目まぐるしく変化していくメディア環境にともなって、日本における「イラストレーション」はその語が示す職能や活動領域だけでなく、大衆の間で想起されるイメージもまた、時代ごとに変化してきた。近年、マンガ、アニメ、ゲームやVTuberといったカルチャーの隆盛のなかで視覚イメージの大きな一角を担うイラストレーターたちの展覧会では、これまではあまり見られなかった挑戦的な空間作りが行なわれ、その展示方法も含めた世界観の演出が話題を呼ぶようになってきた。
本サイトでもイラストレーションやその周辺の領域について多くのレビューを執筆してきた評論家の塚田優氏に、この近年の状況を俯瞰しての論考を寄せていただいた。全3回にわたってお届けする。(artscape編集部)
※下記からの続きです。
①「チーム戦」化する展示と、その牽引者・Mika Pikazo
作り手自身が投げかける、固定化するキャリアと量産への疑問
望月けいやMika Pikazoが展開する充実した展示活動のなかで、歴史的に重要なものとしてここで取り上げたいのはクリエイティブスタジオ「SSS by applibot(トリプルエス バイ アプリボット)」(以下、SSS )によるグループ展「SSS Re\arise」(STUMP BASE[東京]ほか、2022-24)である★13。
SSSはサイバーエージェントグループの株式会社アプリボット内のスタジオで、商業的なコンテンツ制作にも関わっているが、展示活動も行なっている。このスタジオはマネージャー/クリエイティブディレクターの高木正文(1983-)の呼びかけにより結成され、メンバーは高木も含めセブンゼル、米山舞、NAJI 柳田、一才、PALOW.、BUNBUN、タイキの合計8名で構成されている。彼/彼女たちは各々がアニメ、ゲーム、ライトノベルなどさまざまな分野で活躍してきた実績を持ち、「未知の価値」★14を示すためにSSSとして2019年2月に集結した。
クリエイティブスタジオ「SSS by applibot(トリプルエス バイ アプリボット)」Webサイトより(スクリーンショット)
そんな彼/彼女たちが開催した展示会「SSS Re\arise」は、イラストレーターの発表方法として、スマートフォンなどの「画面」以外の出力を試すことを目的とし、高木以外のメンバー7人の参加により開催された。展示のプロデューサーを務めたPALOW.は、イラストレーターのキャリアがゲームなどの会社に就職するか、既存媒体の情報伝達のための絵を描いていくことのどちらかになりがちであることを疑問視し、それに当てはまらない活動をすることによって、イラストレーターという職業を再定義する必要性を感じていたことを述べている。そしてイラストレーションがプロダクトとして量産されることも多いカテゴリーであることを捉え直すために、同展は「量産品と一点ものの間を突き詰めたもの」★15の制作/展示を行なった。ゆえに出品作は技術的なトライアルとして制作されたものも多い。高度な印刷技術を持ち、日本に数台しかないようなプリンターも保有するFLAT LABO★16をはじめとした企業による協力により、マチエール豊かな作品が同展では並んだ。作品は平面作品だけではなく、アパレル、キーホルダー、ディフューザーといったプロダクトも、各イラストレーターが設定したコンセプトに基づいて並べられており、単なるグッズとは一線を画したプレゼンテーションが行なわれたこともこの展示会の特徴的な点だ。
米山舞の新作「RAY – TWILIGHT」は、京都の伝統工芸士「京からかみ 丸二」様との共作の元、 伝統文様を手彫りした木版に様々な顔料などを調合した絵具を使用し、和紙に一枚ずつ手作業で摺り上げて作ったからかみと、LEDを融合させて完成した作品です。 https://t.co/ywwzfgXk1e #SSSRearise https://t.co/OafbzwbGXh
— SSS by applibot (@SSS_by_applibot) February 24, 2023
「SSS Re\arise」展のなかで展示され、受注生産による販売が行なわれた作品の一部。京都の伝統工芸「唐紙」と米山舞のコラボレーションによるインテリアや、レーザーカットしたファインペーパーを用いたPALOW.の半立体作品など
インターネット以後のイラストレーション文化
イラストレーターによるクリエイティブの拡張を狙った「SSS Re\arise」であるが、同展が興味深いのは、インターネット登場以降のイラスト文化に対して、作り手の立場から批評的介入が行なわれている点にある。ADSLによる高速データ通信が普及すると、画像をアップロードするハードルも下がり、イラストを掲載した個人のホームページが2000年代以降増えていった。また、そのほかにも「お絵描き掲示板」と呼ばれる不特定多数がイラストをアップできるコミュニティもあり、コンテストの開催などにより技術も高められていった。こうしていくつもの個人サイトやお絵描き掲示板で、アマチュアとプロが交流しながら多様なスタイルが洗練されていった。
こうしたムーブメントの盛り上がりにシンクロするように、サイトや掲示板の数が増えるのにともないイラストリンクサイトが登場し、2007年にはpixivがローンチされプラットフォームが一気に集約されていった。pixivにはランキングが存在し、流行が可視化されることによって多くの描き手たちがそれに追従する事態が発生した。もちろんお絵描き掲示板にも類似するシステムは存在したが、それはあくまでもなかば閉じられたコミュニティのなかでの評価である。それに比べ、多くのユーザーを抱えるpixivの影響力は大きかった。そのようなメディア環境の変化によって成功したイラストレーターがいることを認めつつも、PALOW.は次のように語る。
プロとして、商業作家として成功された方々はもちろんいます。企業に囲われたり、大きなIPに関わったり。ただ、当時の多くの作家がそうだったように、あの時代に作家性を追求して、世の中にない価値を生み出そうとしても、不幸にしかならなかったんです。そこに、僕は絶望した。
僕の慕っていた10歳上の先輩は、個性を極めた結果、お金も社会的な地位もなくなってセンスだけが残り、最終的に亡くなった。そういう人も見てきている自分としては、いろんな価値を受け入れられる状態をつくりたいと思うんです。★17
つまりPALOW.は多くのイラストレーターが「自分のセンスを貫き通すことに軒並み失敗」してきたことを見てきたからこそ、もう一度多様なイラストレーションのあり方が受け入れられるカルチャーを作るために、「SSS Re\arise」をプロデュースしたのだ。だからこそこうした過去を乗り越えるために構想されたであろう同展のステイトメントは力強い。
イラストレーションは情報の伝達手段として発達した表現です。
同時に企画・デザインを生み出す根源でもあり、それ自体が価値を持つ作品です。
SSS by applibotは挑むべき問題を作り出すアーティストであり、
手に取るべき価値を生み出す商業作家であり、作るべき製品を計画するデザイナーでもあります。★18
日本における「イラストレーション」をめぐる言説の変遷
「新たなイラストレーションのパラダイムを作り出す事を目指します」と結ばれたこの宣言は、引用したようにイラストレーターを、アーティストでもありデザイナーでもある存在として定義している。ここで述べられているイラストレーターという存在の多義性は、どのように理解することができるだろうか。そのために確認したいのは、イラストレーションがどのようなカテゴリーとして成立したのかという歴史的経緯である。日本における「イラストレーション」は、その定着時点から多分にジャンル的なものとして受け入れられてきた。これはつまりどのような意味かというと、「図版」というメディアに内包された要素とは別の水準からもイラストレーションが捉えられてきたということである。
こうした状況を作り出したのは、宇野亞喜良、横尾忠則、和田誠らによって結成された「東京イラストレーターズ・クラブ」周辺での1960年代中頃の活発な活動によるところが大きい。デザイン制作会社に所属していた彼らは、制作においてイラストレーションが必ずしも採用されるわけではないことや、日本画と洋画の流れを汲む挿絵画家が活躍する出版業界での仕事が、デザイナーに回ってこない当時の現状を変えようとしていた。そこで既存のデザインや挿絵と差異化するために、「イラストレーション」という言葉を使用したのである。また、この頃のデザインはアートディレクターという職域が普及し始めるタイミングであり、デザインが組織化、マーケティング化する流れのなかにあった。そうしたなかで、イラストレーションとは個としての存在感を維持ないしは拡大するために用いられたキャッチフレーズだったのである★19。宇野は東京イラストレーターズ・クラブ結成のマニフェストを、次のように書いている。
ぼくたちは
現代をイメージによって証言し
このコスモスの拡大を意識の根底として
創造的形象化をめざす
イラストレーターの集団として
東京イラストレーターズ・クラブを結成する★20
この宇野による宣言の抽象度は高いものの、イメージによって「創造的形象化をめざす」という姿勢は、アーティストでもあり、デザイナーでもあるクリエイティブな存在としてイラストレーターと定位しようとした「SSS Re\arise」のステートメントと、響き合うところがあるだろう。
このように東京イラストレーターズ・クラブおよびその周辺で語られた──言説も含む──思想は、引用したように観念性の強いものだった。しかもその表現的側面は、対立するはずの機能的側面と両論併記されることによって共存した。そのため、イラストレーションはメディアや造形的様式といった統一的観点から分類されない曖昧な「ジャンル」★21として成立した。こうした経緯はカテゴリーとしてのイラストレーションに論理的な矛盾を内包させることになり、明文化した定義を行なわない姿勢も影響し★22、イラストレーションは現在に至るまで幾度となく「フレーミング」し直されてきた。代表的なところでは1980年代には日本グラフィック展の盛り上がりを念頭にイラストレーションはもはやアートになったという言説が語られ★23、2000年代にはイラストレーションの機能的側面が見直された★24。2010年代にはマンガ的イラストレーションの勢力拡大を受け、「イラストレーション」というカテゴリーの内実が議論になった★25。
しかし、ここで「SSS Re\arise」の比較対象として東京イラストレーターズ・クラブを持ち出すのは、イラストレーターが主体的にその職能の拡張を主張していることが共通しているからである。いま挙げた例はどれも制作物のスタイルの変化であったり、同時代の言及によるものである。それと比較して「SSS Re\arise」は、イラストレーターがグループを組み、主張としてその社会的役割を拡張しようとしていると同時に、かつそれが同時代的な影響力のある人物たちによってなされているという点に、歴史的重要性が存在している★26。それは管見の限り、東京イラストレーターズ・クラブ以来の出来事だ。
しかし、両者には違いも存在している。東京イラストレーターズ・クラブのコアメンバーは皆グラフィック・デザイナーだったのに対し、「SSS Re\arise」はアニメ・ゲーム・ライトノベルをはじめとした領域で活動しているメンバーによる展示会だ。そう考えると、イラストレーションというカテゴリーに対して主体的なアクションをしようという描き手が、アニメ・ゲーム・ライトノベルといった領域からチームを組んで出現することになったのは、これまでと異なる点として特記されるべきだろう。
(③「米山舞が切り拓くフロンティア」へ)※2026年11月9日公開予定
★13──同展は東京を皮切りに京都、アメリカ(ロサンゼルス)、中国(上海)に巡回している。会場ごとに内容と名称が一部異なっているが、本論では「SSS Re\arise」に統一する。
★14──『SSS by applibot』
https://sss.applibot.co.jp/
★15──「PALOW.×米山舞×有馬トモユキ」(展覧会図録『SSS Re\arise Record: 01 202206』、SSS by applibot、2022、p.127)
★16──FLAT LABOは株式会社アマナが運営するアートプリントのラボである。このラボはMika Pikazoなどさまざまなイラストレーター、アーティストのプリント作品を担当している。こうした存在は、かつて1950~60年代にイラストレーションおよびグラフィックデザインの存在を社会に示していた日宣美展において、シルクスクリーン技術でポスター表現を支えたサイトウプロセスを彷彿とさせると同時に、イラストシーンの盛り上がりの背景に、共通してこのような技術的な基盤があることは興味深い。
★17──「PALOW.インタビュー 絶望の淵で生まれた創作哲学『いかに毒を美味しく飲ませるか』」(『KAI-YOU Premium』、2023.4.15公開)
https://premium.kai-you.net/article/650
★18──「‟Re\arise”」(前掲★15、p.2)
★19──塚田優「日本デザイン史におけるイラストレーションの定着とその意味の拡大について──1960年代の言説を中心に」(『多摩美術大学研究紀要』第34号、多摩美術大学、2020、pp.63-80)
★20──宇野亞喜良「序文」(東京イラストレーターズ・クラブ編『年鑑イラストレーション1963—66』、三和図書、1966、ページ番号なし)
★21──本論の言うところの「ジャンル」は、次の資料における定義を参照している。銭清弘『芸術をカテゴライズすることについて──批評とジャンルの哲学』(慶應義塾大学出版会、2025)
★22──和田誠『銀座界隈ドキドキの日々』(文春文庫、1997)p.218
★23──中ザワヒデキ『現代美術史日本篇 1945-2014』(アートダイバー、2014)p.76
★24──『イラストレーション』第133号[特集 インフォメーショングラフィックス](玄光社、2002.1)
★25──「最近の『イラストレーション』誌と、『イラストレーション』の広がりについて(1)」(『posfie』、2014.5.21更新)
https://posfie.com/@cafe_petit/p/nRysRTD
★26──個々の実践として、イラストレーターの役割を拡張しようとする動きはもちろんほかにも挙げられる。本論の対象とする範囲で目立つものとしては、redjuiceやloundrawの活動がそれにあたる。