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ウェブの生態系──デジタルアーカイブのサステイナビリティ
須之内元洋
 前回は、発展途上のウェブの基本的なタームを再確認し、ウェブの生態系を支えるインフラとしてのテクノロジーと、そのテクノロジーの構造に規定されるコミュニケーションの基本的な諸相を概観した。ウェブ空間の一端にアーカイブを公開していくことに、どのような意味があるのか? 今回は、データベースをウェブ空間に公開し、ウェブの生態系のなかで展開することの可能性に触れてみたい。

アーカイブの価値とは?
 つい先頃、米航空宇宙局(以下NASA)ならびに、ウェブ上のあらゆるリソースのアーカイブ化に取り組む非営利団体Internet Archive(以下IA)は、これまでの歴史のなかでNASAが保有してきた写真、歴史的フィルムや動画といった膨大なコレクションをデジタル化し、一元的なアーカイブを構築、共同で運営すると発表した。その成果は、インターネットを介して、誰もが自由にアクセスできるようになるとのことである。NASAのサイトに掲載されているプレスリリース★1によると、「NASAが保有する科学上重要な宇宙探査に関する映像資料を、誰もがオンラインで容易にアクセスして利用できるようにすることにより、途方もない価値がアメリカにもたらされる」と明確に記されている。一般の人々、学者、学生、研究者に向けてNASAの記録資料を公開していくことがアメリカに大きな利益をもたらすという判断が、このプロジェクトの原動力のひとつとなっていることは明らかだ。
 五カ年の計画で実施される予定のこのプロジェクトは、アーカイブされるデータの規模こそ最大級の試みではあるが、こうしたアーカイブを新規に構築すること自体、特に目新しいことではない。計画では、まず現存する20の主要映像アーカイブを統合し、次のステップで既存のデジタル映像を追加、その後、アナログ資料のスキャニング作業によって新たにデジタル化される映像を追加して、そのすべてを一元的にオンラインで検索可能にするという。「一元的にオンラインで検索可能に」というお決まりの惹句はさておき、この巨大なアーカイブプロジェクトが、誰に向けて何を期待しているのか、そして、昨今のウェブの生態系のなかにアーカイブの価値を最大化して埋め込むためにどんな仕掛けが織り込まれるのか、それを確認するためにはいましばらく具体的なアウトプットを待つ必要がある。

膨張し続けるデジタル情報
 PC、携帯電話、携帯音楽プレーヤー、デジカメ、ビデオカメラなどわれわれのメディア環境を構成するデジタルデヴァイスの記憶媒体にある情報量、さらに、これらのデヴァイスを介してネットワーク経由でアクセスされる情報量は増加の一途であり、2006年の1年間に世界で生成・複製されたデジタル情報量は計161エクサバイト(エクサバイトはギガバイトの10億倍)、2010年にはそれが988エクサバイトに達すると見込まれている★2。2006年に世界で生成・複製された情報のうち約75%は消費者によって生成されたものであり、われわれは過去に前例のないスピードで膨張するデジタル情報環境に直面している。こうした状況を鑑みれば、クローズドなデータベースにわざわざアクセスしたり、ただ画像や映像の羅列を得るために検索をしたりする者など、資料を欲している特定の研究者を除いてほとんど存在しないのではないか。知覚可能な限界を遥かに超えた量の情報の海に暮らすわれわれにとってみれば、アーカイブに納められたデータがどれだけの規模でオープンにされているかということなど、もはやどうでもよいことかもしれない。アーカイブのデータが何の制約もなくウェブに公開されていたところで、ほとんどアンテナにひっかかることすらないのだから。これからのデジタルアーカイブは、こうした情報環境の生態系になんとかして根を張り、編集されたメッセージを発信するプラットフォームとして機能しなければ、ただ海の中に沈んでしまうばかりであろう。

価値を持続させるためのデザイン
AIGA Design Archives
生態系を意識したデザインアーカイブの事例
「AIGA Design Archives」
URL=http://designarchives.aiga.org/
 現在筆者は、ある著名なデザイナーが残したデザイン資産のアーカイブ化プロジェクトに参加させていただいているが、デザイン資産の魅力を現在の価値に変換し、その価値を情報空間の生態系の中でどうやって継続的に伝えていくかという点が、このプロジェクトの大きな問題意識でもある。優れた文化資産や資料を抱えているにもかかわらず、その資産をどのようにデジタル化して保存し、価値化してウェブ空間へ発信していけばよいのかという同様の試行錯誤は世に少なからず存在するであろう。デジタル化された一次資料の保管庫としてのデジタルアーカイブの有用性は、例えば、諸々の権利情報とともに資産をデジタル化して管理することによって円滑な資産活用を可能にしたり、目的のはっきりした資料を瞬時に検索したりといった場面において発揮されてきた。今後は、従来からある一次資料の保管庫と連動して、編集されたメッセージの発信装置として機能するアーカイブが求められるようになるであろう。さらにいえば、ウェブのリンク構造への埋め込み、個人メディアへの引用、知人への紹介/転送、各種ガジェットへのダウンロード、創作や加工のための二次利用、といったユーザーの次なるアクションを誘発する装置として機能しなければ、アーカイブが継続的にその存在意義を保つことは難しい。そのための具体的な方法論として、SEO、ソーシャルブックマーク、Creative Commons、ウェブログ、ビデオマガジンといったウェブ上の装置や生態系を意識しながら、メディアとしてのアーカイブをデザインしていくことが必要なのである。

 次回は、ウェブ上の装置や生態系を意識しながら、ユーザーの次なるアクションを誘発するための実践について、もう少し詳細にその内容と期待される効果について考えてみたい。

★1──http://www.nasa.gov/home/hqnews/2007/aug/HQ_07178_Internet_Archive.html
★2──IDC The Expanding Dig ital Universe参照。
須之内元洋
1977年生。メディアデザイン。プログラマ。写真家。札幌市立大学助手。
international & interdisciplinary design practice - assistant Co.,Ltd.所属
2007年9月
[ すのうち もとひろ ]
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