしていた太田氏に未来派は興味深い謎に見えたという。
2001年に若桑先生が定年を迎え、群馬県立近代美術館の学芸課長でイタリア美術史を専門としていた上村清雄先生が2002年に着任し、太田氏は指導を受けるようになり、2010年ローマ大学へ1年間留学した。2013年博士論文を提出し、千葉大学大学院社会文化科学研究科の博士課程を修了。
太田氏が未来派の実物作品を自覚的に見たのは、2007年に初めてイタリアへ行ったときだった。未来派創立100周年記念展「Futurismo 100」など、各地で未来派展が開催された2009年にもイタリアで作品を見ていたが、未来派に関わる全体を研究対象とする太田氏にとって、当時の《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》の記憶は曖昧だという。
未来派の力動性
ジャコモ・バッラは、1871年7月18日イタリア北西部の州都トリノで生まれた。父を早くに亡くし、母は仕立て業を営む。バッラは、少年時代からリトグラフ制作の助手として働いた。トリノ美術学校の予科・本科で学び、1891年美術学校を中退して写真家オレステ・ベルティエーリ(1870–1908)のスタジオに職を得る。当時、先端的な画法であった分割主義を知り、「トリノ美術振興協会」の展覧会に初出品した。
1895年には母とローマへ移り、制作の拠点とする。イラストレーター、風刺画家、肖像画家として活動し、1899年にはヴェネツィア・ビエンナーレや、ローマの「美術愛好家・研究家協会」の国際美術展に作品を出品した。1900年にはパリで7カ月間過ごし、感覚的な印象派の絵画を、科学的な色彩理論に基づいて発展させた新印象主義の影響を受け、点描を用いる分割主義の画家として活動を始める。1902年、後に“未来派”の同志となる、ウンベルト・ボッチョーニ(1882-1916)やジーノ・セヴェリーニ(1883-1966)に分割主義の絵画技法を指導する。1904年エリーザ・マルクッチと結婚し、後に芸術家となる二人の娘ルーチェとエリカが誕生する。
未来派とは元来、電光・機械・ダイナミズム・速度といった現代文明が生み出した要素を強く肯定し、美術の枠を越えてあらゆる文化領域への浸透を試みた20世紀最初のアヴァンギャルド運動。キュビスムの影響があるとみられる一方、ダダイズムの先駆ともみられ、1909年イタリアの詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ(1876-1944)が『フィガロ』紙に発表した「未来派創立宣言」によって始まった。同年バッラはパリのサロン・ドートンヌに出品した。
1910年ボッチョーニ、セヴェリーニ、カルロ・カッラ(1881-1966)、ルイージ・ルッソロ(1885-1947)と共に「未来派絵画技術宣言」に署名する。彼らの創造的表現とは、20世紀初頭の急速に変化する産業時代のダイナミズム(力動性)を体現するものであるべきだ、という点にあった。「あらゆるものが動き、走り、素早く変化する。…(略)…網膜上でイメージが持続することにより、運動する物体は増殖し、変形し、連続して生起し、振動のように、空間の中を通過する。したがって疾走する馬の脚は4本ではなく20本であり、それらの動きは三角形をなす」(図録『未来派 1909-1944』p.115)と宣言した。1912年《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》を制作する。
具象と抽象、平面と立体を横断
バッラは1913年、ローマの未来派展に初出品し、「抽象的速度」シリーズを始め、抽象画が増えていく。1914年には彫刻の制作を初めて試み、ローマのスプロヴィエーリ画廊で開催された「第1回未来派自由展」で発表。また、未来派様式の家具のデザインや未来派の衣服のデザインも手掛け、「反中立服装宣言」を掲げた。
1915年画家・彫刻家、デザイナーでもあったフォルトゥナート・デペーロ(1892-1960)と共にマニフェスト「未来派的宇宙の再構成」を発表。異質な素材によるオブジェ制作への志向を表わした。そして同年ローマのアンジェレッリ画廊で初の個展を開催。1916年未来派を牽引していたボッチョーニが亡くなり、バッラは「ボッチョーニの拳」をデザインし、それを詩人のマリネッティが未来派指導本部の公式レターヘッドに採用した。1917年バレエ・リュスのローマ公演『花火』の舞台装置をデザイン。1918年「色彩宣言」を発表。ローマのブラガーリア芸術の家で個展を開く。
バッラは、1920年代から主な未来派展に出品したほか、室内装飾やデザインの領域でも活躍した。その後もイタリアの政治家ベニート・ムッソリーニのローマ進軍を題材にするなど、ファシズムに接近したりしながら、欧米各地で作品を発表し続けた。1931年には「未来派航空絵画宣言」の共同署名者になり、徐々に作品は具象的になっていった。1935年ローマのサン・ルカ美術アカデミーの会員に選出されたが、未来派からは離れ孤立し始める。1947年ニューヨーク近代美術館(MoMA)から作品購入の打診があり、1949年《車の速度》《燕の飛行:線の展開+ダイナミックな連続》がMoMAに所蔵された。バッラは1958年3月1日にローマにて死去、ローマのヴェラーノ墓地に眠る。享年87歳。
機械や暴力的な要素の未来派からは距離を置いたバッラ。具象と抽象、平面と立体を横断し、光と運動、そして速度を、色彩と幾何学的な抽象表現により詩的かつ機知に富んだ手法でイタリア未来派を切り開いてきた。
鎖に繋がれた犬のダイナミズムの見方
①タイトル
鎖に繋がれた犬のダイナミズム(くさりにつながれたいぬのだいなみずむ)。英題:Dynamism of a dog on a leash
②モチーフ
犬、鎖、女性の足。
③制作年
1912年。バッラ41歳。
④画材
キャンバス・油彩。
⑤サイズ
縦89.9×横109.9cm。
⑥構図
鎖をつけた犬と一緒に歩く女性の足元を真横からとらえた大胆な構図。
⑦色彩
黒、ピンク、グレー、黄、紫、緑、赤茶、白など多色。一見色数が少なく見えるが、細部には繊細で輝くような色彩が付加されている。
⑧技法
1882年ライフル銃の形をした連続写真撮影機である写真銃を発明した医学・生理学者エティエンヌ=ジュール・マレー(1830-1904)の影響を受け、連続写真をイメージし、直線や色彩の明暗、グラデーションを活かして絵画化した。
⑨サイン
画面右下に「BALLA 1912」と黒で署名。
⑩鑑賞のポイント
「走る馬は20本の脚を持つ」という1910年に発表された「未来派絵画技術宣言」の有名な記述を図示した作品。バッラは、光と運動の物理的現象をとらえようと、1912年5月にシエーナ県モンテプルチャーノで教え子のひとりであるネラッツィーニ伯爵夫人を訪ね、愉快なダックスフントと飼い主のバラバラとした足取りを描いた。ピンクと黄緑の横縞模様をした温かい背景は、明るい夏の太陽の下で輝くトスカーナの田園地帯の白い砂塵を表わしている。女性の足、鎖のリード、そして赤茶色の目をした犬[図1]の鼻先から尻尾[図2]まで、すべてが繰り返され、ぼかされている。スピード感を強調するため、バッラは背景の地面を斜線で描き、署名と日付も斜めの線に合わせて配置した。このリズミカルな表現は、額縁にもおよび、ステッチのような装飾が施されている。速度をユーモラスに視覚化したバッラの代表作であり、未来派を象徴する名作である。
図1 赤茶色した犬の目(《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》部分)
図2 9本描かれた尻尾(《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》部分)
スピードの違いを描き分ける
《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》について太田氏は、「ちょっとかわいい絵で、人によってはキッチュだと言うかもしれないが、実は一番実りの多い未来派20年の先駆け的な絵。本作と同年に制作された《バルコニーを走る少女》、また1913年から14年の「抽象的速度」シリーズにつながる速度や運動を表現した作品である。足元がクローズアップされていて面白い構図だ。画面全体はシンプルでモノクロームに見える。ただ足のこの回転というか、カカカッと動いている部分が、若桑先生が授業で説明していたように『天才バカボン』を描いた赤塚不二夫の漫画と言いたくなる。尻尾も回転し、女性の足も回転している。でも犬の方が回転が速く、犬と人のスピードの違いまで描き分けているのが凄い」と述べた。
また、太田氏は「未来派の絵画は、アメリカなど外国のコレクターに早い時期から人気があった。《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》は早くから注目されており、作品を買ったのは当時MoMAの初代理事長だったA・コンガー・グッドイヤーだ。MoMAでは、1936年に初代館長のアルフレッド・H・バー・Jr.が企画した「キュビスムと抽象芸術」展が開かれ、未来派の初期作品として《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》が展示された。バーの妻マーガレット・スコラーリの父はイタリア人で、美術史家だったマーガレットは1934年にローマのバッラを訪ねて、おそらく《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》を実見後、館長のバーが正式に手紙を送って展覧会の貸し出し交渉をしたと思われる。バッラは作品を売ってもいいと考えていたが、バーは丁重にお断りしたという。その時は売れなかったが、1938年に理事長のグッドイヤーが個人として購入した。その後MoMAには収蔵されず、1964年グッドイヤー家よりオルブライト=ノックス美術館(現バッファローAKG美術館)へ寄贈された」と作品の来歴について語った。
太田岳人(おおた・たけと)
千葉大学・東京科学大学・明治学院大学非常勤講師/イタリア近現代美術史研究者。1979年愛知県生まれ。2003年千葉大学文学部史学科卒業、2005年同大学大学院文学研究科人文科学専攻修士課程修了、2010年~2011年ローマ大学文学・哲学部留学、2013年千葉大学大学院社会文化科学研究科日本研究専攻博士課程修了。博士(文学)。専門:未来派を中心とするイタリア近現代美術史。所属学会:イタリア学会、美学会、日伊協会、イタリア言語・文化研究会、イタリア近現代史研究会。主な論文:「イタリア・ファシズム政権期の未来派 ——1930年代を中心に」(博士論文、千葉大学大学院社会文化科学研究科、2013)、「漫画作品から絵本へ:『ムナーリの機械』の制作過程に関する一考察」(『早稲田大学イタリア研究所研究紀要NO.9』早稲田大学地域・地域間研究機構 イタリア研究所研究紀要編集委員会、2020)、「〈未来派航空絵画宣言〉を読む : 1930 年代における包括的な芸術運動のためのテキスト」(『立命館言語文化研究 No.145』立命館大学国際言語文化研究所、2021)、「イタリア未来派の諸宣言の日本語訳」(『立命館言語文化研究Vol.34, No.3』立命館大学国際言語文化研究所、2023)、「日本におけるイタリア未来派受容——図像の伝播を中心に」(図録『イタリアと日本の前衛』水声社、2024)など。
ジャコモ・バッラ(Giacomo Balla)
イタリアの画家、彫刻家。1871〜1958年。イタリア北西部ピエモンテ州の州都トリノ生まれ。1886年トリノの美術学校予科に通う。1891年学校を中退し、写真家オレステ・ベルティエーリのスタジオに職を得る。分割主義の画法を知り、同年「トリノ美術振興協会」の展覧会に初出品する。1892年頃トリノ大学でチェーザレ・ロンブローゾに師事。1895年母とローマに転居。1899年ヴェネツィア・ビエンナーレに出品。1900年パリに半年間滞在する。1902年未来派で後に同志となるセヴェリーニとボッチョーニに分割主義技法を教える。1904年エリーザ・マルクッチと結婚し、二人の娘をもうける。1909年イタリアの詩人マリネッティが「未来派創立宣言」発表。1910年には光・運動の研究を始め、「未来派画家宣言」「未来派絵画技術宣言」の共同署名者となる。1911年ローマの公的展覧会「イタリア統一50周年展」に参加。1912年《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》制作。抽象的な色彩研究を始める。1913年「抽象的速度」シリーズ開始。作風を刷新し、サインに「Futurballa」と署名するようになった。1914年「反中立服装宣言」を発表。1915年フォルトゥナート・デペロと「宇宙の未来派的再構築宣言」を共同で発表。1916年「未来派映画」の撮影に参加。1917年バレエ・リュスのローマ公演『花火』の舞台装置をデザイン。1918年応用芸術へ関心を示し、「色彩宣言」を発表。1921年ナイトクラブ「バル・ティク・タク」の内装を手掛ける。1931年具象への回帰が表われ、「未来派航空絵画宣言」の共同署名者となる。1935年ローマのサン・ルカ美術アカデミー会員になる。1937年「ペルセオ」紙への書簡で未来派と絶縁していると公表。1947年ニューヨーク近代美術館から作品購入の打診。1958年3月1日ローマにて死去。享年87歳。代表作:《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》《破産》《アーク灯》など。
デジタル画像のメタデータ
タイトル:鎖に繋がれた犬のダイナミズム。作者:影山幸一。主題:世界の絵画。内容記述:ジャコモ・バッラ《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》1912年、キャンバス・油彩、縦89.9×横109.9cm、米国ニューヨーク州、バッファローAKG美術館蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:バッファローAKG美術館、Bridgeman Images、(株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Jpeg形式51.0MB、300dpi、8bit、RGB。資源識別子:BAL_53112(Jpeg形式52.4MB、300dpi、8bit、RGB、カラーガイド・グレースケールなし)。情報源:(株)DNPアートコミュニケーションズ。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:バッファローAKG美術館、Bridgeman Images、(株)DNPアートコミュニケーションズ。
画像製作レポート
《鎖に繋がれた犬のダイナミズム》の画像は、DNPアートコミュニケーションズ(DNPAC)へメールで依頼した。後日、DNPACからのメールにより、作品画像をダウンロードして入手(Jpeg、52.4MB、300dpi、8bit、RGB、カラーガイド・グレースケールなし)。トリミング2点、掲載は1年間。
iMac 21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって、モニターを調整する。バッファローAKG美術館のホームページ上の作品の画像を参考に色調整をし、枠に沿って切り抜いた(Jpeg形式51.0MB、300dpi、8bit、RGB)。バッラが額装も制作した作品なので、額付きの画像を探したが入手ができず残念だった。また、1958年に死亡したバッラの日本での著作権は、死亡年から50年経過した2008年に消滅していた。日本美術著作権協会によると「日本の著作権の保護期間は、2018年12月30日の法改正によって70年に延長されているが、すでに消滅した作家の権利はよみがえることがない。第二次世界大戦での戦勝国である連合国(米国、英国、フランスなど)の国籍を有する作家には、戦時中に著作権が保護されなかったことへの敗戦国、わが国に課された代償として敗戦国には約10年の戦時加算が付与されており、1958年に死亡した連合国国籍の作家には保護の対象になる作品も存在する。この作家はイタリア国籍のため、それには該当しない」とのことであった。
セキュリティを考慮して、高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」を用い、拡大表示を可能としている。
参考文献
・Giorgio De Marchis, Giacomo Balla: l’aura futurista(Einaudi, 1977)
・Tipologie di astrazione, Giacomo Balla: Opere dal 1912 al 1930(Galleria Fonte d’Abisso, 1980)
・Susan Barnes Robinson, Giacomo Balla: Divisionism and Futurism 1871-1912(UMI Research Press, 1981)
・『美術手帖』No.572(美術出版社、1986.12.1)
・図録『ジャコモ・バッラ展カタログ』(児玉画廊、1990)
・Carmine Benincasa, Balla(SEAT, 1991)
・図録『未来派 1909-1944』(東京新聞、1992)
・キャロライン・ティズダル&アンジェロ・ボッツォーラ著、松田嘉子訳『未来派──FUTURISM』(PARCO出版、1992.4.10)
・Fabio Benzi, Balla Ediz Illustrata (art e dossie, n.163)(Giunti Editore, 2000)
・井関正昭『未来派 イタリア・ロシア・日本』(形文社、2003.6.6)
・Fabio Benzi, Giacomo Balla: genio futurista(Electa, 2007)
・Giovanni Lista, Balla: La modernità futurista(Skira, 2008)
・若桑みどり『イメージの歴史』(筑摩書房、2012.3.10)
・Viola Möckel, Aline Rinderer, Giacomo Balla : Restaurierung : Velocità d’automobile+luce+rumore(Zürcher Kunstgesellschaft : Kunsthaus Zürich, 2016)
・多木浩二『未来派──百年後を羨望した芸術家たち』(コトニ社、2021.6.11)
・角田かるあ「〈未来主義絵画技術宣言〉を読む──「着想源」にみるフォトディナミズモの理論」(『立命館言語文化研究』通巻145号、立命館大学国際言語文化研究所、2021.11.30、pp.11-32)
・横田さやか『未来派・飛行機・ダンス イタリアの前衛芸術における飛ぶ身体と踊る身体』(三元社、2024.3.25)
・図録『イタリアと日本の前衛──20世紀の日伊交流』(水声社、2024.4.6)
・平芳幸浩『マルセル・デュシャンとは何か』(河出書房新社、2026.3.30)
・Webサイト:太田岳人「新連載・太田岳人のエッセイ『よりみち未来派』第1回 私はなぜ未来派へよりみちしたか」(『ときの忘れもの』2020.4.12)2026.7.5閲覧(https://www.tokinowasuremono.com/blog/34596/)
・Webサイト:太田岳人「太田岳人のエッセイ『よりみち未来派』第8回 未来派芸術家列伝(その1)──バッラ」(『ときの忘れもの』2021.6.12)2026.7.5閲覧(https://www.tokinowasuremono.com/blog/35093/)
・Webサイト:『Casa Balla artist’s house』2026.7.5閲覧(https://casaballa.maxxi.art/)
・Webサイト:「Giacomo Balla」(『The Solomon R. Guggenheim Foundation』)2026.7.5閲覧(https://www.guggenheim.org/artwork/artist/giacomo-balla)
・Webサイト:「Giacomo Balla: Dinamismo di un cane al guinzaglio (Dynamism of a Dog on a Leash),1912」(『Buffalo AKG Art Museum』)2026.7.5閲覧(https://buffaloakg.org/artworks/196416-dinamismo-di-un-cane-al-guinzaglio-dynamism-dog-leash)
2026年7月

