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プライバシーステートメント
地域づくりとアート
世界の文化首都へ──先導する3つの美術館
「六本木アート・トライアングル」
影山幸一
「六本木アート・トライアングル」誕生
六本木アート・トライアングルMap
六本木
アート・トライアングルMap
 東京・六本木が動き始めた。港区・六本木地区には、2003年10月に海抜250mの空中に開館した森美術館をはじめ、2007年1月21日開館のパブリックエリアがユニークな国立新美術館(林田英樹館長)や、3月30日には赤坂見附にあったサントリー美術館(佐治信忠館長)が新しく開館する。21世紀型の新美術館が徒歩圏内に集まった。地図上で三角形に結ばれる新しいアートの拠点「六本木アート・トライアングル」が誕生する。年間300万人をこの六本木地区に集客する考えだ。地域全体の芸術文化活動の活性化を目指す、3館の連携企画の第一歩として、「六本木アート・トライアングルMap(以下、Map。通称atro Map)」が2006年12月に8万枚完成した。3館をめぐるルートとアート関連スポットを紹介しているこのMapを片手に、六本木のアート地区を楽しく散歩できる。Map(無料)の配布箇所は、森美術館から徐々に広げていく。美術館がその地域に与える影響は大きいが、いわゆる大型美術館が同時期に3館接近して、しかも都心に造られる効果や波紋はどのようになっていくのだろうか。2007年1月にトルコのイスタンブール・モダンの初代館長に着任した前デヴィッド・エリオット館長に代わって、2006年11月に森美術館の館長に就任した南條史生館長(以下、南條館長)に、Mapを作った意図や「六本木アート・トライアングル」の経緯などを伺った。

新しい価値を生む
南條史生森美術館館長
南條史生森美術館館長
 「Mapは、2005年の春頃から3館の連携について話し合っている中で、まずは地図を作ろうと自然に話題となって決まった。3つの美術館が歩いて移動できることを表しており、Mapを持って六本木を歩いてもらいたい。ギャラリーなどのアートスポットが街にもっと増えてくればとの思いもある」と言う。また、森美術館の経営母体である森ビル(株)が、六本木をアートの街にしようと、空いていたビルにギャラリーを誘致してきた成果もあった。Mapを作っただけでも六本木はアートの街だという反応がある。新しい価値が街に生まれている手応えを感じているようだ。Mapは、各館のホームページからダウンロードできるようになるが、「六本木アート・トライアングル」独自のWebサイトは未定だ。シンボルマークには、それぞれの館から発信される活動がつながり、さらに無限に発展する地域の可能性が込められている。

Quality of Life
 コーヒーショップなどが街にできると、街の雰囲気が変わり、ビルのテナントも変わってくる。街全体のビジネス構造が変わる。それも美術館が一つではなく、三つという点から日本の都市にとっては、壮大な実験となるだろうと南條館長。ニューヨークのソーホーが廃れていたときに、ギャラリーが進出していったなどの、ジェントリフィケーション(gentrification)する都市の再生という実例があるそうだ。六本木での具体的なアクションを尋ねると「美術館は何ができるかといったとき、街全体でアートを使ったイベントをするとか、たとえば美術館のある敷地内に映像を投影したり、バルーンを上げたりするというアイディアもあるかもしれない。近くのギャラリーもそれに足並みを揃えてくれるといい。そして飲食店の壁に絵が飾られるようになるといい。そして街の公園などパブリックスペースに進出したり、街全体を巻き込んでいけるようになれば、街とそこにいる人々と本当に関わっていける。そうすると非常にユニークなビエンナーレ展のようなものになる」と、構想が即返ってきた。Quality of Lifeを持ち込むと言う。パリやニューヨークは歩いて美術館巡りができる楽しさがある都市。東京ではこれまで上野が中心だったが、東京の真ん中にやっと美術館ができてきたと南條館長は感じている。新しい街づくりに向かってシフトが始まった。

企画展示室・公募展示室をあわせもつ国立新美術館
国立新美術館 正面入口
国立新美術館 正面入口
 国立新美術館が「六本木アート・トライアングル」に寄せる期待は、地域の一体感、六本木という土地のパワーをアートによってより強めていければと。国立新美術館は、世界でも有数の企画展示室・公募展示室をあわせもつ美術館である。コレクションは持たずに、アートセンターの役割を果たす新しいタイプの美術館を指向している。展示スペース延べ14,000平方メートルという国内最大級の広さを持ち、いちばん大きな展示室(2,000平方メートル)は、柱が1本もない「無柱空間」である。またライブラリーは、戦後に開催された展覧会のアートカタログを中心に、約5万冊を蔵書。さらに、館内にはレストラン・カフェが4店舗あり、日本初出店となるフランスの三ツ星シェフ、ポール・ボキューズとの提携レストラン、「ブラッセリー ポール・ボキューズ ミュゼ」に関心が集まる。ライブラリーやレストラン、ミュージアムショップのパブリックエリアの入場は無料。美術館前面のガラスカーテンウォール、天井高21.6mのエントランスロビーのアトリウムなど、黒川紀章設計の建築を見るのも価値がありそうだ。開館記念展は、『20世紀美術探検―アーティストたちの三つの冒険物語―』。延べ6,000平方メートルの広大な展示スペースに約600点の美術作品が配置され、20世紀美術を知る展覧会となる。

和の美を発信するサントリー美術館
サントリー美術館(C)隈研吾建築都市設計事務所 禁転載 画像提供:サントリー美術館
サントリー美術館(C)隈研吾建築都市設計事務所 禁転載 画像提供:サントリー美術館
 日本の伝統的な絵画や工芸を身近に楽しめるサントリー美術館は、「生活の中の美」を理念とし、「美を結ぶ。美をひらく。」というミュージアムメッセージを掲げ、美を介した出会いと発見、感動を生み出す憩いの場を提供する。メッセージを表現したロゴマーク「み」は、漢字の「美」を変化させたひらがな文字で、日本人の知恵と美意識がつまっている、ひらがなの精神をお手本にしたいという思いを込める。建築デザインは隈研吾。伝統と現代の融合をテーマに、「都市の居間」としての快適性を備えた美術館を目指し、木や紙など自然の風合いを重視した居心地のよい空間を実現した。約1,000平方メートルの展示室のほか、茶室「玄鳥庵(げんちょうあん)」、「shop×cafe(ショップバイカフェ)」など鑑賞後の余韻を楽しむ施設もある。3月30日、美術館のある東京ミッドタウンのグランドオープンと共に、開館の皮切りは、館蔵品約150件による開館記念展I「日本を祝う」を開催。美術により親しむためのエデュケーションプログラムや、子供向けのワークショップなど、展覧会ごとのプログラムがある。「21_21 DESIGN SIGHT」というデザインについて考える場所も、同日東京ミッドタウン内に開館する。

好奇心を刺激する森美術館
ルイーズ・ブルジョワ《ママン》2002(1999)六本木ヒルズ 写真提供:森美術館

ルイーズ・ブルジョワ《ママン》2002(1999)
六本木ヒルズ 写真提供:森美術館

 開館から3年たった森美術館は、出来上がった骨格から枝葉を広げていく段階に入った。社会にどう根を下ろせるのか。例えばパブリックプログラム(教育普及活動)の充実や、地方への教育プログラムのデリバリーなどの活動も考えられ、21世紀型の新しい美術館モデルを世界へ提案していくことだと南條館長は語る。開館当初、展望台と一緒という新しいビジネスモデルを提案したことで世界の関係者を驚かせた。観光の流れが美術館とリンクしている点では、MoMAやポンピドゥーと同じような立場に立っている。現在も学校で図工や美術の授業が減っている部分を美術館が肩代わりする発想で、学校プログラムを進めている。小学校へのワークショップデリバリーや、近隣の学校の先生を展覧会のオープニングに招待するなど、生活や教育に関連した観点からの企画もある。六本木ヒルズの要所に設置されているパブリックアートは、森ビル監修による4つの作品、建築家・槇文彦が選定したテレビ朝日周辺の3つの作品、さらに内田繁と10名のデザイナーのコラボレーションから生み出された、けやき坂の11個のデザインベンチとバス停があり、地域の風景にアクセントを与えている。南條館長は、好奇心を失っている日本人に対し、好奇心を刺激する展覧会を開催していきたいという。皆に知られていないアートを持ってくると同時に、日本人を含むアジアのアートを世界へ紹介していく。そうすることで対話が生まれ、世界の中でバランスができて、相互に関連し合う網の目状のリゾームが生じるという。またコレクションを持たない美術館だったが作品収集を開始したそうだ。新年第一弾の展覧会は、「笑い展:現代アートにみる「おかしみ」の事情」と「日本美術が笑う:縄文から20世紀初頭まで」の新旧2つの笑いがテーマ。1月27日から5月6日まで。

定義を放棄するアート
 南條館長は現在、「美学でさえアートに対する定義をしなくなった。極端に言うと、アートはすきま産業。ファッション・建築・デザインなどのカテゴリに収まりきらないものがすべてアートと呼ばれている状況で、その各カテゴリのすきまを捉えた全体を取り囲んでいるのが、今のアートと言えるのではと。もう一つの見方は、アートは氷山の一角。つまり大文字のアートは、すべてのカテゴリの中のいちばんいいエッセンスであり、絵や彫刻といったジャンルの問題ではない。あらゆるクリエイションの最もよい頂点の部分がアートという定義も可能だろうし、両方とも一つの現実だ」と語る。質素に健全というよりは、リッチにエンジョイへの文化的指向が感じられる「六本木アート・トライアングル」。一筋縄では行かないアートを先進的な近代建築が覆う。その姿が文化都市を象徴するのだろうか。常設展が無料開放される美術館はここには誕生しなかった。そういえば、あの異様な熱気だった1990年代初頭、時代のフラストレーションを昇華させたようなレントゲン藝術研究所から始まったムーブメントも村上隆(作家)・椹木野衣(批評家)・池内務(ギャラリスト)のトライアングル、3人が起源だった。

世界に向けた都心の文化政策
 東京都は2006年12月「10年後の東京 〜東京が変わる〜」を策定した。その8つの目標の中で「都市の魅力や産業力で東京のプレゼンスを確立する」が掲げられている。「東京をアジアの文化の中心地に」「世界の人々が憧れ、訪れるTOKYO」などの政策ビジョンが示され、六本木地区はアートやデザインなど、高感度な価値を発信する地域として重点整備エリアである。年間450万人(2005年)の外国人旅行者を10年後(2016年)までに1,000万人へと倍増させる計画だ。一方、港区は「港区文化芸術振興条例」を2006年6月に制定し、大使館が多く国際色豊かな港区ならではの文化芸術振興を進める。地域振興課文化協働推進係を中心に、国際文化交流事業、アート・マネジメント講座とワークショップ、文化ネットワークの創設、街探訪事業などを実施し、「文化芸術都市・港区」の実現に向けて、区内にある多くの文化施設、企業、NPOや文化芸術関係者との連携を図る。東京は文化首都となり得るのか。世界的な観光地古都、京都にヒントはないか。六本木の果たす役割は大きい。

「大型美術館はどこへ向かうのか?」
 ルーブル美術館はランス、ポンピドーセンターはメッス、テート・ギャラリーはリバプール、エルミタージュ美術館はアムステルダム、グッゲンハイム美術館はアブダビなど、美術館の分館進出は近年地球規模で広がっている。まちおこし的な地域活性効果もあるが、美術館のブランド力をめぐる美術館同士の競争や、新たな財源を求める戦略など、株式市場や企業の海外進出を思わせるものがある。2007年2月9日、森美術館によるシンポジウム「大型美術館はどこへ向かうのか?:サバイバルへの新たな戦略」が六本木アカデミーヒルズのタワーホールで開催される(森美術館Webサイトより要事前予約)。南條館長に加え、森美術館インターナショナル・アドバイザリー・コミッティーをつとめる世界各都市の代表的美術館の館長9名(ドイツ国立美術展示館ヴェンツェル・ヤコブ館長、ニューヨーク近代美術館グレン・ラウリィ館長、ボンピドゥー・センター国立近代美術館アルフレッド・パクマン館長、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ ノーマン・ローゼンタール芸術監督、ベルリン国立博物館群ペーター=クラウス・シュースター総館長、テート・ギャラリー ニコラス・セロータ館長、大原美術館 高階秀爾館長、イスタンブール・モダン デヴィッド・エリオット館長、森美術館 南條史生館長)が一堂に集う国内では初めての機会となる。「六本木アート・トライアングル」は、現代アートと古美術などの出会いを作り、鑑賞者を育てアートを進化させる。アートはますます多様に発展することになるだろう。外国人による日本文化形成という新たな基軸もできてくるかもしれない。2年に一度のベネチア・ビエンナーレ、5年に一度のドクメンタ、10年に一度のミュンスター彫刻プロジェクトが重なる2007年。六本木からも目が離せそうにない。
■六本木アート・トライアングル基礎データ
独立行政法人国立美術館 国立新美術館
住所:〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
電話:03-5777-8600
開館時間:10:00〜18:00 金曜日のみ10:00〜20:00(最終入館時間は閉館の30分前まで)
休館日:毎週火曜日(祝日または休日にあたる場合は開館し、翌日休館)、年末年始

サントリー美術館
住所:〒107-8643 東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガーデンサイド
電話:03-3479-8600(2007年3月より)、03-3470-1073(2007年2月まで)
開館時間:日・月曜日・祝日10:00〜18:00、水〜土曜日10:00〜20:00(最終入館時間は閉館の30分前まで)
休館日:毎週火曜日(祝日の場合は開館し、翌日休館)、1月1日、展示替え期間

森美術館
住所:〒106-6150 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53F
電話:03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間:月・水〜日曜日10:00〜22:00、火曜日10:00〜17:00(最終入館時間は閉館の30分前まで)
休館日:企画展の開催会期以外は閉館している場合がある。

■参考文献
「現代思想」2005.5.1, 青土社
千葉成夫『未生の日本美術史』2006.9.10, 晶文社
「有名美術館 分館ブーム」朝日新聞 2006.9.16, 朝日新聞社
「上野→六本木 芸術の大移動」朝日新聞(夕刊)2006.11.11, 朝日新聞社
椹木野衣『美術になにが起こったか1992-2006』2006.11.30, 国書刊行会
文化外交の推進に関する懇談会 報告書「文化交流の平和国家」日本の創造を」首相官邸, 2005.7,(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/bunka/kettei/050711houkoku.pdf)2007.1.9
10年後の東京 〜東京が変わる〜」(http://www.metro.tokyo.jp/INET/KEIKAKU/2006/12/70gcm100.htm )東京都2007.1.9
港区の文化芸術振興」(http://www.city.minato.tokyo.jp/culture/index.html)港区2007.1.9
2007年1月
[ かげやま こういち ]
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掲載/影山幸一
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