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プライバシーステートメント
ミュージアム・ノート
「来館者」を描く──ミュージアムにおける「観衆」
光岡寿郎
 前回は、ミュージアム・スタディーズ(以降MS)とメディア論との二度の接点を足早に振り返ってみた。では、そのメディア論的な視座は実証的なミュージアム研究においてどのように反映されるのだろうか? そこで、今回はメディア論、とりわけオーディエンス研究の視点から来館者研究を検討することでその一端に触れてみたい。

「分厚い記述」を可能にする
 前回紹介したとおり、MSの第一人者であるアイリーン・フーパーグリーンヒルは、MSにおける過度に行動主義的な来館者像を批判している。この「刺激-反応モデル」に基づいた来館者像は、来館者研究における方法論的な問題から生じたものだ。一般に、ミュージアムが来館者を把握する方法として、大きく二つの方法が採用されてきた。ひとつは、簡単なものであれば来館者の多くが見かけたことのある属性調査(アンケート調査)だ。そこでは、性別、年齢、職業(学歴)などによって、来館者は人口統計学的に把握される。しかし、ここで得られるデータは来館者のまさに「属性」であって、来館者のコミュニケーション活動は対象ではない。もう一方は、展示の評価調査である。ここでは、来館者は自身の博物館体験をフィードバックすることができ、ミュージアムにおけるコミュニケーションがその対象となる。しかしながら、この評価調査の対象となる「コミュニケーション」が問題なのだ。
 欧米のMSのなかで発達した展示評価の方法論は、圧倒的にミュージアムにおける「学習効果」の測定に向けられてきた。それは、日本に比して、ミュージアムが社会教育施設として広く認知されてきたからである。「実験計画(experimental-design)」モデルと現在呼ばれる行動主義的かつ量的な展示評価システム
★1は、1970年代にハリス・H・シュテルやチャンドラー・G・スクリーヴンと呼ばれる心理学者によって整備されていったが、彼らの文献からは、「コミュニケーション」が「エデュケーション」の同義語として使用されていた様子が窺える。つまり、ミュージアムにおける「コミュニケーション」は、当時の行動主義的なモデルに基づく評価測定法のなかで、その過程がまず量的に把握可能ないくつかのフェイズに分解され(「コミュニケーションの定量化」)、ついで「学習」の側面から解釈可能な要素のみに限定され測定されたのである(「コミュニケーションの学びへの回収」)。そこでは、定量的把握が困難でその行為の意図を非参与観察では理解しがたいような、一見「些細な」来館者行動は「コミュニケーション」概念からはこぼれ落ちていったのである。
 この硬直したコミュニケーション観に楔を打ち込んだのがメディア論の成果だと言える。前回も指摘したように、メディア論は1950年代以降、個々の「観衆(audience)」のメディア消費の様子を注意深く描いてきた。とりわけ1980年代以降、これらの研究はエスノグラフィックな手法に支えられてきた。つまり、観衆のメディア消費を「描く」こととは、その行為を「解釈する」ことであり、その妥当性を保つためには解釈を可能にする対象の「分厚い記述」(クリフォード・ギアーツ)が必要なのである
★2。メディア論の導入は、定量的な調査方法と狭義の「コミュニケーション」概念に基づいて来館者を把握してきたMSに対して、ミュージアムコミュニケーションの「分厚い記述」の必要性を擁護し、実証レベルでの質的調査の妥当性を保障する方法論的な枠組みとして機能したのである。
ドクメンタ12 ヴェネツィアビエンナーレ
多様な来館者のコミュニケーション
左:カッセルのドクメンタ12会場で居眠りする来館者
:ヴェネツィアビエンナーレの北欧パヴィリオンでダーツに興じる来館者
筆者撮影
キャプションは誰のために
 現在、このエスノグラフィックな来館者研究の代表として挙げられるのが、ポレット・マクマヌスだ。彼女は、現在UCLの教授であり、来館者間の会話がどのように展示の解釈・受容に影響を与えるかを中心に数多くの研究を残している。そこで、最後にメディア研究の視点からも興味深い一例を紹介したい。
 ミュージアムの展示室には、「キャプション」と呼ばれる展示物を同定するためのラベルが配置されている。美術作品のバイオグラフィーを示したシンプルなものから、展示全体のメッセージを紹介するものまで多岐にわたる。しかしながら、従来の量的な調査では、キャプションはさほど多くの来館者には読まれていないとされていた。それに対して、マクマヌスは、異なる見解を示したのである
★3
 マクマヌスによれば、非参与観察の結果からは確かにさほど多くの来館者がキャプションを読んでいるわけではない。しかし、面接調査を行なうと、上述よりも多くの来館者がキャプションに準じたフレーズでその展示物の内容を語っていることが判明した。そこで、彼女がデータを再検討すると以下の事実が分かった。ミュージアムをグループで来館した場合、自然とそのグループにはリーダーが現れる。例えば、家族連れの父親であったり、スクールビジットの教員であったり。そして、多くの場合、グループのリーダーがキャプションを読み、残りのメンバーとの会話のなかでその内容を伝えていたのである。だから、多くの来館者がキャプションの内容を記憶していると。これは、非参与観察という定量的な調査では分からなかった事実である。これに加え、このミュージアムにおけるコミュニケーションが、キャプション→リーダー、リーダー→残りのメンバーと二段階で流れている点も、メディア論の古典であるラザースフェルドの「the two step flow of communication model」を想起させ非常に興味深い
★4

 このように、メディア論の導入によってその重要性が認識された、「分厚い記述」を目指すミュージアムを対象としたエスノグラフィー研究は、1990年代以降豊かな成果を挙げつつある。今回でミュージアムというメディアの議論については一度筆をおき、次回以降は逆に、ミュージアムをメディアと見なすことから生まれてくる視点のいくつかをとりあげていきたい。


★1──George E. Hein, Learning in the Museum, Routledge, 1998.
★2──クリフォード・ギアーツ『文化の解釈学(1)』(岩波書店、1987/73)
★3──Paulette McManus, 'Oh, Yes, They Do: How Museum Visitors Read Labels and Interact with Exhibits Texts', in Curator, 1989.
★4──Paul F. Lazarsfeld et al., The People's Choice : How the Voter Make Up His Mind in a Presidential Campaign, Columbia University Press, 1944.
光岡寿郎
1978年生。博物館研究、メディア論。東京大学大学院/ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ在籍。論文=「ミュージアム・スタディーズにおけるメディア論の可能性」など。共訳=『言葉と建築──語彙体系としてのモダニズム』(鹿島出版会、2005)。
2007年8月
[ みつおか としろう ]
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