所蔵作品のアーカイブ化とオンラインでの公開だけが「ミュージアムDX」なのだろうか。コロナ禍を経た現在、国内の多くのミュージアムが情報技術を通じて文化/社会/経済的価値の創出を思案するなか、業務の効率化や広報的効果といったデジタルアーカイブの従来の目的をさらに更新するための一歩を踏み出し、果敢に挑戦を続けているミュージアムのひとつが東京富士美術館だ。同館の学芸課長である鴨木年泰氏に、この数年の間で実践してきた最新のデジタルアーカイブの活用事例や今後の構想について、いまの思いをご寄稿いただいた。[artscape編集部]

ミュージアムの設立ラッシュから数十年を経て

本稿のタイトルは、筆者が2023年5月に文化庁広報誌『ぶんかる』に寄稿した記事を元にした。同記事は筆者が現在まで28年間、美術館の学芸員をしながら、収蔵品データベースの構築を担当し、ホームページにおける収蔵品情報発信に取り組んできた現場の経験を紹介したものだが、本稿ではその後の取り組みを含めて紹介する。

筆者は1996年より現在まで全国美術館会議の情報・資料研究部会で美術館におけるIT活用に取り組んできた。2020年以降、そうした経験を活かして大学で博物館情報・メディア論の授業を担当する機会も増えてきたが、毎年の授業のなかで学生に必ず紹介するテキストが二つある。ひとつは2020年1月19日に大橋正司氏がnoteに掲載した記事「日本の美術館サイトはどうすればもっと良くなるか」と、デジタルアーカイブスタディ2020年7月1日号の田良島哲氏による寄稿「行かない/行けない人のためのデジタルミュージアムと、それを支えるデジタルアーカイブ」である。両記事は2020年2月末、ミュージアムの現場がコロナ禍に翻弄され次々に臨時休館したタイミングを挟みながら、これまでのミュージアムの活動のあり方に一石を投じ、今後のミュージアムのオンライン上の新たな活動を展望するきっかけとなるテキストとなっている。私自身両氏のテキストによって、これまで取り組んできたことを再整理し、幾重にも今後目指すべき方向を示してもらったように感じている次第だ。

「デジタルアーカイブ」「収蔵品データベース」「デジタルトランスフォーメーション(DX)」「オンライン展覧会」──。これらは最近、美術館の現場でちらほら耳にすることが多くなってきたワードだ。ミュージアムの設立ラッシュからウン十年を迎え、老朽化した設備の大規模リニューアルや建て替えに合わせて、ミュージアム機能のDX化の推進やデジタルアーカイブの整備に取り組むといった話もよく聞くようになってきた。直近の博物館法の改正で博物館の事業に「博物館資料のデジタルアーカイブ化」が追加されたことも話題になった。そこで本稿では、デジタル技術を活かした収蔵作品情報管理からオンライン上でのミュージアムの新たな活動までをテーマに、東京富士美術館の最近の取り組みを紹介することとしたい。

なお、2023年8月25日、東京富士美術館はこれまでの取り組みを評価され、2023年度のデジタルアーカイブジャパン・アワードを受賞した。2022年に創設された同アワードでは初となる民間機関の美術館の受賞である。当館が初めて収蔵品データベースをウェブ公開したのは2007年3月で、そのときの収蔵品の掲載件数はわずか154点だった。現在当館の所蔵作品情報はジャパンサーチ上で2,048件の作品情報が公開されており、そのうちウェブサイト上に掲載している作品画像についてはジャパンサーチへの参加をきっかけに著作権を満了している1,622件について、誰でも自由に利用いただけるようCC0での提供を行なっている。

★──国立国会図書館がシステムを運用する、書籍・公文書・文化財・美術・人文学・自然史/理工学・学術資産・放送番組・映画など、さまざまな分野のコンテンツのメタデータを検索・閲覧・活用できるプラットフォーム。2020年8月に開設。
https://jpsearch.go.jp/

 

学芸業務用ツールを館外にも開くことで

さて、東京富士美術館の常設展示室に展示されている作品には、作品名や作家名などを日・英・中・韓の4カ国語で表示したキャプションの隅に、QRコードを表示している[図1]。鑑賞者は自分のスマホでこのQRコードから美術館ウェブサイトの該当作品の詳細ページを表示し、解説や、作品のこれまでの展覧会出品歴、来歴、高精細画像、音声ガイド、学芸員のギャラリートーク映像などを楽しむことができるようになっている[図2]

図1 常設展示室の作品とキャプション(東京富士美術館)

図2 キャプションの中のQRコード

この仕組みを実現できたのは、収蔵品データベースを館内の学芸業務を行なうためのツールとして位置付けることで、データベースの維持管理がそのままウェブサイトでの情報発信に直結するよう、業務フローを工夫したことによる。例えば学芸員の業務として行なう収蔵品の貸出記録をデータベースで管理し、その結果蓄積した貸出記録がウェブサイトに掲載されるようになっているという具合だ。来館者は展示室からQRコードを通してウェブサイトにアクセスし、作品の前でその作品が過去にどういった展覧会に展示されていたのかを知ることができ、作品を異なる展覧会の文脈からよりよく理解することができる[図3]

図3 (左から)収蔵品データベースの貸出記録画面、ウェブサイトの出品歴表示

さらに東京富士美術館ではもう一歩踏み込んで、作品に付属したICタグとハンディターミナル端末を使って、作品のアドレス管理を行なっている。ハンディターミナル端末で、誰が、いつ、何を、どこからどこへ移動したのか、という履歴がデータベースに蓄積されていくようになっている[図4]

図4 作品に付属したICタグ

作品の貸出後に書類をもとに入力される記録とともに、実際の移動時にハンディターミナル端末による移動履歴が記録され、事務手続きと移動作業の両面から「収蔵品の移動を記録する」という学芸員の業務を担っているというわけだ[図5]。そして同じ仕組みを使って、ウェブサイトの収蔵品ページから、誰でも現在常設展示室で見ることのできる作品、今後展示予定の作品、またほかの展覧会への貸出予定作品、貸出中の作品、過去の出品歴などについていつでも簡単に知ることが可能である[図6]。このようにデジタル技術は、工夫次第で館内業務の合理化・効率化と同時に作品情報の外部への共有を両立できる可能性をもっている。

図5 作品に付属したICタグと棚番号のバーコードをスキャンして収蔵品の移動を記録するハンディターミナル端末

図6 美術館のウェブサイト内の、貸出中の収蔵品一覧を参照できるページ

コロナ禍、そして長期休館中における新たなチャレンジ

ではいったい美術館が収蔵品データベースを整備し、収蔵品のデジタルアーカイブ化を推進すると何ができるようになるのか。これまで筆者がよく耳にしたのは、デジタルアーカイブ化により広報的な効果がある、また、検索によって作品の所在や情報を簡単に知ることができるようになる、などだ。はたしてこれがデジタル化のゴール=目指すべき目標なのだろうか。

東京富士美術館では2020年8月にジャパンサーチが正式公開された際に連携機関のひとつとして参加した。そして、2022年8月29日から2023年7月15日まで設備改修工事のための約1年間の長期休館をするにあたり、ジャパンサーチのギャラリー機能を使ってオンライン展覧会をリリースした。コロナ禍をきっかけに話題となった「おうちミュージアム」参加プログラムとして、これまでの美術館広報には珍しい、休館中のオンライン展覧会を告知するポスターを作成することにしたのである[図7]

図7 ジャパンサーチのギャラリー機能を用いた「おうちミュージアム」の告知ポスター

この取り組みでは東京富士美術館が過去に開催した収蔵作品による企画展を題材に、ジャパンサーチのギャラリー機能でオンライン展覧会を作成し、ポスターに掲載したQRコードから作品を見ることができる。リアルな展覧会ではない、長期休館中のオンライン展覧会のポスター展開は、かなり珍しいチャレンジングな事例と言えるのではないだろうか。このポスターは東京の多摩地域に広く掲出され、ポスター掲出を始めた9月のページアクセス数は、それ以前の月間数十アクセスから急増して約45,000アクセスとなった。その後もコンスタントに月間1,000~2,000アクセスを維持している。

オンライン展覧会と聞くと、VRを思い浮かべる方も多いと思うが、ジャパンサーチのギャラリー機能を使って作成したこのオンライン展覧会では、展覧会開催時の挨拶文や紹介映像、展示構成に沿って章ごとに展示作品の収蔵品情報を配置した[図8]。画像のサイズや説明文のレイアウトは、いくつかの表示形式から選択することができる。構成要素や素材も自由に選択できるので、見せ方についてまだまだいろいろと工夫することができそうだ。ジャパンサーチには、このように収蔵品情報を活用できるギャラリー機能が備わっている点に大きな可能性を感じている。

図8 ジャパンサーチ上でのオンライン展覧会の一覧ページ

 

ジャパンサーチが秘める可能性

さらに注目したいことは、今回作成したオンライン展覧会と同等のギャラリー作成機能が「マイノート」や「マイギャラリー」といったジャパンサーチの基本機能として、ユーザーが誰でも利用できるようになっていることである。このようなユーザー向けのギャラリー機能を、自館のウェブサイトで自前で提供することはとても難しいことだ。まして、自館以外の収蔵品情報も利用可能な大きなプラットフォームのなかでこのサービスが実現されていることも特筆すべきことだと考えている。

かつてSNSの登場が情報発信の門戸を大きく開いたことと同様に、ジャパンサーチの利用者向けのリッチなサービスや機能は、これまでアーカイブ機関や学芸員に囲い込まれていた収蔵品情報を開放して、展覧会の作成・キュレーションを誰もができるようになる状況を生み出すのではないか、と言ったら言い過ぎであろうか。一連携機関の担当者としても、自館の収蔵品情報が単に“知られる”のみならず、広く“利用される”ことが当たり前となったときに何が起きるのか、高い関心を持っているところである。

これまでは収蔵品データベースを構築してデジタルアーカイブを整備し、収蔵品情報をウェブサイトなどで紹介することがゴールの設定になっていたといえるが、こうしたオンライン展覧会リリースの経験から、収蔵品情報そのものはあくまで素材であり、これからは収蔵品情報を使ってつくるオンライン展覧会などのコンテンツ=成果物がゴールになるのではないかと感じている。美術館が取り組むデジタルアーカイブの未来はすなわち、本当の意味で収蔵品情報を活用する未来であり、誤解を恐れずに言えば、美術館の学芸員だけがキュレーションできた展覧会が、デジタル=オンラインのツールで誰でも企画し、鑑賞し、楽しむことができるようになる未来がすぐそこまで来ていると言えるのではないだろうか。

 

キャプションがデジタルになるとき

次に、当館が現在実証実験に取り組んでいるデジタルキャプションの取り組みについて紹介したい。現在、東京富士美術館では、株式会社CREiST、株式会社ミライト・ワンと共同し、ジャパンサーチ上の自館所蔵作品データを電子棚札デバイスを使ってAPI連携で表示するデジタルキャプションの実証実験に取り組んでいる[図9]

図9 常設展示室内での、デジタルキャプションの実証実験の様子

当館では常設展示室にアクリル製キャプションを使用している。サイズはA4サイズ程度である。2008年の新館増築により西洋絵画コレクションの常設展示室が新たにオープンした際に作品鑑賞の妨げにならないように透明なアクリルボードを採用した。作品情報は、日・英・中・韓の4カ国語表記とし、先の理由から作品解説は省き、基本情報のみとしている。その代わり、解説、来歴、出品歴などの詳細情報はウェブサイトに掲載し、作品ページのURLをQRコードで掲載して、来館者のスマホで見ることができるようにした。このキャプションの制作コストは、アクリルボードの材料費とレイアウト・多言語翻訳費用合わせて1枚あたりコミコミ1万円程度である。

さて、挿図[図10]は当館が2019年に新収蔵した作品である。イリヤ・レーピンが描いた《ウクライナの女》というハガキ大程度の小さな油彩作品だが、今後の研究が期待される作品だ。こうした所蔵作品の情報は、作品名や制作年など、たとえ基本的な情報であるとしても固定されたものではなく、日々の研究などにより随時更新される可能性があることは言うまでもない[図11]

図10 イリヤ・レーピン《ウクライナの女》(1880頃)


図11 ウェブサイト上の作品情報

そうした場合、作品の情報修正・更新によりキャプションの再制作が必要になり、新しいキャプションが準備できるまでウェブ上の情報と展示室の情報に相違が生じることになる。また、1作品につき1枚となるため、新収蔵や初展示の作品用にそのつど制作が必要になる。以上のような経緯と課題から、このたびのデジタルキャプションの取り組みを行なうことになった。

この実証実験の準備は2021年11月からスタートした。開発に当たったCREiST側と打ち合わせを重ねながらサンプルやプロトタイプなどを経て2022年3月下旬にデモ機が完成した。

その後、2022年4月28日から常設展示室と企画展示室に1カ所ずつ、計2カ所にデジタルキャプションを設置した。企画展の方は6月5日の会期終了に伴い設置を終えたが、常設展示室では継続して設置している。開発にあたって以下の2点をポイントにした。

1:ジャパンサーチのAPIを利用した仕組みであること。
2:収蔵品データベースを更新するとジャパンサーチを介して展示室のキャプションが更新されること。

ねらいとしては、作品の情報をデジタルデバイスを通して提供することで、リアルの展示室とデジタルアーカイブを接続するツールのひとつとして位置付けたいということを考えた。2022年時点ではプロトタイプとして手動でのデータ表示を行なうデモ機での取り組みだったが、2023年11月末よりサーバーを経由して自動更新が可能な実働機を開発、常設展示室内の2作品のデジタルキャプションとして稼働させている[図12]。実際に事務所で収蔵品データベースを更新すると、その数分後には展示室のキャプションが書き換わるという具合だ。初めて実働版を試したときは少なからず感激した次第である。

図12 クロード・モネ《睡蓮》のデジタルキャプション。自動的に最新の収蔵品データベースの内容が反映される

 

新しくなった美術館サイトとの連動

2023年11月3日に東京富士美術館は開館40周年を迎え、これを機に2024年1月4日にウェブサイトのフルリニューアルを行なった。このリニューアルにあたり、ジャパンサーチのAPIを活用して自館のウェブサイト上で、ジャパンサーチの特色であるギャラリー機能を活用した新しい情報提供ができるようになった。具体的には、ジャパンサーチ上の東京富士美術館の機関紹介ページに配置した所蔵作品のコレクション一覧の情報(ナポレオンコレクションなどのコレクション名称と作品情報)をAPIにより参照し、自館ウェブサイトのギャラリーページに掲載しているコレクション表示を自動更新できるようにした[図13]。これにより、ジャパンサーチの編集画面をエディターのように利用して自館のウェブサイト更新が可能になり、作品情報の発信がより行ないやすくなった。つい先日も当館所蔵作品のうち、オランダ・フランドル絵画をまとめて紹介するコンテンツを同機能を使って追加したばかりである。ここに至ってジャパンサーチは美術館にとって単なる所蔵作品情報の提供先にとどまるのではなく、むしろ所蔵作品情報をさらに活用するための場として積極的に関わっていくべきプラットフォームになったと思っている。

図13 ジャパンサーチと連動して更新される、自館ウェブサイトのギャラリーページ

開館40周年にあたり新たに策定した当館のミッション・ステイトメントのなかで、具体的な行動指針として「あらゆる人々に開かれた美術館として、豊かな社会を実現します」とのビジョンを掲げた。デジタルアーカイブ、またデジタル技術は、ともすればオリジナル作品の保存上の理由から公開・活用と相反する条件に縛られがちな美術館の活動の幅を大きく広げる可能性があると考えている。アートに触れる機会の不均衡を解消する可能性のあるデジタルアーカイブの充実に今後も尽力し、デジタル分野を含めた美術館の活発な活動を通して多様性を尊重する、人間性豊かな社会の創出に寄与していきたい。


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