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掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
PhotoWalker――デジタル写真で時空間をつくる「田中浩也」
影山幸一
 ある形状から別の形状へ徐々に形が変形してゆくモーフィング(morphing)、霧のようなぼかしで奥行きを表現するフォグ(fog)の技術は、アニメーションやバーチャルリアリティ(以下、VR)だけのものではなく、デジタルアーカイブの効果的な表現技術であることに気づかせてくれたのが、PhotoWalker(フォトウォーカー)である。このデジタル写真の編集アプリケーションソフトによる2次元の写真は、再構築され、空気感をまとい、遠近感、スピード感をともない、あたかも4次元の世界を体験しているかのような視覚の効果を実現させている。自分で撮ったデジタル写真がロールプレイング・ゲームのようになるから面白い。過去の写真と現在の写真、自分の写真と他人の写真、または写真と絵画など、あらゆるメディアをミックスさせて空間を構成していくことができるというから、これから予想もしない作品が出てくるだろう。「写真の中を歩く」あるいは「写真そのものが歩き出す」感覚に由来する命名である。デジタル写真をアルバムのように取り込みながら、閉じ込めるのではなく、2次元から3次元、そして4次元へ、ビデオではなく、一瞬をとらえた写真の効果を引き出し、デジタルアーカイブを静から動、記録から表現へ、進化させたソフト。開発者を訪ねて慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)へ向かった。

田中浩也
慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス
上:PhotoWalkerを開発した
田中浩也
下:慶應義塾大学
湘南藤沢キャンパス
 PhotoWalkerを開発したのは、2005年4月より慶應義塾大学環境情報学部専任講師となった田中浩也氏(以下、田中。2004年までの活動)である。広大なゴルフ場を思わせる芝生のある校内でι(イオタ)館にある田中の研究室まで迷いながらも到着。初対面だった田中は30歳の若い先生だった。さっそく田中にPhotoWalkerの開発について伺った。ビルの重なりをデジタル写真で表現しようと考えていたら、たまたまできたと、簡単に話したがそうではないだろう。デジタルカメラの普及や各種研究の成果が背景にあって生まれたことは想像できるが、田中が言うようにマイクロソフト社のパワーポイントにも似て、この着手しやすく奥行きの深いソフトウェアはさまざまに検討が重ねられて到達した成果に違いない。PhotoWalkerは、東京大学空間情報科学研究センターで開発された新しい画像技術STAMP(学術名:Spatio-Temporal Association with Multiple Photographs)を使った、仮想ウォークスルー・コンテンツサイトの別称で、2000年に最初のバージョンが発表された。Web上のあらゆるデータを空間的に連携させることがSTAMPの目標だったという田中は、STAMPの中心的存在である。総勢6名のスタッフで開発。そして、田中がPhotoWalkerの仕組みの特許を日本(2001-174582)と米国(FPA-2093-US)で取った。無料でダウンロードできることもさることながら、今年になってすでに25万人超のダウンロード数というから驚く。PhotoWalkerのホームページよりMac版、Windows版、それぞれ日本語と英語で紹介されている。

「PhotoWalker (2000-2004)」「PhotoWalker (2000-2004)」
「PhotoWalker (2000-2004)」
デジタル写真画像の組み合わせにより、人間の認知している景観の構造を再現、構造化するためのソフトウェア。
http://www.photowalker.net/にて無償公開しており、ダウンロード数は25万人を突破。

 田中は物理学者の父と料理研究家の母、弟と高校時代までを家族4人で自然の多い北海道で過ごした。小学生の頃からゲームソフトのプログラムを作り遊んでいた。NHKのTV番組「シルクロード」などを見て旅人に憧れた時期だったと言う。大学は、自然のある北海道と対極の地を選んだ。歴史と人工美を感じる京都。京都大学総合人間学部の二期生として数学を専攻していたが建築や都市に関心が移った。建築家、数学者、発明家、哲学者、または現代のレオナルド・ダ・ビンチなどと呼ばれているバックミンスター・フラーの影響を受けた田中は、PhotoWalker開発にあたり認知科学の用語であるアフォーダンスにインスパイアされたと言う。人間が自動的に情報を補って理解するという認知的性質がPhotoWalkerには活かされている。一方、デジタル技術を利用する理由を尋ねると、ダ・ビンチやフラーも当時の最先端技術を使っていたことを挙げ、テクノロジーから逃げた表現には抵抗を感じるとも。デジタル・アナログに関係なく、いいものと悪いものが見渡せてきた現状においては、目的に合った技術を適切に使用するその判断が問われるのかもしれない。

 田中は「デジタルアーカイブを継続していくと未来が見えますか。ここから未来は生まれないと思う」と静かに発言した。デジタルアーカイブそれ自体には未来はなく、過去しかない。過去の蓄積が未来を生むかどうか、決して自然発生はしないだろう。人の知力と想像力で未来は生まれる。ならば、デジタルアーカイブはその未来を作り出すための基礎となることが求められる。言い方を変えれば、デジタルアーカイブを構築する現場では、原物に、より深くアクセスすることになる。この体験こそが大事であり、そこに未来を感知するチャンスがある。田中はPhotoWalkerを解説するために各地でワークショップなどを行なっている。今年はレバノンの遺跡まで行ってきたらしい。デジタルアーカイブはデータベースとして便利に利用することも大切だが、デジタルアーカイブを構築する際のデジタル化時が、過去・現在・未来を実感できるときであり、最も有意義と思える。デジタルカメラで日常の写真を撮り、PhotoWalkerで編集することにより保存と同時に表現が可能である。それを蓄積していけば自然や都市の記憶として、時代の空気をともなったデジタルアーカイブとなるはずである。

 フォトコラージュ技法を使ったデビッド・ホックニーの作品「Moving Focusシリーズ」を21世紀的に拡張するとどうなるか。これがPhotoWalkerの開発ヒントになったと言う。コンピュータ内に写真だけを用いたVRではイメージ・ベースト・アプローチという手法を使った代表的なソフトのQuickTime-VR(Apple社)があるが、自由な移動表現ができない制約があったそうだ。PhotoWalkerではモーフィングを使ったアニメーションとVRのフォグ効果を利用して実際に歩いているような移動感覚を作った。さらに田中は、PhotoWalkerを楽器と同じように誰もが音を出すことができ、かつ上達が難しく、修練・努力が必要な道具とした。訓練によってPhotoWalkerらしい個性的な表現となり、上達していくのだと言う。PhotoWalkerは、経済産業省未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエイター賞、芸術科学会DIVA奨励賞、WISS最終発表賞を受賞したが、今も進化を続ける。そのひとつに石川初氏と共同開発した人間の行動自体をアーカイブするGeo Walkerがある。GPS(Global Positioning System)などを使って歩く行動を記録し、凹凸のある微地形のデータで3次元地形を描くことができる。

「Geo Walker」「Geo Walker」
「Geo Walker」
PhotoWalkerの発展した石川初氏と共同開発のソフトウェア。写真を撮るように地形を採ることがコンセプト。GPSで採取したデータから都市の地形を採取し、微地形を描いたり音として表現することもできる。

 今から5年ほど前に私は当時学生だった田中のCG作品(4D-WARP)を東京・銀座のワシントン靴店などで開催していたディジタル・イメージ展で見ていたと思うのだが、出展作品数が多く、みな同じ質感のCGに見えてしまったことが印象に残っている。CGは制作だけではなく展示にも工夫がいるのだろう。従来のCGとVRに批判的な田中は独自の空間座標によって、ワープ、変形、転化、反転させるなどして無重力の宇宙時代に向けた4次元での造形(映像と空間の中間言語)に挑んでいる。錯視図形、サブリミナル効果の研究なども行なってきたであろうが、結局、情報と記憶を突き詰めていくと人間の認識や知覚の問題へと行き着くと言う。その結果がPhotoWalkerであり、それを使った作品として田中も認めるPhotoWalker史上の最高作品、佐藤敏宏氏制作の「多次元フォトォラージュat千万家no.1」「多次元フォトォラージュat千万家no.2」が誕生している。建築が出来上がっていくプロセスをアーカイブしており、クリック操作によって人が移動した時間と経験が展開され、リアリティが感じられて楽しい。

 2005年4月に日本建築会館で開催した展覧会「映像による空間表現からの建築の可能性」でPhotoWalkerの成果が展示された。巨大なアクリル模型と屏風上の壁に埋め込まれたモニタが、都市景観の離散を巡ったコンセプトを映し出した。鑑賞者からは「水族館みたいですね」と言われたそうだ。田中は鳥取砂丘に行ったり、今でも家族で北海道の山に登ったりといろいろな自然環境に身を置く。趣味でそうした自然に触れているが、趣味を超えた活動がある。高校時代に始めたサックスを続け、大学時代の友人たちとライブ活動をし、CDまで出しているのだ。Experiment of Contemporary Music In Tokyoの頭文字を取った「Ecmit」というアンビエント系JAZZバンドで、自分たちの目に映る東京を音に変換する試みという意味があるらしい。生演奏とコンピュータを合わせてぬくもりのある音を伝えたいと、毎週1回の練習に励んでいる。何でも欲しいものは自分で制作するという自給自足者の田中は、将来農業をやって自分で食べ物を作りたいとも言う。写真家・野口里佳の空気感ある写真、またらくがき文字のストリートグラフティーも好きというあたりに私との世代間の違いを感じつつ、美しい風景と自由を求めているのかなと思っていると、田中はロマンチストなんですよ、と笑った。

「PhotoWalker 物理モデル」「PhotoWalker 物理モデル」
「PhotoWalker 物理モデル」
(制作協力:玉村広雅、関根麻美 (慶応義塾大学田中浩也研究室))
2005年4月に日本建築会館で開催された展覧会。
屏風状に設置された壁に20台のモニタを埋め込み、そこに表示されたPhotoWalker 作品が、それぞれ異なるリズムで自動再生される。ときどき、それぞれのリズムがシンクロ(同期)し、まるで水族館にいるような、あるいは音楽を聴いているような空間が実現する。また、渋谷を対象としたPhotoWalker作品を、アクリル造形で実物の3次元模型として再現した作品は、表から見ると通常の渋谷が、裏から見ると左右が逆になったミラーワールドとしての渋谷を開示している。
「PhotoWalker 物理モデル」

 今、「場所」ということについて考えている田中が、空間、時間、位置、空気、光、重力、エネルギーをキーワードとしているかどうかはわからないが、ただ、仏教の宇宙観である五大要素の空・風・火・水・地を現代的に視覚化、あるいは記録し表現しているようにも見える。田中は学生から専門が何かわかりにくいと言われると話していた。おそらく環境情報や認知科学といった分野に納まらない人であろう。2次元から4次元へ、静から動へ、保存から表現へ、過去から未来へ、地球から宇宙へ。人間・情報・物質が移動しながら、繋がっていったらいいとしながらも、その関係を意識的に断ち切ることも必要だろう、と言う。とりわけ写真を撮る時間は内省できるので大事だと。デジタル文明がはじまりわれわれはどこへ向かうのか。風や地熱などの自然と先端技術を呼応させ、新たな美学を創出していくという田中の今後の挑戦に期待する。

(画像提供:田中浩也)

■たなか ひろや
1975年北海道札幌市生まれ。専門は空間情報科学・空間認知科学。慶應義塾大学環境情報学部専任講師、東京大学空間情報科学研究センター協力研究員兼職。98年京都大学総合人間学部基礎科学科卒業、2000年同大学院人間環境学研究科修了、2003年東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了。工学博士。京都大学情報学研究科COE研究員、東京大学生産技術研究所助手を経て、2005年4月から現職。デジタルメディアを利用した新しい空間表現を追及した作品およびソフトウェア制作を行う。主な受賞に、経済産業省未踏ソフトウェア創造事業スーパークリエイター賞、第1回芸術科学展DIVA奨励賞、WISS最優秀発表賞、日本建築学会・優秀卒業論文賞受賞など。現在、建築アーカイヴワークショップを全国展開中。本業の傍ら、アンビエント・ジャズバンド「Ecmit」のサックス奏者としても活動し、CDアルバム「......zZ」を初リリース。

■参考文献
「デジタルアーカイブハンドブック」2005.3.31 函館マルチメディア推進協議会
「MD.SFC.KEIO.2005」2005.3 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスメディアデザインプログラム
磯達雄「日経アーキテクチュア」p.75, 2005.3.7 日経BP社
田中浩也、柴崎亮介「仮想空間変形機能を用いた〈集合的認知地図〉生成に関する実証的
研究」『日本バーチャルリアリティ学会論文誌』Vol.9,No.2,pp.161-168,2004 日本バーチャルリアリティ学会
田中浩也「ウェブ空間と物理空間のダイナミック・マッピング」『トーキング・マップ/
変型地図』p.87-96, 2003.3.31 神戸芸術工科大学大学院
田中浩也、有川正俊、柴崎亮介「WWW上の写真を再利用した擬似3次元空間」『日本バーチャルリアリティ学会論文誌』Vol.8,No.2,pp.181-188,2003 日本バーチャルリアリティ学会
2005年6月
[ かげやま こういち ]
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