目まぐるしく変化していくメディア環境にともなって、日本における「イラストレーション」はその語が示す職能や活動領域だけでなく、大衆の間で想起されるイメージもまた、時代ごとに変化してきた。近年、マンガ、アニメ、ゲームやVTuberといったカルチャーの隆盛のなかで視覚イメージの大きな一角を担うイラストレーターたちの展覧会では、これまではあまり見られなかった挑戦的な空間作りが行なわれ、その展示方法も含めた世界観の演出が話題を呼ぶようになってきた。
本サイトでもイラストレーションやその周辺の領域について多くのレビューを執筆してきた評論家の塚田優氏に、この近年の状況を俯瞰しての論考を寄せていただいた。全3回にわたってお届けする。(artscape編集部)
かつての「美術のサブカテゴリー」を経て
2020年を前後する頃から、イラストレーター★1たちの力の入った展示が目立つようになってきた。もちろんかねて日本のイラストレーション(イラスト)★2は、展示を通じて社会にアピールしてきた。本論で中心的に取り上げるのは、マンガ、アニメ、ゲームといった20世紀中盤以降表現的・産業的に大きく展開したこれらのカテゴリーの影響下にあり、かつマンガにおいて士郎正宗や桂正和らが1980年代を通じ普及させた写実的身体と記号的頭部を持つキメラ的美少女や★3、ゲームにおいて寺田克也やあきまん(安田朗)らが、1990年代にマンガのようなデフォルメとリアルなボリューム感を共存させたマンガリアル★4といった様式的革新以降の文脈の延長線上にあるイラストレーターたちの展示である。以下で具体的に言及する彼/彼女たちの展示は、デジタル作画だからこそ可能になる多様な出力が模索されている。そこでは最先端の印刷技術が用いられ、立体や映像も交えプレゼンテーションが行なわれている。さらに照明や什器にもこだわりを見せることで、空間インスタレーションとしての完成度も追求されている。
Mika Pikazo個展「ILY GIRL」(東京会場、2023)展示風景[筆者撮影]
以下では、日本で1960年代に確立したより広い意味でのイラストレーションの歴史において、これらの展示がどのような状況を反映し、どのような意図によって開催されてきたのかを論じていく。また、これらの活動はイラストレーションではなく、美術(アート)として受け取ることが可能なものも含まれており、その観点からも言及を試みていく。そのための対象として、本論ではMika Pikazo(1993-)、クリエイティブスタジオ「SSS by applibot」(設立:2019)、米山舞(1988-)の活動を重点的に論じる。それによって令和以降のイラストレーションの展開と、そうした素地からアートの価値観を部分的に共有する、新たなカテゴリーが成立した現状を整理したい。
2020年代以前でも、イラストの展示は行なわれてきた。その代表的なものとして、「絵師100人展」が挙げられる。これは2011年より産経新聞社の主催で毎年東京で開催され、国内外への巡回もされてきた規模の大きいものだ。また、アールビバン株式会社が主催する「神絵祭」も2012年の初開催以降継続して開催されている。アールビバンは2000年にイラスト系作家の常設ギャラリー「アールジュネス秋葉原」をオープンするなど早くからイラストレーターの版画作品を展示・販売してきた。そもそも同社は1980年代後半よりヒロ・ヤマガタやクリスチャン・ラッセンの作品を展示し、美術市場に流通させてきた会社である。1995年にはアニメ制作会社、タツノコプロでアニメーターやキャラクターデザイナーとして頭角を現わし、菊地秀行『吸血鬼ハンターD』シリーズの装画や『ファイナルファンタジー』シリーズのキャラクターデザインで1980年代にアニメ的想像力をさまざまなメディアに展開させた天野喜孝と版画作品の販売契約を結ぶなど、早くからマンガ、アニメ的イラストレーションの作品的価値を展示によって普及させてきた。こうした活動に加え、カントク、てぃんくる、深崎暮人といったイラストレーターたちの個展も開催しており、継続的にイラストレーターをサポートしている。
— 絵師100人展 (@eshi_100_ninten) September 23, 2026
このように「絵師100人展」やアールビバンの活動は、キャラクターを中心に描くイラストレーターの作品を、美術のサブカテゴリーとして定着させたものだと言えるだろう。だがこれらの展示は額装された平面作品が中心であり、空間的な演出も最低限に抑えられている。それに比較して、2020年を前後する頃から何人かのイラストレーターたちは、それまでのイラスト展示が積極的に探求してこなかった空間演出を行なうようになってきている。
メディア環境の再編と、多様なデジタル出力の実験場
マンガ、アニメ、ゲーム系のイラストについて分析的視点を持ち、教育にも携わるイラストレーターの
近年のイラストレーター個展はそういった意味で、チーム戦になっています。作家はあくまでも絵を描くことを専門とし、空間設計やデザイン、資材調達、造作などは、別の専門スタッフが担当します。これらはそれぞれすべてに全く異なるスキルが必要です。★7
このように近年の中規模以上のイラスト展示では各セクションごとに細分化され、空間演出がなされるようになってきている。最近の例を挙げれば、望月けい(1995-)の個展「俗世」(池袋PARCO、2025/心斎橋PARCO、2026)にもそれは現われているだろう。望月はシンガーソングライターのれをるや、彼女もメンバーに含むユニットであるReolのMVイラストやグッズ、その他ゲームの関連イラストなどさまざまなクライアントワークを、作家的スタンスを堅持しながら手がけるトップイラストレーターのひとりである。望月は6年ぶりとなるこの個展において、およそ100点の平面作品を出品した。しかし、その会場は単純に絵が壁面に掛けられているわけではない。同展は有馬トモユキによる展覧会ディレクションのもと、テーマに応じ壁面のカラーリングや構成的デザインが施されている。作品の配置も動的で、絵に包囲されるような空間が作り出されている。とりわけクライマックスに展示してあった《俗世》は、壁画のような大きなサイズで出力されている。大きな画面に所狭しと描かれたキャラクターは100人に上り、描くことへの執着が作品の強度に結実している。このように望月は、自らの手から生み出されるイラストの魅力を最大化するため、空間に対して外部のクリエイターと協力しながらアプローチしている。
会場入口から見えるキービジュアルの向かいには、個展ロゴを大胆なサイズで配置しています。 その先には美術館を思わせる洗練された白い空間が広がり、一歩進むごとに「俗世」の世界観へと没入していきます。 #望月けい俗世 https://t.co/vMFaOQ3VMX
— 望月けい個展「俗世」 (@mochikei_info) December 2, 2025
望月けい個展「俗世」(大阪会場、2026)より、《俗世》展示風景[筆者撮影]
空間コンセプトから立ち上がる作品
こうした取り組みが近年のイラスト展示には見られるのだが、そのこだわりを空間および多様なメディアによる作品制作によって追求しているのがMika Pikazoだ。彼女は原色に近い赤、青、黄色をデザイン的、エフェクト的にキャラクターの周囲に散りばめることで、カラフルかつ力強いイラストレーションを手がけてきた。2017年にはVTuber・輝夜月のキャラクターデザインを担当し、各種メディアで活躍を続けている。
Mika Pikazo個展「ILY GIRL」(東京会場、2023)展示風景[筆者撮影]
そんなMika Pikazoは2019年から20年にかけて画集出版に合わせ開催された初個展「Mika Pikazo展」を含め、現在まで合計4回の個展を開催し、そのなかで作品はもちろん照明や什器など空間構成を作り込み、高いクオリティの展示を行なっている。「REVENGE POP」(Hz Shibuya、2022)や「ILY GIRL」(Q Plaza HARAJUKU、2023/あべのキューズモール サークルプラザ、2024)では、さまざまなギミックを凝らした作品が展示された。現代のイラスト展示ではおなじみになっているアクリル板を支持体としたUV印刷★8はもちろんのこと、フラッシュ撮影によって絵柄が浮かび上がる印刷作品や、アクリルボックスの中に造花やライトといったオブジェクトを入れ、その上に印刷を施すことで物理的なレイヤー構造を作るなどの工夫がなされている。静止したイラストだけではなく、映像や彫刻作品も制作されており、イラストレーションが持つマルチメディアへの展開可能性が十二分に追求されている。
これらの個展ではカラーリングされた壁面や、工事の仮設足場などに使われる単管による壁面が設置された。単管は視線を遮らず、照明の色なども含め、空間をどのように構成するかについて工夫が凝らされている。ライゾマティクスやチームラボの空間表現が好みであると話すMika Pikazoであるが★9、「ILY GIRL」のステイトメントでは「空間全体が作品であり感情の変化を表現している『インスタレーション』の可能性を探った」と述べられている。展示にあたってはまずタイトルとコンセプトから考え、その後に空間的な演出を決めてから作品制作に取りかかると語っている通り★10、何を展示するかよりも、どう展示するかが先んじて検討されることを明かしている。
Mika Pikazoのこうした個展への取り組みは、「UNDER VOYAGER」(tagboat、2024)においてさらなる展開を遂げた。同展は会場全体がインスタレーションとして構成された「少女の精神や行動を示唆する物語」★11となっている。このように明確なコンセプトが立てられた「UNDER VOYAGER」は、現代アートの展示であることが明言されている。会場は寒色系のライティングが行なわれ、物語的な提示がなされている。映像やアクリルにUVプリントを施した液晶モニター作品など、メディアアート的な様相を呈しているものもある。体の半分が基板・モニターなどによって構成されたキャラクター心臓部の通信機からは感熱紙が印刷され、観客が持ち帰ることができるなど体験的な要素も取り入れられていた。
単管が示すオルタナティブな姿勢
Mika Pikazo個展「ILY GIRL」(東京会場、2023)展示風景[筆者撮影]
またMika Pikazoにおいて指摘しておきたいのは、単管が繰り返し使われていることである。本論の主題から外れるためその来歴は問わないが、単管は現代美術の展示においてもしばしば什器として使用されてきた。国内に限定すると例えばChim↑Pom(現・Chim↑Pom from Smappa!Group)は2016年に解体予定のビルで開催された個展「また明日も観てくれるかな?」において単管を使用しているし、2022年の森美術館での大規模個展「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」では会場のみならずメインビジュアルにも登場している。また、単管はアートフェアでも使用されている。2018年より開催されているARTISTS’ FAIR KYOTOは継続的に会場を壁ではなくまるで建設現場のような単管と足場によって構成している。これらの事例はしばしばホワイトキューブと呼ばれる美術館やギャラリーのような整然とした空間に対するオルタナティブな姿勢を表わしており、現代美術のプレゼンテーション方法として定着している。Mika Pikazoもまたこうしたアプローチを取ることで、単なる作品展示とは異なる鑑賞モードを観客に促しているのではないかと推測される。それに加え、単管による壁面の仮構は壁と違い空間を完全に分割しないので、インスタレーションとしての展示を試みる彼女の志向にもマッチしている。
ほかでは、多数のイラストレーターと歌人が参加した「感情展─短歌で詠み、イラストで描く─」(角川武蔵野ミュージアム、2026)でMika Pikazoは展覧会ディレクションも行なっており、展示という形式に強くコミットしながら活動を行なっているイラストレーターだと言えるだろう。短歌とイラストを「感情」という軸で交差させ、鏡を用いた境界の曖昧化や、言葉と絵を意図的に乖離させる演出など、鑑賞者が空間全体を通じて感じられるような体験的な展示を構築している。このように身体性や情動にフォーカスしているという点において、同展は「恐怖心展」(東京、大阪、台湾ほか巡回、2025-)のような、テーマパークのアトラクションと博物館・美術館における展示の中間に位置づけられるだろう。
【感情展まで 残り5日】 2/13(金)より感情展、開幕。 チケット販売中 前売:¥1,700(税込) グッズ付き:¥4,700(税込) ▼ローソンチケット https://t.co/CT3XgTX6eV https://t.co/5nJTJPvsVf
— 感情展-短歌で詠み、イラストで描く- (@kanjyoten) February 8, 2026
Mika Pikazoは小物やエフェクトをデザインとして有効に使い、画面全体を充実させるのに長けた描き手だ。そうした地力に技術が組み合わされた「オブジェ」が、空間的な演出を伴ってプレゼンテーションされる。これら一連の活動に対して彼女は「娯楽から生まれる芸術表現を突き詰めていきたい」★12と語っている。「UNDER VOYAGER」のように美術として取り組まれる場合があることはすでに確認した通りであるが、こうした発言は、彼女の展示への取り組みを、あくまでもエンターテイメントの延長線上に位置づけるだろう。しかしSNSでも多くのフォロワーを抱え、最前線で活躍するMika Pikazoがこうした取り組みを行なっていることは、2020年代のイラストを考えるにあたって重要なトピックである。
(中編へ)※2026年11月上旬公開予定
★1──本論において「イラストレーター」として取り上げられる人物たちは、並行してアーティストやアニメーター、アートディレクターとしての活動を行なっている場合も多い。しかし広告や装画など、いわゆるクライアントワークも手がけているため、各々の肩書きにかかわらずイラストレーターとして論じつつ、具体的なアウトプットを取り上げる際には、その都度ふさわしいカテゴリーで論じる。例えば、イラストレーターたちの行なう展示については、美術の形式や要素が見出せる場合、美術(アート)としての判断も下されることになる。
★2──本論では「イラストレーション」ないし「イラスト」を、スキルとしての技(art)が発揮される点において芸術の「カテゴリー」として扱う。ここでいうイラストレーション(イラスト)とは、作者がイラストレーターとして活動していたり、イラストレーションとして制作されたり、または社会的にそう呼ばれているものを指す。このような捉え方は、ケンダル・ウォルトンが『芸術のカテゴリー』(森功次訳、2015[原著1970])で論じた「作者の意図」や「社会における確立」といった考慮事項を参照している。日本においてイラストレーションという言葉は、宇野亞喜良、横尾忠則、和田誠らが1964年に結成した東京イラストレーターズ・クラブの活動と、彼らの大衆的な活躍によって定着したところが大きい。しかし、東京イラストレーターズ・クラブはイラストレーションに厳密な定義を与えなかったため、文化的背景を異にしていても、さまざまな図像が同じ「イラストレーション」という言葉で呼ばれてきた。ゆえに、本論では個々の文化的来歴の差異には深く立ち入らず、これらを同じイラストレーション(イラスト)というカテゴリーのもとで扱う。
★3──ササキバラ・ゴウ『〈美少女〉の現代史 「萌え」とキャラクター』(講談社、2004)pp.150-162
★4──「対談 あきまん×村田蓮爾 九〇年代初頭の『マンガリアル』」(『季刊エス』27号、飛鳥新社、2009、pp.87-91)
★5──虎硬「イラストバブルが勃興した10年と、陰りを呼ぶ7つの理由」(『KAI-YOU Premium』、2024.01.15公開)
https://premium.kai-you.net/article/757
★6──森川嘉一郎「キャラクターvs. 都市:虚構×現実」(『MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮 2020』、国立新美術館、2020、p.26)
★7──虎硬「イラストレーター個展の開催費用300万円は、回収できる? 令和の個展が抱える課題」(『KAI-YOU Premium』、2024.08.10公開)
https://premium.kai-you.net/article/827
★8──UV印刷とは紫外線を照射しインクを硬化・乾燥させる特殊な印刷手法で、アクリルや金属など素材を選ばず印刷できる。
★9──「Mika Pikazoが個展『ILY GIRL』で描いた、“着飾った偶像”でいることの自分らしさ」(『LIFE LAND SHIBUYA』、2023.10.31公開)
https://www.life-land-shibuya.com/article/kcz9ol55ko
★10──「【Interview】Mika Pikazoにしか表現できない色彩 – 後編」(『BAM』、2025.09.19公開)
https://boundless-art.com/culture/3507/
★11──「Mika Pikazo『UNDER VOYAGER』」(『tagboat』)
http://tagboat.co.jp/mikapikazo-undervoyager/
★12──前掲★10。