会期:2026/06/16~2026/09/13
会場:東京国立近代美術館 1階企画展ギャラリー[東京都]
公式サイト:https://art.nikkei.com/sugimoto/

往年の銀塩写真を「絶滅写真」と呼び、それを展覧会のタイトルにした写真家、杉本博司の心意気には清々しさを感じてしまう。下手をすると、その言葉は自虐的にも映りかねないからだ。周知のとおり、今世紀に入った頃から、写真はデジタル一辺倒となった。スマートフォンが普及してからは、なおのことである。自身を振り返ってみても、カメラにフィルムを入れて撮影したときの記憶は、若かりし頃の思い出とともに遠くへ過ぎ去ってしまった。それはカセットテープと同じくらい、昔懐かしいメディアになってしまったのだ。このように多くの人が簡単にデジタルに乗り換えたのに対し、杉本博司の場合はそうはいかない。銀塩写真全盛の頃に生を受け、ニューヨークへ渡り、それまで単なる記録メディアだった写真を芸術の域にまで高めた第一人者であるからだ。「私は銀塩写真の寿命と私の寿命とが響き合っていることに幸せを感じている」という本展に寄せた言葉に、その覚悟が見て取れる。


杉本博司《類人》(1994、ゼラチン・シルバー・プリント、119.4×149.2cm) © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi  ※画像の無断転載を禁じます

本展は、初期から現在まで杉本博司が撮り続けてきた全13シリーズが一挙に鑑賞できる構成となっていた。どんな虚像でも一度、写真に撮ると実像に見えてしまうという、人間の目の錯覚を突いた「ジオラマ」。1本の映画の始まりから終わりまでを1枚の写真に収めた「劇場」。太古の人間が見たであろう風景を再現した、揺るぎない水平線の「海景」。世界の名建築をピンぼけで撮影し、ディテールを溶かして、根源的なフォルムだけを浮かび上がらせた「建築」。肖像画から蝋人形、そして写真へと記録媒体を更新し、歴史上の偉人たちを生々しく撮り下ろした「肖像写真」など、いずれもユニークなコンセプトに基づいて生まれたシリーズばかりである。


杉本博司《U.A.プレイハウス、ニューヨーク》(1978、ゼラチン・シルバー・プリント、119.4×149.2cm) © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi  ※画像の無断転載を禁じます


杉本博司《サヴォア邸》(1998、ゼラチン・シルバー・プリント、119.4×149.2cm) © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi  ※画像の無断転載を禁じます

特に代表的なシリーズは既知のものが多かったが、その凄みというか、銀塩写真ならではの迫力に改めて触れる機会となった。写真は真実を記録するメディアという概念に対し、彼はアイロニカルに独自の手法を編み出して写真表現の拡張に挑んできた。これらの表現は銀塩写真でやり遂げてきたからこそ意味がある。いまや、デジタルであればいとも簡単に写真を加工できる時代になった。しかし誰もがフリーハンドでいじれる手軽さは、それだけの価値にしかなり得ない。銀塩写真が終焉に向かっていることは間違いないだろう。しかし絶滅の危機に瀕しているのは本当に銀塩写真なのか、あるいは人間の創造性の方なのではないか……というメッセージが本展から読み取れた。


杉本博司《相模湾、江之浦》(2025、ゼラチン・シルバー・プリント、119.4×149.2cm) © Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi  ※画像の無断転載を禁じます

鑑賞日:2026/06/24(水)