artscape
artscape English site
プライバシーステートメント
ミュージアムIT情報
掲載/田中浩也|掲載/影山幸一
Acquisition Method──採取の技法 #1
田中浩也
収蔵・記録から採取・調達へ──デジタル・アーカイヴの将来
「Archive(データ収蔵・記録)の技術というより、Acquisition(データ採取・調達)の技法について何か書けないだろうか?」この連載のお話をいただいて真っ先に(かなり漠然と)思ったのはそのようなことでした。デジタル・アーカイヴのプロセスにおいて、アナログな資料を劣化させないでデジタルデータに変換する技術、集めたデータを処理・編集する技術、それを可視化して見せる(魅せる)技術、分類・検索する技術、などなど研究が進んでいるものの、結局のところ一番難しいのは「面白いデータを集めてくる」という、一番はじめの、きわめて発見的で実践的な部分なのではないか……。良い機会をいただけたので、是非そういうテーマを、多くの方々の実践に学び、取材したり紹介したりしつつ、掘り下げていけたらと考えている(1年間どうぞよろしくお願いいたします)。
 もっとも、この考えには「デジタル・アーカイヴ」に対する筆者の解釈のフレームがすでに含まれてしまっているし、それは一般的な解釈とは少し違っているのかもしれない。「デジタル・アーカイヴ」ってそもそも何だろう? Web上に溢れているデータをクローリングして集めて美しく描画する研究──「量」を「質」に変えるという重要な仕事だ(特に情報爆発時代の現代では)。価値の高い文化的資産を、できるだけ美しいままにデジタル化する研究─資産を後世に継承したり、共有したり、アクセシビリティを高めるために必要不可欠な仕事であることは間違いない。ネットワーク上のユーザ同士の創発・そして組織化・構造化を支援するためのプラットフォームの開発──私がこれまで研究開発してきたシステムの多くはこの領域に属しているし、それはそれで今も継続していることのひとつだ。
 しかし、私が今考えてみたいと思っていることは、たとえばBlogのように、「実生活のなかから個人的に面白いネタを発見してきて紹介する」という楽しみ、「データを採取する」楽しみ、もっといえばそういう行為を日常的に纏った一種のライフスタイルのようなもの……(Blogにもいろいろなタイプがあるので一概に言えないことは承知だけども)の“未来”、についてである。個人的には、地に足が着いた情報化時代の中で、市民参加型アーカイヴの将来をこういうものに感じているのである。

経験を採取する
 ここで私が考えたいのはおそらく、「美術館」というよりも、むしろ都市そのものを美術館と考えるトマソン的なまなざしであったり(次を参照)、「博物館」というよりも「博物学」(Natural History)に漸近している。集めたデータが必ずしも「価値ある」という共通認識がはじめからあるわけではない。だけど、見つけた当人にとっては何か面白い、教えたい、共有したい、という「事物」が現実生活のなかにはいろいろと転がっている。そういうものの「存在」や「まなざし」や、そもそも「そういうものが世の中にすでにたくさん落ちているということ自体」がよくわかるようになったのが、Blogというものの文化的効用なのではないかと考える。モノを採取するのではなくて経験を採取するといった新しい博物学のかたち。スクリーン上でテキストを読んでいて楽しいのは、公開された情報コンテンツそのものというよりも(それももちろん楽しいけれども)、往々にしてそれを通して透けてくるその人の生活だったり、行為だったり、見つけてくるものの癖だったり、想像できる「背景(生活)」だったりするからだ(ただし、書く側として読み手にそういう“感じ”を喚起させるためには、ある種のカジュアルさが必要だろう)。

モヴァイル・デヴァイスによる発見・記録・共有
 さてしかし、この連載は、技術(テクノロジー)と技法(テクニック)についての連載なのである。そこで、唐突なのだけれど「普段持って歩く道具」に焦点を当ててみたいと考えた。当たり前のことなのだけれど、「何を持って歩くか」によって、「何を見つけようとするか」「何を見つけられるか」は結構左右される。カメラを持って出歩けば「カメラ的なもの」が、ボイスレコーダを持って歩けば「ボイスレコーダ的なもの」が、GPSを持って出歩けば「GPS的なものが」、確かに「見つけやすくなる=採取できる」。Blogを書くには特に機器を携帯している必要はなく、ただ「経験」すればいいのだけれど、実世界で遭遇するものたちのなかには、なかなか“言葉”として捕獲しづらいものもあって、そういうものを発見・記録・共有できるのが現代のデジタル機器の効用であろう。
 今や私たちが持って歩くモバイル・デヴァイスは、「携帯電話」に限らない。いろんな小さなデヴァイスたちをポケットに入れて歩くし、これからはますますそうなっていくだろう。その途中で、さまざまな事物と遭遇し、その遭遇した事物の「種類」が、持っていたデヴァイスの「種類」と噛み合ったとき、デジタルデータにうまく掬い取られることになる。そのマッチングはたとえば、「金づち」を持って出歩けば、「釘(クギ)」がひたすら目に付く……といった感じである。道具と環境は「種類」でリンクし、そのとき人は媒介者になっている。

ポスト美術館・博物館への展望 
 というわけで、いろいろなモバイル・デヴァイスを実験的に試してみたいと考えている。それを持ち歩くことで、実世界の何に対して敏感になれるのか、何を採取できるのか、何を他者と共有できるのか。ともかく「道具ドリヴン」に考えてみたい。もちろん、こういった採取と調達の技法には、「道具」以外にも「視座」とか「知見」と言われるような、まなざし=スコープも重要になってくる。連載のうち何度かは、そうしたスキルを身につけた都市観察のプロ=目利きの方々にもインタビューをさせていただいて、「まなざしの養い方・鍛え方」も、同時に考えていくつもりである。小さなモバイル・デヴァイスの使用と実践を通して、「発見のセンス」といったものを、できるところまで追求してみたい、というのが、この連載の大きな目標なのである。
 最終的には、「ネットワーク化されたモバイル・デヴァイス自体」が、「ポスト美術館」「ポスト博物館」として、どのような文化を紡いでいくのかを思考してみたい。しかし、一気にそこまで駆け上がることはできない。まずは実験と試行の毎日を繰り返してみることから始めてみようと思う。
この連載についてのコメントやご意見は
htanaka(at)sfc. keio. ac. jp
までお寄せください。
 田中浩也 http://htanaka.sfc.keio.ac.jp/
1975年生。空間情報科学・空間認知科学。慶應義塾大学環境情報学部専任講師。東京大学空間情報科学研究センター客員研究員、首都大学東京建築学科非常勤講師。デザインユニットtEnt共同主宰。
2006年4月
[ たなか ひろや ]
次号
掲載/田中浩也|掲載/影山幸一
ページTOPartscapeTOP 
DNP 大日本印刷 ©1996-2007 DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社が運営しています。
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社の登録商標です。
artscape is the registered trademark of DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
Internet Explorer5.0以上、Netscape4.7以上で快適にご利用いただけます。