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学芸員レポート
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「ジダン 神が愛した男」(監督:ダグラス・ゴードン、フィリップ・パレーノ)
東京/東京都現代美術館 住友文彦
 これは、多くの人が「真実」を知りたいと切望した、あのワールドカップ・ドイツ大会決勝戦での出来事について、ジネディーヌ・ジダンの知られざる一面を教えてくれる映画ではない。だが、これまでテレビや新聞などを通して知りえたジダンとは、まったく違う彼を見つけだすことができる映画ではないだろうか。
2005年4月23日、ホーム・グラウンドであるサインティアゴ・ベルナベウで彼が所属するレアル・マドリードがビジャレアルを迎えたその試合は、いつものリーグ戦の一試合として行なわれていた。ひとつの例外は、300倍のズームやハイビジョンなどの技術を搭載した17台のカメラが設置され、たった一人の男だけを追い続けたことだった。この90分間の試合が進むあいだ、ずっとスクリーンはジダンの顔、しぐさだけをひたすら映し出す。映画を見ている観客は、ボールの動きはおろか、試合の流れさえも分からない。それがかろうじて把握されるのは、ジダンがあげた柔らかいクロスが得点に結びつく瞬間ぐらいだろうか。それ以外は、ロナウドも、ラウル、ベッカム、ロベルト=カルロスも、時折画面をかすめるだけの存在に過ぎない。私たちは、あの自分へ差し向けられたもの全てを引き受け、なおも自分のすべきことへ向かっていくような、静かで印象深いまなざしを持つ男をずっと見続ける。
 しかし、それだけでは、もしかしたらFIFA世界年間最優秀選手に3度も選ばれているスーパースターが放つアウラをただ感じとらせるだけの映画に終始したかもしれない。だから、顔をつたう汗や、ひとりごとのような悪態、あるいはスパイクのつま先でちょんと芝生を蹴る細かいしぐさを、繰り返し映し出す各シーンが重要な役割を持ってくる。また、そうした映像が細かい光の粒が集まっているテレビ画面を通して私たちの眼に届いていることを、ふと気づかせるために、モニターへの執拗なクローズアップや複数のモニターが並んでいる管制室のシーンも同じように重要になってくる。彼自身はそこにはいない。光と化した情報の束として送り届けられるジダンのイメージを私たちは見ている、というこの冷めた感覚。
 それから、スタジアムの臨場感と決定的に違うのは、サウンドである。もっと押し寄せるような観衆の声が本来のピッチ上にはあるはずだが、この映画では静けさが支配する。それをあえて印象付けるようなモグワイの音楽が介入するようにして響き、別の時には足でボールを蹴る重い音が静寂をやぶる。ジダンだけを映し出して、時折細部の反復を加えるだけの無作為的な映像とは対照的に、音響はこの静けさを聴くために計算されつくされているように思える。この落差が、見ているものを、高揚へと誘うのではなく、ジダンと向き合っているように感じさせる体験を可能にしているのかもしれない。
 ダグラス・ゴードンとフィリップ・パレーノの両監督が言うように、これはまさに現代の肖像画と呼ぶのに相応しい気がした。テレビを通して見る姿とも、あるいは本人そのものとも違うジダンをここに現出させることに成功している。つまり、メディアの映像からも、あるいはもしかしたら本人と直接会う経験からも排除されている、ジダンのある側面を新たに見出す機会が与えられている。そのためには、ジダンが実際にすごした90分間という試合の時間を削り取ることなく、そのまま観客がそのまま過ごすことが必要だっただろう。この映画は、そのことによって、何かがイメージから与えられているのではなく、イメージと観客との間に交換が生まれるような瞬間を立ち現れせることに成功しているのではないだろうか。
 商業映画に対する現代美術からの返答が、このようにどんどん劇場で見られるようになるのは楽しみだ。

会期と内容
●「ジダン 神が愛した男」2006年/フランス/カラー
会場:シネカノン有楽町ほかで公開
公式サイト
9月以降の公開予定
・9月9日〜9月22日 シアターキノ 札幌市中央区狸小路6丁目南3条グランドビル2F Tel. 011-231-9355
・9月9日〜9月22日 京都シネマ 京都市下京区烏丸通四条下ル西側 COCON烏丸3F Tel. 075-353-4723

学芸員レポート
 東京都現代美術館に移って、もうすぐ2カ月になる。展覧会を見るため、あるいは図書室で調べものをするためにちょくちょく足を運んでいるつもりだったが、実際に行なわれている活動には知らなかったものも多い。それだけ美術館という施設には、多様な利用者へ向けた活動が求められているということだろう。ただ、しばしばこのように「多様」という言葉で言い表わしてしまう状態を、本来の意味で実践するのは大変なことである。この施設で、展覧会や関連イベントだけではなく、解説ツアー、ワークショップなどに至るまで、どのような活動がおこなわれているのかを確認していただくには、たぶんホームページが一番便利だと思う。ちなみに、メールニュースの配信登録もしていただけるので、一度登録をしていただければ、不定期だが自動的に情報を入手していただけるようになる。
 そして、当然だが、これまで無縁だった指定管理者制度にも関わることになっている。これが文化施設に適用される際の問題点については既に多くの見解が示されてるが、そのいっぽうでこれを施設の活性化をはかる機会としてうまく利用しているところもある。
 まず、芸術は、他の目的のために有効利用されるのではなく、それ自体で価値を持つものでなければならない。そうした自律性については、このかまびすしい議論の中でどのように交わされているのだろうか。たぶん、この自律性は自明のことなのではなくて、つねに再確認や再定義を必要とする。そうでないかぎり、芸術は権威になるし、安定した場に座して形骸化する。
 美術館が、評価システムや効率化によって「芸術」の領域への政治や経済の侵入を拒否することと同時に、このような芸術の聖域化を推し進めるならば、それも批判されるべきだろう。美術館は、まぎれもなく政治的な制度である。それを拒否して自律性の理想を妄信することは、自らの政治性を隠蔽する点で大いに問題がある。
 しかし、それでもなお、前述したように芸術の自律性が確保されるべきだと社会に応答していく方法について、知恵を絞りださなければならないと痛感している。私たちは徒手空拳でこれに立ち向かうわけではなく、そのために、これまで美術を巡って積み重ねられてきた膨大な批評や研究の言説を手がかりとして振り返る機会でもあるかもしれない。

東京都現代美術館展覧会情報

●ディズニー・アート展
会期:2006年7月15日(土) 〜9月24日(日)
●トーキョーワンダーウォール2006公募
会期:2006年8月12日(土)〜9月3日(日)
●大竹伸朗 全景
会期:2006年10月14日(土)〜12月24日(日)
●MOTコレクション 「特集展示:吉田克朗/中村一美」
会期:2006年7月4日(火)〜9月24日(日)
●MOT the MUSIC
東京都現代美術館が持つコレクションを、閉館後の静かな雰囲気のなかでゆっくりとご鑑賞いただきながら、音楽の演奏を楽しんでいただく贅沢なイベントです。
第1回:2006年9月22日(金)日野皓正
第2回:2006年10月20日(金)高橋幸宏
第3回:2007年1月26日(金)溝口肇

東京都 江東区三好4−1−1(木場公園内)
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)

[すみとも ふみひこ]
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