福島/伊藤
匡
|東京/住友文彦|
豊田/能勢陽子
「痕跡――戦後美術における身体と思考」展
東京/
NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)
住友文彦
今ICCで行なっている
「アート・ミーツ・メディア」展
のシンポジウムに参加してもらうアンドレアス・ブレックマンがディレクターを務めている「transmediale.05」を見るために、顔を切るような寒さのベルリンを訪れた。作品の展示だけではなく、レクチャーやシンポジウム、アーティストのプレゼンテーション、クラブイベントが充実しているので、かなり内容の濃い時間を過ごせるメディア・アートのフェスティバルである。この分野ではアートにとどまらない、テクノロジーの発達と社会の関係を切り口に実に幅広いテーマが論じられることが多い。今回の中心的なテーマは、「生」「安全」「歴史」「インタラクティヴィティ」で、さらにメディア・アートそのものの再定義について論じるセッションもあった。詳しくここで記す余裕はないが、ヨーロッパのメディア・アートが現実の社会で起きている変化に敏感に反応しながら、きちんと言説の積み重ねをおこなっている姿勢にはいつも感心をする。
それは話題になっている他のふたつの展覧会についても同様である。ひとつはナチス政権下で巨額の富を蓄えた祖父の資産をもとに形成されたフリードリッヒ・クリスティアン・フリック・コレクションの展覧会で、数々の抗議運動にもかかわらず会期が延長されているのも頷ける。何しろそのスキャンダラスな事実だけではなく、ブルース・ナウマン、ポール・マッカーシー、フィシェリ&ヴァイス、ディーター・ロート、フランツ・ヴェスト、ピピロッティ・リスト、リュック・タイマンスなど錚々たるアーティストの、しかも秀逸な作品ばかりが集められた展覧会なのだ。もうひとつは「Regarding Terror: The RAF」展というドイツ赤軍に関する作品と当時の報道資料を集めた展覧会で、クンストヴェルケでおこなわれている。テロの犠牲になった遺族からの抗議によって政府がサポートを中止するといういわくつきの展覧会である。しかし、eBAYで作品を売ったり、注目を浴びた見返りに得たチケットやカタログの順調な売り上げを見越して開催可能になったらしい。
触れたくない過去に蓋をするのではなく、並べられた資料やアーティストの多様な表現を眼にすることで批評的な鑑賞眼を養うことができ、作品が持ち得る豊かな奥行きがあらためて照らし出される気がした。こうした経験は個別の作品を鑑賞する経験そのものとは別のものだが、様々な議論を生みだす言説の空間として展覧会が機能している。
国内では、「フルクサス―芸術から日常へ」展(うらわ美術館)と「痕跡―戦後美術における身体と思考」展(東京国立近代美術館)が素晴らしい歴史的な射程を持ち精力的に準備された展覧会だった。ここではおもに後者について触れるが、「痕跡」という視点を採用することで非-再現的な作品を中心に、20世紀の美術史を規定し続けたモダニズムの見直しを図る試みは、国内の展覧会としては画期的と言える。また、展示作品の多くが国内美術館の所蔵であり、美術館を取り巻く厳しい現状が度々取りざたされるが、これだけ素晴らしい作品の数々が国内にあることにも光を当てているのではないだろうか。また、図版では幾度も見ているが本物を見るのは初めてだったジョルジュ・マチウの《豊臣秀吉》など、意欲的な作品の選定がこの展覧会の魅力に大きく貢献している。モダニズム美術が、作品の可視性や自律性に価値を置くのに対して、C.S.パースやR.クラウスへの言及をしながら企画者の尾崎信一郎氏の念頭にあるのは指標としての「痕跡」であり、作品の外部へと転換されていく記号として機能するものである。芸術が閉じられた作品としてではなく、現実の生を指し示すことをアーティストたちは目指した。モダニズムの歴史観は私たちに根強く浸透しているために、こうした概念を採用しながら歴史を再考する作業が根強く続けられなければならないことには深く同感する。
しかしながら、作品のそばに数多く並べられた解説文には、作品が制作された背景や来歴に関する豊富な情報量とともに、この概念をもとにして領域横断的に様々な芸術グループを結びつける指摘や、フォーマリスティックな造形性や構成へ向かう作品を低く見なす記述も眼に付いた。やや素朴ともいえるそうした見解も気になったが、何よりも「痕跡」によって作品がその外部とどのような関係を結んでいるのかに関する記述が欠けているような気がした。プロセスや記録へ着目することで、そこに介入する偶然性を積極的に取り込むことになぜ多くのアーティストたちが魅力を感じたのか。そうすると、やはりこの展覧会を企画するにあたり尾崎氏自身が触発されたディディ=ユベルマンの論考でも重要な位置を占める写真や映像を周到に排除したこと(この経緯は図録掲載文に記されている)や、モダニズム美術の概念がそもそも美術館の展示制度と共犯的な関係にあることを批判的に検証せずに、きわめて形式的(フォーマリスティック)な展示に終始していることなどが問われるのではないだろうか。そういう意味では、この展覧会は私たち学芸員を支配している美術史の<痕跡>として、20世紀美術と現実社会との関係をさらに再考するための可能性を指し示している。
会期と内容
●「フルクサス―芸術から日常へ」展
問合せ先:
うらわ美術館
埼玉県さいたま市浦和区仲町2-5-1浦和センチュリーシティー3階
Tel. 048-827-3215 FAX:048-834-4327
会期:2004年11月20日(土)〜2005年2月20日(日)
開館時間:10:00〜20:00(ギャラリーへの入場は19:30まで)
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌日休)
●「痕跡―戦後美術における身体と思考」展
会場:
東京国立近代美術館
東京都千代田区北の丸公園3−1
Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)
会期:2005年1月12日(水)〜2月27日(日)
開廊時間:10:00〜17:00
休廊日:月曜日
[すみとも ふみひこ]
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