artscape
artscape English site
プライバシーステートメント
学芸員レポート
青森/日沼禎子|東京/住友文彦山口/阿部一直熊本/坂本顕子
「ネットワーク」を考える
青森/日沼禎子(国際芸術センター青森
 青森県立美術館の開館、「YOSHITOMO NARA + graf」が開催された2006年から2年後、再びにぎやかな春が青森にやってきた。去る4月26日十和田市現代美術館が開館した。美術館に面する十和田市官公庁街の「駒街道」の満開の桜並木は、この新しいかたちのアートとの出会いを求める人々で連日賑わいをみせていた。本サイト6月2日号の五十嵐太郎氏が執筆されていた「第4世代」ともいうべき美術館の活動が、今後も注目されていくことだろう。
 正確なデータに基づいてはいないが、今春、芸術関係者や愛好者たちを中心に、十和田市現代美術館、青森県立美術館、そして国際芸術センター青森(ACAC)の3館を回遊する県外からの来訪者が目立っている。青森に来たならば、温泉、山海の幸を食するなどの楽しいオプションも欠かせない。2010年には、JR東北新幹線青森駅開通が予定され、そうした意味では、美術館等の文化施設は、その来館者を数で図るのみならず、観光産業の一役を担うことも期待されているだろう。

 筆者が県外からの来訪者に、もっとも多く受けた質問は、「なぜ現在の青森で、これほどまでに芸術活動が盛んなのか? 行政が個性的な文化施設を立ち上げ、運営をしているのか?」ということである。本県では、前述の公共事業の取り組みのみならず、地域を拠点とする活動が多層性を作り出している。舞台芸術の分野では、長いキャリアを持つ「モレキュラーシアター」があるが、芸術監督の豊島重之らを中心に、「市民アートサポート組織〈ICANOF〉」が2001年に発足。また、現代口語演劇で評価の高い「弘前劇場」。主宰である長谷川孝治氏は、現在、青森県立美術館の舞台芸術監督に就任し、演劇、コンテンポラリーダンスなど幅広い企画、運営を行なっている。また、畑澤聖悟率いる「渡辺源四郎商店」は、2006-07年における「劇場拠点創造プロジェクト〈アトリエ1007〉」の立ち上げを経て、自主制作公演およびワークショップの場として「アトリエ・グリーンパーク」をこの5月に新たにオープンさせた。若手の人材育成を柱に、演劇が作り出す「場」の可能性への挑戦を始めている。また、1992年からスタートした「中世の里なみおか映画祭」は、地域有志により組織された実行委員会により運営され、毎年充実した意欲的なプログラムによって多くの映画ファンに愛されてきたが、2005年の第14回目の開催を最後に惜しまれながら終了した。厳選された質の高い映画祭を14年間にわたって開催してきたことは、優れた芸術活動の継続を志す人々にとって、今も精神的支柱となっている。現代芸術全般のサポート組織としては、冒頭でも触れた弘前市出身の奈良美智の展覧会の盛会を受け、継続的な運営体として組織された弘前市のNPO-harappa。理事長は、前述のなみおか映画祭のディレクターである三上雅通氏である。また、青森市ではアートサポート組織「ARTizan」が、空き店舗を再利用し地域クリエータの創造的活動の支援の場「空間実験室」を運営。このほかにも、公私にかかわらず、青森県内随所に多く存在している個性的かつ先進的な活動の積み上げが、今、突然沸いてきたかのように見える「アートで熱い青森」の根底に、豊かに積み重なっているのである。
 現在、こうした核となる組織や活動体を、形あるネットワークへと結びつけようとする「芸術ネットワーク研究会」が、青森の多層的な状況から後押しされるように今春スタートした。県内のいくつかの美術館、NPO組織が参加し、地域の人々や他県からの来訪者が自由に芸術鑑賞を楽しむことのできる環境づくりをめざし、立場を超えた対話の場を設けている。その成果として各館、団体の情報をあつめたフリーペーパー「Aomori Art Stroller(青森アート散歩人)」の準備0号を、十和田市現代美術館の開館にあわせて発行・配布。現在、第1号の発行準備が進んでいる。

 アートをとりまくネットワークは、県内にとどまらない。アーティスト中村政人を中心に、昨年、東京と秋田県大館市で行なわれた「ゼロダテ」。大館出身者および在住、ゲストを含めたアーティストたちによるまちつかいのアートプロジェクトである。今年はさらに、青森、秋田、岩手の3県の活動体・アーティストをネットワークする「北東北ネットワーク」を開始。1〜2時間で行き来できる距離に位置する隣県と行政区域を越え、新しい人的交流、文化的価値観を見出し、広範囲な視点から街の活性化をめざすものである。去る5月に、そのキックオフとなる東京展が「kandada」(東京都・神田)で開催され、3県および東京在住の30名以上のアーティストによる交流展が行なわれた。本夏は、再び大館に会場を移し、新たな取り組みへ向けた準備が始まっている。
左:kandada外観
ギャラリー内において、参加者個々の展示および
グループワークによる作品を発表
右:エントランスから入ってすぐは、
岡田卓也、熊谷周三によるインスタレーション
石山拓真の「サビコレ」
参加メンバー、組織等の協力により、各地で集めたさまざまな「サビ」を展示
地域の思い出、風景の一部が切り取られたかのよう
左:ゼロダテ/大館のメンバーによるグループワーク
東北地方特有のトタン小屋と大館名物「あめっこ(飴細工)」を組み合わせた
壁は、武田あかりによるドローイング
右:熊谷周三のインスタレーション(手前)
各地から集まった店名やイラストが印刷されたレジ袋を、山脈のように吊り下げた
右奥はココラボラトリーから、後藤仁、スダタカミツ、田中真二郎の作品
参加メンバーの各地域から寄せられた物産の数々

以上、すべて撮影=小倉俊一(ARTizan)
 さらに、今後、この「アートで熱い青森」を会場にした学会、研修会が続く。6月28(土)、29日の2日間にわたって、青森の食、アート、民俗、まちづくりをテーマにした「日本ボランティア学会青森大会」が開催される。また、7月14日から、財団法人地域創造が主催する「ステージラボ&アートミュージアムラボ」が、青森市民文化会館、青森県立美術館の2会場を中心に開催される。研修は、坪池栄子(文化科学研究所研究プロデューサー)、箕口一美(トリトン・アーツ・ネットワークディレクター)、草加叔也(空間創造研究所代表)、大月ヒロ子(ミュージアム・エデュケーション・プランナー)などのコーディネートにより、各館内にとどまらず前述のノンプロフィットの活動体との交流や、青森市の台所である駅前魚市場での朝食会までも含まれ、高い芸術性を生み出す場づくりと、生活者としての視点からマネジメントのあり方を問う多彩な研修が開催される予定だ。
 生きていくことの困難さに立ち向かう術を共有することが、ネットワークの大きな力である。人々の根源的なエネルギー、その価値を新たに見出そうとするアートの力を手がかりに、今、多くの交流、対話が始まろうとしている。

ゼロダテ/東京展2008「北東北アートネットワーク」
会期:2008年5月3日(土)〜5月25日(日)
会場:プロジェクトスペースKANDADA
東京都千代田区神田錦町3-9精興社1F/Tel.03-3518-6176

[ひぬま ていこ]
青森/日沼禎子|東京/住友文彦山口/阿部一直熊本/坂本顕子
ページTOPartscapeTOP