artscape
artscape English site
プライバシーステートメント
学芸員レポート
東京/南雄介|神戸/木ノ下智恵子倉敷/柳沢秀行福岡/川浪千鶴
「小沢剛:同時に答えろYesとNo!」
東京/国立新美術館設立準備室 南雄介
小沢剛 小沢剛の初めての美術館規模の個展が、森美術館で開かれている。小沢はかつて、『地球の歩き方』を模して、自分の活動を網羅したガイドブックのようなもの制作しているが(『小沢剛世界の歩き方』、2001年。だが、元来、このように自らの仕事を客観視して編集・提示する能力は、アーティストにはなかなか見い出しがたい資質なのではないだろうか。このあたりに、彼の表現の多様性や批評性を明らかにする鍵があるのかもしれない)、この展覧会のヴィジュアルや、あるいは展示の構成自体も、そのイメージを引き継いで発展させたものと言えるだろう。展覧会は実際、彼のこれまでの仕事のほとんどを網羅した回顧展になっており、多様な側面を持った作家の全貌、「小沢ワールド」を見渡すことができる。
 1965年生まれの小沢は、今年39歳。いわゆる「昭和40年会」のひとりで、1980年代の終り頃から活動を始め、15年くらいのキャリアを重ねてきている。国際的な展覧会での活躍も多いのだが、その表現には、彼の前後10年くらいの世代の、つまりいわゆる高度経済成長期に日本で生まれ育った人間が、おそらく共有していると思われる、きわめてヴァナキュラーな記憶――いや、記憶というよりも、むしろ匂いとか、気配とか、言うべきか――が、まつわりついている。醤油や重い綿の布団ややけた畳などのアイテムが雄弁に表現している、もの寂しく、薄暗く、侘しく、湿った感覚。これは、1980年くらいを境に、日本の社会から次第に失われていき、そしてバブル時代の到来とともに(少なくとも大都市においては)急速に消えてしまったものである。誰が言ったことだったか忘れたが、四半世紀前には、日本人は確かに、おしなべて「みんな貧しかった」のである。
 この記憶はしかし、必ずしも否定的に思いこされるべきものではない。先の言葉には、「みんな貧しかった。だけどみんな幸せだった」と続く。私たちはときどき、バブル時代を経て失われてしまったもののあまりの大きさに愕然とすることがある。私たちが、たとえばグローバリゼーションというものに対して憎悪の気持ちを抱くのは、そんなときである。
「私は幼少の頃住んだ団地の家の壁一枚向こうはゴミの焼却炉で、冬はその熱で暖がとれ、またそのごみ捨て場は素敵な遊び場所であったので、そんな原風景を大切にした表現をする」(小沢剛、1999年)。今やおそらく、ダイオキシンが出るというので、危険な産業廃棄物があるというので、子どもたちはゴミの焼却炉からもごみ捨て場からも遠ざけられてしまっているだろう。かつての子どもたちは、そんなことは何も知らず、幸福感に満ちた日々をそこで過ごしたのである。かくして、私たちの過去の幸福(不幸)と私たちの現在の不幸(幸福)が、一瞬のうちに脳裏をよぎり、鮮明な像を結ぶ。ノスタルジーに包み込まれていた批評性が発動する。
 今回の個展は、小沢自身によって「同時に答えろYesとNo!」と題されており、「私たちはみな、どこか白黒つけられない曖昧な部分を持ち合わせているものですが、「同時に答えろYesとNo!」は、小沢自身にもある『はっきりしない部分』をポジティブに捉えなおし、多様な視点や価値が同時に存在しうることをシニカルかつユーモラスに表現したものです」(同展チラシ)と説明されている。そこには、対立を前に黙してしまうのではなく、YesでもNoでもあるような第三の解を、どこか別の、誰も思いもつかないような方角から取り出してみせる小沢のアートの方法論も暗示されているのだろう。地蔵、醤油、野菜、ミルク、布団、等々によって対立が解消されるわけではないだろうが、いや、よしんば解消されたとしても一時的なことにすぎないだろうが、……だが、ほんとうにそうなのだろうか。実際に解消されてしまう可能性だって、まったくないわけではないだろう。この、ゼロではないがわずかな可能性を、「実質的にゼロである」とみなすか、それとも「可能性はある」と考えるのか。後者の立場に立ち続けたいものだと私たちは思うし、それこそがアートの可能性なのだろうと思う。
「私は幼い頃母親に、一枚の絵でも飢えた子供を救うことが出来ると聞き、それはきっとあり得るに違いないと思い、いつの日かそんな表現をする」(小沢剛、1999年)。
会期と内容
会期:2004年8月24日(火)〜12月5日(日)
会期中無休
会場:森美術館 東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー 52F、 53F
Tel:03-5777-8600 (ハローダイアル)
URL=http://www.mori.art.museum/

[みなみ ゆうすけ]
東京/南雄介|神戸/木ノ下智恵子倉敷/柳沢秀行福岡/川浪千鶴
ページTOPartscapeTOP
DNP 大日本印刷 ©1996-2007 DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社が運営しています。
アートスケープ/artscapeは、大日本印刷株式会社の登録商標です。
artscape is the registered trademark of DAI NIPPON PRINTING Co., Ltd.
Internet Explorer5.0以上、Netscape4.7以上で快適にご利用いただけます。