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プライバシーステートメント
地域づくりとアート
アート&デザインの学外授業でスローな村づくり「女子美術大学」
影山幸一
女子美が村づくり?
 インターネットでときどき各地のニュースを見る。全国紙の新聞では読むことのできない地域のローカルな特色が見えてきて、ちょっとした旅行気分が味わえる。女子美が村づくり……という記事があった。教育機関である大学がなぜ村づくりなのか。しかも、女子美。どのように学生が村づくりを行なうのか。その村とはどんなところなのか。長野県上高井郡高山村(村長:久保田勝士)と地元企業の須高ケーブルテレビ株式会社(以下、STV。長野県須坂市、代表取締役社長:丸山康照)に、学校法人 女子美術大学(女子美。東京都杉並区、学長:立石雅夫)が加わり、2006年4月21日、三者による地域文化創生事業(以下、村づくり)の協定書調印式が高山村役場にて行なわれた。産・官・学連携の村づくりであった。高山村は、今年村政施行50周年を迎える。村づくりにアート・デザインを掲げるというが、作り手がアーティストではなく、美大生というのがユニークだ。女子美のアート・デザインで村づくりとは一体何なのか、興味が増してくるもののそれ以上の詳しい情報は探せなく、直接お話を伺うことにした。女子美の担当教授である芸術学部メディアアート学科の羽太謙一氏 (以下、羽太氏)を神奈川県の相模原キャンパスに訪ねた。

高山村役場 女子美術大学相模原キャンパス
左:高山村役場 右:女子美術大学相模原キャンパス
8つのプロジェクト
羽太謙一教授
女子美術大学
羽太謙一教授
アート・デザインで女子美が村づくりをするという発端は、昨年(2005年)の夏、羽太氏の知人から「高山村、STVと一緒に産官学連携事業の村づくりに参加してくれないか」と、声をかけられたことに始まったと言う。羽太氏の専門はコンピュータグラフィックスとバーチャルリアリティである。米国のSIGGRAPH[artscape2003年9月号15日参照]やフランスのアヌシー国際アニメーションフェスティバルに参加しているほか、青森の三内丸山遺跡のCG再現や横浜・三渓園の一部をデジタルアーカイブし、CAVE(多面のスクリーンで囲んだ空間にCG映像を表示させる立体視表示システム)で表現するなど元々デジタル界の人。しかし、その一方高山村の隣、群馬県吾妻郡嬬恋村にある休暇村鹿沢高原を拠点に、「鹿沢自然観察ボランティアの会」という団体で、都会の子供向けに花や星、動物の足跡などを見る自然観察会を10年以上実施してきた実績もあった。それでも羽太氏にとって村づくりは初めてのことだ。そして、羽太氏は昨年10月8日高山村に初めて視察に行き、さまざまな可能性を感じプランを練り、提案書を高山村へ提出した。今年度の主な村づくりプロジェクトは以下8つの各プロジェクトに絞られた。
  • りんごアートコンテスト
    りんごの食文化振興と高山ブランドのPRを目的に、りんごをテーマにした芸術作品を募集する。学生がポスター、テレビCMを制作し、賞品のデザインも行なう。
  • こどもアニメーション
    村の子供たちと粘土を使って、こま撮りアニメーションを制作、上映する。
  • 森の精霊プロジェクト
    学生と中学生が一緒に森の遊歩道を歩き、自由な発想で樹木の看板を制作し設置する。
  • 映像と楽しむ民話
    語り部が話す村の民話を収録、スクリーンで学生が制作したイメージ画像を流し、村の語り部と共演する。
  • 高山村探検隊
    中学生と大学院生が村内を一緒に巡り、地域文化を再発見する。
  • デザインプロジェクト
    学生が高山村を訪問して感じたこと、デザインやアートとして活かせそうなことを提案する。
  • 高山村林檎博物館
    学生がりんごをテーマに農家を取材・調査し、パネル展とプレゼンテーションを行なう。
  • こどもと自然のフォーラム
    高山村の子供と自然をテーマにフォーラムを学生主体で企画実行する。すべてのプロジェクトのプレゼンテーション、作品展示もフォーラムに集約する。ポスター、テレビCM、Webなどの広報から進行まで学生が行なう。
村がキャンパス
 女子美では大学の資源と技術を、地域や社会に還元することが教育・研究とともに重要視されている。女子美の総学生数は現在3,470名。6年目に入ったというメディアアート学科は1学年あたり120名、4学年では480名という。この村づくりプロジェクトはメディアアート学科の学生が参加できるが、メディアアートそのものに直接関係があるわけではない。デジタルかアナログかを問わない作品制作に通じる、創造する力、アイディアの引き出しを作るための力を養う。羽太氏が教える「プロジェクト&コラボレーション実習」(3年生)と「メディアクリエーションI」(4年生)、羽太ゼミ(大学院生)の授業の一環として村づくりが位置づけられているのだ。村人たちは若い人たちが動いてくれているのがいいと歓迎ムード。「村をキャンパスだと思って下さい」という村長。羽太氏の担当する3年、4年、大学院生のうち希望する学生合計40名が村づくりプロジェクトを実践している。村内にある山田温泉の高齢者交流センターに宿泊、自炊し、少子高齢化が進む約8,000人の村民を対象に、5月19日〜21日、6月23日〜25日、9月8日〜10日に高山村を訪れ、田植えなどの体験や聞き取り調査などを行なってきた。学生たちも都会にはない高山村の環境が気に入った様子で張り切って作品を制作している。どうやら今後はメディアアート学科以外の他学科でも、この村づくりプロジェクトへ参加できる計画が考えられていきそうだ。

こどもと自然のフォーラム
チャオルの森
メイン会場のステージ
上:チャオルの森
下:メイン会場のステージ
 9月9日、10日には今年度の活動を発表する「こどもと自然のフォーラム」が高山村保健福祉総合センター・チャオルの森で開かれた。フォーラムは学生たちの司会で始まった。これからなにが発表されるのか、村人たちの期待感が伝わってきた。メイン会場のステージで久保田村長が挨拶、続いてSTVの丸山社長と女子美の立石学長が5カ月間の活動経過と今後の村とのつながりを意欲的に語った。その後羽太氏がプロジェクターを使い、各プロジェクトの概要報告を行なった。ステージ横の壁には森の精霊プロジェクトで製作した樹木の看板が、地図と解説パネルとともに掲げられた。他会場の「りんごルーム」では、りんごアートコンテストの最優秀作品など、118点から選出された入賞作品が展示され、「デザインルーム」では温泉のパンフレットやキャラクターの提案、お土産グッズなどのサンプルが解説のパネルとともに紹介されていた。また「はっぱルーム」には子供たちと学生が制作した木と葉の作品を設置し、葉や木の実を使ったフォトフレームなどを作るワークショップを開催。「クレイルーム」ではアニメーションのキャラクターを粘土で作るワークショップ、子供たちが楽しそうだった。学生たちの努力が伝わってくる温かみのあるフォーラムであった。

コミュニケーションが創造の源
久保田村長
丸山社長
立石学長
上:高山村の久保田村長
中:須高ケーブルテレビの
丸山社長
下:女子美術大学の立石学長
 女子美とはまったく関係ないが、女性をテーマにしたアートフェスティバル「第1回ジョシ・美展」が福岡のart space tetraで2006年10月17日から22日まで開催される。秋の女子校文化祭のノリだそうだが、新たな時代を開いていくには女性の感性も創造力も見逃せない。展覧会の企画意図はわからないが、美を追求する女性が一堂に会するとなにか新しいものが生まれそうだ。羽太氏は学生に「いかにアートとデザインを活かして面白いことができるか」と一問を投げかけている。村に行き、なにかに気づき自然や伝統から学び、体験した学生たちが、村の生活・産業・観光と結びついたデザイン作品を制作し、自然の景観と調和したパブリックアートにより村を活性化させられるかどうか。「長野県高山村に行くといいアート・デザインに出会えるようにしたい」と羽太氏は言う。そのため学生と村の人々とのコミュニケーションを重視した前述8つのプロジェクトが実施されてきた。羽太氏はこのプロジェクトで学生が村の子供から大人まで幅広くコミュニケーションを取ることが、お互いを理解し、作品を制作するうえで重要だと考えている。アニメチームは小学生、大学院生は中学生、語り部チームは大人というように、村人の全世代にわたる対話を心がけた、と。高山村には小学校と中学校が各1校ずつ。各学年100名ほどのようだが、徐々に減少しているそうだ。次世代を担う子供たちが自分の村の魅力を発見できればとの思いからも、子供たちとのコミュニケーションは大事だと羽太氏は穏やかに語る。コミュニケーションを重ねることにより、目に見えない心の交流が始まる。創造の源はこんなところにある。

森の精霊プロジェクト 樹木の看板 りんごアートコンテスト 加藤菜穂さんの最優秀賞作品
左:森の精霊プロジェクト 樹木の看板 右:りんごアートコンテスト 加藤菜穂さんの最優秀賞作品
デザインルームのパネル展示風景 はっぱルームの葉っぱ作品
左:デザインルームのパネル展示風景 右:はっぱルームの葉っぱ作品
スローな村づくり
柴田亨氏
高山村役場産業振興課
柴田亨氏
 長野県高山村。昭和31(1956)年、高井村と山田村が合併して高山村は誕生した。春は枝垂桜、夏は高原の涼しい風、秋は渓谷の紅葉、冬は温泉とスキー、と四季を通じてさまざまな楽しみ方ができる。98.50平方キロメートルの面積のうち約83%が山林原野という自然に恵まれた地域では、りんご、ぶどうを主とする農業と山田温泉を中心とする観光が経済基盤である。村の東部にある松川渓谷や山田牧場は、上信越高原国立公園に属しており、美しい景観が連なっている。若い頃、オートバイで一度山田牧場へ行ったことがあったが、緩やかな草原に牛が放牧されアルプスのチロル地方のようだと思った記憶がある。村づくりのプロではない学生とともに作り上げる高山村の試み。久保田村長は失敗してもいいからとおおらかに学生を受け入れ、ゆっくりと改善しながら進むスローな村づくりを始めた。高山村がアート・デザインで村づくりを思い立った背景を高山村役場産業振興課の柴田亨氏は次のように語る。「都会の若い学生たちの視点、特に美的感覚に優れた美術大学生の視点で高山村の自然や文化、環境などの資源を掘り起こし、提言してもらうことで、村の良さや魅力を再認識し、今後の村づくりに活かしたい」と。学生と語り部、観光協会、りんご農家などとの橋渡しは、すべて村役場が仲介している。村づくりの活動を開始したことによって、村のイメージキャラクターやワインぶどうの企画など活発に多くのアイディアが出てきている。女子美の教授でもある北川フラム氏が総合ディレクターを務める新潟県の「越後妻有アートトリエンナーレ[地域づくりとアート2006年8月号15日号参照]」は予算的にも規模の大きな町起こしだが、高山村のアート・デザインによる村起こしはほかの自治体でも始められそうな、スローな村づくりが特徴だ。全国の村でも活用できる地域づくりのモデルケースになる可能性がある。

山田温泉 山田牧場
左:山田温泉 右:山田牧場
産官学の地域ブランディング
 少なくとも3年間はこの村づくりを継続する予定だ。具体的目標はあえて設定せず、各プロジェクトを実施しながら考えることにしたと羽太氏は言う。高山村とSTVが各100万円を、女子美が40万円を毎年出資する。学生の反応と村人の反応を総合的に評価して、次年度の取組みを判断することになりそうだが、産官学、お互いの規模がバランスよく取れているためか、滑り出しは大きな問題もなく順調のようだ。学生は都心からバスで4時間ほどの村へ向かう。予算の大半がこの交通費という。今後はなんらかの助成金を村も女子美も受けながら進めていく方針だ。村とSTVと女子美で作った「連携推進会議」がこの村づくりプロジェクトの運営管理を行なっている。この村づくりプロジェクトを発案したというSTVの丸山社長は、その動機を「1.アートと学生の視点で地方の山村の新しい町づくりが提案できること。2.ケーブルテレビ事業者がかかわることで、連携事業の全国情報発信ができること。3.女子美、自治体、CATVという全国でもきわめて特異な連携事業であること」と簡潔に述べてくれた。高山村全域はSTVによって光インフラ設備が敷設され、ブロードバンド環境が整っている。村づくりプロジェクトにはこれらの環境が提供されるほか、STVは村づくりプロジェクトのドキュメンタリー番組の制作や全国のCATV局への番組配信、メディアへの情報発信で「信州高山村」のブランドづくりを積極的に展開している。

高山村デジタルアーカイブ
 村づくりの記録は、STVの映像以外にも、2、3年まとめた記録集を製作する予定だと羽太氏は言う。外付けのハードディスクに、印刷に耐えられる写真を基準とした3,000万画素のJPEG画像をはじめ、村づくりに関するJPEG画像を蓄積。次年度のプロジェクトでは、活動の記録を高山村のホームページに集約させ、同時にホームページのデザインを学生と村が協働して作り変えるのもいいだろう。さらにITを活用し、「高山村デジタルアーカイブ」としてインターネットに村の魅力を画像とデータで、絵本のように画像豊富なデータベースができたら、村に縁のない世界中の人々が興味をもつかもしれない。学生のデジタル技術の習熟度を活かすホームページとして進化しそうだ。高山村全体のアート&デザインにより、村のアイデンティティを視覚化・ブランド化することにもつながり、村政に反映できそうだ。これから女子美と地元の協働で地域の魅力をどこまで深く掘り起こし、考え、表現できるか。木の蛇口が特徴の山田温泉大湯を中心に、リラクゼーションできる村の魅力をどう引き出していくか。標高500mの里山地区、900mの温泉地区、1500mの牧場地区という斜めの地形が高山村の姿だ。観光客誘致としては村人のホスピタリティー意識の向上も大切だろう。地元企業を関与させた村の活性化の考え方と、大学の学外授業の考えが一致した点に、この村づくりプロジェクトの新鮮さと可能性を感じた。表層的にきれい・かわいいという一過性に陥らない、時間の経過とともに輝きを増してくるような作品の出現に期待したい。村づくりが内包する創造するためのさまざまなヒントは多い。2006年、女子美が村づくりへ動き出した。
■女子美術大学基礎データ
学校名:学校法人 女子美術大学
開校:1901年4月、東京・本郷弓町(現文京区)
キャンパス:東京都杉並区和田1-49-8(杉並キャンパス)、神奈川県相模原市麻溝台1900(相模原キャンパス)
学長:立石雅夫
教育組織:短期大学部(造形学科〔美術コース・デザインコース〕、別科〔現代造形専修〕、科目履修〔刺繍コース〕、専攻科〔造形専攻・研究生〕)
芸術学部(絵画学科〔日本画専攻・洋画専攻〕、芸術学科、ファッション造形学科、メディアアート学科、デザイン学科、立体アート学科、工芸学科)
大学院美術研究科(修士課程〔美術専攻・デザイン専攻・芸術文化専攻〕、博士後期課程美術専攻)
学生数:3,470名(芸術学部2,651名、短期大学部:688名、大学院:131名)
2006年9月
[ かげやま こういち ]
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掲載/影山幸一
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