2004年6月、京都府神社庁(1,572社)と(財)京都国際文化交流財団
(以下、京都国際文化交流財団)が「デジタルアーカイブ実行プロジェクト」を発足した。3年計画で約50社の襖絵、屏風などの文化財や庭園、鳥居、本殿などの建築物、祇園祭や葵祭などの神事芸能をデジタルカメラや大型スキャナーで撮影し、データ保存後、財団のホームページで公開する。初年度は上賀茂神社や下鴨神社、石清水八幡宮、八坂神社など18社が対象となる予定である。
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上京区堀川通りに面した大日本スクリーン本社 |
このニュースを知り、聞き慣れない“大型スキャナー”を検索してみた。そして、大日本スクリーン製造株式会社
(以下、大日本スクリーン)という会社に出会った。大日本印刷のグループ会社かと思ったが、社歴を見ると京都に本社を置く電子工業用機器や画像情報処理機器などを製造・販売している独立した会社であった。デジタルアーカイブ構築時のデジタル化は、デジタルカメラで対象を写真撮影するほかに、ポジフィルムなどをスキャナーでスキャニングしてデジタル化を行なうのが通常である。ところがこの大型スキャナーは、ポジフィルムをスキャンするのではなく、実物をそのままスキャンしてしまうという画期的な機器であった。デジタルアーカイブにとっては画像情報取得方法の、“第3の道”が開かれたのだ。さっそく日本美術が集積している京都に行くことにした。
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藤井照夫氏とBig Scanner |
蒸し暑い京都だった。大日本スクリーン製造の中村博昭氏(広報室)、松永邦愛氏(メディアテクノロジー)、藤井照夫氏(メディアテクノロジー)の3名が取材に応じてくれた。デジタルアーカイブ担当という松永氏・藤井氏の解説と、Big Scannerと命名されている大型スキャナー(以下、Big Scanner)の実物を見てデジタルアーカイブの技術はまだ開発の余地があると実感した。幅1,300×高さ2,455×奥行1,250mmのBig Scannerは、一見電話ボックスのようだった。美術品や文化財の実物を非接触でデジタル化することはデジタルカメラでも可能である。しかし、何と言っても、撮影にはフォトグラファーなどのプロの目が必要であり、照明など撮影の準備やフォトグラファー個人の美意識を完結させるその撮影には時間がかかる。Big Scannerは、高性能デジタルカメラバックと比較すると撮影時間は約5分の1の約6分(420dpi)。210dpiでスキャニングすれば約3分ですむ。松永氏と藤井氏の説明によるとそのほか、スキャナーは撮影対象との距離がカメラより接近し、焦点深度も深いため、高い解像度(4億3,000万画素)や見えの領域を広げる条件が備わっていると言う。また、スキャナーは線状照明(蛍光灯)であるため光源と結像位置の関係が変化しないので、安定した画像が得られるうえ、紫外線や熱量が少なく撮影対象物に負担をかけないなど、メリットがあるようだ。
別名デジタルアーカイブスキャナーと名付けられているように、Big Scannerは縦置き、横置き、うつ伏せ置き、とスキャニングする対象物に応じて設置体勢が変えられるように工夫されている。スキャナーがこのように変化する機器はいままで見たことがない。デジタルアーカイブを想定して開発を進めてきたことがこのあたりに表われている。Big Scannerは対象物である平面や立体物の一面をコピー機のようにスキャニング、デジタル化してゆく。油絵などの凹凸のある表面がどこまで再現できるのかぜひ試してみたいものだ。従来の大判ポジフィルムをスキャナーで取り込む作業では難点だった明るさのムラや画像のゆがみは解決したらしい。そして、解像度は210dpi、写真印刷を原寸大に再現したとき実物と遜色なく美しく見えるスクリーン線数を175線に想定した結果と言う。さらに高精細な画像は美術印刷時に使用する200線より420dpiを算出して決めている。将来技術開発が進めば、フォトグラファーも撮影技術者も不要となり、誰でもボタンひとつで日常的にデジタルアーカイブの画像情報を取得することが可能となってきそうだ。
しかし、Big Scannerが最適なデジタルアーカイブ画像情報取得機器となって完成したわけではない。Big Scannerは2003年8月に開発された世界でたった1台の、試作機なのである。藤井氏は、1.機材を移動して設置しなければならない関係上、より軽く組立てやすく、安全に作業効率を上げること。2.カラーマネジメントはBig Scannerに限った課題ではないが、現状のsRGBでは不十分であること。3.試作機から製品化へ実現させること、などの課題を挙げている。今後、カメラとスキャナーの住み分けができそうだ。機器の特性を最大限に生かして、撮影対象を選択することだ。カメラは作品の大小に関わらずフレームに納まれば1回のシャッターで撮影ができるが、スキャナーではスキャニングの有効サイズが決まっているため有効サイズを超えるものは分割してスキャニングしなければならない。極小さな撮影対象もカメラはレンズを交換できるなど適している。彫刻や建築など照明効果による立体的表現もカメラのほうが有利であろう。スキャナーの優れている点は、原寸サイズでスキャンするリアリティさと画質。特に平面作品に向いている。色と全体の雰囲気という点ではフォトグラファーにもよるが、カメラのほうが作風を鑑賞者に伝える表現力をもっている。だが、画像の記録という点では、カメラより正確な形がスキャンできる。デジタルアーカイブを構築するときの対象物と活用方法を考慮して、カメラかスキャナーかを選ぶ必要がある。
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松永邦愛氏とアゼロ・オリジネーター |
Big Scanner誕生の陰には1台のコピー機の存在があったと言う。大日本スクリーンが製造・販売しているA0サイズ(最大入力サイズ912×1,220mm)まで複写ができるアゼロ「AZERO」というデジタルカラーコピー機のスキャナー部を改造し、人間を直接コピーできるようにした「アゼロ・オリジネータ」である。私も実際に人間コピーをしてもらったが、プリントアウトされて等身大の自分がリアルに表われてきた。見慣れない自分自身との対面。できることならデータを修正して再プリントしてもらいたい気持ちにもなったが。このコピー機がヒントとなってBig Scannerに発展していったそうだ。作品を直接コピー機にかけるという大胆かつ繊細な発想が、速く・高精細・正確といったイメージキャプチャの理想に向けてニューマシンを誕生させた。Big Scanner完成から1年を経て美術品や文化財のデジタルアーカイブに使われ始めた。豊国神社の豊国祭礼図屏風、大覚寺の桃竹図襖絵、随心院の襖絵、祇園祭の綾傘鉾飛天図などBig Scannerを立てたり、寝かしたりしながら作品のデジタル化が進行中である。
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左上:アゼロ・オリジネーターでの
人間スキャニング 左下:Big Scannerをうつ伏せ置きにして祇園祭りの
綾傘鉾・飛天図をスキャニング 右:Big Scannerを縦置きにして
随心院の襖絵をスキャニング |
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明治元年(1868年)石田才次郎が京都に創業した石田旭山印刷所(現(株)写真化学
)にルーツをもつ大日本スクリーン。創業者の石田才次郎は銅板画家でもあったという。いま、Big Scannerで京都にある美術品や文化財をデジタル保存しているが、技術をともなったパイオニア精神は、夢を描く心と共にしっかりと受け継がれている。大日本スクリーンにとって、京都国際文化交流財団の推進するこの「デジタルアーカイブ実行プロジェクト」に参加することは、文化事業として地域に貢献する意味が大きい。作品の保存・修復に役立つだけでなく、万が一作品が消滅してもデジタルアーカイブしておけば複写とはいえもとのあった場所に作品を置くことができる。また、インターネットに画像を掲載しておけば生きた文化財として多くの人の目にふれ、京都から世界へ観光情報としても役立つ。Big Scannerのような専門性の高い優れた機器が開発されても現実的には製品化されるケースは少ないのかもしれない。が、このまま試作機で終わらせてしまっては、ならないだろう。京都発のデジタルアーカイブスキャナーとして、海外へ広めてゆくことも必要であろう。優れた平面用デジタルアーカイブスキャナーとして、広く継続して活用される道を確保したいものだ。
■Big Scanner(試作機)基本仕様 |
読取り方式 |
1ラインカラーCCD 7300pixels 光学部垂直移動方式 |
照明 |
40W蛍光灯2本による反射照明(紫外線カット) |
レンズ特性 |
75mm F6.8 |
基本解像度
[カッコ内はRGBデータ画素数]
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105dpi(全面スキャンで約3,000万画素)
210dpi(全面スキャンで約1億2,000万画素)
420dpi(入力高:1,800mm、約4億3,000万画素) |
原稿面サイズ |
幅900mm、高さ2,000mm |
スキャン有効エリア |
幅900mm、高さ1,980mm |
設置形(原稿種類 未検証含む) |
縦置き=襖、屏風、絵画、掛け軸など
横置き=巻物など
うつ伏せ置き=大サイズ地図など |
スキャン時間 |
全面50秒/105dpi 170秒/210dpi 340秒/420dpi |
入力フォーマット |
RGB/CMYK-TIFF, RGB/CMYK-JPEG |
インターフェイス |
IEEE1394 |
コントローラー |
Windows XP |
電気仕様 |
100V 3A |
本体サイズ |
W1,300×H2,455×D1,250mm |
本体重量 |
約120kg |
■会社概要
会社名:大日本スクリーン製造株式会社
設立年:1943年10月
資本金:481億円
連結売上高:1,919億円(2003年3月期)
連結従業員数:4,460人
代表取締役会長兼社長:石田 明
本社:京都府京都市
国内事業所・営業所:札幌、仙台、新潟、福島、富山、東京、静岡、金沢、長野、滋賀、京都、大阪、三重、岡山、広島、高松、福岡、熊本、鹿児島
事業内容:電子工業用機器(半導体製造装置、液晶製造装置、プリント配線板製造装置など)、画像情報処理機器(印刷・製版関連機器など)、情報通信機器および情報サービスの製造・開発など
企業理念:未来共有、人間形成、技術追究
経営理念:思考展開
(2004年7月現在)
(資料提供:大日本スクリーン製造(株)、(財)京都国際文化交流財団)
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