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学芸員レポート
札幌/鎌田享青森/日沼禎子|大阪/中井康之|山口/阿部一直
「抽象再訪」Freeing the Mind
大阪/国立国際美術館 中井康之
八木明《青白磁重皿》
八木明《青白磁重皿》1995
梅田哲也《EO》
梅田哲也《EO》2006
小山田徹《他人の家》
小山田徹《他人の家》2006
フローリアン・クラール《Parsifal-Chambers(Part One)》
フローリアン・クラール《Parsifal-Chambers(Part One)》2006
 「抽象再訪」というタイトルの展覧会が、京都芸術センターで開催された。京都の中心部に位置する場所で繰り広げられた、ということも含めて「温故知新」等という故事成語が何となく頭に浮かんだ。実際、現今の美術界において、「抽象」というような概念規定は、あまりに常識的な前提条件として省みられることの無くなってしまったような雰囲気さえある。しかしながら、この日本において、この「抽象」という概念が真剣に取り組まれたことが果たしてあったのだろうか。この展覧会の企画者(森口まどか)は、そのような愚直とも言える疑問符を見る者に提示したのではないだろうか。展覧会のタイトルだけで、このように想像を掻き立ててくれる経験は久しく無かったような気がする。
 「抽象芸術」が、造形芸術の領域で成立したのは、20世紀初頭のヨーロッパに於いてである。それは、歴史を繙けば理解されるように、カンディンスキーやクプカといった個人の名に於いて成し遂げられたのではなく、近代芸術の潮流の中で、ロマン主義から印象派に、表現対象から表現するための媒体自体に、中心軸が移行することによって沸き起こった、芸術家という個人が擡頭しようとする時代状況の中の自然な文化的現象であった。そして、われわれ、西欧文明以外の文化圏を出自とする者にとっては、それを規定のものとして受容する他に方法が無いわけである。展覧会企画者は、そのような借り物の概念に、森口邦彦という染織家、八木明という陶芸家の仕事を提示するのである。生来、着物の柄や陶磁器の形態、模様というものは抽象的な姿形をとってきた。明治期に「美術」という概念が日本に移入されて、それまであったそのような日本の文化的資産が、「美術」と「美術以外」のように分類された訳である。そして、「美術以外」とされた「工芸」の中に、「抽象」的芸術と解釈されるような要素が内包されていたことは、もちろん皆が知っていた、と思われるのであるが、その「抽象」的要素が、西欧で生成した概念と拮抗しうるものであるのか、見る者に問い、引いては作者にも問うのである。森口、八木の展示されていた空間には、サイモン・フィッツジェラルドのミニマルな行為による平面作品が対峙されていることは、文化圏の違いがどのように作用するのかを、フラスコを覗く化学者のような企画者の冷徹な視線を感じるのである。
 京都芸術センターは、明治初期に京都の町衆によって作られた(昭和初期に改築されている)明倫小学校が統廃合された際に、その校舎を利用して生まれた機関で、展示スペースは均質空間にされているものの、多くの教室や廊下等、歴史を感じさせる風格を兼ね備えた施設で、この「抽象再訪」でも、和室を利用して梅田哲也によるサウンド・インスタレーションが仕組まれてあった。梅田は、和室から想像されるであろう「静かな空間」とは拮抗するような、ノイズ、と言えるような振動音をその空間に展開し、ミニマルな空間としての和室空間を見せてくれた。また、大広間のような場所で小山田徹は、平均的な日本家屋の間取りを舞台仕立てに作り上げ、各部屋に、これも平均的な日本の家庭で使うような電灯を吊り下げるのである。また、重森三明による写真や映像が、その歴史ある小学校を感じさせる廊下や教室に呈示される様は、その舞台となった小学校自体を写し出す鏡のような役割を果たしていただろうか。
 以上のような、日本という場所や、歴史在る小学校等という文脈とは隔絶したところで作品を発表していたのはフローリアン・クラールである。フローリアンはCGと彫刻によって、無限の空間を彷徨するような体験を実体化した作品を作りだしていたが、それはワーグナーの最後のオペラ「パルジファル」を霊感源としたものだという。キリスト教の救済思想を色濃く反映したそのオペラは、聖杯や聖槍を巡って王侯や市井の若者が連鎖的に登場する物語であるが、そのような強靱なストーリーを抽象化する力業を見せると同時に、大文字の「抽象芸術」という文化的背景を、そこに感じない訳にはいかないだろう。
 展覧会を企画する者は、ここで何か結論めいたものが帰結することを望んでいる訳では当然ないであろう。しかし、展覧会を見る者が、これを機会に「抽象」という古くて新しい概念に立ち止まることがあれば企画者の意図に適うのではないだろうか。「展覧会」というものが単なるエンターテインメントに堕することが散見される中、このような少し硬質な展覧会がとても清新に感じられる。

会期と内容
●「抽象再訪」Freeing the Mind
会場:京都芸術センター
京都市中京区室町通り蛸薬師下る山伏山町546-2 
TEL. 075-213-1004(代)
会期:2006年9月5日(火)〜9月24日(日)
開館時間:10:00〜20:00

カフェ:10:00〜21:30
制作室、事務室:10:00〜22:00
休館日:12月28日〜1月4日
※設備点検のため臨時休館することがあります

[なかい やすゆき]
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