美術館で美術作品を鑑賞するとき、傍らにあるキャプション(作品解説文)からタイトル、アーティスト名、制作年、材質、技法、サイズを、作品よりも先に見る人は案外多いのではないだろうか。これらの情報は作品を理解するための手掛かりとなる。また、インターネットで作品画像を呼び出すときや、画集から作品を探すときなどにも、文字によって作品画像の検索を行なうように、私たちにとって美術作品を理解したり、検索したりする場合、文字の情報が重要となる。
一方、作品を管理する美術館側(キュレーターまたはレジストラー[作品の受け入れ管理の専門家]など)は、文字情報をいかにわかりやすく、整理・分類・記述するかが問われているだろう。しかし、新たな記述といってもすでにそこには美術館内の規則、美術館界の動向、あるいは国内標準、国際標準といったさまざまなレベルの規格が関わり、一朝一夕に創出するわけにはいかない。コンピュータの普及で作品管理がデータベース化されてくると、従来の管理方法を再検討することになり、作品や資料の管理とその活用の良策を求めた見直しが図られてくるであろう。さらに将来、美術館と図書館などが横断的にインターネットを通じて連携していくことを考えれば、国を超えた世界共通の電子世界における標準の記述項目や記述方法に無関心ではいられない。美術情報を作成する関係者は、国内動向と合わせ、国際標準化機構(ISO:International
Organization for Standardization)や国際博物館会議(ICOM:International
Council of Museums)のドキュメンテーション委員会(CIDOC)などの国際標準の動向に注目しておく必要があるだろう。いまはそのような時期なのである。
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アーカイヴズを研究する安澤秀一氏 |
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美術館の類縁機関とりわけ人類の共同記憶蓄積施設といわれる文書館(もんじょかん)、図書館、博物館では、情報技術の発展に伴ってどのような動きがあるのか、美術館から世界を広げて見てみよう。前・アート・ドキュメンテーション研究会会長であり、文書館の世界に詳しく、文化情報学の草分けでもある、安澤秀一氏を訪ねた。安澤氏は77歳とは思えない軽い身のこなしで、東京・調布駅まで私を迎えに来てくれた。安澤氏の自宅は本と美術作品で溢れんばかり、みね夫人がコレクションしたという美術作品は、5時間におよんだ取材時間のため、ゆっくりと鑑賞できずに残念だったが、安澤氏のパソコンに表示される自ら作成されたデータベースとアーカイヴズ*1に関する原書1,000冊以上が書棚に並んでいるのを見ることができ、私は興奮した。デジタルアーカイブ知識の源泉の一端に触れた思いがした。
「情報は資源であり、人類の共有財産として未来に伝えていくべき価値をもっている」という安澤氏はかつて勤務していた文部省史料館(現・国文学研究資料館史料館)で歴史資料の整理のため、万の単位で記録をカードに手書き記入した経験があるという。文書館という組織起源の史料を扱う領域でアーキヴィストを務め、大学でも長く教鞭をとってきた。聞きなれない組織起源の解説には、「出所」が用いられるらしいが、これは「業務を遂行する上で、記録を作成し、あるいは受領して、蓄積してきた役所ないし行政部局をいう。また個人、家庭、企業、その他の私的書類、および手稿収集物をも含む」という意味だそうだ。つまり、私的書類を含む史料を保有する保存機関ととらえることができる。史料とは、例えば「松江藩出入捷覧」「佐賀藩勘定所大目安」など、安澤氏がデータベース化したような原史料のことである。図書館のライブラリアン(司書)が対象とする印刷媒体の書籍や雑誌など、市民の利用に供されるものとは異なり、文書館の史料は手書きのものなど、オリジナル性の高い非現用記録(現行業務で利用されなくなった記録物)が対象のため管理・保存に重きが置かれる。ただ安澤氏は「記録/文書の重要性についていえば、記録された情報のさまざまな種類の中で、特に連続性のもつ有用性の方が、その古物性より大事である」と、博物館資料的な物の価値よりも、記録されている情報が連続して、そこから浮かび上がってくる有用な内容が重要であるといっている。また国家が作り出したものは、文化遺産であり、公共財産であるため、ディスクロージャー(情報公開)の実施とアカウンタビリティ(挙証説明責任)を実行することが求められていると強調する。
1980年代からパソコンを操作してきた安澤氏は、文書館を含む類縁機関とその資料記述方式を併記することで、差異を明らかにしようとしている。安澤氏の体験してきた文書館世界と図書館世界、博物館世界のメタデータ(情報に関するデータ)記述方式と構造の現状を概観してみよう。
文書館世界では、国際文書館評議会(ICA:International
Council on Archives)の国際標準記録史料記述一般原則(ISAD [G]:General International Standard Archival
Description)と電子記録作成時用のCERメタデータ(Committee of Electronic Records/Metadata Requirement
for Evidence)がある。最近ではアメリカアーキビスト協会
とアメリカ議会図書館が中心となって開発した、文書記録の情報をエンコードする際の記述規則でSGML(Standard Generalized Markup Language)/XML(eXtensible
Markup Language) の応用形であるマークアップ言語のEAD(Encoded Archival Description)が話題となっている。
図書館世界では、国際図書館連盟(IFLA:International
Federation of Library Associations and Institutions)で制定された国際標準書誌記述一般原則(ISBD[G]:General
International Standard Bibliographic Description)とDublin
Core Metadata Initiativeが開発した標準記述要素Dublin
Core Metadata Element Set*2 (通称:ダブリン・コア)があり、目録(分類目録・件名目録・著者名目録・書名目録)化は他の世界より進んでいる。
博物館世界では、国際博物館会議のメタデータ作成のための指針IGMOI(International Guidelines for Museum Object
Information)があり、 CIDOC
CRM(Committee for Documentation Conceptual Reference Model)は標準化へ向けて現在ISOへ提案されている。また、英国ドキュメンテーション協会(MDA
:Museum Documentation Association)のMDAデータ基準とミュージアム対象物データ記述基準MODESは参考になる。メタデータの構造化(SGML/XML化)にあたっては、標準化が議論されている状況である。記述するガイドラインを開発できることを目指したCDWA(Categories
for the Description of Works of Art)という美術作品記述カテゴリー(ゲッティー財団美術情報特別委員会制作)もある。
インターネットの電子世界では、上記にある3つの世界の統合的利用が検討されてきており、W3C(World
Wide Web Consortium)の下では、メタデータの基本概念がRDF(Resource
Description Framework)として確立され、標準化に有力視されつつあるメタデータのDublin Core Metadata Element
Setは、RDFで記述することになる。このRDFの構文はXMLに基づいて定義されている。検索手法としては、標準検索プロトコルZ39.50が注目されている。さらに利用者を想定したセキュリティとアクセシリビリティを高めることも考えられている。加えて、これらメタデータ記述とマークアップ言語とが合わさることによって、電子化された記録の真正性、信頼性、再現性と、構造・内容・脈絡とが確保可能となると安澤氏はいう。
今月は内閣府、経済産業省、総務省、財務省、文部科学省、国土交通省によって実施している情報化月間(10月1日〜31日)である。日本が目指す「高度情報通信ネットワーク社会」を実現するために、「e-Japan戦略II
」に対する理解を深めていこうと、全国各地で、展示会・講演会・セミナーなどの行事が開催されているが、まずは現場に即した情報整備を、これら省庁に着手してもらいたい。情報の原点となる公文書館・文書館、図書館、美術館・博物館のデータベースの構築が先決であろう。場当り的な対処事業とならないためにも、また情報関係担当者の問題発見能力を養うためにも。なぜなら、新しい情報技術の分野において、いや新しい情報技術の分野だからこそ、現場感覚を培い、先行き不透明な情報社会を予測することが大事であろうと思うからである。
国立公文書館では、江戸開府400年を記念した秋の特別展「変貌−江戸から帝都そして首都へ−」(入場無料)を開催(10月4日[土]〜10月19日[日]、土・日曜日、祝日も開催)している。たまには美術館ではなく、日本の記憶の保管庫である公文書館の展示を見てみるのも美術館運営の将来を考えるうえで大切かも知れない。
文書館が図書館とは異なり、また美術館を含む博物館とも異なるが、どれも皆重要な施設であることを安澤氏は教えてくれた。美術館は、文書館にメタデータの記述法を、図書館には分類法などを学び、記録する意味とデータを読み取る力を養って、電子の時代に備えたいものである。安澤氏は語る。
「人間が文字によって出来事を記録するようになった時、最初に書きしるされたのは英雄の叙事詩でもなければ王家の事積録でもなかった。古代オリエントや初期ギリシアの粘土板(日本では木簡や漆紙)から知れることは、人名・地名や財物名とその数量の羅列である計算書であった。つまり、人間と財物にかかわる組織体の管理記録なのであった」。
*1.(1)その永久保存価値のゆえに、選択もしくは選択抜きで、業務上、その作成に責任を負うものたち、あるいはそれを利用するために引き継いだものたちによって、もしくは適切な記録資料保存所において、保管された非現用記録 (2)アーカイヴズ(保存記録資料)の取得、保存、公開に責任を負う機関 (3)アーカイヴズがそこに保管され、閲覧に供される建物、あるいは建物の部分(『アーカイヴズ用語定義辞典』第2版,1988,ICA)
*2.ダブリン・コア・メタデータ要素:
1.表題(書名) 2.作者名(著者) 3.主題・キーワード 4.内容要約・目次・図版目次 5. 出版者/出版社 6.寄与社(謝辞) 7.作成年月日 8.内容分野(分類) 9.書式(媒体・再現機器とソフト) 10.同定識別子(含URL/ISBN) 11.情報源 12.使用言語 13.関連情報事項 14.対象範囲(場所/時間)15.著作権/複製権
■やすざわ しゅういち 略歴
国立国文学資料館史料館名誉教授、駿河台大学名誉教授。1926年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部大学院(旧制)退学。経済学博士。研究テーマ:日本近世人口史、諸藩財政史、近世史料学および史料情報管理学、幕末科学技術史。前・アート・ドキュメンテーション研究会会長。前・記録管理学会会長。著書・論文:「アーカイヴズ:その特質をライブラリィおよびミュージアムと比較する」『電気技術史研究会資料』HEE-97-12.(電気学会、1997)など多数。
■参考文献
E.Orna&Ch.Pettitt:著/安澤秀一:監修/水嶋英治:編訳『博物館情報学入門』2003.6. 勉誠出版
田窪直規「『博物館資料情報のための国際指針』について:図書館資料と文書館資料の国際記述標準との関係で」『アート・ドキュメント研究』No.10, p.37-49,
2003.3. アート・ドキュメンテーション研究会
今門政記「デジタルアーカイブにおけるデータマネジメント」『デジタルアーカイブ白書2003』p.141-145, 2003.3. デジタルアーカイブ推進協議会
田窪直規「情報メディアを捉える枠組―図書館メディア、博物館メディア、文書館メディア等、多様な情報メディアの統合的構造化記述のための―」『アート・アーカイヴズ/ドキュメンテーション―アート資料の宇宙』ブックレット
07, p.16-31, 2001.3. 慶應義塾大学アート・センター
安澤秀一・原田三朗『文化情報学―人類の共同記憶を伝える―』2002.6. 北樹出版
安澤秀一「文化資産保管サービスの制度的基盤:アーカイヴズ・ミュージアム・ライブラリィ」『DAJAセミナー資料』2001.2. 安澤秀一
安澤秀一「情報資源保管サービス基地としてのアーカイヴズ:デジタル化を見据えて」『人文科学とコンピュータシンポジウム論文集』Vol.2000 No.17, p.115-122,
2000.12. 情報処理学会
安澤秀一『史料館・文書館学への道―記録・文書をどう残すか―』1985.10. 吉川弘文館
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