artscape
artscape English site
プライバシーステートメント
学芸員レポート
札幌/鎌田享青森/日沼禎子大阪/中井康之|山口/阿部一直
マッピングされるディレイとしての現在/ICC「コネクティング・ワールド──創造的コミュニケーションに向けて」展
山口/山口情報芸術センター 阿部一直 
 東京・初台のICCがリニューアル後、最初の企画展が始まっている。メディアアートを扱ったアートセンターとしては、国内での唯一といっていい施設だけに、美術史的な立場だけでなく、情報拠点としてもその役割は国際的にも大きく、再スタートしてどのようなコンセプトを打ち出していくのか、おおいに注目すべきところだ。その企画展タイトルは「コネクティング・ワールド──創造的コミュニケーションに向けて」で、内容的には、本年5月のリニューアル公開時に一新された常設展示とは、ひと味違った方向を出してきていて面白い。

 常設展示のほうは、メディアアートの近現代史をサンプリングした、誰もがメディアアートとして異論なく予想のつく範囲のものであったが、「コネクティング・ワールド」のほうは、そこら辺のデジャヴュとか無機質感をまず裏切りたいという意思からか、作品の種類の選択の仕方、編集指針がちょっと変わっている。まず現代美術とメディアアートといった明確な領域、時代区分みたいなものが本質的に崩されているのが目につく。普段この種の展示には科学実験のシミュレーションとかが安易に接合されやすいが、ここでは反対にその手の科学ディスプレイものは一切なく、むしろ社会論としてのメディアテクノロジー環境にフォーカスされ、そこにはアートジャンルの区分的意識が持ち込まれていないのだ(こういう言い方は古くさいといわれそうだが、日本のマスメディアの多くは、いまだに美大の入試を彷彿とさせるような区分意識に安住し、その圏内で動いているのである。何がアクチュアルかといったアプローチがきわめておろそかなのである)。

 そこで「コネクティング・ワールド」において共有される表象のキーは何かと問われれば、それは「マッピングプレゼンス」ということになるのかもしれない。「マッピング」は、カルチュラルスタディーズ問題系で頻繁に言及された概念だが、アートの領域では、毛利嘉孝の活動などの例外を除いて、少なくとも日本では、大きくアクチュアリティを持つにはいたっていない。グローバルには、ネグリ/ハートの「帝国」以後、それが変異した形で再浮上するが、それもまた表象論としては潜航してしまっているのではないだろうか。「コネクティング・ワールド」では、それが表沙汰にはなっていないものの、可視的/不可視的ネットワークとして、展示空間内を縦横しており、そのあたりの意識の意図/糸を手繰っていくスリリングな面白さが、それほど広くはない展示空間の中に満ちているのだ。

 たとえば、ネットワーク対戦ゲーム「Half Life2」を本歌取りしたエキソニモの最新作《OBJECT B》は、4面スクリーンが同時並行的に映像化されていて、シェアカルチャー、シェアワールドの可視性とマッピングの面白さ(この突然変異ゲームではシューティングが世界のプロダクトをデザインするのだが、でもアバターはなんか優雅に死んでしまうみたいな)を見せつけている。かと思えば、そのスクリーン越しに見えているのは、デニス・オッペンハイムの70年代初頭のマスターピース、裸の人の背中に形を描いて、身体感覚でそれを伝達していくというパフォーマンスのビデオ作品《トランスファー/ドローイング》であったり、フィッシュリ&ヴァイスの、様々な物体がケミカルな変異を繰り返しながら将棋倒しを続けていく有名な87年の作品《事の次第》である(この作品は、かなり以前に全く違う文脈で国立近代美術館(東京/京都)でも展示されたことがある)。その横には、ベイリー+コービーの新作で、ハリケーンの気象図を全くそれとは関係のないネットのニュースグループの会話の変動で稼働する《cyclone.soc》が視界に入るという具合だ。このようなマッピングというきわめて横断的な現在性を持ちながらも、実際の表象行為の微視的推移として取り上げられてこなかった主題が、明らかに過去の作品の再編を巻き込んだ形のキュレートリアルな視点として提示されているのは鮮やかだ(ついでにいえば、日本ではいまだに、アコンチ、ブルース・ナウマン、オッペンハイムといった6〜70年代の重要な成果を、本格的に回顧する企画すらまったく持ち得ていないのだ)。

 本展において、別の要素をマッピングに持ち込んでいるのが、google.Incの株価の変動データをベースに、時に人間の閾域下の速度で取り引きされるフレームレートを、映像とストロボの視覚性で表現するMaSS Dev.の新作《MaSS》である。ここでは、2台のストロボのディレイによって光学的なモワレを生み出しているのだが、そこで採用されるデータディレイの秒間が150秒ということで、その意味するものはデイトレーダーにおける知覚認識(現在の株価の状態)と判断(状況下での売り買いのインプット)を、このディレイ秒間は示しているという。ブラックマンデーから9.11まで、その裏に潜むインフォトレーディングの空間と時間の変遷こそ、すべての情報が共有化可能なインフォアースのマッピングシンボルとして相応しいデータであるといえるだろう。世界のリアルタイム性の獲得、あるいはその完全な喪失する(あるいは多様化したリアルタイムの併存)という主題に絡んで、そのどちらかの選択ではなく、閾域下のインサイダーディレイと神経戦こそがマッピングゾーン=リアルアースを拡大しているというポイントを、この作品は露骨に見せつけている。作品内で同時にプロジェクションされているCG映像が、いまいち説得力がないのに対比するこのストロボのモワレの鮮明度は、強烈だ。

 ということで「コネクティング・ワールド」は、アートの企画展における主題の建て方として、2重3重なネットワークが仕組まれており、このマニアックさが反対に現在的でリアルであり、これまでのメディアアート展のクリシェを一にも二にも逸脱している。また過去の作品の現在性を再編集する手法も、メタフォリカルなヘッドライン優先のビエンナーレやフェスティバルに対して、一石を投じる柔軟な手口といえるだろう。マヌエル・サイスの巧妙かつエレガントに仕組んだ《ルイス・ポルカルの穴》から、われわれはマンハッタンでなくニュージャージーへ逆戻りするだろう。

会期と会場
●「コネクティング・ワールド──創造的コミュニケーションに向けて」展
会期:2006年9月15日(金)〜11月26日(日)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC] ギャラリーAほか
東京都新宿区西新宿3-20-2 東京オペラシティタワー4階 
TEL. 00120-144199(フリーダイヤル)

[あべ かずなお]
札幌/鎌田享青森/日沼禎子大阪/中井康之|山口/阿部一直
ページTOPartscapeTOP
DNP 大日本印刷 ©1996-2007 DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社が運営しています。
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社の登録商標です。
artscape is the registered trademark of DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
Internet Explorer5.0以上、Netscape4.7以上で快適にご利用いただけます。