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プライバシーステートメント
学芸員レポート
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本田孝義「船、山にのぼる」/PHスタジオ「船をつくる話」
川俣正[通路]/αMプロジェクト2008
東京/住友文彦(東京都現代美術館
 まるでおとぎ話のような題名がついた映像作品を見る機会があった。もうだいぶ前に私も訪れたこともある広島の灰塚アースワークプロジェクトにPHスタジオが招かれたことからはじまったプロジェクトの記録だと聞いていたので、あの深い山奥で「なぜ船?」という素朴な疑問が浮かび、その題名が想像させる、ある種の飛躍に惹きつけられて上映会の会場に足を運んだ。
「船、山にのぼる」
「船、山にのぼる」より
 まずは「船をつくる話」が、どんなプロジェクトだったのかを知りたいとスクリーンをみつめていた。しかし、PHスタジオが灰塚を訪れたのが1994年というからすでに10年以上が経過したプロジェクトを、この映像作品はことの始まりから伝えようと概説するのではなく、説明的なナレーションなどは最小限におさえられていた。それは、2002年の春に灰塚ではじめて「船」を見たと言う本田監督が、自分で見聞きしたものを映像にしているからだろう。
 上映が始まり、山の谷間に広がる平地に部分的に生々しく残る工事の後をカメラが映し出したのを見て、ようやく灰塚アースワークプロジェクトが、40数年も前に持ち上がったダム建設案が実施されることで失われる自然と文化を少しでも繋ぎとめていこうとする試みだったのを思い出した。住み慣れた土地を離れなければならない人々は、当然のごとく建設反対を訴えてきた。いよいよ「生活再建地」への移住が始まった時期になって実施されたこの事業には、私も知っている多くのアーティストが地域と関わるプロジェクトや作品の発表を行なってきた。そんなことを考えながら、スクリーンに映し出される風景のなかに、そうした僅かな記憶と結びつくような光景を探すこともあった。
ワークショップ風景
「船、山にのぼる」より
 映像は、長さ60メートルの大きな船の製作と、同時に進むダムの工事や季節の変化を平行して見せていく。住民との打ち合わせや交流を追う映像からは、ダムによって移住する人々の生活や感情が垣間見える。また、あちこちへ移動する途中でカメラがとらえる新しく整備された道路や「生活再建地」の整然とした光景からは、大型土木事業の後戻りできない前のめりな力を感じる。しかし、本田監督はそれらを住民の側に共感して撮るという視点でもなく、あくまでも淡々とPHスタジオの製作風景を捉えていくことで、その背景に重層的に存在する人々の暮らしを浮かび上がせている。とても静かなリズムによって、私たちの視線を山村の生活になじませていくような感じである。それは、山村の生活に特有なものとは限らず、視覚に与える効果としても木々の間からこぼれる光や、船の材料となる木材が照り返す光がスクリーンに繰り返し現れ、それが静かな場面に反復的なリズムのようにして響いていたような気がする。風や虫の音だけが聴こえるような山のなかで、ひたすら出来事を追うカメラに光が注ぎ込む。
 そして2005年にようやく試験湛水のためにダムに水が入る。少しずつ船が地面から離れ、ゆっくりと水に漂い始める場面では地面からの解放感を感じ、遠くから撮影される船の姿が画面を大きく動かしはじめる。船は山を目指し、そして水位の下降によってある地点に不時着をする。予定の場所からは少しずれて、少し船首がお辞儀をするように下を向いた。もちろん、計画は多くの人々や団体を巻き込むものであるし、危険もあるので、いろいろな角度から検証されただろうが、結局は天候等による不測の事態の連続だっただろう。船を形作る不揃いの木材や、再度地面に着地する際に生じた船の歪みなどは、このプロジェクトを手探りのようにしかし着実に進めてきた痕跡のようにも見える。
 あえて述べておくと、多くの場合アートプロジェクトのドキュメント映像は退屈になる。実際に見た体験とはそもそも違うし、それがいかに素晴らしいか、どんなに大変だったかを伝えられるのでは、約1時間半も真っ暗な部屋で座っているには居心地が悪すぎる。しかし、この映画ではそう感じなかった。まず、映像作品ならではの特徴として時間の再構成や、出来事の細部を鑑賞者がいろいろ発見できる点などが効果的に活かされている。そして、なによりも物語の語り手はPHスタジオというアーティストではなかった。そうした超越的な存在を感じさせず、地域住民の生活や自然を語り手として置いているようにみえてくるところが、どこか詠み人知らずの物語の題名を思わせる「船をつくる話」とよく調和している。
 なかなか人の眼に触れず、限られた期間にしか実施されないアートプロジェクトを、映像が持つ独自の表現力によって記録し伝えていく作品はまだそんなに多くない。プロジェクトの記録に留まらずに、映像表現が持つ可能性を追求しながらアーティストの仕事に寄り添う人がもっと増えてほしいと思う。

船、山にのぼる
[東京]
会期:4月5日(土)〜4月25日(金)渋谷・ユーロスペースでレイトショー(連日21:00〜22:45)
*4月12日(土)、13日(日)、19日(土)、20日(日)の土日のみモーニングショーあり(9:45〜11:45)
会場:ユーロスペース
東京都渋谷区円山町1-5/Tel.03-3461-0211

[大阪]
会期:4/26(土)〜5/13(金)
*時間など詳細はウェブサイトを参照
会場:シネ・ヌーヴォ
大阪市西区九条1-20-24/Tel.06-6582-1416

学芸員レポート
 まもなく会期終了の川俣正[通路]展では、「ラボ」と呼んでいる7つの活動が充実してきた。フィールドワーク、調査、ワークショップなど、作品制作のためのプロセスをそのまま展示室で公開し、アトリエにこもって活動するのではなく、会場を訪れるさまざまな人と関係性をつくりながら発展させていくもので、その開放的な設定をうまく活かしている。活動を記録するドキュメント冊子も制作する予定である。
 また、この展覧会が終了した翌日からは、武蔵野美術大学のαMプロジェクト2008がスタートする。1年間で5本の展覧会を行なう予定で、今年は私が企画することになった。1回目はベルリン在住の丹羽陽太郎に作品を展示してもらう。とくにグループ展ではないので明確なテーマをつくる意図はないのだが、姿かたちや名称によって属性や特徴が固定化されていくよりも、もっと物ごとが自由に可変的な状態のまま感じ取られるような作品やアーティストの態度を見てもらえるような展示にしたいと考えている。誰もがどこかで共有しうるなにかを表現するのではなく、もっと特異なものとして現われてしまうような表現でもよいのではないかと。
 展覧会の準備などは、まだ経験の浅い学生が積極的に取り組んでいる。けっしてスムースとは言えないが、授業とは違っていろいろなことに自分で気付きながら実施されていくだろう。毎回トークも行なう予定。

川俣正[通路]
会期:2008年2月9日(土)〜4月13日(日)
会場:東京都現代美術館
東京都江東区三好4-1-1/Tel.03-5245-4111

αMプロジェクト2008──現われの空間 vol.1 《丹羽陽太郎》
会期:2008年4月14日(月)〜4月26日(土)
*日曜日は定休日
会場:ASK? Art Space Kimura
東京都中央区京橋3-6-5 木邑ビル2F/Tel.TEL/03-5524-0771/

[すみとも ふみひこ]
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