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プライバシーステートメント
デジタルアーカイブ スタディ
アナログに学ぶ、デジタルアーカイブの保存。
写真保存科学の第一人者「瀬岡良雄」

影山幸一
デジタルアーカイブのアーカイブ時間
 デジタルアーカイブ(Digital Archives)とは、日本で生まれたオリジナルの和製英語だが、本来アーカイブ(Archive)とは、文書保管所や保管することを意味する。
 一般にデジタルデータは半永久的に保存できるといわれているが、CD-Rに入れた画像が3年間で劣化したとか、デジタルデータの媒体への繰り返し複製はその度にデータが少しずつ損失していくなど、デジタルデータの維持管理に対する不安の声は根強くある。
 直接目で見ることができないデジタルデータをいかに保管していけばよいのか、デジタル情報時代のサンプルの蓄積とそのデータによる経験知がその答えを出してくれるだろう。しかし、今はまだそれが足りない。デジタルはまだアナログに学ぶことがあるはずだ。
 アナログ画像の保存方法からデジタル画像の保存方法を学びたいと思い、写真保存科学の研究を30年以上続けている、富士写真フイルム(株) (以下、富士フイルム)足柄研究所の瀬岡良雄氏(以下、瀬岡氏)を訪ねた。瀬岡氏はデジタル画像が登場する前の写真、アナログ画像の保存を科学的に研究されており、その成果の一部は写真保存庫(下記表参照)となって一般に市販されている。

独自の力
瀬岡良雄氏
瀬岡良雄氏
 富士フイルムの敷地は約70万平方メートルという広大な敷地で、箱根登山鉄道大雄山線の「富士フイルム前」という駅名にもなっている。初めて訪れる者は入口を探すのも苦労するほどだ。社内の写真撮影は禁じられているのだが、木立の中の水路には錦鯉が泳ぎ、思わず写真を撮りたくなるほど自然が近い。
 富士フイルムは、大日本セルロイド(株)(現 ダイセル化学工業(株) )の写真フィルム部が昭和9年(1934年)1月に分離独立して発足した。湿気の多い日本の風土の中で感光材料の製造は当時不可能と考えられていたが、全国を調査し、気候・水源という2つの基本的な立地条件を満たすこの足柄の地が本社・工場として選ばれた。そして、ほとんど公開されないフィルム産業でのフィルム国産化の道程を独自の力によって開発推進してきた。その中で現在も世界最高レベルの技術開発を進めている足柄研究所は、昭和14年に開設され、1.乳剤技術 2.素材合成技術 3.画像処理技術 4.超精密解析技術を基本としながら、デジタル時代をもデジタルカメラFinePixなどでリードしている。

マシン・リーダブルとヒューマン・リーダブル
 足柄研究所で初めて出会った瀬岡氏は、頭からつま先まで白装束だった。塵埃(じんあい)を嫌うその姿に世俗から来た私は少し違和感を覚えたが、時間が経つほどにユニークな話題になごんでいった。
 瀬岡氏の話は宇宙や地球の話しから始まった。人はなぜ写真を残さなければならないのか? それは哲学にも通じる、壮大でロマンチックな構想だ。オリジナルというものの大切さに気付かせてくれる話である。
 そして、フィルムと印画紙から形成されるアナログ画像の長期保存方法については、「温度(5〜10度)と湿度(30〜50%RH)を低く保つことに尽きる」と、断言した。かびの発生を防ぐのが大事なことのようだ。デジタルアーカイブの概念に対して、賛成の立場をとられていない瀬岡氏であるが、それはデジタルがマシン・リーダブルであり、電気と機械がなければデータを読み取ることができないという理由からである。画像保存にはヒューマン・リーダブルであるアナログを、画像活用にはデジタルを、と割り切って使う必要があると瀬岡氏は語る。

弥生人の脳
 1800年前の弥生人の脳 に話題がおよんだ。腐食せずに出土したという4年ほど前のニュースのことを瀬岡氏から教えてもらった。なぜ、生の脳が土の中で傷まずに保存されてきたのか。2001年4月、鳥取県の青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡で発見されたという弥生人の脳は、とても低温低湿保存だけではこう長く維持できなかっただろう。保存の理由が解明されていない謎のままの弥生人の脳だが、デジタルデータが永続性を備えているといっても1800年間も維持できるかどうか。アナログ界もデジタル界も弥生人の脳の存在を記憶にとどめておこう。

文化財としての写真
 1984年「100年プリント(サクラカラーという商品名)」という言葉が流行した。100年プリントはコニカ(株)(現コニカミノルタフォトイメージング (株) )が開発した製品である。光をさえぎり、温度24度、湿度60%のところに現像処理後の印画紙を置いたとき、YMC(イエロー、マゼンタ、シアン)のシアンが30%落ちるのが従来は50年後だったところ、100年後になったという意味であると瀬岡氏は教えてくれた。
 また、1999年には国内で初めて写真が重要文化財に指定された。写真の重要文化財の指定は、二次資料であった写真が一次資料として認められた、いわば資料の価値転換が起きた出来事であった。鹿児島県の尚古集成館 ((株)島津興業)に収蔵されている、江戸時代(1857年)の日本人(市来四郎ほか)撮影による、現存する最古の銀板(ぎんぱん)写真*1である。モノクロでかすれてはいるが、その写真には薩摩藩主「島津斉彬」(縦11×8cm)の肖像が写っている。
 日本の写真技術導入は1848年とされているので、その10年後に撮影されたことになる。フランス人画家ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール(1799〜1851)がダゲレオタイプ(銀板写真)を発明したのが1837年とされているから、日本の写真技術の輸入は思いのほか早かったのだ。
 現在の1枚のカラーフィルムは、厚さ20ミクロン(1ミクロンは、1ミリの1,000分の1)のフィルムに20層以上に重ね合わせた感光層と10種類以上のハロゲン化銀結晶粒子、100種類以上の化合物が凝縮されているという。アナログといえども目に見えないこうした技術の上に、フィルムと印画紙が作り上げる、世界に冠たる日本の写真文化が築き上げられてきた。そこにデジタル画像が加わってきているのだ。

デジタル画像の保存方法
 デジタルは消失不安が大きく保存よりも活用に優れているという瀬岡氏。ではデジタル画像はどのように保存していけばよいのだろう。デジタル画像を長期保存するためにはポジフィルムなどアナログ画像にしてから保存することを瀬岡氏はすすめる。そのうえで、画像保存対策*2に考慮して前述の写真保存庫に入れるのが理想的だと提案する。
 ポジフィルムからデジタル化した場合には、再度ポジフィルムに戻すような流れになるので、ポジフィルムをデュープして保存すればいいと思われるだろうが、この質問は将来デジタルカメラによるデジタル画像取得普及率が高まることを前提とした、最初からポジフィルムが存在しない上での保存方法について伺ったものである。
 また、瀬岡氏はデジタル画像のデータ保存は、CD-Rなどに必ず2部以上コピーを取り、かつDVDやハードディスクなどCD-Rとは異なるメディアにもコピーをしておき、写真保存庫に入れること。さらに将来ドライバーがなくなること、マシーン・リーダブルに頼らないことを想定しておく必要があると付け加えている。

アナログからの自立
 デジタル画像をアナログに転化させず長期にわたり保存させるためには、デジタル画像を記録している媒体を周期的に更新して、デジタル画像を形成しているデータを媒体の物質的経時劣化から防がなければならない。デジタルデータそのものは原理的には永続性を備えているといわれるが、記録媒体と共にデジタル画像が劣化消滅してしまわないように注意していかなければならない。瀬岡氏はデジタルをツールととらえ、メリットとデメリットを以下のようにまとめている。

●デジタルツールのメリット
1.アクセスツール(量、速度、レイアウト)
2.大容量保存メディアは保管場所を取らない
3.原理的に画像劣化は起こり難いといわれている(神話的)

●デジタルツール保存の不安
1.保存メディアおよびデータ出入ハード変遷による消失不安
2.保存メディアの大容量化による遭難確率増大
3.初歩的ミスおよびシステムトラブルによる消失不安
 
 ツールとしてのデジタルのメリットは保存の立場から見るとそっくりデメリットになると言う。デジタルが将来保存技術を発展させて、アナログに頼らない保存方法を確立し、自立できるかは、ハードディスクやDVDなどの記録媒体とその駆動機器、画像アプリケーション、OS、表示機器といったデータから画像表示するまでの一連のハードとソフトの整備を、保存の観点から普遍的なシステムへしていけるかにかかっている。

デジタル画像の保存はアナログか
 弥生人の脳が示すようにアナログでも環境が整えば、千年単位で保存が可能ということだが、デジタルは長期保存の実績がなく、保存期間が未確定である。ハードディスクメーカーが保障する5年間ではデジタルアーカイブとしては短期間すぎる。人の一生から次世代へ継ぐことを考えると最低50年間は、データが消えずかつ表示できる状態であってほしい。デジタルアーカイブの画像を長期間保存するには、現在のところアナログに転化させておく必要があることを瀬岡氏から学んだ。画像保存はアナログ、活用はデジタル。
 科学技術が激しく進歩するなかで、記録したデータを人類の記憶として継承していくために、デジタルアーカイブの「アーカイブ」を、瀬岡氏の教えを参考にしつつデジタルの視点からも続けて考えていきたい。活用はデジタル、画像保存もデジタルとなるように


*1:最も古い写真技法で、繊細な画像が得られるが焼き増しができない写真。複製技術時代はこれをもって始まったといわれる。よく磨いた銀板を沃素蒸気で処理し、表面を沃化銀とし、露光後水銀蒸気で現像して画像を得る。1837年ダゲールが発明、1839年公表。ダゲレオタイプともいう。
*2:1.保存したい写真の量の算出 2.保存に投資できる金額およびスペースの算出 3.省エネ、トラブル(停電、地震等)対応済みの保存庫を使用

■写真保存庫
サイズ
種類 常温低湿庫 低温低湿庫 冷蔵低温低湿庫
機能 湿度30〜50%RH 温度は周囲温度より10度だけ低温
湿度のみ30〜50%RH
5〜10度
湿度のみ30〜50%RH
容量 50l〜1klまで任意に選択可 約70l 1kl 
放置に対する効果 約2〜3倍 約3〜5倍 約10倍以上
メーカー 東洋リビング製ドライボックス 東洋リビング製クール&ドライ 東洋リビング製スーパー・クール&ドライ
販売 市販 受注生産 特別注文
価格 約4万円〜 約10万円 約200万円〜

■瀬岡良雄(せおか よしお)
1945年奈良県五條市出身。A型。略歴:1971年大阪大学工学部応用化学科修士課程終了、1971年富士写真フイルム(株)中央(現朝霞)研究所入社、1986年同社足柄研究所主任研究員、2000年より現職同社R&D統括本部材料研究本部品質設計評価センター参事。趣味:インディアカとスノーボード。


■参考文献
岩野治彦「第8章 写真保存の対策と実際」『写真の保存・展示・修復』p.121-p.123. 1996, 企画・編集:日本写真学会画像保存研究会, 武蔵野クリエイト
瀬岡良雄「第8章 写真保存の対策と実際」『写真の保存・展示・修復』p.124-p.128. 1996, 企画・編集:日本写真学会画像保存研究会, 武蔵野クリエイト
瀬岡良雄「5.4 保存法」『改訂 写真工学の基礎―銀塩写真―』p.445-p.451. 1998, (社)日本写真学会 編, コロナ社
瀬岡良雄「写真はどうして残すのか?」『日本写真学会誌』63巻6号 p.317-p.321. 2000, (社)日本写真学会
リチャード・フォーティ著 渡辺政隆 訳『生命40億年全史』2003, 草思社
ドゥーガル・ディクソン・ジョン・アダムス著 松井孝典 監修 土屋晶子 訳『フューチャー・イズ・ワイルド―驚異の進化を遂げた2億年後の生命世界』2004, ダイヤモンド社
2005年2月
[ かげやま こういち ]
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