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掲載/歌田明弘|掲載/影山幸一
転換し始めた国のウェブ保存政策
歌田明弘
 国のウェブ保存(アーカイヴィング)についての方針が大きく舵を切り始めた。今回はこれまでの経緯とこの方針転換のあらましをたどってみることにしよう。

前回1999年2月の答申
 出版物を刊行したとき、国会図書館に規定部数を納入しなければならない納本制度というのがある。それについて審議しているのは国会図書館の納本制度審議会というところだが、ウェブ保存についても国会図書館はこの審議会に諮問し、方針を議論している。
 99年2月にこの審議会の前身、納本制度調査会がまとめた答申では、ネットワーク上の出版物を「国が強制的に固定することは、発信者等が通常予期するところを超え、その意思に反することがあり、ひいては言論の萎縮をもたらす」と、納本制度に組み入れないことを提言している。本について行なわれているように法的な枠組みで強制的に保存するのは、ウェブの言論活動に制約を生む可能性があるので当面見あわせるということだった。
 ただし、ネットの進展は予測を超えているので、近い将来、国民の意識が変化してネットにおける表現の自由などの問題が解決される可能性もあり、「こうした状況が生じた場合には、速やかにネットワーク系の納入について改めて検討する必要がある」と書かれていた。この点については今回の答申でも、「問題がおのずから解決されるような国民の意識の明らかな変化が答申後に出現したとは判断しがたい」と認めている。しかしながら「納本制度とは別の制度の創設を視野に入れて検討するという趣旨」のもとに再度の諮問が行なわれたと理解すると、かなり苦しい解釈をして審議し、方針転換をしている。

新たな答申──網羅的なウェブ情報収集へ
 02年3月に国会図書館からふたたび諮問された納本審議会が昨年12月に出した答申では、納入義務のある納本制度には組み入れず、別の制度が必要であると述べている。そのうえで、内容による選別はせず、拒否の意思を表わさないウェブ情報は網羅的に収集するという方針を打ち出している。また、著作権を制限し、国会図書館が複製しやすくすることについても言及している。
 大きく方向転換したわけだが、こうした形の保存を進めるためにはまだ乗り越えなければならない課題がある。
 筆者が非常勤で行っている大学の授業で、こうしたウェブ保存プロジェクトについて話すと、まず起こる学生の反応は「えっ」という戸惑いの声である。個人のウェブ情報発信者の多くは、マスに向けて情報発信しているなどという意識はない。「プライベートなメッセージのやりとり」に毛の生えたものぐらいのつもりだったのに、保存され、後世まで残るかもしれないと知ったときの戸惑いは容易に想像できる。
 今回の答申でも「言論の萎縮」が起きないように配慮すべきだということが繰り返し指摘されているが、どのように配慮するかについては曖昧だ。自動収集された情報の消去を求めることができるようにすると書かれているが、期限付きとされており、懸念を払拭できるものにはなっていない。「国民の意識」にいかに沿ったものにするかという大問題は依然として今後に残されたままだ。

許諾を求める現在の作業は1人1日あたり3・7件
 この欄ですでに紹介したように、国会図書館は、02年11月から実験的なウェブ保存プロジェクト、「インターネット資源選択的蓄積実験事業(WARP)」を開始している。このプロジェクトでは、作成されたウェブ・コンテンツについて網羅的に「納入」を求めるものではなく、サイトを選定し、許諾依頼文書を送って許可を得たうえで、自動収集ソフトを使って選択的な保存をしている。こうした形の収集は、サイトの作成者が明確なものに限られ、手間もかかる。こんどの答申では、1人1日あたり3・7件を処理していると書かれているが、広大な「ウェブの海」相手に一つひとつ許可を得て保存する、いわば一本釣りのような作業をしているわけで、網羅的に収集・保存することは不可能だ。
 ウェブ・サイトは時代を表わす貴重な資料だが、日々更新・消滅し続けている。誕生してまださほど経っていない現在のウェブ・サイトは、後世の人々にとってとくに資料的価値が高いはずだ。保存しようという試みはすでに、各国の代表的な図書館はもちろん、この欄で以前紹介したように、「インターネット・アーカイヴ」というアメリカの民間団体などが精力的に進めている。「インターネット・アーカイヴ」は世界中のウェブを対象にしていて日本のサイトも保存しているが、アメリカの民間団体を当てにし続けるわけにもいかない。国会図書館としては、なんとか保存作業をもっと効率的に進めたいのだろう。

よりきめ細かな考慮が必要
 とりあえず筆者の意見を書きとめておけば、ウェブ情報を網羅的に収集することは必要だと思うが、誰が発信者かによって公開や消去についての条件をもっときめ細かく変える必要があると思う。公的な機関はもちろん、会社や団体などの組織の情報発信、また匿名のものについては網羅的に保存し、ネットで誰でも閲覧可能にする。その一方、サイト作成者の氏名をはじめとする個人情報が含まれているものについてはいつでも消去できるようにすべきだろう。こうした基準をつくったうえで、さらに反発が大きい場合は、館内閲覧にとどめる、あるいはネットでアーカイヴにアクセスするための特別な許可を必要とするといった配慮も必要かもしれない。
 もちろんこうしたやり方で懸念が払拭できるわけではない。日本のウェブはただでさえ匿名志向が強く、ウェブ・ページを等しなみに保存・公開するとなれば、匿名での発信がいよいよ増えるかもしれない。匿名での情報発信が必要な場合もたしかにあるが、それはあくまで例外であるべきで、自分の名前を明らかにして情報発信するのが基本だろう。例外が例外でなくなっている現状はおかしいし、ましてやそうした傾向を促進するようなことは避けるべきだ。
 その一方、情報の発信者にたいしても、ウェブ情報は公共的な財産であり、パブリックな表現であるという意識を持ってもらうことは必要であり、また今後のネット社会の発展を考えるときに重要でもあるだろう。
 このような問題をはじめとして、こんどの答申では多くの点がまだグレーになっていて、詰めなければならないことは多そうだ。
[ うただ あきひろ ]
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