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学芸員レポート
福島/伊藤匡|東京/住友文彦|豊田/能勢陽子
「銀輪」/「post 戦後?アンデパンダン展―あり得べき戦後?」/「パブリックリー・スピーキング」展
東京/NTTインターコミュニケーション・センター(ICC) 住友文彦
 先月の中頃、耳を疑うようなニュースがひとつ飛び込んできた。松本俊夫の実質的なデビュー作といわれる「銀輪」(1955)のフィルムが発見され、「発掘された映画たち2005」というタイトルがついたプログラムのひとつとして上映されたのだった。オブジェの製作と音楽を実験工房(北代省三、山口勝弘、武満徹、鈴木博義ら)、特殊撮影を円谷英二が担当した作品で、長いこと関係者さえもフィルムが失われたと思っていた幻の実験映画であった。その抽象的な映像ゆえに、制作依頼をした日本自転車工業会は松本が制作を終えた後に、ベテラン監督樋口源一郎に頼み、ある少年の夢であったかのような物語として仕立て上げている。
 自転車のハンドルや車輪、フレームの各パーツが浮遊し、それぞれが固有の動きを持つがごとく飛び回り、磁気テープに記録された音に様々な加工をしたミュージク・コンクレートの手法による不協和音がそこにかぶさってくる。松本の制作後に手を加えられた部分とおぼしきところを除くと、意味や物語によって解釈しようとする鑑賞者をまるで拒絶するようなシーンの連続といっていいだろう。1950年代は商業映画の活況もさることながら、芸術家たちにとっても映画への関心がとても高かった時代だったといってよいだろう。ひとりの作家が自らの主観性によって作品を完成させるのではなく、多くの異なる立場の人々が制作に参加する「綜合芸術」として、戦後復興期に社会における芸術の役割を真剣に問い続けた芸術家にとって理想的な表現メディアとみなされていた。やがて1970年の大阪万博という共同幻想の饗宴において中心的な役割を果たす芸術家たちが関わっていたとはいえ、当時の芸術家たちの作品や言説のなかには、けっして目新しさに心を奪われるだけではなく、例えば技術の発展によってもたらされる世界の再-認識こそ人間の全能性を否定するものだという考えも見出されることを思い出したい。解釈を拒絶するかのような抽象的な実験映画が作り出された背景として、近代化がもたらした負の遺産、とりわけ悲惨な戦争体験の直後において、国家や産業の発展をひたすら推し進めてきた人間中心主義的な近代的世界観に対する疑念があったと考えることもできるのではないだろうか。
 いっぽうで、ちょうど同じころ、それまで美術団体を中心としたヒエラルキー構造の秩序のなかで作品を発表してきた美術作家たちは、戦後民主主義の理念とも響きあう〈個人〉の作家としての活動の場を求めていた。もっともよく知られているのは、「読売アンデパンダン」展だろう。しかし、同展は1963年に「自己破壊」(赤瀬川原平)するようにして終焉を迎える。作家が自由に参加し表現をするという理念をみな共有していたように思われていたにもかかわらず、どこか「熱」を帯びていくなかで、少数の権力者による独裁を避け多くの市民の価値観を政治に反映させるための制度である民主主義が、利己的な競争にとって都合がよい側面を持っていることだけが突出していったような気がする。そんなことを考えたのは、経堂にある1Fにカフェを持つ小さなアートスペース、Appelで「post戦後?アンデパンダン」展をみたからに違いない。知り合いの作家たちを中心に「戦後」というテーマを考えることから参加を呼びかけ、絵画や映像、ファイル、音などメディアは様々な小作品がところ狭しと集まった展覧会だ。作品や作家の特徴や、テーマの方向性に一貫性はない。テーマについては作家それぞれが自由に考えて、それと無関係な作品をだすこともできるような緩やかさがある。もちろん、それは場所が持つ緩やかさとも無縁ではないだろうが、横並びの比較によって評価をしがたいと思わせる作品の数々が、雑多ながらも一緒に並べられることで発せられるポリフォニー感が心地よい。とくに小田マサノリが「暮らしの手帖」に掲載されていた様々なフレーズをレイアウトし配布していたペーパーは、戦後史における言葉の往還による卓抜な再構成に思えた。
「パブリックリー・スピーキング」
アーティスツ&キュレーターズ・ラウンジディスカッション「パブリックリースピーキング」(2005年8月20日)
左からロジャー・マクドナルド(AIT)、森弘治、玉村大樹、ホン・ヨンイン、笹口数、ハン・ヤンアー、パク・キョンジュ、シン・ヒュンジン(サムジー・スペース)
 最後に―私も関わっているNPOアーツイニシアティヴトウキョウとソウルのサムジー・スペースセンターが、日韓両国のアーティストによるレジデンスの成果「パブリック・スピーキング展」を渋谷に新しくオープンしたワンダーサイト渋谷で発表している。春先ごろから報道されている反日運動などにもかかわらず、今年は日韓友好40周年でもあるのでいろいろな両国の文化事業が行なわれている。ここではきっとそういった「周年行事」の「パブリック」でよそよそしい雰囲気とはだいぶ違う参加アーティストたちのストレートな作品を見ることができるのではないだろうか。やはりAppelと同様に、それぞれがまったく違っていても協同していくための場を作り上げていくことで、規範的な価値体系に揺さぶりをかけていくことができるのかもしれないと、戦後60年の報道特集を多く眼にしたこの夏の終わりに思う。

会期と内容
●発掘された映画たち2005
会期:7月19日(火)〜8月18日(木)
会場:東京国立近代美術館フィルムセンター
東京都中央区京橋3-7-6 Tel. 03-3561-0823(代表)
●post戦後?アンデパンダン展―あり得べき戦後?―
会期:7月23日(土)〜8月12日(金)
会場:Appel(Appel)
東京都世田谷区経堂5-29-20 Tel. 03-5426-2411(appel)
●パブリックリー・スピーキング
会期:2005年8月19日(金)〜9月11日(日)
会場:トーキョーワンダーサイト渋谷
東京都渋谷区神南1-19-8 Tel. 03-3463-0603
開場時間:11:00〜19:00
参加アーティスト:パク・キョンジュ、ハン・ヤンアー、ホン・ヨンイン(韓国)、笹口数、玉村大樹、森弘治(日本)

[すみとも ふみひこ]
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