会期:2026/05/29〜2026/05/31
水性[東京都]
作・演出・出演:大竹このみ
演出:山田由梨
公式サイト:https://suisei-nakano.com/event/2605otake/
「成人してからも親元から独立せず、家事や経済面で親に依存し続けている」独身男性、いい年をして「子供部屋から出られていない」男性を指して「子供部屋おじさん」と呼ぶのだという。贅沢貧乏に所属する俳優・大竹このみによる一人芝居『わたし、こども部屋おばさん』(作・演出・出演:大竹このみ、演出:山田由梨)は、生まれたときから大宮の実家のマンションに暮らしているという大竹の自己紹介に続き、夕方のワイドショー番組で「子供部屋おじさん」の特集を見た大竹が「これ、わたしやん」と衝撃を受け、我が身を省みる場面からはじまる。
[撮影:前澤秀登]
[撮影:前澤秀登]
ある種の社会問題を捉えた言葉として使われる「子供部屋おじさん」だが、もともとはインターネットスラングとして使われていたということもあり、そこに嘲りのニュアンスが滲むことは否めない。成人して働き、パートナーを得て家庭を築き、やがて子供をもうけ……といった「普通の生き方」からの逸脱は、日本社会においてはしばしば劣ったものとみなされ、嘲笑の対象となるのだ。そんな社会で自尊心をもって生きていくことは容易ではない。ましてや小劇場演劇を中心に活動する、30代なかばで独身の女性俳優にとってはなおさらだろう。
大竹の生活は、俳優として舞台や映像作品に出演するかたわら介助士などのアルバイトをすることで成り立っている。「というか、アルバイトをしながらたまに俳優、という方が正しいかもしれません」というその生活はしかし同時に、実家に住み、母親と同居しているという条件抜きには成立しないものでもある。「子供部屋おじさん」の特集にギクリとしつつもそれを直視しないようにしていた大竹は、「いいじゃん別に、ここにいれば」と言っていたはずの母親に「今のままじゃ心配なんだよ!」「ママもね、ずっといるわけじゃないから。こんちゃんのことを大事にしてくれる人をさ、そろそろ見つけたりしていかないと」と(よりによって誕生日に!)言われてしまい、婚活アプリをはじめるのだった。
[撮影:前澤秀登]
そうして何人かの男性と会ってみる大竹だったが、なかなかいい相手とはめぐり会えない。1人目の男はつい3日前に別れたばかりだという元カノの話をしながら泣き出し、2人目の男はセンスのいい店を紹介してくれたと思ったら金がないとタカってくる。ようやくいい感じだと思っていた3人目の男はしかし、初めて会う場所に自宅を指定してきて、大竹は結局会うのをやめてしまうのだった。
「やっぱり男性と出会うなんて無理だ。というか男性が無理だ」「そういうことを求められた瞬間に、あー、わたしって女なんだなって思わされるのが、なんか無理だ。私だって男性に対して、かっこいいな〜、素敵だな〜って思ったりするくせに」とめげてしまった大竹は、そこから連想するようにして小学5年生のときに遭遇した露出狂のことを思い出してしまう。いまの大竹をそうあらしめているのは、これまでの自身の選択だけではない。ネガティブなものであれポジティブなものであれ、そしてはっきりとした因果関係があろうがなかろうが、周囲の環境が、そして社会が否応なく大竹のいまをかたちづくっているのだ。
[撮影:前澤秀登]
「いい感じって言ってた人。結局会わなかった」と落ち込む大竹に母親は「この人なんだろうな〜っていう人がいるのよ、どっかに」「パパみたいな人がいいよ」と言葉をかける。だが、小学1年生のときに亡くなってしまった父親を大竹はよく覚えていない。「パパと一緒に過ごしてたら、男の人が嫌だとか、そういうことも思わずに、もっとうまく付き合えてたかもしれない。パパが生きてたら。わたしは一人暮らしだってしていたかもしれない。パパがいたら俳優として売れてた……なんてことはないかもしれないけど、もっとうまくやれてたかもしれないのに」と大竹は想像してみたりもする。しかし、もちろんそんな「もしも」は現実にはないのだ。
そうして大竹は父が亡くなった夜からいままでの母との日々を思い返す。バレエ教室の帰りに友人宅で夕食を食べた日々。愛猫・白玉とモカとの出会い。遊びに出かけて帰りが遅くなるのに連絡をせず、母にめちゃめちゃ怒られたこと。毎年母と出かけるラフォーレのセール。モカと白玉との別れ。そして現在。「できればもっと一緒にいたかったよ。でもね、パパのせいで、ママとめっちゃ仲良し、ふたりでずっと一緒に生きてきたよ。わたし、これからも、一緒に生きていくよ」。
[撮影:前澤秀登]
大竹の自尊心がしばしば損なわれてしまうのは、社会の側にも大いに問題があるのであり、それを大竹自身の意識の問題としてのみ回収するかのようなラストには正直なところモヤモヤしないでもない。だが、社会の側の問題はひとまずまた別の、あるいはここから先の話だろう。落ち込んだりうじうじと悩んだりもする大竹の演技はしかし、一方でどこか飄々としてもいていて軽やかだ。『わたし、こども部屋おばさん』というタイトルはこうして、大竹が「こども部屋おばさん」としての自分を観客の前で演じることを通して、自らを肯定する力強い宣言となったのだった。
観賞日:2026/05/18(月)