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掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
CGアート──思考の分岐点をアーカイブしたい「稲蔭正彦」
影山幸一
 人間はなぜ絵を描くのだろうか。1万5千年ほど前、人は洞窟の岩壁に絵を描いていた。フランスにあるラスコーやスペインのアルタミラの洞窟画が絵画の起源として知られている。2001年新たにフランスのショーベ洞窟から壁画が発見され、美術史は今より約2万年前に遡る可能性がでてきたが、これら太古の動物の絵はおそらく決まった人が呪術など神聖な目的をもって描写したものなのだろう。現代では絵を描こうと思えば、誰でも容易に描くことができるし、コンピュータを使って絵を描くことも珍しいことではない。パソコン(PC)にグラフィックス用のソフトウェアを絵具代わりに、気軽に描画が始められる。コンピュータ・グラフィックス(CG)のよいところだ。しかし、果たしてCGは2万年もの間、データを保持できる可能性はあるのだろうか。先史時代の壁画は残ることによって、絵画の起源となって認知された。デジタル文明の創成期である現在、CGアートを後世に残せるかどうか、データを湮滅させないためにも作品データの保存は気になるところである。今回メディア・アーティストとして海外経験の長い稲蔭正彦氏(以下、稲蔭)にCGの保存方法などを伺った。稲蔭は、CGアーティストの河口洋一郎と同様に1975年というCG黎明期からCGを始め、その変遷をよく知る人である。

慶應義塾大学SFC デルタ館
メディア・アーティストの稲蔭正彦
上:慶應義塾大学SFC デルタ館
下:メディア・アーティストの
稲蔭正彦
 アーティストであると共に大学教授でもある稲蔭は、8月26日に米国スタンフォード大学で開催された「International Workshop on Ubiquitous Media and Social Infrastructure」において「Media Communication Design」の発表を終え帰国。職場である夏休み中の慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)デルタ館稲蔭研究室で忙しいなか、取材に応じてくれた。初めて会った稲蔭から、穏やかに明日からまたヨーロッパに行くと聞き、長髪を一束にした稲蔭が世界を飛び回るビジネスマンのようにも思えたが、実際に日本と米国に会社を持つ社長でもあった。取材翌日、稲蔭のブログ を見ると、ルフトハンザ機内からの書き込み送信で、機内も仕事場になったようだと便利さをそのまま喜んでいない様子が伝わってきた。

 
私が稲蔭のオリジナルCG作品を最初に見たのはSIGGRAPH2003(「フォーカス」2003年9月15日号参照 )だった。グリーンとブルーが豊かな空間を作る抽象的絵柄のCG作品《Utopian Paradise》。透明感のあるガラスでできた植物のようにきれいな作品だが、どこかに棘があるような感覚が記憶の底に残った。この作風をAbstract realism(抽象現実派)と稲蔭は名付けている。1980年代から稲蔭の作品はCGの本質をとらえるように、リアルと抽象を行き来しており、スーパーリアリズムの巨匠リチャード・エステス(Richard Estes)を参考にレンダリングソフトの開発なども行なっていたようだ。最近は作品《Tangled(混乱)》が示すように、人と人、人と環境、意識と無意識など「関係」というテーマに取り組み、CGの立体表現に関心を寄せている。コンピュータを使って作品を設計しているフランク・ステラ(Frank Stella)の影響もあるようだ。制作にあたっては解像度を意識するよりも、デジタルで制作したことを感じさせないように、極力ピクセルは見せていない。現在はこの紙に出力したプリントを作品のマスターと考えるようになった。20年ほど前にはデータを作品と思っていた稲蔭である。その変化は、作品データの再利用がなかったことに結びつくのだが、プリント時のインクの色や盛りなど職人的な手が入ることで作品そのものの、モノとしての存在力を実感し始めたからだと言う。

《Tangled》(1999) 《Utopian Paradise》 (2003)
左:《Tangled》(1999)
右:《Utopian Paradise》 (2003)

 そもそもCGとは何なのか。辞書で引いてみると「コンピュータやその周辺装置を利用して、画像や映像を生成する技術、また作成された作品そのもの」(『CG基礎用語辞典』芸術科学会編著)とある。描く対象が奥行き情報を持つ立体か、そうでないかで、3次元CGと2次元CGに分かれる。PhotoshopやMayaといったソフトウェアを駆使し、またはソフトウェアを開発して作品制作を行なう。機械設計システムや航空フライト・シミュレーションの応用技術として発達したCGは、特にCAD(Computer Aided Design:コンピュータ支援による自動設計)が社会的に貢献してきた。1963年サザーランド(Ivan E. Sutherland)が Sketchpad を開発し、CGアートの分野でも利用できるドローイングソフトウェアの基礎を築いた。1966年には米国で『Computer Graphics──A revolution in Design』(Siders, RA)が出版されたが、CG の解説にはAutomated Design Engineering(ADE)やDesign Augmented by Computer(DAC)などと書かれ、CGは独自の表現としてまだ確立していなかったようだ。写真と同じようにCGもアートとアート以外のジャンルが存在する。CGがアートとしても見られるようになったのは、1968年ロンドンで開催された「Cybernetic Serendipity展」以降ではないだろうか。この展覧会で「コンピュータ・アート」と命名された後、ビデオアート、ホログラフィックアート、キネティックアートなど新しい技術が表現に生かされていき、CGもアートの領域で扱われるようになっていった。第二次世界大戦、大砲の弾の弾道計算を瞬時に行ない、命中率を高める軍事目的によってENIACなどコンピュータが開発されてから20年経ち、コンピュータはアートと合体したのである。CGの分野に加わったCGアートの萌芽は、1952年の作品《オシロン40》(米国・Ben F. Laposky)に見られるが、この頃の作品はアーティストの作品というよりエンジニアの研究成果であることが多かった。初期のCGアーティストとして名が残るのは、アルゴリズムの特性を生かし、新しい表現領域を開いたKenneth Knowlton(米国、1966年Leon Harmonとの共作《コンピュータ・ヌード》が有名)とCharles Csuri(米国)である。

 デジタルアーカイブの視点でCGの保存方法を考えてみると、作品制作時のデータとプリントした作品の二つのデータ保存が必要である。とりわけ制作時のデータはオリジナルと同一のデータのため保存は必須である。稲蔭の主な保存メディアは、現在CD-ROM。これらの作品データは制作時に使っていたメディアに保存すると共に、それらのデータを複数のワークステーションのハードディスクに分散して保存している。メタデータはメディアのラベルに書いているほか、テキストデータをファイルに同時にメモとして保存し、作品の画像データと、稲蔭が元データと呼んでいる作品のプログラム、パラメータ、テクスチャ、モデリングなどのデータを一つのフォルダーに保存。これらはほぼ1作品1枚のCD-ROMのデータ量になると言う。

 アート作品や映画を見たり、あるいは日常生活の中での不条理が、制作の動機となって作品を作り始めるという稲蔭。サイズ、解像度をあらかじめ決めてから制作に入るのではなく、モニタを見て思考しながら絵を計算するためのデータをマウスで作成していく。制作プロセスを定期的に保存する機能を持ったソフトウェアはすでにあるようだが、「思考の分岐点」を自動的に保存できるソフトウェアがほしいと言う。稲蔭は作品を作成し終えたら次の作品へ進んでいくため、過去の作品データを改めて見ることは少ないというが、この「思考分岐点アーカイブ」があれば制作支援ツールとしても、制作途中で過去に思考した地点まで立ち返ることができる。制作プロセスを記録する新たなソフトウェア開発を期待したい。今後は生活に密着したものを商品化したブランドを作り、さらに世界の大きなムーブメントとして新しい表現の領域を広げていきたい、と稲蔭らしいダイナミックな目標を掲げている。CG+αが問われてくると言う。アート・ムーブメントを巻き起こしたアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)とデイヴィッド・ホックニー(David Hockney)らのビジネスセンスを持ち合わせた作家性に共感する、と聞いてそのイメージが鮮明となった。

 音から絵の世界へ入った稲蔭は、米国の大学でビデオアートを学びMITメディア・ラボでデジタルに浸った。SIGGRAPHには84年から作品を出展し、現在はSIGGRAPH学会の理事を務める。シーグラフ東京の元委員長でもあり、稲蔭を語るときにSIGGRAPHは欠かせない。今年のSIGGRAPH2005のArt Galleryでは招待作家であるジム・キャンベル(Jim Campbell)のLEDを使った作品が印象的だったと言う稲蔭。日本にとっての嬉しいニュースは西田友是教授(東京大学大学院新領域創成科 複雑理工学専攻)がアジアでは初めてSteven A.Coons Awardを受賞したことであった。この賞はSIGGRAPH が出す4つの賞の内のひとつであり、CG界のノーベル賞などと呼ばれている。1974年に始まったSIGGRAPHでは12人目の受賞者となる。西田氏は光と影、水、雲など自然物のCG表現を研究しているが、私が聴講したデジタルコンテンツ協会の受賞記念講演会では30年間という研究年月が評価された、と謙遜ぎみに喜びを語っていた。

 最古の絵は岩に描かれ、凹凸のある岩肌が人のイメージを喚起させて牛や馬などの動物を描かせたのではと伝えられている。人は砂や石、布、紙など、あらゆるものに絵を描いてきた。そして、現代われわれは発光するPC画面を見ながら電子媒体に絵を描く習慣を身につけた。知覚できない絵のデータを電子媒体に複数記録保存すると同時に紙などへのアナログ媒体へ。デジタルで作られた作品はアナログ化を指向している。ボーンデジタルの製作物はダブルスタンディングの保存が進みつつあり、CGアートがラスコーの壁画のように何千年も時を越えられるかは、保存技術の進歩に依存するが、まずアーティストが作品を残すという意識を強く持つことからすべては始まる。いかに後世へ伝えるかを含めたCGアートの成り立ちを考えておく必要があるだろう。普通では見ることができないものを実在しているように見せてくれるCGは、写真にも版画にもない魅力がある。

(作品画像提供:稲蔭正彦)

■いなかげ まさひこ
1960年4月23日名古屋生まれ。慶應義塾大学環境情報学部教授兼政策・メディア研究科メディアデザインプログラム・チェアパーソン。メディア・アーティスト、プロデューサー、メディア・スタジオ株式会社の代表取締役及び米国CyberAgenz社 のPresident/CEOなど多くの肩書きをもつ。学歴:米国Oberlin College経済専攻、カリフォルニア芸術工芸大学大学院ビデオアート修了。MITメディア・ラボに在籍し、アーティストのためのCGツールを研究・開発。専門分野:メディアデザイン、デジタルエンタテイメント、デジタルコンテンツ、メディアアート。主な著書:『マルチメディアの冒険』 (オーム社,1994)、『コンピュータ・グラフィックス・アート』 (共著,パーソナルメディア出版,1998) 、他。学外役職:ACM SIGGRAPH Executive Committee、Visual Effects Society 会員、内閣府総合科学技術会議知的財産戦略専門調査会専門委員、NPO法人ブロードバンド・アソシエーション顧問、科学技術振興事業団戦略的創造研究推進事業「ユビキタスコンテンツの研究」研究代表者、他。主な論文:「Three Dimensional Mosaic Generations」(CG International 94)、「Volume Tracing Mirage Effects」(CG International 95)、他。主なアート作品:アニメーション作品「Digital Fantasy」(SIGGRAPH84 Film and Video Show)、平面作品「Relations」(SIGGRAPH95 Art Show)、アニメーション作品「Continuum」(SIGGRAPH95 Electronic Theater)、平面作品「Tangled」(SIGGRAPH99 Art Show)、平面作品「Utopian Paradise」(SIGGRAPH03 Art Gallery)、他。主なエンタテイメント作品(研究室の成果):「Suirin」(SIGGRAPH05 Emerging Technologies (Producer))、「Samurai Sprinter」(Short Short Film Festival 2004 (Co-director))、「Little Red MR」(Ars Electronica Center ,Sept2003-Aug2004 (Producer))、他。

■参考文献
芸術科学会編著『CG基礎用語辞典 誰にでもわかる コンピュータグラフィックス』2003.1, CG-ARTS協会
三井秀樹『コンピュータ・グラフィックスの世界 映像革命の最前線をさぐる』1988.11, 講談社
2005年9月
[ かげやま こういち ]
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