高知県立美術館で学芸員として働く筆者の専門は日本の現代美術だが、扱う作家や作品の多くは日本国内にあり、これまで仕事で海外と関わる機会は限られていた。それが、ここ数年でにわかに事情が変わった。仕事を通じて海外、とりわけアメリカとの接点が生まれた。昨年はニューヨークとロサンゼルスを訪れた結果、ふたつの都市のあまりの違いに、30代も半ばを過ぎて、久しぶりに大きなカルチャーショックを受けた。そして、もう少しアメリカを見てみたいという思いが育ちはじめた。
ピッツバーグへの関心
アメリカの地方都市におけるアートシーンとはいかなるものなのか。そんなことを考えていた頃、ペンシルヴァニア州ピッツバーグという街が視野に入ってきた。ニューヨークとシカゴの間に位置するピッツバーグは、周辺地域まで含めれば人口は約240万人。市域人口に絞ると約30万人で、筆者が暮らす高知市とほぼ同規模だ。いわゆる大都市ではない。
関心をもつきっかけとなったのは、1896年に始まった北米最長の歴史ある国際展「カーネギー・インターナショナル」の存在だった。ヴェネツィア・ビエンナーレ創設の翌年から、世界各地の現代美術をピッツバーグに紹介し続けている。
国際的な現代美術のコンテクストと、そこに暮らす人々の生活はどこで接続するのか。あるいは、接続しないのか。近年、日本でも国際芸術祭が相次ぐなか、ひとつの土地で100年以上にわたり国際展が続くとはどういうことなのかが気になった。
そのような折、学芸員を対象とする海外研修の助成を得て、この7月にピッツバーグを訪れる機会に恵まれた。
ピッツバーグの風景。中央にそびえるのは、ピッツバーグ大学の象徴であり、街を代表するランドマークのひとつ「学びの聖堂(Cathedral of Learning)」[筆者撮影]
カーネギー・インターナショナル
この国際展を理解するには、その主会場となるカーネギー美術館の歴史から見ておく必要があるだろう。仕掛け人は、鉄鋼王アンドリュー・カーネギー(1835-1919)。鉄鋼業で莫大な財を築いたカーネギーは、1895年、ピッツバーグにカーネギー・インスティテュートを設立した★1。
カーネギーは、自身のコレクションを美術館に寄贈して充実させるのではなく、展覧会の開催を通して美術館が作品を収集していくという構想を抱いた。同時代の優れた美術を世界から集めて展覧会を開き、そこから作品を購入する──そのために翌1896年に始まったのが、現在の「カーネギー・インターナショナル」へと続く年1回の年次展である。
以来130年、過去のインターナショナルから収蔵された作品は520点を超える。日本の美術家との関わりも深い。たとえば、20世紀初頭に岡山から単身渡米した画家の国吉康雄は、1931年から52年にかけて、現在のカーネギー・インターナショナルへと連なる年次展に17回出品している。そのほか主要なところでは、草間彌生、井上有一、猪熊弦一郎、桂ゆき、河原温、宮島達男、杉本博司といった作家が参加してきた。そして今回の第59回展には、画家の杉原玲那と、いけばなを軸に彫刻や書など多岐にわたる領域で制作した勅使河原蒼風、そして彼が創始したいけばなの流派「草月流」の作品が出品されている。
第59回カーネギー・インターナショナル「If the word we」
世界各地から61組の作家・コレクティブが参加する第59回展のタイトルは「If the word we(もし、私たちという言葉が)」。解説によると、「we=私たち」を単一で固定された集団ではなく、異なる者同士がともに存在し、互いに耳を傾け合うための、複雑で開かれた関係として捉えているという。筆者が美術館を訪れた際には、本展のキュレーターのひとり、ライアン・イノウエ(Ryan Inouye)さんの案内を受けながら、会場を巡ることができた。
会場入口の風景[筆者撮影]
入口にあたる、美術館1階から2階へと続く吹き抜けの空間では、渦を巻くようにたわめられた無数の竹を用いたダイナミックなインスタレーションが来場者を迎える。日本人として馴染みのある素材とその風合いが目に入った瞬間、それが草月流の「いけばな」だとわかった。
会場でいくつか気になった作品を挙げてみよう。
色とりどりのテキスタイルが森のように上下へ張り巡らされた《Tewok: the river we weave》は、アルゼンチン北部の先住民族ウィチ(Wichí)の女性たちによるコレクティブ、シラット(Silät)が織り上げたものだ。100人を超える織り手が関わりながらも、そこに繰り返し現われる形やパターンからは、個人を超えて受け継がれてきた共有知の存在がうかがえる。
また、中国のアーティスト、ジャオ・ヤオによる、卵の殻を用いた繊細でミニマルな絵画のシリーズは、一見すると同規格の均質な画面が並んでいるように見える。だが近づいてみると、用いられた卵殻の色やひび割れの違いによって、画面ごとの微細な差異が浮かび上がる。
広大な彫刻ホールでは、巨大な緑のカーペットが視界いっぱいに広がる。ブラジルの国家権力の中枢である連邦議会に敷かれていたカーペットを参照して、シンシア・マルセル(Cinthia Marcelle)が手掛けた大規模インスタレーション《Green Hall Annex》である。カーペットの裏面には外交や移民をめぐる新聞記事や資料が配され、ブラジルという国家がそうした問題をいかに語ってきたのかを壮大な構造体として身体的に体感させる。
一方で、杉原玲那と勅使河原蒼風の作品は、異なる角度からこの展覧会に生気を与えていた。褐色を基調とする杉原の絵画は、粘度のある筆致による臓器のようなモチーフが不穏な気配を醸し出す。それらと連続する空間に、勅使河原の大規模な木彫《八雲》をはじめとする作品群が置かれることで、双方の有機的な形態が呼応しているように思われた。移動や離散、植民地主義、共同体、信仰、記憶──政治や歴史をめぐる重厚な主題が繰り返し現われ、作家の出自や作品のコンテクストへと意識を向けさせる本展にあって、ここでは色や形そのものに目を凝らし、しばし息をつくことができた。
カーネギー・インターナショナルの展示風景(シラット)[筆者撮影]
カーネギー・インターナショナルの展示風景(ジャオ・ヤオ)[筆者撮影]
カーネギー・インターナショナルの展示風景(シンシア・マルセル)[筆者撮影]
カーネギー・インターナショナルの展示風景(杉原玲那)[筆者撮影]
コレクションとの差異
他方、会場では「カーネギー・インターナショナルはこちら」という動線案内が至る所にあるのが目につく。なぜなら、美術館全体が国際展の特設会場となっているのではなく、コレクションと国際展の展示エリアとが入り組んでいるからだ。つまり、国際展とコレクション展示とが完全に切り離されるわけではなく、壁一枚を挟んで併存している。両者の絶妙な距離感は、筆者がこれまで訪れた展覧会では経験したことのないものだった。
常設のコレクション・ギャラリーでは、所蔵品を「継承」「市場」「土地」といった複数のテーマから読み直す展示が展開されていた。例を挙げると、「カーネギー・インターナショナルの歴史」と題されたセクションでは、過去のこのシリーズに出品され、その後カーネギー美術館に収蔵された作品群が壁を埋め尽くしている。ゲルハルト・リヒターやブルース・ナウマンといった日本でもよく知られた巨匠から、香月泰男や岡田謙三といった日本人作家まで、多様な作品がひしめく空間は圧巻だ。定期的に国際展を開き、作品を購入し続けてコレクションを育ててきたからこそ生まれる、日本の美術館ではなかなか見ることのできない風景だった。
もうひとつ興味深かったのが、コレクション展示と今回のインターナショナルとのあいだに横たわる、ある種の差異である。コレクション・ギャラリーで展示されている作品は、遠目でも作者名が識別できる有名作家が少なくない。ところが今回のインターナショナルでは、ジャオ・ヤオや杉原玲那、勅使河原蒼風、そして草月財団を除けば、筆者にとってほとんどが初見の作家だった。もちろん、それは偶然ではない。
「we」が示すもの
出品作家の顔ぶれには、本展が掲げる「we」の考え方がよく表われている。アジア、中東、アフリカ、中南米をはじめ、従来の欧米中心のアートワールドからは見えにくかった地域で活動する作家が数多く参加している。また、キャプションの作家プロフィールには、先住民族や土地との関係が明記されている例も目につく。たとえば、アメリカとカナダにまたがる、先住民族による連邦「ハウデノサウニー★2」の芸術と文化を長年にわたり支えてきたG・ピーター・ジェミソン(G. Peter Jemison)の紹介はこのようにはじまる。
セネカ族、ヘロン・クラン。1945年、ニューヨーク州シルバー・クリーク生まれ/ニューヨーク州ヴィクター在住。
基本的な作家紹介の段階から、国家や都市名だけでは捉えきれない帰属や土地との関係を可視化しようとするキュレーションの、あるいは美術館運営の意思が表われている。
もっとも、正直にいえば、こうしたプロフィールは決して読みやすくはない。見慣れない民族名や土地の呼称を前に、何度も立ち止まり、Google翻訳を立ち上げることになる。しかし、その「わからなさ」自体が、自分がこれまでどのような地理や分類の仕方に慣れ親しんできたのかを逆照射するようでもあった。
カーネギー・インターナショナルの展示風景(G・ピーター・ジェミソン)[筆者撮影]
ピッツバーグのアートシーン
では、130年にわたって国際展が続いてきたこの街には、どのようなアートシーンが育っているのだろうか。実のところ、カーネギー・インターナショナルという老舗国際展が100年以上にわたって継続的に開催され、アンディ・ウォーホル美術館、マットレス・ファクトリーといった有力な施設が存在する一方、ピッツバーグには現代アートに特化したコマーシャルギャラリーは意外なほど少ない。
カーネギー美術館から徒歩10分ほど。現代美術ギャラリーのROMANCEはそのうちのひとつだ。筆者は東京のギャラリーMisako & Rosenから紹介を受け、ROMANCEのギャラリスト、マーガレット・クロス(Margaret Kross)さんに話を聞く機会を得た。
折しも開催されていたグループ展「details to follow」は、第59回カーネギー・インターナショナルの開幕にあわせて企画されたものだった。この展覧会は、Misako & Rosen──カーネギー・インターナショナル出品作家の杉原玲那も所属している──、ジャカルタのROH、ソウルのWhistleなど、各地のギャラリーとの共同展であり、まさに国際展をきっかけに生まれた交流の一例といえる。元診療所を改装した待合室のようなROMANCEの展示空間には、サイズこそ小さいものが多いが、そうして世界から集結した絵画、映像、立体といったさまざまな形態の作品が並んでいた。
ROMANCEの入口[筆者撮影]
「details to follow」の展示風景[筆者撮影]
マーガレットさんによれば、主要なギャラリーや展示施設が集まる大都市とピッツバーグとの接続は、決して十分ではない。だからこそ、自分たちのようなギャラリーが、アーティストを外へとつなぐ「conduit(導管)」、あるいは「feeder(送り出す経路)」になりたい──そうした言葉が、とりわけ筆者には印象に残った。
4年に一度のカーネギー・インターナショナルが開かれると、キュレーターやコレクター、アーティストが街を訪れ、ピッツバーグのアートシーンには活気が生まれる。しかし、その合間には、停滞とまではいわずとも、凪いだ時間が訪れる。一度起こったエネルギーを次の国際展までどう持続させるかも、地元のギャラリーが向き合う課題のひとつだという。
マーガレットさんに紹介されて訪れたギャラリーのApril Aprilでも、よく似た問題意識を聞くことができた。共同運営者のひとり、ルーカス・レガッツィ(Lucas Regazzi)さんは、「多くのvisibility(可視性)が大都市に集中する一方、小都市にも、本当に面白く刺激的な場所になる可能性はある」と話した。ただし、そのためには「少し庭仕事が必要。種を蒔くようなもの」なのだという。
こうした話は、日本の地方都市にも重なる部分があるように思われる。国際展によって一時的に多くの人や作品が行き交うことと、その土地に持続的なアートシーンが生まれることは同義ではない。外からもたらされる刺激を受け止め、作家を地域の外へとつなぎ、次の機会までその動きを絶やさずにいること。それが何よりも難しい。ピッツバーグで見聞きした風景は、筆者自身にとっても、決して他人事ではなかった。
ピッツバーグでのリサーチにあたり、ライアン・イノウエさん、ジョン・テイン(John Tain)さん、ダン・リアーズ(Dan Leers)さん、マーガレット・クロスさん、ルーカス・レガッツィさん、ローゼン美沙子さん、ジェフリー・ローゼンさんをはじめ、多くの方々にご協力いただきました。ここに記して御礼申し上げます。
★1──現在、カーネギー美術館は、カーネギー自然史博物館、アンディ・ウォーホル美術館、カミン・サイエンス・センターとともに、Carnegie Museums of Pittsburghを構成する4館のひとつである。
★2──北アメリカの先住民のひとつで、おもにイロコイ語系の部族から構成されていることからイロコイ連邦ともいう。
“If the word we” 59th Carnegie International
会期:2026年5月2日(土)~2027年1月3日(日)
会場:Carnegie Museum of Art(4400 Forbes Avenue, Pittsburgh, US)
公式サイト:https://carnegieart.org/exhibition/59th-carnegie-international/