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学芸員レポート
青森/日沼禎子|東京/住友文彦山口/阿部一直熊本/坂本顕子
J-AIRネットワーク会議/オープンフォーラム
ACACにおける2つの展覧会
青森/日沼禎子(国際芸術センター青森
 アーティスト・イン・レジデンス(AIR)というシステムが、日本でもようやく定着してきた感がある。本格的なAIRの先進事例であるとされる茨城県の「アーカス・プロジェクト(ARCUS)」がスタートしてから12年。AIRは、さまざまな表現行為を受け止め、アーティストが国や地域を自由に横断するための場を支えてきた。日本のAIRを特徴づけるのは、その多くが自治体により運営されていることである。地場産業の振興や伝統芸術を現代に継承することを目的としたもの、あるいは自然環境や都市環境の中でサイトスペシフィックに場を読み取り、歴史や時代を提示する例も多く見られ、アーティストたちの表現行為は「まちづくり」という視点からも期待を寄せられている。また、近年ではアーティスト・イニシアティヴ、アートNPOなどのさまざまな活動がいくつも生まれ、こうした重層的なポスト・ミュージアムともいうべき動きとも連動し、AIRはそれぞれの地域性、独創性を確保しながら根を下ろし始めている。自治体の文化事業として支えられた安定した運営は、アーティストと地域住民の相互交流による新しい芸術環境を生み出す、いわば「日本型」のレジデンスを豊かに育んでいる。しかし一方でこうした流れは、アーティストの表現行為の成果というものを、地域へ還元することのみに見出す「内向き」な思考になる可能性もある。今日AIRは、国際的ネットワークのつなぎ手としての重要な役割を担っている。しかし、前述のような「内向き」な視点は今日的な社会とは相反し、かえって地域に閉塞感をもたらす恐れもあるだろう。J-AIRネットワーク会議(代表:門田けい子/長沢アートパーク)は、国内のAIR担当者間の相互の意見交換会として2003年に発足。各AIRが抱えるさまざまな課題を同じテーブルに持ち寄り、対話の場をつくろうとする取り組みである。国内のAIRがとりまく状況を知り、海外のAIRとのネットワークも構築しながら、モバイル・アーティストを通じた国際社会を支えるための情報共有を目的としている。

オープンフォーラム
オープンフォーラム
オープンフォーラム
ブリティッシュ・カウンシルにおける
オープンフォーラムの様子
 去る、2月18日、第7回J-AIRネットワーク会議が開催された。本年は、イギリスと日本の通商150周年を記念した文化交流事業「UK-Japan2008」開催年でもあることから、ブリティッシュ・カウンシルから会議会場提供の協力を得た。この度は第1部を通常の担当者間の情報交換、第2部をオープンフォーラムとし、日英双方のアーティストからのレジデンス体験レポートの発表と意見交換を行なった。
 第1部では、ブリティッシュ・カウンシルの湯浅真奈美氏と、大和日英基金の河野順子氏からの基調講演が行なわれ、イギリスの文化政策の日本窓口としての役割について、日・英両国の知的交流を支援してきた活動について紹介された。
 第2部では「アーティストキャリアにどう役立つAIR」というテーマで、キュレーションの立場からインディペンデント・キュレーターの嘉藤笑子氏。英国のほか、さまざまなAIRでの体験を持つ美術家の水谷一氏、また、国際芸術センター青森で1カ月のAIRを終えた直後の英国の振付家、ショーネッド・ヒューズ氏の3名をゲストトーカーに迎え、それぞれの視点からのレポートが行なわれた。
 嘉藤氏はオルタナティブなアーティストの活動の場を長く支え、特に英国の文化状況について調査研究を行なってきたことから、公共と民間との連携によるそれぞれの組織の特性を生かした運営体を紹介し、地域社会においてアーティストの創造的活動の重要性について説いた。水谷氏は森や砂漠、さまざまな環境の中にあるAIR滞在を行なってきたが、作品が大きく変化することよりも、人間としての体験や、自己との対話の場を持てることへの期待について語った。ヒューズ氏は、今春にイギリスで発表する新しいダンス作品を制作することを目的として青森に滞在。青森の厳しい冬の環境や、そこで必然的に生まれた民俗芸能を体験しながら、自身の作品へと昇華させていく過程についてレポート。ワークショップやリサーチを通した地域との交流の重要性についても語った。それぞれが所定時間を超える熱のこもった発表を行ない、そのため、会場との質疑応答が十分になされなかったのがいささか残念ではあったが、キュレーション、アーティスト、マネジメント、さらにはそれらを支える財団等の支援組織など、それぞれの立場からの発表がされたことは非常に意義深いものであった。また、イギリスと日本間に焦点を当てたことによって、相互交流の姿を明確に示すことができたのではないかと思われる。
 その他、ヨーロッパを中心として世界的なネットワークを支える「Res Artis」、アーティストのモビリティを支援するオランダの情報提供組織「Trans Artists」、日本の国際交流基金が運営する情報サイト「AIR-Japan」などを紹介。さらに会場には、国内外のAIRが発行するカタログやリーフレットを閲覧できるコーナーが設けられ、参集した人々へ広く情報が公開される機会となった。

●第7回J-AIR担当者会議&オープンフォーラム
会期:2008年2月18日(月)
主催:J-AIRネットワーク会議実行委員会
協力:ブリティッシュ・カウンシル
後援:国際交流基金

[第1部]
司会:原田真千子(秋吉台国際芸術村) 
キーノート:
1──英国の文化政策におけるブリティシュ・カウンシルの役割
ブリティッシュ・カウンシル アーツ・マネージャー 湯浅真奈美氏
2──日英二国間の知的交流支援について
大和日英基金東京事務局副事務局長 河野順子氏

[第2部]オープンフォーラム
司会:村田達彦(遊工房アートスペース)
1──フォーラム「アーティストキャリアにどう役立つAIR」
スピーカー:
嘉藤笑子(AANディレクター)
ショーネッド・ヒューズ(英国・振付家)
水谷一(美術家)
モデラー:
日沼禎子(国際芸術センター青森)

学芸員レポート
 ACAC(国際芸術センター青森)では、キム・チャンギョム(韓国)による展覧会「シャドウ-影」と、青森市在住の写真家、沼田つよしの展覧会が開催された。前者は、ACACのサポーターグループ「AIRS」が芸術を通したアジア地域との交流を深め、青森市の芸術活動を発信することを目的とし、1名(組)のアーティストを招聘するAIR事業。また、後者は、青森を拠点とした気鋭のアーティストを紹介する展覧会シリーズ「ヴィジョン・オブ・アオモリ」の第4回目である。

 AIRS事業の3回目となる今年は、4月26日に開館する「十和田市現代美術館」との連携により、同美術館に常設作品を展示するチャンギョム氏を招聘。キム・チャンギョムは、1961年韓国生まれ。映像、写真を用いたインスタレーション作品を主に制作している。87年セジョン大学絵画科卒業(韓国)の後、94年カラーラ美術アカデミー(イタリア)、95年デュッセルドルフ美術アカデミー(ドイツ)で学ぶ。日本では2004年「アウト・ザ・ウィンドウ」、国際交流基金フォーラム(東京)での発表を行なっている。今回は代表作《ウォーター・シャドウ(水影)》シリーズからの2作品を展示。暗闇の空間にある2つの石の水鉢。金魚が泳ぎ、木の葉が舞い降り波紋がゆらめく。満たされた水には、満開の桜や美しい紅葉の風景が映し出されている。誰もいないのに、水底をのぞき込む姿や影が横切り、思わず背後を振り返ってしまう。やがて時間がたつと、水鉢はただの石膏の白い箱になっている。現実と虚構が交差し、見るものを不思議な世界に誘う映像作品である。また、青森市と十和田市で撮影された映像による新作を発表。《converse 1》《converse 2》は、匿名の女性と男性の映像が隣合わせに投影されている。日本語と英語でささやく断片的な独白の言葉、ゆっくりとオーバーラップしながら連続する風景が現実と虚実の境界を曖昧にし、音と映像とが折り重なり、追憶とも幻想とも思えるような感覚をもたらしている。
キム・チャンギョム キム・チャンギョム「シャドウ-影」展会場
右=《converse 1》《converse 2》
手前=《ウォーター・シャドウ(水影)》

 「沼田つよし展──河口へ」では、沼田自身の憧憬である「河」をとりまくものに目を向けた、シリーズ写真を発表。沼田は1969年青森市生まれ。いくつかのグループ展で発表を行なってきたが、本格的な個展はこの度が初めてとなる。写真を撮る時、「旅行者の目ではなく、足元をしっかりと見据えたものでありたい」と沼田は言う。岩木川沿いを歩きながら出会った風景を5年間撮りためた写真を、モノクローム画像で微細に再現した。薄っすらと霞がかかったかのような濃淡が、フラットな独特の空気感を画面の中に漂わせている。その限りなく情感を抑えた風景の中には孤独もなく、充満もない。それは私たちがおぼろげに心の中に留めた、いつか見た思い出の風景でもある。記録ではない何か。私たちは一人の写真家の目を通して、記憶の中の普遍的世界を求める。
 2つの展覧会は、期せずしていずれも映像、写真というメディア表現を行なうアーティストによるものであった。幾度となく繰り返される、現代表現におけるメディアのあり方についての言説をしばし忘れ、風景として眺め、のぞきみる世界に身を委ねることとの喜びを体感することができた。
沼田つよし《河口へ》 沼田つよし《河口へ》

●AIRS主催 「キム・チャンギョム展『シャドウ-影』」
会期:2008年3月1日(土)〜23日(日)
会場:国際芸術センター青森 ギャラリーA

●ヴィジョン・オブ・アオモリ Vol.4 「沼田つよし展──河口へ」
会期:2008年3月1日(土)〜23日(日)
会場:国際芸術センター青森 ギャラリーB

[ひぬま ていこ]
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