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プライバシーステートメント
ミュージアム・ノート
ブランドとしてのミュージアム建築
光岡寿郎
 昨年度に引き続き、こちらでミュージアムに関わるささやかな論考を掲載する機会をいただいた。今年度は、ミュージアムをメディアとして考えるうえでもひとつの重要な要素となる、ミュージアムにおけるアーキテクチャーの問題について考えてみたい。まず、初回に取り上げるのは年々「お洒落」になる美術館建築についてだ。

クールな美術館建築
 近年、日本で新設の美術館に関わる話題といえば大概の場合二つに分かれる。ひとつは、美術館のマネージメントの問題。これは、ポスト指定管理者制度時代としては仕方のないことだろう。もうひとつは、これらの新設の美術館の建築についてである。例えば、2006年開館の青森県立美術館は青木淳の設計。一見、ホワイトキューブのヴァリエーションのような外観だが、上手く土地の固有性を包み込もうとしている。昨年六本木の東京ミッドタウンに開館した21_21 DESIGN SIGHTは、もはや現代建築の世界ではイコン化してしまった安藤忠雄だし、横須賀美術館も山本理顕の設計。今年の4月に開館した十和田市現代美術館も、SANAA名義で金沢21世紀美術館の共同設計に携わった西沢立衛である。恐らく、首都圏、地方を問わず、今新しい美術館を訪れる来館者の楽しみのひとつとして、美術館というハコそのもののクールさがあるのは否めない事実だろう。
 このような美術館建築のファッション化は、1980年代後半以降欧米の美術館を中心に顕著になる
★1。とりわけ、ニューヨークを本拠とするグッゲンハイム美術館はその代表と言える。1988年に敏腕のコンサルタントであったトーマス・クレンズを館長に迎えると、グッゲンハイムは世界各地にその支店を展開していく。都市の景観に配慮したヴェニスとベルリンを除けば、ラスベガスはレム・コールハースの設計、都市再生の事例としても有名なビルバオはフランク・O・ゲーリーの設計である。また、計画が宙吊りになってはいるが、台中のグッゲンハイムはザハ・ハディドの設計である。このグッゲンハイムの過度のグローバル・フランチャイズ化は、アメリカの美術批評家をして「ミュージアム界のマクドナルド」と言わしめた。けれども、この指摘は必ずしも的を得ていない。というのは、美術館で扱われているモノとは、ハンバーガーのようにチープではないからだ。むしろ、これは各国の富裕層をターゲットにしたブランドの輸出であり、「ミュージアム界のLVMH」★2とでも言ったほうがいい。そうでなければ、グッゲンハイムは美術館建築にこだわる必要はなかったはずだ。というのも、マクドナルドのグローバルな人気を支えているのはむしろ、世界中どこでもすぐそれとわかる均一化された店舗デザインだからだ。
21_21 DESIGHN SIGHT 表参道ヒルズ
同じ建築家の設計したミュージアムと商業施設
左:21_21 DESIGHN SIGHT
右:表参道ヒルズ(ともに安藤忠雄設計)
ミュージアムのブランド化
 しかしながら、建築を通じた美術館とコマーシャリズムの関係性は、何も今に始まったことではない。というのも、ミュージアムと商業施設は近代に双子として産み落とされ、歴史的にも常に影響を与え合ってきたからだ。例えば、19世紀にルーブル美術館がパリで受容されていったのは、ほぼ10年おきに開催されていたパリ万国博覧会やボン・マルシェに代表されるデパートを通じて、空間を回遊しながら視線の注意と気散じを使い分けることで世界を知るという身体的な形式を、市民が獲得していたからである。また、20世紀初頭のアメリカにおいても、ミュージアム経営にデパートの企業家が参画することや、デパートとミュージアムのディスプレイを同じ建築家が設計することはよくあったし、日本に至っては、百貨店の中にミュージアムが組みこまれてしまったという経緯がある。ゆえに、あまりミュージアムの商業主義に対する批判が面白いとは僕は思えない。むしろ、グッゲンハイムだけでなくMoMATATEにも広がっている、ミュージアムのフランチャイズ化の動きの背景となる新しい文化経済学的な文脈や、そのコーポレートブランディングが建築に仮託されていく過程の分析のほうがよほど有益だろう。
 むしろ、グッゲンハイムを中心とした国際的なコーポレートブランディングに成功した美術館(建築)を考えるうえで面白いのが、UAEのアブダビのミュージアム誘致の事例だ。激論の末、昨秋ルーブルの別館がアブダビに建設されることが決定された。現在アブダビは、文化施設用の区域を整備し、そこにルーブル別館(ジャン・ヌーヴェル設計)、グッゲンハイム別館(フランク・O・ゲーリー)、海事博物館(安藤忠雄)、パフォーミングアーツセンター(ザハ・ハディド)が建設の予定になっている。オイルマネーを背景に、ドバイとアブダビは急速に都市開発を進めているが、ここでは奇妙な論理の転倒が起きている。というのも、近代におけるミュージアムとは一貫して自国文化の優越性の象徴だったからである。1851年のロンドン万博、1889年のパリ万博ともに、世界中のモノ(ある意味ではモノ化されたヒトさえ)が遍く展示されることでイギリス、フランスの世界支配が具現化されていた一方で、そのなかでも最も優れた歴史や産業を持っていることをミュージアムは顕示してきた。あくまでも、イギリスやフランスの勢威は、自身の産業と文化に基づいていたのである。ところが、アブダビの事例は違う。西洋世界で最も権威的なルーブルやグッゲンハイムという美術館を、現代建築界で最も評価の高い建築家に依頼し、それらを自分の箱庭に埋め込むことでその優位性を示そうとしている。そこでは、自身の文化や産業をベースにして国家的な優越性を示すのではなく、すでに出来上がった価値体系を意のままに所有できる権力に誇示の重心が移動してしまっている。つまり、収集されたモノの展示空間としてミュージアムが存在するのではなく、西欧が積み上げてきた至上の価値体系の所有の具現化としてミュージアムが存在しているのである。そこでは、もはやミュージアムはモノであり、モノである以上、その美的センスが問われる。ゆえに、そこでクールな建築が要請されるのは消費の論理からもいたって自然なのである。

★1──ここでは紙幅の関係で詳述しないが、もちろん、歴史的に美術館は当時の現代建築として設計されてきたという事実は言うまでもない。
★2──現在世界最大とも言えるファッションを中心とした複合企業体。ルイ・ヴィトンとモエ・ヘネシーの合併によって生まれた。数多くのファッションブランドに加え、ボン・マルシェなどの高級デパートも傘下に収めている。
光岡寿郎
1978年生。博物館研究、メディア論。東京大学大学院/日本学術振興会特別研究員。論文=「ミュージアム・スタディーズにおけるメディア論の可能性」など。共訳=『言葉と建築──語彙体系としてのモダニズム』(鹿島出版会、2005)。
2008年5月
[ みつおか としろう ]
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