artscape
artscape English site
プライバシーステートメント
地域づくりとアート
アーティストが集い、市民がつくるシティアート──
文化芸術創造都市「横浜市」
影山幸一
アート化する横浜
 暖冬というのに海風は冷たかった。東京・品川から電車で35分ほど、神奈川県の横浜、桜木町を通過しJR関内(かんない)駅で降りた。アートを活用した地域づくりを行政・市民協働によりダイナミックに展開している横浜市だが、その活動の中心となる最寄りの駅は横浜駅ではなかった。1872(明治5)年日本で初めて鉄道が開通した新橋と横浜間。当時の横浜駅は桜木町にあったそうだから、商業地の中心にある現在の横浜駅と横浜のイメージはどこか一致しない。横浜の個性的なイメージは、「象の鼻」といわれる横浜港発祥の地がある大桟橋や、歴史的建造物が残る馬車道、外国人墓地の山手・元町、マリンタワーが立つ山下・中華街、横浜美術館のあるみなとみらい21など、いにしえの香りが漂い、新しい風が吹いているイメージだろう。そしてこれからは「シティアート」が横浜のイメージに加わりそうだ。開港150周年・市政120周年を2年後の2009年に控え、「文化芸術創造都市ークリエイティブシティ・ヨコハマ」(以下、クリエイティブシティ)という都市の魅力づくりのプロジェクトが動きだしている。横浜市を訪ねた。関内とは、関所の内側をいうそうだ。1859年、江戸幕府は大岡川・堀川と堀割りで囲った開港場を新設し、横浜は開港した。この関内に西洋技術を取り入れ幅広い道路、鉄の橋、ガス灯などを整備し、外国人居留地などの西洋館が立ち並ぶモダンな都市景観が形成されていった。その日本近代化の原点となった地が関内であり、現在の官庁街である。関内駅前にあるビル5階に設置された「横浜市都市経営局 開港150周年・創造都市事業本部」は横浜市職員選抜チームの様相を呈していた。

施策となった文化芸術
 1971年から全国に先駆けて横浜市役所内に「都市デザインチーム」(現在の都市デザイン室)を設置し、移り行く横浜の都市構造を考え、歴史を生かした横浜らしいまちづくりを念頭に都市デザインを練り上げ実行してきた横浜市。みなとみらい21はそのひとつの結実である。都市デザインがハードであるなら、クリエイティブシティはソフトである。2002年に「民の力が存分に発揮される都市・横浜の実現」を基本理念に掲げて登場した若い中田宏市長のもと「文化芸術と観光振興による都心部活性化検討委員会」(北沢猛委員長)が発足。欧米での町再生の事業として進められているクリエイティブシティの考え方を基本に、2004年「文化芸術創造都市──クリエイティブシティ形成に向けた提言」が出され、これを受けて2006年1月「ナショナルアートパーク構想」の提言書で文化芸術創造都市のマスタープランを提出し、クリエイティブシティの本格的な取り組みが始まったのだ。その全体像について創造都市推進課の仲原正治氏に伺い、引き続き「ナショナルアートパーク構想」については同じく村上一徳氏、「映像文化都市」のことを梶山祐実氏に、「横浜トリエンナーレ」について野田日文氏、そして広報の山下由美氏に横浜市の現状を伺うことができた。仲原氏は文化芸術を施策とした理由を「生産性はないがイメージがよく、物質的に満たされている飢えない国にとって文化芸術を生活の中で楽しむことは人々の潤いになる。またデザイン、映像、音楽、美術などの創造的産業は常に動いており、独創性豊かで新たな価値を生み出す文化芸術は創造性の高い産業となる。これからの日本を支えていく産業のひとつに文化芸術を中心としたソフト産業があるだろう。さらに横浜の特徴である港や歴史的建造物を活用することで横浜らしいブランドの確立になる」と語る。クリエイティブシティという新たな都市ビジョン施策は都市デザイン室の活動がベースとなって今に至っている。

クリエイティブシティ4つのプロジェクト
 クリエイティブシティとは、港を囲む独自の歴史や文化を活用し、市民生活の充実・都市の活性化・国際的な競争力にとって効果をもたらすために、芸術や文化のもつ創造性を生かして、新しい価値や魅力を生み出す都市づくりのことである。文化振興・まちづくり・産業振興の3つを併せ持つものであり、2008年度までのクリエイティブシティの目標を、横浜市は次の4点として最近の数値と目標の数値を掲げている。「アーティスト・クリエイターが住みたくなる創造環境の実現」クリエイター数:3,071人→5,000人、「創造産業の集積(クラスターの形成)による経済活性化」創造的産業の就業者数:16,281人→30,000人、「魅力ある地域資源の活用」文化観光集客装置数:85か所→100か所、「市民が主導する文化芸術創造都市づくり」文化鑑賞者数:248万人→350万人および文化サポーター:7,929人→30,000人としている。これら目標の実現に向けて4つのプロジェクトを開始した。
  1. 「ナショナルアートパーク構想」
    都心臨海部、特に象の鼻・大桟橋、山下埠頭、馬車道駅周辺を、開港150周年をめどに重点的に整備し、横浜の個性を作り出す。
  2. 「創造界隈の形成」
    馬車道、日本大通り、桜木町・野毛エリアの地域資源を転用してクリエイターが定着できる環境を作る。
  3. 「映像文化都市」
    アジアにおける映像拠点の形成を目指している。
  4. 「横浜トリエンナーレ」
    3年に1回市民と協働しながら開催し、国内外にアピールする国際現代美術展である。
    また、これらに付随して「創造の担い手育成」というクリエイターやNPOなど中間支援機能の強化も図っている。
進化するBankART1929本格的稼動
BankART1929 Yokohama
BankART1929 Yokohama
BankART1929代表 池田修氏
BankART1929代表 池田修氏
 「創造界隈の形成」プロジェクトにおいて、歴史的建造物の銀行などを活用し、質の高いコンテンポラリーアートを展開しているのがBankART1929という公設民営の文化施設である。現在合計5箇所のスペースを運営管理しているBankART1929代表の池田修氏(以下、池田氏)によると、2004年3月6日最初にオープンした馬車道にある旧第一銀行ビルのBankART1929 Yokohamaをはじめ、日本郵船倉庫のBankART Studio NYK、黄金町のアーティスト・イン・レジデンスBankART桜荘、新潟の大地の芸術祭に関連したBankART妻有、馬車道・本町ビルのBankART金庫室を運営していると言う。旧富士銀行であったBankART1929馬車道は、2004年12月にクローズし、東京芸術大学大学院映像研究科が新設された。BankART1929の常勤スタッフ10名と定期アルバイト10名は、企画・制作・事務・接客の区別なく働いている。ショップには3,000アイテム、年中無休の夜11時まで営業するパブ、定員20名で1,000名を超す学生が受講したスクール、17種類の出版物を発刊、年間約1,000本のイベント・オファーの内330をコーディネート実現した。そのほかカフェ、スペースレンタル、展覧会、コレクションと多彩なBankART1929である。可能な限り申し込みは断らないそうだ。入口は低く、出口は少し厳しくが基本方針である。年間入場者数10万人、横浜市民は360万人だが、地方・東京からの来館者が多いという。文化活動をどのように評価すればよいのか数字では計り知れないところが深遠である。設備、清掃、警備、人件費を含む管理業務の費用年間約6,500万円は横浜市から補助を得て、ほぼ同額の独自主催事業の収益により経営している。4月からはNPO法人となるそうだ。BankART1929の活動について、横浜市、有識者から構成される委員とBankART1929の三者が独立した立場での評価委員会を月に一度のペースで開催している。2004年に始まった2年間の実験事業が終わり、評価委員会からの指針を受け、BankART1929は計画案を提出、2006年から3年間の本格的な事業へ継続され、進化している。今後の目標を池田氏は目指せ大英博物館常設展と笑いながら、持続可能な経営をするための3つを挙げた。1.経済的な自立(市からの助成金毎年1割カット) 2.他都市および国際的なネットワークの構築 3.創造界隈プロジェクトのパイオニア的存在としての自覚である。

「きちんとしたゲリラ」
 横浜市は、都市計画の文脈でまちづくりを継承しており、人や情報などが引き継がれていてリレーが早く頼りになると池田氏。当初困惑したこともあったようだが、横浜市や市民と風通しよく柔軟な関係を築いた。PHスタジオというユニットのアーティストでもある池田氏が、BankART1929という有機的な組織を実践的な都市プランナーのようによく運営していけるものだと感心した。15年も前になるだろうか、Bゼミを修了し、東京・代官山のヒルサイド・ギャラリーで働いていた池田氏と会った頃を思い出すが、北川フラム氏と川俣正氏と共に過ごした時間が充実していたことが証明されている。「きちんとしたゲリラ」として美術・建築・写真を横断する表現活動を、1984年から一貫した姿勢で淡々と続けてきた。BankART1929も池田氏にとってはPHスタジオの作品の延長であろう。物理を学んだということからか、DNAの二重螺旋や分子内に親水性の部分と疎水性の部分とを合わせもつ洗剤など、二重構造にものごとの本質を見るという池田氏は、わからないものをわかるようにするには両方を持っていないといけないとも。Tシャツとネクタイを切り替えることも人がアートと社会をつなぐときに必要なことだという。また「とどくこと」という言葉を長く大切にしている。公募により選出されたBankART1929だがもはや横浜だけのものではなく、全国の文化施設運営者や文化芸術を経済と結び付ける組織にとっては先行のアート産業ビジネスモデルだ。日本の文化政策にも影響する重要な意味を持ち始めている。

市民広報チーム「はまことり」の活躍
はまことり」制作の『トリエンナーレからシティアートへ
「はまことり」制作の『トリエンナーレからシティアートへ』
ZAIM
ZAIM
 横浜のアートシーンで情熱的な活動をしているのが、市民ボランティアの広報チーム、横浜トリエンナーレ2005でも活躍した愛称「はまことり」である。メンバーは年代も職業も異なる73名、このうち約10名がコアスタッフになっているようだ。突然であったが「はまことり」の高橋晃氏、池田宏之氏が取材に応じてくれた。横浜で行なわれている文化芸術活動を市民の視点から情報発信していくことにより、横浜というまちをより魅力あふれるものにしたいという。主な活動はフリーペーパー「ヨコハマシティアートニュース」の発行、Webサイト「ヨコハマシティアートネットワーク」の運営、交流会、イベント開催。2006年からは主に「サポーターズ・スクール」を開催している。また横浜トリエンナーレ2005の報告書として『トリエンナーレからシティアートへ 市民が見た横浜トリエンナーレ2005 横浜シティアートネットワーク市民広報「はまことり」報告書』を企画・制作している。A4判で148ページ、市民による国際現代美術展の報告書は一見の価値がある。トリエンナーレに来場しなかった人へのアンケートなど市民の行き届いた視点が嬉しい。この報告書をもとに横浜トリエンナーレ2005の成果と問題点を検証するとともに、2008年の第3回展に向けての課題を提起するという。横浜市はこの報告書ができたことが、クリエイティブシティプロジェクトの一つである横浜トリエンナーレの一番の成果と受けとめている。横浜で生まれ育ちつつある「シティアート」という概念を象徴するできごとであった。報告書の印刷経費は横浜市からの援助、一冊1,000円で販売している。トリエンナーレ組織委員会が発行する公式な報告書『横浜トリエンナーレ2005ドキュメント』と併せ、主催者側と市民側両方の視点から検証できる。「はまことり」は現在ヨコハマシティアートネットワーク(YCAN)の広報としてZAIM(ザイム、旧関東財務局・旧労働基準局)に拠点を置き、活動を続けている。YCANは、横浜トリエンナーレ2005をきっかけに生まれた市民のさまざまな動きを継続・発展させたいという考え方に基づいた(財)横浜市芸術文化振興財団の提唱をもとにできた文化芸術活動に関わる市民協働ネットワークである。「はまことり」が市民参加を強く意識したターニングポイントは2004年12月、当初のディレクターだった磯崎新氏の突然の降板劇が発端だった。このままではトリエンナーレの開催が不可能になるかもしれないという危機感を覚え、「はまことり」主催の市民交流集会を開催し、自分たちでプレスリリースを作成、トリエンナーレに関心をもつ人たちに向けて参加を呼びかけた。これをきっかけに市民が主体的に関わるべきだと考えるようになったと高橋氏が語る。2006年10月に「NPO法人横浜シティアートプロモーション(通称:YCAP)」が設立された。YCAPは事業活動、「はまことり」はボランタリーな市民活動を行うという協働体制ができた。この他ボランティアには、トリエンナーレの展覧会をサポートする「わくわくアート隊」がある。横浜市によると横浜トリエンナーレ2005のボランティアの登録者数は1,222名になったという。

アーツコミッション
 横浜で課題となるのは、シティアートの市民の活動を定着させることだと仲原氏は言う。企業や大学の誘致を進めてビジネスチャンスをつくると同時に、企業に横浜のクリエイターの存在をアピールし、東京に流れるビジネスを横浜で留めることも考えている。また産業振興としてアニメ・ゲームなど、デジタルコンテンツ系の制作企業に助成、ヨコハマEIZON、横濱学生映画祭などのイベントを通して「映像文化都市」を推進する予定だ。週末だけでなく、日常の賑わいが生まれるかが問われている。何もしないのではなく、何かやってみて、何かが生まれる。今後は、アーティストやクリエイター、創造的産業の集積を図ることを目的に、横浜で活動するために必要な情報などを提供するアーツコミッション事業をさらに進めていく。アーティストなんでも相談、芸術不動産、助成・補助などアーティストにとっては総合的な窓口となるはずだ。4月からはBankART桜荘を拠点に黄金町のまちづくりを推し進め、さらに教育プログラムでアーティストを学校に派遣するなど、創造的な活動を子供へ向け広めていく。旧東横線の桜木町駅も拠点づくりとして活用する予定である。

次のためのアート・デジタルアーカイブ
 歴史的建造物であるZAIM本館1階に、川俣正氏の提唱によってできたフリースペース「横浜トリエンナーレ・アーカイブス」コーナーがある。アートに関する書籍・カタログなど約1,000冊が自由に閲覧できるが、残念ながら充分に活用されてはいないようだった。海外の主要な国際展ではアーティストの情報や展覧会事務局の資料などが継承されるのに比べ、横浜トリエンナーレには前回の参考になる資料がほとんど残っていない状況だったらしい。トリエンナーレの記録のほか、BankART1929、横浜美術館で収集された横浜のアート情報の総覧的公開、アーティストインデックスのような作品画像データベースを作るなど、情報の蓄積・保存と活用を進め、レファレンスサービスも併せて機能させられないだろうか。創造するためのアートの情報庫、アート・デジタルアーカイブの基盤整備が待たれる。ここを原点として横浜のアートの窓口となるワンストップ型アート情報レファレンスサービスを提供する、アート・デジタルアーカイブの構築と運用を実現してもらいたいものだ。多くの人々の利用と次世代への継承を考え、コンセプトをさらに発展させるのがよいのではないだろうか。横浜トリエンナーレ2008は、水沢勉氏をディレクターに迎え、歴史的な見通しを意識させる、ゆったりとした落ち着きと集中力のある展示が期待される。テーマは「タイムクレバス」。すでに水沢氏とボランティアの顔合わせなどもすみ、横浜トリエンナーレ2008は動きはじめている。

*シティアート:「人材やアートイベント、景観、歴史的建物などの横浜のまちの資源の活用」、「市民が中心となって進める協働」、「世界の今とつながる新しい価値の創出」を特徴とした芸術文化活動という意味の造語。
■横浜市基礎データ
市役所所在地:〒231-0017 神奈川県横浜市中区港町1-1
電話:045-671-2121 (代表)
市長:中田宏
職員数:31,512人(平成16年度)
面積:434.98平方キロメートル(東京23区の約7割)
人口:3,606,902人(2007年2月1日現在)
産業:サービス業(22.2%)、不動産業(17.9%)、製造業(14.4%)(市内総生産の産業別上位3業種、平成15年度)
博物館数:41館のうち美術館は2館(平成16年度末日本博物館協会)
横浜美術館利用者総数:331,873人(平成16年度)

■参考文献
田村明『まちづくりの発想』1987.12.21, 岩波書店
『PH STUDIO 1984-2002』2003.7.12, 現代企画室
『創刊 BankART Life』2005.10.28, BankART1929
『横浜トリエンナーレ2005ドキュメント』2006.2.28, 横浜トリエンナーレ組織委員会
(社)日本建築学会『まちづくり教科書1 まちづくりの方法』2006.3.30, 丸善
『トリエンナーレからシティアートへ 市民が見た横浜トリエンナーレ2005 横浜シティアートネットワーク市民広報「はまことり」報告書』2006.3.31,(財)横浜市芸術文化振興財団
仲原正治「〈創造都市・横浜〉と歴史的建造物の活用」『都市+デザイン』No.24, p.47-p.53, 2006.7.3,(財)都市づくりパブリックデザインセンター
国吉直行・仲原正治・池田修「横浜市の〈歴史を生かしたまちづくり〉と〈創造都市〉の新展開、BankART1929」『横浜市中期計画 平成18年度〜平成22年度』2006.12, 横浜市都市経営
『地域政策研究』第37号, p.36-p.46, 2006.12.1,(財)地方自治研究機構
田村明『都市プランナー田村明の闘い――横浜〈市民の政府〉をめざして』2006.12.10, 学芸出版社
『ヨコハマシティアートニュース 08』2006.12.16,Yokohama City Art Network・ZAIM(横浜市芸術文化振興財団)
『メセナ note』No.47, 2007.1.15, (社)企業メセナ協議会
「アーティストが集う創造の場へ。創造界隈の新拠点「ZAIM」の全貌」『ヨコハマ経済新聞』(http://www.hamakei.com/column/118/index.html)2007.2.8
「トリエンナーレは横浜に何を残した?市民報告書で読み解く2008年への課題」『ヨコハマ経済新聞』(http://www.hamakei.com/column/113/index.html)2007.2.8
『横濱まちづくり倶楽部』(http://www.e-hamaclub.com/)2007.2.11
2007年2月
[ かげやま こういち ]
前号 次号
掲載/影山幸一
ページTOPartscapeTOP 
DNP 大日本印刷 ©1996-2007 DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社が運営しています。
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社の登録商標です。
artscape is the registered trademark of DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
Internet Explorer5.0以上、Netscape4.7以上で快適にご利用いただけます。