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プライバシーステートメント
デジタルアーカイブ百景
残っていることへの感謝
笠羽晴夫
 前回(11月号)書いたように、洲之内 徹『気まぐれ美術館』(新潮文庫)を読みながら試みたネット上の検索では、こちらの意図になかなかぴたりとあうものは見つからない。けれども、検索エンジンが出してくる関連情報でこれはと思うものをたどっていくと、興味深いところにわけ入ることがある。
 この本で取り上げられている「田畑あきら子」(たはた・あきらこ/1940-1969)、ずいぶん前初めて読んだときにはあまり記憶に残らなかった。口絵(カラー)は一枚あるものの、その大きさでは目立たない抽象画だったせいかもしれない。
 今回再読して、この夭折の画家について書かれた文章に興味を持ちその名前で検索してみたが、まず洲之内の本に関連した記述がほとんどであった。それでも、いくつかこの画家のことを書いているブログがあり、そのひとつから今秋彼女が生まれた新潟で展覧会があるとの情報をつかんだ。新潟県立近代美術館(長岡市)での開催である。
 それをフォローしていくうち、開催少し前になんらかの都合でその規模は小さくなったようで、常設展のなかの特集として扱われるようになったことがわかってきた(「田畑あきら子と難波田史男」、10月31日〜12月17日)。したがって新潟県近辺ならともかく首都圏の展覧会情報に扱われる可能性は少ないものとなった。また美術館のホームページで今回の出展作品(17点)の名称はわかるが、展覧会チラシもないため、絵がどんなものかを示す画像はなにもない。
 そうはいっても、展覧会の存在をネット検索から見つけたのは事実で、10年前に同じ美術館における展覧会の後はまとめて見る機会はなかったと思われる彼女の絵、特にデッサンのほとんどをこの館が所蔵していることも考えれば、これは今回見ておくしかないと、新幹線の日帰りで行ってきた。ちょうど企画展の合間でほとんど訪れる人はなく、幸いというのも変であるがゆっくり見ることができた。
白い雲の中へ──田畑あきら子詩画集
田畑あきら子『白い雲の中へ──田畑あきら子詩画集』(新潟日報事業社、1997)
 また事前にAmazonで検索し、『白い雲の中へ 田畑あきら子 詩画集』(新潟日報事業社、1997)がまだ購入できるのを知り、入手した。
 おそらく彼女の絵を見ることができるのは、こういう機会を除くと、『気まぐれ美術館』の口絵か、上記詩画集しかない。今回のように、インターネットのおかげで画集と展覧会を見る機会を得たことは幸いだが、著作権はまだ存在するにしても、このような状態であればもう少しデジタルアーカイブの状態で公開されてほしいものである。特に彼女独特の「線」のタッチがよくわかるように。
 ちなみに、彼女が影響を受けたといわれるアーシル・ゴーキー(1904-1948)については、Artcyclopediaのガイドをもとにワシントン・ナショナル・ギャラリーなどで多くの作品を見ることができる。
 そして「気まぐれ美術館」もう一人の夭折女性画家「高間筆子」(たかま・ふでこ/1900-1922)、この人に興味を持ったのも今回再読しネット検索してみてからである。
 死の翌年、関東大震災ですべての絵は消失し、残っているのは死の直後に作られた詩画集のみであることは、この本ですでに知っていた。ネット検索でわかったことは、「美の巨人たち」(テレビ東京、2004年4月24日)で大きく扱われていたことである(高間筆子「自画像と詩画集」)。テレビ東京のサイトにはこの時の要約ともいうべきものが残っており、そこで彼女の生涯と主な作品のおもかげを、撮影された詩画集のページから知ることができる。そしてこの番組で、彼女が残した詩と資料を展示した非常に小さい「高間筆子館」という「絵のない美術館」が東京は京王井の頭線明大前にあることを知り、訪れてみた。
絵のない美術館「高間筆子館」
絵のない美術館「高間筆子館」
 問題の絵であるけれども、詩画集にはこの時代でもカラーの絵が何枚かあり、それらがスライド自動繰り返し上映というかたちになっていて、充分な画質ではないが、この人の激しい色使い、筆使いを一応味わうことができる。
 考えてみれば、その死の直後に友人達が遺作展を開き、それをもとに画集が作られていなかったら、すべては伝説だけになってしまっていたのであって、こういう複製が作られていたことは幸運だったというほかない。そして詩人の草野新平は、彼女の絵に同時期に生きた村山槐多(1896-1919)、関根正二(1899-1919)と並ぶ高い評価を与え、その熱意は日曜美術館(NHK教育)での特集実現(1979年6月17日)にまでなった。この館にはそのときの番組台本が資料として展示されている。
 すなわち彼女の周囲にいた人たち、そして草野新平、洲之内徹の評価・著述があって、今日に至ったということができる。そうであればぜひともこの画集のデジタルアーカイブが作られ公開されてほしいものである。もちろん、そうなると2次資料のさらに2次資料となり、専門家からはいろいろな問題も出てくるであろうが。

 このように二人の画家については、現状でデジタルアーカイブの風景というべきものはないに等しい。しかし今回とりあげたのは、いずれもその作品の全貌を伝えるものがあり、現物が存在するのは一方だけであるが、以前に比べるとネット上のさまざまなデータから、それぞれに近づく手段が豊かになっているからである。
 とにかくこのように遺産や記憶があることに感謝し、それはなんらかのかたちでさらに後世に残したい。そう考えれば、デジタルアーカイブの意義もまた少し明らかになるのではないだろうか。
2006年12月
[ かさば はるお ]
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掲載/笠羽晴夫
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