artscape
artscape English site
プライバシーステートメント
デジタルアーカイブ百景
ネットの中の気まぐれ美術館
笠羽晴夫
洲之内徹『気まぐれ美術館』
洲之内徹
『気まぐれ美術館』
 この連載も10回を過ぎたところで、一美術愛好者の立場からデジタルアーカイブの状況を見てみようと思う。とはいえ、その結果をひとつの景色としてまとめるにはなにかガイドのようなものに沿ったほうがいい。そこで思いついたのが洲之内徹『気まぐれ美術館』(新潮社、1978/新潮文庫、1996)である。
 これは洲之内徹(1913-1987)が画廊を経営しながら手元に置いたり接したりした絵、その画家などについて、1974年から『芸術新潮』に連載したものの集成である。同様なものに『帰りたい風景』(新潮文庫、1999)があり、また連載前の同種文章を集めたものに『絵のなかの散歩』(新潮文庫、1998)がある。新刊の入手は困難だが、文庫化される前から評価も高く、多くの図書館にはあるはずだ。
 この本は私にとっては日本のあまり有名ではない洋画のガイドとでもいうべきもので、扱われているのは最も有名な画家で松本竣介、靉光(あいみつ)、長谷川利行あたりであり、彼らについても読むまではほとんど知らなかった。彼らより有名な画家については、多くの情報を得るのに、ほかにも手段は多いだろう。
 したがって、読み始めたときに立ち返れば、この本にいくつか図版があるとはいえ、読みながらここに登場する画家の名前や絵の名前をインターネットの中で検索してみるのが、一美術愛好者とインターネットの関係を模してみるのに適当と思った次第である。
 検索にあたっては、Googleほど多く出てこないものの、常識的な範囲の結果が見やすいgooを使うのを第一とした。

 そうやって例えば冒頭にある新潟県生まれの佐藤哲三(1910-1954)から見てみると、一般にはあまり知られていないとはいえ、没後50年つまり著作権が切れて先般回顧展(東京ステーションギャラリー)が開かれた画家にしては、展覧会関連、そしてまさにこの洲之内の本に関連する記述以外に、絵そのものの情報は少ない。ミュージアム所蔵品のデジタルアーカイブ画像は見られず、《残雪》が新潟県立美術館発行の絵葉書イメージで見られる程度である。
 洲之内徹の死後、彼が所蔵していた146点は洲之内コレクションとして宮城県美術館に収められ、そのなかに佐藤哲三の代表作《赤帽平山氏》があるが、同美術館のWebサイトで見ることができるのはこのコレクションのうち萬鉄五郎《自画像》のみである。
 次の佐藤清三郎(1911-1945)に関する情報は多くが遺作展とこの本に関するものである。

 長谷川利行(1891-1940)はすでに有名画家の一人であるが、この本で扱われている絵の題名で検索しても、なかなかヒットしない。
 山本鼎(1882-1946)、倉田白羊(1881-1938)、林倭衛[しずえ](1895-1945)については、山本鼎記念館(上田市)、信濃美術館(長野市)などの努力によるところが大きい。林についてはこの本で取り上げられている《出獄の日のO氏》をトップページで見ることができる。
 林についてはそのほか埼玉県立近代美術館は《別所沼風景》を載せて、地域ゆかりの画家として扱っているし、かなりの情報がネット上で得られるが、それはたまたま思い入れを持つ少数の個人による情報発信の結果が反映されているからで、多くの画家について一般的ではないようだ。
 中村彝(つね)(1987-1924)あたりになると、Wikipedia、東京国立近代美術館、愛知県美術館、茨城県立美術館、文化遺産オンライン、ゆかりの新宿中村屋など、多くのサイトで画像、情報を得ることができる。これは予想どおりである。

文化遺産オンライン
文化遺産オンライン
《ニコライ堂と聖橋》の表示画面
神奈川県立近代美術館での検索結果
神奈川県立近代美術館での検索結果
 さてよく知られていることだが、洲之内による連載のなかで言及がきわめて多いのは松本竣介(1912-1948)である。今この人のファンは多いから、ネットの世界ではこの本とは別によく検索されているかもしれない。
 画家の名前、代表的な《ニコライ堂》《Y市の橋》などを入れると、「文化遺産オンライン」に含まれていることがわかり、拡大画像、簡単な解説も得られる。これは岩手県立美術館が200点以上所蔵しており、それらが文化遺産オンラインに登録されていることが大きい。ところがこれらの絵一つひとつのデータが岩手県立美術館のデータベースに格納されているということは、gooの検索結果として必ずしも直接でてくるわけではない。すなわちここのデータベースの検索においてキーワードを入れて始めて出てくるというものである。この問題についてはあとで触れる。
 その一方で有名な《立てる像》は、それを所蔵する神奈川県立近代美術館のサイトのページが検索結果として直接出てきて、画像を見ることができる。それはいいのだが、この県立美術館所蔵の代表作がいまだ「文化遺産オンライン」で扱われていないのは、その完成度を物語るものだろう。
 またいくら多くの画像が得られるといっても、松本のように同じ題名の絵が数多くある場合、そういうものに対する整理情報がこれからは求められよう。
 さらに松本については、都市の中の風景を扱ったものが多いこともあり、また洲之内の本の中に描かれた場所の推定が綴られていることもあって、絵と写真による愛好家の探訪がネット上にもある。こういうものから絵の所在情報が得られる場合もある。

 この一冊に沿ってネット検索をすると、いくつもの課題が見つかり、また不満も堆積するのだが、それらに劣らず楽しいこともあり、興味も知識も増えていく。
 それはまた次回以降として、このあたりで今回の試みから出てきた、ネットの中にある美術情報について、問題点をまとめておきたい。
 まずはデータベースの問題。
 世の中にある通常の検索エンジンは、ミュージアムなどのデータベースにキーワードを入れて検索してくれるわけではない。したがって、各サイトの表層に現われる作家名、作品名の役割は大きい。また愛好家がそこに何があるかなどの情報を別途ネット上に書くということが広まれば、事態は一挙に変わってくる。以前(連載第3回)、キーワード入力を促すだけではだめで館内外の(素人愛好家のものも含めた)ガイドが必要だと書いたが、それがまたここでも実証されたと言える。
 つまりミュージアムそしてそこのデジタルアーカイブというのは、なんとかしてその入り口にたどり着いた人のそれからのことしか考えていない。
 一方「文化遺産オンライン」に登録されている場合は、絵に直接たどりつく。「文化遺産オンライン」の大きな効用は、利用者に入り口のガイドとして扱われるポータルサイト的な役割以上に、ここにあるといえるだろう。もちろん、当初の目標である県立、市立などの多くの参加はその途上であるし、「文化遺産オンライン」およびそれに似たものだけでは足りない。一般美術愛好者の積極的な情報発信も必要だろう。

 繰り返すが、対象作品の収蔵ミュージアムが特定できるということは大切である。ネット上でそれに直接、間接に役立つものとして、以下整理してみると、
  1. 日本美術シソーラスDB
  2. 展覧会情報、および過去の展覧会情報のチラシ
  3. 自治体などによる地域ゆかりの画家情報
  4. 一般愛好者のブログ
などである。

 それにしても、ネット上で見ていると、音楽、映画などのジャンルと比べ、美術(アート)にはいい意味での[オタク]が少ない。そう考えれば、30年も前から洲之内徹がこのような連載を書き続けたことの意味は大きく、今回の検索でもこの本に関連した事項、そしてこの本を取り上げた「松岡正剛の千夜一冊」がその次の検索に役に立つことが多かった。
 「気まぐれ美術館」は文庫版でも在庫切れのようだが、そろそろ新潮社と宮城県美術館で、電子本でも作られたらいかがであろうか。

2006年11月
[ かさば はるお ]
前号 次号
掲載/笠羽晴夫
ページTOPartscapeTOP 
DNP 大日本印刷 ©1996-2007 DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社が運営しています。
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社の登録商標です。
artscape is the registered trademark of DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
Internet Explorer5.0以上、Netscape4.7以上で快適にご利用いただけます。