|
|
Airを撮る。デジタルの軽さが写真表現を深める「佐藤淳一」
影山幸一 |
|
天地が逆さまの風景写真を写真家のWebサイトで大量に見た。初めのうちは上下を間違えて掲載してしまったのかと思った。しかし、見続けているうちにこれで正しいことに気が付いた。同じサイト内には水門477枚(2005/3/17現在)の写真が4×4に規則正しく並べられていた。画面右下にあるボタンをクリックすると表が出てきて、水門の撮影地などのデータが地図へリンクされている。さらに左下のボタンをクリックするとコラムや水門入門もある。他にも88年から現在までの作品がきちんと整理されている。写真家のWebサイトとしてはWebデザインの完成度が高く更新速度が速いうえ、写真の量が豊富でWebサイト全体が美しいのだ。
|
Webアーティスト・写真作家の
佐藤淳一 |
そのWebサイト「http://jsato.org/」は、写真家・佐藤淳一氏(以下、佐藤)が制作したものだった。写真家であり、デザイン情報学科助教授でもある。佐藤のいる東京・小平市の武蔵野美術大学へ、写真とWebサイトについて話を伺いに行った。1963年宮城県生まれの佐藤は、地方から中央へ、理系から文系へ、会社員から表現者へ、アナログ写真からデジタル写真へと計画通りに横断してきたように思える。が、佐藤は30歳まで迷っていたと振り返る。東北大学工学部で工学の基礎を学んだ。経験が豊富なこともありアーティストというよりは、デザイナーの印象を与える人だが、作品を制作年代順に追って見ているとアーティストとして戦ってきた足跡が垣間見られる。95年に佐藤が開始したWebサイトでは「Portfolio
'88-94」「境界線」「Water's edge」「Outskirts」「Boundary #3」「記憶型境界線」「R2」「Margin」「Not Live
Cam」「Air」「Air Unusual」「Driving Air」「LOCATION」「Space, Lies」「HuahuaLulu」「Eyelids,Woods」「floodgates」「days」と、93年に写真表現が本格化する以前の88年からの作品も見ることができる。さまざまな地域・領域・分野を越えてきた佐藤は一貫して「境界」をテーマに作品を制作している。なかでも「デイト・ペインティング」を制作した河原温へ捧げられたプロジェクト「days」は、時間をテーマに1999年から“日付け”を撮影した写真を毎日アップし、10年を目指して更新中。デジタル写真とWebサイトならではのOngoingな表現だろう。
|
|
上:「boundary#3」より、「#8094」。
Gelatin silver print,
自作8x10ピンホールカメラ(120mm F300)
T-MAX100, 1998
下:「Air Unusual」より、「Sunday B008」。
digital photography,
Kodak DC4800, 2.160 x 1.440 pixel, 2002 |
佐藤は自作のピンホールカメラで「boundary#3・#8094」などを撮影し、印画紙やフィルムにもこだわった時代を経て、代表作であるデジタル写真「Air」を生み出した。「Air」シリーズの「Air
Unusual・Sunday B008」は写真が逆さまになっているようだが、これが正位置。小さく軽くなったデジタルカメラを片手でホールドし、ノーファインダーでカメラアイが撮ったままの構図を作品としている。ファインダーをのぞき一枚の写真を作り込む重さからの解放。Webサイトで逆さまの画像を次々とテンポよく見ていくと妙な気分になる。ただ逆さまになっているだけだが、Webサイトで連続して見る写真はサイズ、構図、発色、リズムが編集されて、無重力感が心地よくなってくる。現在佐藤はコニカミノルタの500万画素デジタルカメラDIMAGE
F300とα
-7 DIGITAL、Macintosh Power Book G4とiBook G3をメインに使い、RAWデータはDVD-R、JPEGデータはMOとWindows
PCのHDDに保存している。デジタル一眼レフカメラについては、せっかくカメラを小さくコンパクトにして築いてきた、気軽なデジタルカメラのメリットを逆行させてしまうと嘆く。アナログ一眼レフカメラを基準としたデジタルカメラ開発は高精細画像を売りにしているが、デジタルカメラの可能性はもっと多様だと。
|
佐藤は「色」を最も大事にしている。それも化学が製造する人工色が好みの様子。被写体の色を忠実に再現するのではなく、佐藤自身の色を出すことに注意を払うと言う。佐藤が空気に着目したのも、色に関心があったからだ。「視覚のことを考えるとき、われわれは空気をないものとして、あるいは遠景のみに影響をおよぼすものとして扱っている。この空気に対する視覚側からの冷淡な態度は、われわれが近代以降、3次元マトリクス的な空間概念を学校で教わるようになってから強化されたのではないか。生態光学の考えを借用すれば、視覚より先に空間の認識があるのは誤りであり、本来的にわれわれが見ているものは面と空気(媒質)と光によって構成された、ある構造にすぎない」と、Webサイトにある「Driving
Air」のstatementに書いている。空気から光をとらえ、光そのものの色彩を直視する行為。被写体を変えつつ、空気・時間・プロジェクトなどの非物質である対象を撮影・表現を続けているが、実はクリアな透明色をとらえようとしているのかもしれない。装置は知覚を追い越してしまっていると言う。デジタルカメラの軽さが、佐藤を解放させていった。
デジタルカメラを持った佐藤は98年から、プリント指向からプロジェクト指向へ変わった。デジタルカメラで写した写真は内蔵されているCCD(Charge
Coupled Devices)やCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)センサーにより色が異なる。佐藤はお気に入りのCCDを使い、「オリジナルもコピーもないWebは、理想の写真、余計な価値がまとわりつかないむき出しの写真が成立し得る場」と強調する。そして、「Webサイトという時間軸上の存在にイメージが断続的に布置されていく事態を重視し、このイメージ生成の流れを作品ととらえることが、情報の流動性の著しく高いこの時代を生きて作家活動を行なうことの証左となろう」と、Webアーティスト宣言をしている。さらに、新たな写真を予知したかのように、「画像は現実の描写でなく、ある種の現実そのものに変化する。現実を再現する画像にリアリティが発生することよりも、リアリティそのものとなる画像が存在することが重要なのだ」と、シリアスな発言。
|
佐藤の作品は現在ほとんどがデジタル写真である。佐藤にとってWebサイトは暗室、またはスタジオであり、今や実在のギャラリーよりもリアリティがあるそうだ。2000年から2002年の3年間に写真家4名で行なったWeb上でのコラボレーション「Collaboration
"CCD"」は、今となっては幻のWebイベントとなったが、小林のりお・高橋明洋・丸田直美・佐藤によって、Webサイトで独自の写真表現スタイルを模索・実験していたらしい。
ビートルズとバッハを聴き、藤原新也・ベッヒャー夫妻・キーファー・河原温・小林健二といった写真家・アーティストに刺激され、未知のイメージを創造していく佐藤。ドイツの色が好きというその佐藤の「光」に向かう姿勢から、光や闇の存在を知覚させるジェームズ・タレルやアニッシュ・カプーアの作品を思い出した。「われわれは歪みのない画像を、それほど正確とも美しいとも感じることがないのである」という佐藤は、透過してくる光に美を感じると話す。Webアーティスト兼写真作家となった佐藤は、Webサイトを基盤に作品を制作・公開しながら、実世界でも作品展示するという2つの作品形態が共存する新しい習慣を身に着けた。
文化財などのデジタルアーカイブでは被写体を計測的かつ正確に記録する記録写真が求められているが、アートなどの表現写真では写真家の個性が尊重されるため、デジタルアーカイブするときにアーキビストは一瞬戸惑うかもしれない。しかし、写真は写真、他の資料と同様のスペックでデジタル化していけばいいのであって困ることはない。佐藤の「Air」などデジタルの表現写真はボーン・デジタルなどとも呼ばれる。その表現が記録写真ではアーカイブが困難と思える空気や重力といった非物質をデジタルアーカイブとして次世代に伝えられる可能性があるのではないか。問題はこれらのボーン・デジタルを実際にデジタルアーカイブするところがない現状である。コマンドひとつですべての作品が消去できるWebアートである。はかない表現であるからこそアーカイブが必要なのである。無数といってよいほど大量の写真が存在しているWebの中で、淡々と真剣にWebサイトを築く佐藤の存在が光っている。
(画像提供:佐藤淳一)
|
■さとう じゅんいち
1963年宮城県生まれ。Webアーティスト・写真作家。武蔵野美術大学造形学部デザイン情報学科助教授。87年東北大学工学部機械工学第二学科卒業。90年武蔵野美術大学短期大学部卒業。87年日本楽器製造(株)(現ヤマハ(株))に入社後、工業デザイナーとして独立。92年より武蔵野美術大学非常勤講師を経て2001年より現職。95年よりネットワークメディア表現の実践的な研究を行なっている。主な展覧会:個展「水際(Water's
edge)」アユミギャラリー(東京, 1995)、個展「記憶型境界線」jsato.org(Web,1998)、コラボレーション「Collaboration“CCD”」小林のりお+高橋明洋+丸田直美+佐藤淳一(Web,2000・2001・2002)、個展「Air」jsato.org(Web,2000)、個展「瞼と森(Eyelids,Woods)」Gallery
MAKI(東京,2005)など。著書:『電脳の教室 コンピュータリテラシー』2005.4, 武蔵野美術大学出版局など。
■参考文献
大嶋浩『痕跡の論理』2004, 夏目書房
飯沢耕太郎『デジグラフィー』2004, 中央公論新社
『美術手帖』2004.6, 美術出版社
大嶋浩 編『Déclinaison』vol.006 Junichi Sato Special, 2003, Valis Deux
フリードリヒ・キットラー 著 原 克,前田良三,副島博彦,大宮勘一郎,神尾達之 訳『ドラキュラの遺言』1998, 産業図書 |
2005年7月 |
|
[ かげやま こういち ] |
|
|
| |
|
|
|
|
|
ページTOP|artscapeTOP |
|
|
|
|