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プライバシーステートメント
展示の現場
現代美術の制作・展示をサポート──小澤洋一郎(東京スタデオ)
白坂ゆり

アーティストやアートの現場をサポートする人々。今回から、そうした展覧会場をつくる現場で活躍している人々にスポットを当ててみたい。新連載「展示の現場」は、3カ月に1度の更新です。
(artscape編集部)

小澤洋一郎
小澤洋一郎氏
 第1回目の今回は、展示施工や作品制作をサポートする技術者、東京スタデオの小澤洋一郎を紹介する。草間彌生「クサマトリックス」(2004年2月7日〜5月9日、森美術館)、川俣正[通路](2008年2月9日〜4月13日、東京都現代美術館)、横浜トリエンナーレなど、東京スタデオが関わった展覧会は数多い。完成した彫刻や絵画の設置のみならず、プランの段階からアーティストやキュレーターなどの相談を受け、構造計算や力学計算を行ない、予算と照らし合わせて素材やつくりかたを検討する。彼らは、アーティストにとって、イメージを具現化する際の心強いパートナーだ。
 会場設営や映画のセットなどを扱う施工会社「東京スタデオ」で、現代美術に対応する新しい領域を拓いたのは、創業者の息子である小澤と堀谷昭則。とりわけ、1975年にオープンした西武美術館の現場が転機となった。
 「27歳の僕が展示に関わった当時は、会場作りが仕事で、作品展示は遠くから眺めるものでした。ですが、作品のそばに行きたくて、ポケットにドライバーを2本入れ、アーティストやキュレーターが作業できなくて困っているときに代わりにすぐやれるよう、さりげなく出番を待っていたんです」。次第に海外の作家やキュレーターにも認められ、指名されるようになる。当時西武美術館の学芸員だった森口陽一に付いて海外でも仕事をし、作家との交流も深めていった。
 「作家とつきあうことが僕は好きだったから。最初に現代美術を見たときに、これは何だろうと思って、作家に聞いたんですね。話してみると何を考えてこういうものをつくるのかがわかってくる。それからもっと作家と話したいと思うようになって。図面通りにつくるよりも、作家の考えを聞いてつくるほうがもっと先へ行けるんです」
 ヨゼフ・ボイスが、床にものを放り投げてインスタレーションする様子を間近で見つめ、遠藤利克はじめ「もの派」の作家ともさまざまな仕事をし、酒を酌み交わした。
 「いまは亡き若林奮さんがセゾン現代美術館のランドスケープを手がけたときには、庭のところどころに鉄作品を隠す設置をしたんですね。動物がテリトリーを広げるときのようで面白かった。朴訥とした人で、眼鏡をいくつも持っているんだけど、ひとつのことに夢中になるとほかが見えなくなってしまうようで、スケッチしながら置き忘れてきてしまうので、翌日一緒に探したりして。スズメ獲りの罠の作り方を教えてあげたりもしました」

2007年初頭に訪れたアトリエの様子 「森正洋デザインアーカイブ」トップページ
会場設営風景
スゥ・ドーホー展(2005年1月22日〜2005年4月3日、メゾンエルメス8Fフォーラム)
アーティストのイメージを具現化する
 アーティストの紙の上のドローイングを、立体化することもある。イメージ上のフォルムの美しさや意図が完璧でも、物理的な強度や安全性から素材や工法の変更などを提案することも多い。消防法や建築法も考慮し、また、アンカーやビスを打って良いか建物の持ち主と交渉したり、公共の場であれば行政や企業との交渉を行なったりすることもある。例えば「横浜トリエンナーレ2001」で、運河にミラーボールを浮かべた草間彌生のインスタレーション《ナルシス・シー》では、横浜市港湾局と海上保安庁に何度も足を運んで許可を得た。あるいは、水、塩、食材、植物、動物など、もともと美術館に入る想定がされていないものが作品になる場合もあり、その都度知識や管理も必要だ。
 また、特にグループ展では、作家がプランを立てて会場に来るものの、周囲が気になったり、思っていた感じと違ったりして変更が生じる場合が多い。そういうときは当初のプランで準備を進めていてもなるべく改訂案を実現する方向で手助けするという。
 「特に若い作家は、何度も見ているうちに迷ってしまうこともあるので、作家がおそらくいいと思っているほうをポンと押します。一緒に話したり、酒を飲んだり、作業をしていると流れがわかってくるんです。また、キュレーターとアーティストのあいだで意見が異なったときに提案をすることもあります。時間があればなんとかできるけれども、概して予算も時間もない。そんなとき、普段からいろいろな人とつながりを持っていると、助けてもらえることも多いですね」
小沢剛:同時に答えろYESとNO! 小沢剛:同時に答えろYESとNO!
会場設営風景(左の写真、左は作家の小沢剛)
小沢剛:同時に答えろYESとNO!(2004年8月24日〜2004年12月5日、森美術館)
資材や人材の共有が、ひとつの突破口になる
 アーティストの数に比べ、継続してこの道をめざす者は断然少ない。現代美術に関する施工の仕事だけで食べていくことが難しいこともある。
 「大事なことは、美術やつくることが好きであること、アーティストとの関係をうまく持てること。資格の制度もないし、不安はあると思うのですが、やっている人が少ないので活躍できると思います」
 新しいものが出たら取り入れられるように素材や機械について常に学ぶ。裁縫が必要なときもあれば、建築法や消防法など法律も押さえなければならない。単価を頭に入れ、その場で検討する。作品の取り扱い方、工具の取り付け方など、予期せぬ作品に応じていく。
 かような高度な知識と経験に基づいた専門職であるにもかかわらず、公立美術館では入札形式が取られているため、個人と契約できないばかりか、安値の業者に決まってしまうことも多い。現状では例えば本来400万円の予算が必要なところを半値に下げないと通らないような状況であると耳にする。確かに、例えば木工パネルを使い回すなどやりくりが行なわれているが、使い回しにも限度がある。そうして少ない予算で乗り越えてしまうと、次からも予算は上がらないという悪循環が起こる。文化交流に対する予算削減を人力と熱意でカバーし続けるのには限界がある。
 と同時に2つ提案がある。ひとつは、時には企業を超えて、その都度それぞれ得意な領域でプロフェッショナルな人材を集めてプロジェクトチームを組むこと。もうひとつは資材の共有だ。美術館同士で、展覧会予定に合わせ、その時期使わない機材や会期後に償却する資材をリスト化し、貸借する。例えば、今春行なわれた川俣正展で購入したベニヤ板1,200枚は、横浜トリエンナーレ2008で再利用することになっている。また、パネルは水張りすればきれいにはがせて再利用できるし、残材もビスを抜けば流用できる。そうした資材を共有する倉庫があればなおいい。

青木野枝 「空の水」
HIGURE 17-15 casでの会場設営風景。右は青木野枝
青木野枝 「空の水」(2007年11月3日〜2007年11月28日)photo by Takashi Sato
すべて画像提供=東京スタデオ
 また、小澤氏は2001年から、東京スタデオの旧工場を生かして、HIGURE 17-15 casというアートスペースを開き、運営を若い世代に任せている。若手に発表の場を提供するとともに、最近ではキャリアのある作家も、美術館でもギャラリーでもない中立的な場として実験的な発表を行なっている。青木野枝は近所の寺にも鉄の彫刻を設置、三田村光土里は滞在制作し、訪れる人に朝食をふるまうというプロジェクトを行なった。こうした活動も、現場での声や交流から生まれてくるものである。

小澤洋一郎 Yoichiro Ozawa
1949年生。1967年(株)東京スタデオ入社。HIGURE 17-15 cas代表。
草間彌生、クリスト、リチャード・ディーコンらさまざまなアーティストとの作品制作、展示施工で協働。第45回ヴェネツィア・ビエンナーレ(1993年)、越後妻有アートトリエンナーレ(2000年、2003年)、横浜トリエンナーレ(2001年、2005年)、会田誠 山口晃「アートで候。」展(上野の森美術館)ほか多数の展覧会に関わる。今後は、横浜トリエンナーレ2008(2008年9月13日〜2008年11月30日)、杉本博司展(2008年11月22日〜2009年3月22日、金沢21世紀美術館)などで協働の予定。

2008年7月
[ しらかさ ゆり ]
次号
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