会期直前での会場使用不許可という異例の事態を経て、民間のビルを会場に開催された「石上純也展──徳島文化芸術ホールへと続く、風景と建築の思想──」。計画の難航やコンペの経緯を振り返りつつ、建築家・石上純也の活動を見続けてきた五十嵐太郎さんが、公共建築がいかに市民に開かれ、共有されるべきかという根本的な課題を投げかけます。(artscape編集部)

計画が止まった徳島文化芸術ホール

石上純也──徳島文化芸術ホールへと続く、風景と建築の思想──」(竹内ビル、2026/07/11-8/30)を見るために、徳島市を訪れた。本展は、県側が当初認めていた会場(県有地に建つ倉庫)の使用をひっくり返し、会期直前にいったん中止に追い込まれたことで全国的なニュースとして取り上げられた後、新町川に面する民間のビルの1階を新たに使用することで開催にこぎつけたものである。「あいちトリエンナーレ2019」のときのように、アートのトピックとして取り上げられてきた「表現の自由」が、建築の分野で言及されたことに驚かされた。

この中止については知事の意向があったと推測されるが、もしそのまま開催されていたら、あまり大きな話題にならなかっただろう。不都合な投稿を隠そうとすると、かえって拡散されてしまうSNSの法則と同じである。個人的にも、「キリンアートアワード2003」の審査を担当したとき、K.K.による映像をサンプリングした《ワラッテイイトモ、》を最優秀賞に選んだ後、主催企業が権利上の問題を懸念したことで、受賞内容が「審査員特別最優秀賞」に変更され、作品の修正版のみが展示された一件を思い出す★1。これもそのまま公開しなかったことで、かえって大きな注目を集め、朝日新聞で二度にわたって大きく報道されるなど、各種メディアで紹介された。

さて、簡単にことの経緯に触れておく。発端は30年以上前にさかのぼるが、ここでは今回に直接関わる件のみを整理する★2。2021年のプロポーザルコンペにおいて、石上のチームが最優秀を獲得し、設計を終えていたが、2023年の県知事選で工事費と工期を半分にできると訴えた後藤田正純が当選したことで、プロジェクトがペンディングとなった。当初の敷地はすでに空地として整備中だったが、その後、敷地を変更し、二度のコンペを行なったものの、いずれも応募に誰も手をあげず、三度目のコンペでようやく新しい設計者が決まる。そのタイミングで、多くの市民に見てもらうための展覧会が企画されたことも、県側を大きく刺激したに違いない。ちなみに、現在、あらゆる建設費が高騰し、《中野サンプラザ》《帝国ホテル》《国立劇場》の建て替え、名古屋駅周辺の開発が止まったり、見直されたように、三度ものコンペで計画が遅れたことで、建設費は安いどころか、石上案と同等のものとなり、しかも規模が縮小している(小ホールが消え、駐車場もほとんどなくなった)。そしてもし石上案を予定通りに着工していれば、今頃、完成していたはずだった。コストは変わらず、スペックは落ち、オープンも遅れ、結果的に後藤田知事は、明らかに筋が悪い計画にこだわったことになる。結果責任という意味では失敗と言えるだろう。

だからこそ、本来建つはずだった石上案が、広く知られるような機会を嫌ったのではないか。通常、こうしたコンペのゴタゴタは建築家が悪者にされがちだが、今回はあまりに県側の動きがひどかったため、石上側に多くの同情が集まったというのも珍しい。ともあれ、1980年代頃までは、知事や市長がコンペや入札を行なわず、特命で建築家に設計を依頼することができた。それゆえ、弘前市の前川國男、鳴門市の増田友也、釧路市の毛綱毅曠、香川県の丹下健三らの名作が誕生している。現在、このやり方は行なわれていないが、民意を問うという名目の選挙を通じて新しい首長がすでに決まった特定のプロジェクトをつぶすことはしばしば起きている(ただし、《新国立競技場》のキャンセルは、この手続きを踏んでいない)。つまり、選ぶ権力はないが、中止にする権力だけは残っている。

展覧会を通じて有名になった建築家

すでにこのプロジェクトについては政治や制度に関する議論がされているので、本稿では展覧会を通じて、筆者が石上と関わりをもったことを踏まえて、これを切り口としたい。以前、監修した「インポッシブル・アーキテクチャー もうひとつの建築史」展(埼玉県立近代美術館館、国立国際美術館などを巡回、2019-2020)は、石上もグループホーム案などで参加していたが、もともとザハ・ハディド+設計JVの新国立競技場案が中止になったことを受けて企画されたものだった。この企画は実現不可能性を提示することが目的ではなく、タイトルに抹消線が引かれていたように、何らかの事情で実現できなかったプロジェクトも重視している。まさに新国立競技場案も本来であれば実現できたであろうことを紹介するために、模型やドローイングだけでなく、膨大な量の設計図書を会場に置いていた。当時、「図面がない」「構造的に無理」などのガセネタが流通するなかで、実は着工を待つだけの状況でストップがかかっていたことがわかるようにだ。今回の徳島の石上展も、設計が終わっていたことを示すために、こうした設計図書の束が置かれていた。したがって、筆者にはふたつの会場風景が重なって見えたのである。

「インポッシブル・アーキテクチャー」展における石上純也の展示[著者撮影

徳島の石上純也展に並べられた設計図書の数々[著者撮影

筆者が石上と一緒に仕事をしたのは、キリンアートアワードがなくなった代わりに始まった「キリンアートプロジェクト2005」の公募において、妹島和世事務所から独立したばかりの彼の《テーブル》を選んだことがきっかけだった。構造計算によって成立する長さ9.5m×厚さ3mmという驚異的なプロポーションの宙に浮かぶようなテーブルは、ギャラリー小柳の目にとまり、バーゼルのアートフェアに出品され、イスラエルの美術館が購入している。また「Space for the Future」展(東京都現代美術館、2007)では、石上が高さ14m、重さ1トンの四角いふうせんを吹抜けに浮かせた。「ヴェネツィアビエンナーレ国際建築展2008」の日本館のコミッショナーコンペでは、筆者が石上と組んだ、屋外に散りばめる小さな温室群のプロジェクトが選ばれて、実現している(当時は建築作品がなく、奇跡的な勝利だった)。彼がヴェネツィアの金獅子賞を受賞したのは、その2年後、アルセナーレで展示したほとんど見えない《空気のような建築》だった(内覧会の期間中に壊れたことでも伝説となった)。ほかにも「建築の新しい大きさ」(豊田市美術館、2010)や「建築はどこまで小さく、あるいは、どこまで大きくひろがっていくのだろうか?」(資生堂ギャラリー、2010)などの個展を通じて、前衛的なビジョンを提示し、驚異的なインスタレーション実現している。

「キリンアートプロジェクト2005」に出品された石上純也の《テーブル》[著者撮影

初期の石上は、建築学会賞(作品)に《KAIT工房》(2008)が選出されつつも建築の実作はほとんどなく、むしろ展覧会という敷地において実験的な建築プロジェクトを発表していたのである。筆者が「あいちトリエンナーレ2013」の芸術監督に就任した際、石上に参加を依頼したが、このときは太陽光発電の新しいデザインやもっと大きい木造のふうせんなどの提案を受けたものの、予算規模が大きくなりすぎて、ドリームプランを実現することはできなかった。一方で石上のプロジェクトは海外で展開するようになり、その主戦場は展覧会から実際の敷地に変わっていく。したがって、パリのカルティエ現代美術財団と上海のパワー・ステーション・オブ・アートを巡回した個展「自由な建築」では、会場に建築的なインスタレーションをつくることはなく、建築プロジェクトを紹介していた。いわゆる、普通の建築展である。ちなみに、この展示は日本の巡回も画策していたが、残念ながら受け入れ先が見つからなかった。ゆえに、今回の徳島の展示は、久しぶりに日本で開催された石上の個展ということになる。


2018年のカルティエ現代美術財団(パリ)に続き2019年にパワー・ステーション・オブ・アート(PSA、上海)で開催された個展「自由な建築」[著者撮影

すべての公共建築は展示を行なうべきである

今回の徳島の展覧会は、3月にJIA(日本建築家協会)徳島が石上の講演会を企画したことが契機だった。それまで地元でも計画の詳細があまり知られていなかったことから、展覧会をやろういうことになり、JIA徳島のメンバーが精力的に動き、開催にこぎつけた。展示は以下のコンテンツから構成されていた。展覧会ステートメント、コンペ時の提案と模型、設計後の巨大模型と膨大な図面、これまでに実現した4つのプロジェクト(《神奈川工科大学KAIT広場》、山口の《ハウス&レストラン》、那須の《水庭》、中国山東省の《水の美術館》)、新案との比較などである。

《神奈川工科大学KAIT広場》[著者撮影

「石上純也展」に展示された《徳島文化芸術ホール》の模型[著者撮影

花びらのようなスラブが幾重にも重なった《徳島文化芸術ホール》の模型デザインは、類例がなく、確実に都市のランドマークとなるだろう。特筆すべきは、積層された立体的な公園のように、屋外に開放されたスペースが多いこと。通常、文化ホールはチケットを購入した人だけが内部の空間を体験できるが、石上案はそうではない人に対しても多くの居場所を提供している。すなわち、公共空間としてのホールだ。それこそが、このプロジェクトの大きな価値だろう。したがって、席数あたりのコストで石上案を批判した現知事の見識のなさが改めて浮かび上がる。

「石上純也展」に掲示された新旧計画の比較表[著者撮影

すでに空き地として整備されていた石上案の敷地の現状[著者撮影

展示には敷地の状況を説明する模型も含まれている。これを確認してから実際に新旧の計画の現場に足を運んだ。当初案は鉄道を挟んで市役所の向かいの細長い敷地であり、既存の建築の移転などによりすでに空き地としてかなり整備されており、建設を待つ状況だった。一方、新計画の敷地に選ばれのは、西山卯三による《あわぎんホール》横の藍場浜公園である。川沿いという魅力はあるものの、確かに公園を削り、前の計画に比べて規模を縮小せざるをえない。こうした公共建築の検証ができることが、今回の展覧会の大きな成果だろう。

筆者が約1時間ほど展示会場に滞在しているあいだ、市民にまじって、議員も訪れているのが印象的だった。もちろん、すでに地元ではテレビや新聞において、この件について報道はされているが、やはり政治の問題に絡めるために、マスメディアは建築そのものが具体的にどういうプロジェクトなのかを説明することには、じゅうぶんな時間を割くことができない。そこで、こう思った。今回は特殊な経緯で実現した企画だが、通常の公共建築の計画でも市民に伝える機会がもっとあるべきだと。

実際、海外では大型プロジェクトの工事現場で、インフォメーションセンターとしてのパビリオンが設置されていた。例えば、ザハ・ハディドによるソウルの《東大門デザインプラザ》、ベルリンの《フンボルトフォーラム》などだ。またシンガポールやソウル、中国の各都市では、巨大な模型などを用いて、行政が考える都市計画の指針を紹介する展示館が存在する。知事の独断で好き嫌いを決めてしまうのではなく、市民が長く使うものだから、まずはその公共建築の内容を詳しく知ることができる場を設けるべきではないか。なるほど、ワークショップの機会は増えている。だが、限られたタイミングであり、参加しようと思うのは、もともと強い関心をもつ人だろう。今回の石上展のように、街中のアクセスが良い場所で、誰もが気軽にふらっと入れる展示施設が、日本にも登場して欲しい。

ベルリンの《フンボルトフォーラム》建設現場横のインフォメーションパビリオン[著者撮影

シンガポールのシティギャラリー[著者撮影

★1──「キリン・アート・アワード2003審査講評(ワラッテイイトモ、の衝撃+名和晃平の登場)」(五十嵐太郎、2026.07、URL=https://note.com/modern_macaw7078/n/nace2221d3569
★2──詳細は以下などを参照。「徳島ホール問題から考える公共性(2)」(藤村龍至、2026.07、URL=https://note.com/ryujifujimura/n/n74e769a1d346