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Acquisition Method──採取の技法 #2
「都市に開ける“窓” (前編)」
田中浩也

景観採取装置としてのデジタルカメラ
 都市景観を採取するデヴァイスとして、デジタルカメラは完全に日常のものになっている。機能的にはもう十分であって、解像度・画質の向上はもとより、写真のタグ付け、管理、共有のシステムも数多く整備されている。
「Compuer-Aided Fieldwork」という目的から言えば、「道具側」ではなくて「ユーザ側」──つまり、「どのように使うか」のルール設定ーによって、採取デヴァイスとしての効果を高めていこうというのが、大半の意識なのではないだろうか?(「ルール設定」という言葉がやや教育的な響きを帯びるのだとすれば、撮影者の「センス」や「リテラシー」と言ってもよいだろう)。
 しかし、あくまで「道具ドリヴン」に徹して、一般化された道具に対してでも、ほんの少しでもよいから自ら改良を加え、新しい採取デヴァイスへと改良・転化させてから使ってみようというのが、この連載の基本にある実験精神である。その意味では、デジカメはもっとも一般的であるがゆえに、もっとも手ごわい相手なのだけれど、敢えてそれに手を付けるところから、本格的に実験をスタートさせてみたい。さて、どこをどう改造すれば面白くなるだろうか?
 そのヒントとなったのはある学生のアイディアであった。その紹介から始めよう。

景観フレーミング
 ある意味作用を生じさせる額縁(フレーム)を当て嵌めてみることで、都市景観を「しっくりと」受け止め、それを他者に伝達する(フレームを共有する)道具?そんな提案をした学生がいる。慶応大学環境情報学部の関根麻美さんが発案した「視点のガイド」というアイディアは、次のようなものだ。「お昼時、全員違う方向を見ながらささっと食事を済ませるサラリーマンの集まる外部空間」には、「レストランの扉」のフレームをあてて見ることで「景観をしっくりと」定位することができる(図1)。同じように、「動く歩道を(一見)高速で移動しているかのように見える人々の景観」には「早回し中のビデオ再生のフレーム」をあると少し納得がいく(図2)。そうして、景観のチャンネルを変えることで、普段は何も気付かずに通り過ぎてしまうような通行人たちに、ふとした気付きを与えようというものである。額縁という枠でフレーミングしてそこに置くだけ─それだけで、額縁と景観の間に発生する意味の一致/不一致に、批評性や楽しみが生まれてくる。サイトスペシフィック・環境アートの系譜上にある、正当な「都市空間(景観)の美術館化」の発案といってよいだろう。
 しかしここで、「あり方」を逆転させて考えてみたい。「そこに置く」のではなく、「いつでも持ち歩く」へ。「額縁を持ち運ぶ」という着想から、新たな「景観採取モバイルデヴァイス」への展望が拓けるのではないだろうか?


レストランの扉 早回し中のビデオ再生のフレーム
左:図1「レストランの扉」
右:図2「早回し中のビデオ再生のフレーム」

景観の修飾とフレームの移植
 ここで提案されたような、ある意味を生じさせる額縁(フレーム)を何種類か用意して、たとえばデジタルカメラ上にプラグインとして実装し「携帯=モバイル化」したら、どのようなことができるだろうか? フレームと景観を「種類」でリンクさせつつ、写真に撮影すべき景観、面白いマッチングを発見しようとするだろうか? そういうものを狙いながら、街を歩くと、何に遭遇することができるだろうか? このような実装に向けて、まず何よりも、額縁(フレーム)として何を採用するかのセンスが問われることになる。「プリクラ」のようなデコラティヴなフレームではあまり意味をなさない。「装飾」ではなく、視覚言語的な意味において景観を「修飾」するための冴えたフレームが必要だ。ここで関根氏が「レストランの扉」や「ビデオの再生ウィンドウ」といった、普段目にするフレームを採用し、広く都市空間へと移植していることは注目に値するだろう。このバリエーションを考えてみると、例えば、虫眼鏡・顕微鏡・潜望鏡といった「物理観測」系、時計・テレビといった「日常機器」系、それからWEBブラウザのウィンドウ枠といったものも考えられる(少し古い話になるけれども、かつて私自身、グラフィカルな看板に溢れる商業都市空間がまるでWEBサイトのビジュアルのように見えることに驚いたことがある。
http://tenplusone.inax.co.jp/review10/tanaka_1.html
 さらに、動的な景観というものを相手にするのだから、静止画ではなく動画を暗示するフレーム(この景観は何倍速に見える? 2倍速? 4倍速?)、あるいは「Interaction」(あるいはParticipation)を想起させるもの−ただ「景観を鑑賞」するだけでなく、能動的に自らが「景観に参加」することを促すフレームもあり得るだろう(図3a〜e)。

「時計」「自動販売機」「ノートパソコン」
「テレビ」「携帯電話」
上段:図3-a「時計」、図3-b「自動販売機」、図3-c「ノートパソコン」
下段:図3-d「テレビ」、図3-e「携帯電話」

都市景観へ接触するための「窓」
 こういうものは、「額縁」というよりもむしろ「窓枠」に喩えたほうが近いのかもしれない。
 現代において「窓(window)」というメタファーは奥深い。それは、開けることができるものであり、閉めることもできるものであり、拡大縮小することができるものであり、操作することができるものであり、さらには置いたり、ぼうっと眺めたり、通り抜けたり、また比較したり、重ねたり、並べたり。そういう、視覚情報をさまざまに「フィルタリング(濾過)」したり「チューニング(調律)」したりするインターフェイスの総称としての「窓」。そういう「窓」の「枠」に自覚的な意味をこめつつ、デジタルカメラとともに持ち歩いてみたいというのが今回のメインコンセプトである。まるでラジオのチューニングのように、都市景観のいろいろな「チャンネル」に対してピントを合わせて見てみたい。そうすることで、都市の景観に対して新たな採取意識が生まれてこないだろうか?

スケープからスコープへ
 話は少し変わるが、「マゾヒスティック・ランドスケープ」という本の中で、グラフィックデザイナーである原研哉氏が、もし自身がランドスケープアーキテクトだったとしたら、「風景を変えるという意味で、電車の窓の高さや大きさをデザインしたかもしれない」あるいは「メガネをデザインしたかもしれない」という発言をされている(p.152)。そして氏は、「眼に近いところでフレームを変えてしまうのは比較的簡単で効果的である」とも述べている。

 私がこれから実装しようとしているのは、メガネではなくてカメラなのだけれども、大多数の人々にとって、すでに「カメラ」は「眼鏡」に限りなく近いほど身体化された道具であり、さらには眼そのものに近づきつつある、といっても誇張ではないだろう。それは「記録する眼」であり、「伝達する眼」であり、「共有する眼」である。そこに、意味修飾の枠をいくつか定めることで、「発見する眼」を増幅させてみたい。現在、このデヴァイスを鋭意実装中である。
 次回、【後編】にて、その結果と使用例を報告する予定である。

協力:栗林賢、宇野瑞穂子、関根麻美(慶應義塾大学田中浩也研究室)

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 田中浩也 http://htanaka.sfc.keio.ac.jp/
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