会期:2026/09/05~2026/11/08
会場:The Mass[東京都]
公式サイト:http://themass.jp/gallery1/

1972年アムステルダム生まれの写真家ヴィヴィアン・サッセンは、2000年代初頭よりファッション写真とアートフォトの領域を横断しながら、身体や視線をめぐるファッション写真の規範とジェンダーバイアスを独自の視覚言語によって捉え直してきた先駆的な作家である。The Massで開催中の個展「Myriads」は、そうしたサッセンの現在進行形の探求を捉えるまたとない機会となっている。


本展より[筆者撮影]

サッセンのビジュアル言語を形づくってきたのは、幼少期を過ごしたケニアで経験した強い光がもたらす陰影である。後年の作品においてもケープタウンやザンビア、ナミビアといったアフリカ各地の強い日差しによる鋭い陰影と鮮やかな色彩が繰り返し現われ、そこに躍動的でいびつなポージングやコラージュといった操作が加わることで、身体は断片化された形態へと変容していく。隠された顔や切断された身体、人工物や幾何学図形と自然との対比に見られるシュルレアリスム的な操作は、ファッション写真によって画一的に扱われてきた身体を抽象化し、固有のアイデンティティから遠ざけていく。その一方で綿密に構築された演出的な構図にはスナップショットのような瞬間性が同居し、撮影者と被写体のあいだに生じる関係や親密さが画面に築かれている。

こうした身体表現の背景には、サッセン自身が学生時代にモデルとして活動した経験がある。伝統的なファッション写真において女性の身体は理想化され、見る側の欲望に応える耽美な記号として消費されてきた。サッセンはその「見る・見られる」という非対称な関係への違和感から、男性写真家に向けられてきた視線に抗うように身体を解体し、非象徴的でオブジェクトにも似た特異な像へと組み替えていく。


本展より[筆者撮影]

写真家とモデルのあいだに生じるこうした視線の力学は、コリエ・ショア、ロー・エスリッジ、トールビョルン・ロードランドといった、アートと商業写真の領域を往還してきた同世代のファッション写真家たちによる編集的なイメージの実践とも接点を持つ。ここでいう同時代性とは、ショアが代表作「Jens F.」(2005)において規範的なポーズを基にモデルの性別や関係性を入れ替え、見る者と見られる者の視線が複雑に交錯する状況を画面に組み込んだ反復性や、エスリッジが商業誌のために撮影した既発表のイメージを元の文脈から切り離し、新たな並びのなかで再利用することで、写真の価値をイメージそのものではなく構成や反復のうちに生じる奇妙な物語性へと移し替えていく方法に見出すことができる。そこでは一貫した物語によって全体性を構築するのではなく、個々のイメージが置かれる文脈を視覚的かつ意図的にずらすことで、断片的でアイロニカルな魅力が生まれている。欲望やジェンダー・アイデンティティを画面内部で直接的に象徴化せず、画面の外にある対象やコンテキストを偶然として意図的に演出することで意味を揺さぶるサッセンの作風も、こうしたエディトリアルな構成を伴う現代ファッション写真の系譜に連なるものとして読むことができる。


本展より[筆者撮影]

さらに特筆すべきは、強い色彩やポージングによって像を構成する手法と、鏡やアクリル板による反射や屈折を利用した光学的な操作とがサッセンの制作において等価に扱われている点である。身体やプロップ、ペイント、鏡といった異なる要素はいずれも光によって像を形成するための素材として画面に組み込まれており、カメラを介さず物体を印画紙に直接置いて像を定着させるフォトグラムに通ずる同じ原理を、プロップやペイントによるコラージュ的な操作という別の手つきによって展開しているともいえる。こうした実験性は、1920年代にモホリ゠ナジらがニュー・ヴィジョンのもとで、極端なアングルや光学実験を通して写真の知覚を更新しようとした実践とも呼応する。しかしサッセンの場合、その形式的な実験はファッション写真におけるイメージの消費や身体表象の政治性と結びつくことで、見るという行為そのものを不安定なものとして演出し、鑑賞者の視点を揺さぶるのである。


本展より[筆者撮影]

鑑賞日:2026/09/20(日)